第11章 ── 第16話
先に動いたのはフェンリルだった。
フェンリルはブラック・ファングに素早いステップで近づいていった。そのフェンリルをブラック・ファングが余裕を持って迎え撃つ構えだ。
フェンリルの牙がブラック・ファングの前足の一つに襲い掛かる。しかし、ブラック・ファングの前足がヒョイと上がって
上がった足が素早く振り下ろされ、フェンリルを踏みつけようと動く。フェンリルも即座に反応し、横にポンと飛んで攻撃から逃げる。
「グルルル」
ブラック・ファングが笑い声のような唸り声を上げながら
フェンリルは、すぐさま体勢を整えた。
今度は、ブラック・ファングの攻撃だ。噛み、左右の前爪による連続攻撃だ。それが絶え間なく繰り返される。
フェンリルは、怒涛の攻撃を辛くも避けているといった状況だ。
「フェンリルー! 頑張るのじゃ!!」
マリスがブンブンと手を振り回しフェンリルを応援している。
レベルはフェンリルの方が高いが、図体はフェンリルの二倍近くあるのでパワーはブラック・ファングの方が上かもしれないな。
ヒラリヒラリとフェンリルは
俺はそう思った途端にはたと気づいた。そうか、そういうことか。フェンリル、それが狙いですな。なかなかの頭脳プレイだよ。
五分以上連続攻撃を続けるブラック・ファングの動きが鈍くなり始めた。それだけじゃない。かなり辛そうな息遣いが俺たちにも聞こえ始めていた。
そう、疲労だ。生身を持つ生物は持久力がいつまでも続かない。ゴーレムとはそこが違うのだ。ゴーレムは
フェンリルは最初の攻撃で相手に自分を
昨日の雨で地面は
「フェンリルの勝ちだな」
トリシアも俺と同様に勝敗の
「そうかや? まだ攻撃されつづけておるのじゃが」
「あれはフェンリルの作戦だろう。見ろ。黒い方は既に疲れ始めている」
トリシアは冷静に観察していた。マリスも目をフェンリルに戻して観戦する。
「ふふふ、燃えるな。全て計算ずくか。一度手合わせしてみたいぜ」
アナベル……いや、ダイアナが無茶なことを言い出しているのが気になる。いきなりフェンリルに挑戦とかやめてくれよな。
「「おお!?」」
何人かの驚きの声が勝負に進展があったことを知らせる。俺は慌ててフェンリルの方を見る。
ブラック・ファングの噛み攻撃が盛大に外れ……というか、そのように誘導されたんだろう。それをひょいと宙に舞いつつ回避するフェンリルが見える。
あ、あれ! 最初に見せてくれたカウンター攻撃じゃね?
フェンリルは空中でヒラリと身体をひねる。フェンリルの頭の先にはブラック・ファングの太い首だ。
──ガッ!
フェンリルの噛み攻撃が正確にブラック・ファングの首を捉えた。フェンリルはそのまま両前足の爪も食い込ませる。
ブラック・ファングは振りほどこうと、飛び、転げ、走る。だが、ガッチリと食い込んだ銀色の牙と爪が離れることはない。
しばらく暴れまわったブラック・ファングのスタミナがとうとう無くなった。
真っ黒な大きな
ブラック・ファングは体の全てを使って荒い息をしている。しばらくは動けないだろうな。
フェンリルがブラック・ファングの巨体に足を掛け身体をのけぞらせる。
「ウォオォォオォ~~~ン!」
勝利の
「ウォオォ~ン!」
「ウォォ~ン!」
「ウォオオォ~ン!」
林に待機していたブラック・ファングの部下のダイア・ウルフたちが一斉に吠え始めた。
「やったのじゃ! フェンリルが勝ったのじゃ!」
ピョンピョンとマリスが飛び跳ねて喜ぶ。俺も感無量です。
しばらく、フェンリルとダイア・ウルフたちの遠吠えが続いていたが、フェンリルがブラック・ファングから降りた。
「ウォン」
フェンリルは何やらブラック・ファングに短く吠えている。
すると、ブラック・ファングがフラフラとした感じだったが巨体を起こした。
「グルル」
「ウォン」
「クゥ~ン」
ブラック・ファングは起きた瞬間唸ったが、フェンリルが静かに吠えると、子犬のような弱々しい鳴き声を発した。そして、フェンリルに腹を見せたのだ。
「おー。こいつはビックリ」
「なんじゃ? 何がビックリなのじゃ!?」
マリスは俺のセリフに不思議そうな顔を向けて来た。
「あれはな。服従の証だ」
俺の代わりにトリシアが説明をしてくれる。
「犬もそうだが、狼も同じだ。あの腹を見せる仕草は攻撃の意志はない。貴方に服従します。そういう意味だ。いかに魔獣といえど、そこは変わらないんだな」
トリシアにそう説明されて、マリスの顔がどんどん誇らしげになっていく。
「そうなのかや? では、フェンリルがやつのボスになったのじゃな? さすが我のフェンリルじゃ!」
ブラック・ファングが服従の儀式を終えると、林にいたダイア・ウルフたちも姿を現した。そして全てのダイア・ウルフたちはフェンリルの前に並び
「おお……新たな……群れのボスが誕生した……」
ハリスも感動しているようだ。
フェンリルがゆっくりとした足取りでマリスのところまで戻ってきた。
「ウォン!」
「よくやったのじゃ! フェンリルは我の自慢の家来なのじゃぞ」
マリスはフェンリルの頭をしきりに撫で回している。なんとなくフェンリルも嬉しげに見える。
それを見ていたブラック・ファングたちは目を見開いていたが、何かを悟ったのか一匹ずつマリスの前までやってきて頭を下げている。
「なんじゃ?
「ふふふ。ボスの主人にご挨拶しているのですよ」
ダイアナ・モードからいつのまにか元に戻っていたアナベルが推測を口にする。
「そうだろうな。マリス、お前、ダイア・ウルフの群れの女王さまだぞ」
トリシアがおかしげにニヤニヤしながら言う。
フェンリルが甘えるように大きな頭をマリスの脇の下に突っ込んでスリスリとしている様子は大型犬と小さな飼い主といった風情で心が温まるね。
「我が女王かや? 照れくさいのう」
マリスがモジモジと身体をくねらせる。
「フェンリル、よくやったな」
俺がフェンリルに声を掛けると、フェンリルはマリスの脇下に突っ込んでいた頭をこちらに向けて、小さく首を縦に振った。
二匹は瞬殺してしまったが、ブラック・ファングを含めて残ったダイア・ウルフは総勢一九匹。すごい軍勢だよな。しかし、この群れを連れて歩くわけにはいかないよな。さて、どうしたもんか。
俺は、この群れのボスとなったフェンリルと少々話し合わねばならないな。ああ、マリスも交えて相談しないとマズイかな。
「フェンリル、群れをちょっと待機させておいてくれないか」
「ウォン」
フェンリルは了解といった感じで吠えると、群れに向かって再び吠えた。
「ウオォン!」
すると、群れのダイア・ウルフたちが伏せのポーズで動かなくなった。
「よし、フェンリル、それとマリス。ちょっと陣幕まで来てくれ」
「了解じゃが、何じゃ?」
俺はマリスとフェンリルを連れて陣幕テントに入る。
「さてと……」
インベントリ・バッグから首に掛けるメダリオンを俺は取り出す。これはゴーレムホースたちを作った時に用意しておいた魔法道具だ。魔力を流すと目の前にARウィンドウが開き、OS画面のように文字が流れていく。
「よし、リンク完了だ」
「何なんじゃ?」
「ああ、これか。これはゴーレムと会話するための機械さ。ゴーレムホースやフェンリルのように人語を話せないゴーレムと会話するために作ったんだ。ゴーレムの思考が文字になって表示されるんだ」
マリスがキラキラした目で見てくるが、これは渡す訳にはいかない。
「あげないよ」
「ケントはケチなのじゃ」
「これは管理用だからね。普通に会話したかったら人語機能を持たせる方が楽だぞ? フェンリルに人語機能つけるか? 狼っぽくなくなるなぁ」
マリスが衝撃を受けたような顔になる。
「こ、このままの方が可愛いのじゃ。ワンワン吠えた方がフェンリルっぽいのじゃぞ」
フェンリルを守ってるつもりなのだろうけど、フェンリルの首に抱きついたマリスは逆に守られた子供のようにしかみえないな。
「ウォン」
フェンリルが短く吠える。
画面を確認すると、フェンリルが何を言ったのか解る。
『マリスさまを余りからかわないで下さい』
「そいつは失敬。それにしてもご苦労だったね。上々の働きだ」
『ありがとうございます』
「それで相談なんだがね。あの群れを連れて旅を続けるのは問題がある」
「なんでじゃ!?」
マリスが猛烈なスピードで振り返った。
「そりゃそうだろう。ダイア・ウルフは魔獣だ。野生の動物じゃない。混沌勢と人間たちからは思われているんだぞ」
『そのようです』
マリスはARウィンドウを覗き込む。
「これが、フェンリルが言ってることかや?」
「そうだよ。それで、今後のことだけど。あの群れをどうするかを相談したいんだよ」
「そうじゃの。ダイア・ウルフはギルドの掲示板でも駆除対象じゃったしのう……」
マリスも思案顔になった。
さて、あの群れをどうしたものか。人里で連れ回した場合、俺たちが混沌勢と思われかねない代物だよね。群れの処遇の選択
単純に考えれば、ダイア・ウルフの群れは戦力として有益だ。フェンリルという司令塔がいる以上、命令通りに動かせるはずだしな。それを無闇に捨てるという選択肢は選びたくないね。
さて……どうしようかなぁ……
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