第11章 ── 第15話

 野営の深夜、俺の順番になったので、明日の朝食の仕込みをしながら夜番を務める。


 実はまだまだトンカツがあるのだ。これをいかに料理するかだが、すでにメニューは決めてある。今までのトンカツへの反応を見ると、多分これも好評を博すだろうと予想される。それを想像するだけでニヤニヤが浮かんでしまう。俺って料理人の才能あるんじゃね?



 既に雨が上がり、空に掛かった雲が割れて、この世界にある二つの月がチラチラと雲の間から顔を覗かせていた。

 明日には晴れそうだな。


 俺は空を見上げてそんな事を考えていた。


「ウウウウ~~ッ」


 周囲をウロウロと歩いていたフェンリルが突然唸り声を上げ始めた。


「フェンリル、どうした?」


 フェンリルは唸り声を出したまま、俺の方に振り返り、すぐにさっき見ていた方向に顔を戻す。


「あっちに何かいるのか?」


 俺は大マップを開いてみる。


 フェンリルが見ている方向に赤い光点が二〇ほど光っている。

 光点のある方向は森というにはおこがましいが、このあたりには珍しく木が密集して立ち並んでいるあたりだ。


 俺は光点を一つクリックしてみる。


『ダイア・ウルフ

 レベル:一二

 脅威度:小

 巨大な狼型の魔獣。群れをなし襲ってくる』


 チッ。こんなところで……


 俺はみんなが寝ている陣幕に飛び込んで、全員を起こして回る。


「敵襲だ! 起きろ!」


 一番にハリスが飛び起き、武装準備を始めた。


「敵襲か。数は?」

「敵はダイア・ウルフ。数はおよそ二〇だ」

「二〇かや? 他愛もないのじゃ」


 マリスが敵を舐めた発言をする。


「違うぞマリス。俺たちだけならそうだが、周囲には商人たち一般人もいる。それを守りながら戦わねばならない。言うほど簡単じゃない」


 俺はマリスの気を引き締めるために叱咤しったする。


「そ、そうじゃな。我らだけじゃなかったのじゃ……」

「マリス。お前は商人たちを守ってくれ。お前の挑発スキルがあれば敵が商人に向かう心配はない。それとアナベルもマリスと行ってくれ。商人たちが怪我をしたら確実にヤバイ」

「りょ、了解じゃ!」

「承りました。マリスちゃんと頑張っちゃうのですよ」

「ハリスとトリシア、馬車溜まりの中央に陣取って、警戒に当たってくれ」

「承知……」

「了解だ」

「アルフォート」


 俺はアルフォートに指示をする。


「ジルベルトさんの援護だ」

「当然だな。ローゼン閣下の安全は私が守る」


 外に出ると、全員が持ち場に散る。


『ウォオ~~~ン』


 森……いや林か? とにかくそちらの方向から狼の遠吠えのようなものが上がる。

 別方向から同じような遠吠えが響いてくる。


 やつらは遠吠えでコミュニケーションを取っているようだ。



「ウウウ~~~~!」


 フェンリルが一点を見つめ身構えた。


──ガササ!!


 下生えの灌木かんぼくの二箇所から、巨大な狼、ダイア・ウルフが二体飛び出してきた。


 俺は剣を抜きフェンリルと共に迎撃に入る。


「紫電!」


 三連の突きを俺に向かってきたダイア・ウルフにお見舞いする。フェンリルは飛びかかってきたダイア・ウルフの頭上にジャンプして身体をひねると同時に首筋に牙を突き立てた。


 ほぼ同時に二体のダイア・ウルフが鮮血にまみれて息絶えた。


 他の持ち場も騒動が巻き起こっている。


 ジルベルトさんの馬車は四匹のダイア・ウルフが襲っているようだ。商人たちの馬車の方がいかんせん数が多い。


「トリシア! ハリス!」

「解っている!」


 トリシアに声を掛けると、すでに三台の馬車が密集する方向へ駆け出している。ハリスに至っては、闇に消えたように見えた。


「ギャン!?」


 ふと、ダイア・ウルフの悲鳴のようなものが聞こえた方向を見ると、ハリスが狼の後ろからバックスタブ……後ろからの不意打ち攻撃をしていた。一体、どうやって移動したのか解らないが凄い。


『許さんぞ! ワンコロども! 馬を狙うでない! 我が相手じゃぞ!』


 地響きにも似たマリスの大声……挑発スキルの乗った怒声が周囲に響き渡る。

 大マップを見ると、一斉に赤い光点がマリスを指す青い光点に殺到している。


「鎧よ!」


 マリスが鎧のコマンド・ワードを使ったのが聞こえる。


「このダイアナさまを無視するなんざ、いい度胸だ!」


あ、ダイアナ・モード。キタコレ。


 俺は大マップで周囲の状況を把握することに務めた。危機的状況の所に直ぐにでも向かえるようにだ。

 大マップを見ていて気づいたことがある。林の奥に一つだけ動かない赤い光点が。こいつは何だろう?

 クリックすると、その赤い光点の情報が表示される。


『ダイア・ウルフ/ブラック・ファング

 レベル:二八

 脅威度:小

 ダイア・ウルフの群れのボス。通常のダイア・ウルフよりも大きく危険』


 こいつがボスか……ネームド・モンスターだ。ティエルローゼでは初めて見たな。


「ウォーン!」


 フェンリルが遠吠えをする。


「ウォォ~ン」


 それに反応して林の奥から遠吠えが返ってきた。


 フェンリルってダイア・ウルフとも話せるんかいっ!


 すると、大マップの赤い光点が、次々と林の奥の光点の方へ集結していく。


「なんなんだ? フェンリル。お前が何かしたのか?」

「ウォン」


 何を言っているかサッパリだが、得意げな感じではあるな。


 大マップで群れの様子を見ていると、集結した群れがゆっくりと林から出てくる。


「お、あれがブラック・ファングか」


 林から出てきた群れの先頭には、他のダイア・ウルフと比べると遥かに大きい真っ黒なダイア・ウルフがいた。


「ウォオォ~ン!」


 フェンリルが吠える。


「ウォウォ~ン!」


 それに応えるようにブラック・ファングが吠えた。


 群れの中からブラック・ファングだけが前に進み出る。するとフェンリルがブラック・ファングに近づくように進み始める。


「一騎打ちか?」

「ウォン」


 俺の前を歩いていくフェンリルに話しかけると、フェンリルは肯定するように縦に頭を振りつつ小さく吠えた。


 テッテッテーと足音を鳴らしながらマリスが来た。


「なんじゃ? どうしたのじゃ? 突然狼どもが逃げていったのじゃ」


 マリスは歩いていくフェンリルを見つける。


「お、フェンリル行くかや!? 我も!」


 俺はマリスを抱き上げて止める。


「なんじゃ!? ケント! 離すのじゃ!」

「フェンリルの邪魔しちゃ駄目だ」

「なんでじゃ? 我が行くと邪魔かや?」

「フェンリルは、あの群れのボスと一騎打ちに挑むらしい」


 俺が顎でブラック・ファングを指すと、マリスはそれを見る。


「なんじゃ、あれは。デカイのう」

「どうもネームドらしいな。ブラック・ファングというらしい」

「ふむ。で、その名前はどんな意味じゃ?」


 ああ、これ英語だね。わからないか。


「そうだな。『黒い牙』って意味だな」

「大層な名前じゃのう。フェンリルは銀の牙じゃぞ。黒などには負けん」


 マリスと話しているうちに、仲間とジルベルトさんたち、それと商人たちも俺のところに集まってくる。


「一体何が起きているのですかな?」

「ああ、今、うちのゴーレム・ウルフが、群れのボスに一騎打ちを挑んだようです」

「おお! あのダイア・ウルフ型のゴーレムは本当に凄いですな!」

「ダイア・ウルフ型のゴーレムじゃないのじゃ! フェンリルなのじゃ!」

「おお、これは失敬。フェンリルですな」


 ジルベルトさんと俺のやりとりにマリスが口を挟む。フェンリルはマリスのお気に入りだからね。気持ちはわかる。


 能力的に考えると、フェンリルが負ける心配はない。ブラック・ファングはレベル二八程度だ。フェンリルはミスリル・ゴーレムなのでレベル三五相当の強さを持つ。

 何か問題があるとすれば、敵がネームド・モンスターという部分だ。何らかの特殊能力を持っている可能性がある。これはプレイヤーなどと同じようなユニーク・スキルに該当するものだ。ネームド・モンスターには時々、そういった能力を持つ個体が存在する。


 フェンリルがブラック・ファングの前に立ちはだかる。

 ブラック・ファングの赤い目がギラギラと闇の中で光っている。

 フェンリルの目に嵌め込まれたアクアマリンが青い光を放っているのが対照的だ。


 両者が睨み合い、周囲一帯に緊張が走る。


 俺も緊張してきたよ。自分が作ったゴーレムが未知の敵と戦うんだからね。もちろんフェンリルが勝つと信じてるけど、このドキドキは中々表現しづらいな。

 とりあえず静かに見守ることにしよう。フェンリル! 勝てよ!

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