第11章 ── 第14話

 トンカツを作る上で、現在用意しなければならないものといえばパン粉だ。この世界でパン粉が売っているのを見たことがない。しかし、固いパンばかりが出回っているので作るのはそれほど難しくない。

 おろし金で固くて乾いたパンをゴリゴリしてやればいいだけだ。


 ご飯も用意しなきゃだが、お客がいるので一〇合めいっぱい炊こう。


 ご飯が炊ける間に揚げるための下準備だ。


 作ったパン粉、小麦粉、卵、豚肉で材料はOKだね。ついでにチーズ・トンカツなんかも混ぜてみるか。

 適当な厚さに豚肉をスライス。脂身と赤身部分は筋も多いので切り込みを入れておく。塩と胡椒こしょうで下味。小麦粉を振って溶き卵に浸ける。作ったパン粉を全体にまぶせば、あとは揚げるだけだ。

 揚げるだけのものを大量に作っておく。晩のカツ丼用だ。


 次に油だが。二つの鍋で温度の違う油を用意しようか。二度揚げだっけ? 外はカリッと中はジューシー。そんなトンカツの作り方をするのに使う技法だね。

 油はコーン油とごま油のミックス。ここにラードも足しておこう。香り付けだな。

 油の温度もバッチリっぽいな。よし、準備が整った。ここからが戦場だ!


 まず低い温度の方でじっくり揚げていく。薄い狐色になったら一度油からあげて油を切る。そして高い温度の方にサッと入れてシッカリとした狐色になるまで揚げて……よし! 今だっ!


 試作第一号に包丁を入れてみる。

 サクリという音と共に中からジュワっと油がみ出てくる。完璧だ。


 テーブルの向こうから、ツクシの頭のようにトリシア、マリス、アナベルの頭が出ている。ティエルローゼはこれから冬だというのに、君たちの頭は春だね。


「つまみ食いしたらご飯抜き」


 一応警告しておく。三人の顔が驚愕に飲まれたので、する気満々だったと判断しておく。


 ここからは流れ作業だ。どんどん揚げていく。


 気づいたら揚げすぎたかな? と思うほどになってしまった。四〇枚は揚げ過ぎだな。カツ丼用を考えても多すぎた。余った分はあとで考えよう。インベントリ・バッグに入れておけば、いつまでも揚げたてだしね。


 キャベツの千切りを用意して皿に載せ、切り分けたトンカツも載せる。切ったレモンも添えないとね。ご飯もいい感じに炊けたようだし……


「よし。完璧だ」


 さてと天ぷらも忘れずに準備しないとな。


 料理がほぼ終わったので、誰かに手伝わせようとして見回すが、すでによだれを洪水のように出してるマリスとトリシアが食い入るように見つめているので使い物になりそうにない。仕方ないのでニコニコ顔のアナベルに配膳を手伝わせる。

 アルフォートにはジルベルトさんを招待してくるように指示を出す。


「了解だ」


 アルフォートが嬉しそうにジルベルトさんの馬車へ走っていった。


 配膳が終わり、みんなが席についていると、ジルベルトさんがアルフォートと一緒にやってくる。


「クサナギ辺境伯殿、何やら昼食をごちそうして下さるとお聞きしましたので、足を運ばせていただきましたよ」

「ようこそ、お出で下さいました。俺の手料理ですがご賞味下さい」


 ジルベルトは並んだ料理を見渡す。


「これは見たこともない料理ですな。こんな異国料理は初めてです」

「これはトンカツと言いまして、豚肉を小麦粉や卵などを付けて油で揚げたものです。こちらは天ぷら。これも小麦粉を具材にまぶして揚げたものです」

「小麦粉を? 油で? 随分と豪勢な料理法ですな」


 そうですね。この世界だと油は結構な金額だからね。帝国に至っては小麦は高級食材だしね。


「食べ方ですが」


 ジルベルトに教えがてら、みんなにも食べ方を説明する。


「まず、このカラシを少しずつ付けてください。辛いですから少量ずつ試すといいですね。そしてレモンを絞ってふりかけます。あとは、この中濃ソースを掛けて……」


 マリスとトリシアが見よう見まねで俺の行動をトレースする。


「あとは好きなように食べるだけです。お召し上がり下さい」


 俺は自分のトンカツを一切れ箸で掴んで口に入れる。ああ、これです。久々のトンカツ。ご飯を口に入れれば天国ですね。


「うむう。テンプリも凄かったのじゃが……これも凄いのぅ……甲乙つけ難いのじゃ」


 マリスが何故なぜくやしげに言う。


「これはテンドンに再び相まみえるのを我慢するだけの価値はある。ケントめ、やりおる」


 この二人は天丼を却下したのがそれほど悔しかったのか。まあ、天丼も丼ものの代表格だからな。夜のカツ丼に期待しとけよ。


「ローゼン閣下。どうでしょうか。ケント殿は類稀たぐいまれな料理の腕を持っております」

「これは素晴らしいですな。この中濃ソースとやらは錬金術の香りがします」


 いや、数々のスパイスやら野菜やら使ってますから複雑な味わいですが、錬金術は関係ないですよ?


「特に、このご飯というのと口の中で合わさった時、舌の上で相反する属性が融合するような、大変興味深い現象が現れます。属性節の接合に不可欠なシルトンに似たような何かが……」


 どうも魔法理論の話みたいだが……シルトンって、多重属性魔法を使う場合に属性と属性のセンテンスを繋げる役割の接続詞だよね。ヘルとかスフェンとかイニスとかあるね。属性同士を上手く融合させるのに必要なものだ。属性が一つの魔法でも使う場合があるけど、そういう場合はどういった意味を持つんだろう?


 魔法学校の校長に質問していいのか判断できないので黙っておくことにする。まずは、校長とよしみを結んでおいて、学校見学できた時に魔法学の教師に聞いてみようかね。



 俺は自分の食事もそこそこに、ジルベルトの馬車に待機している御者と執事さんにも料理を持っていってやった。彼らはパンにチーズを載せたような簡単な食事で済まそうとしていたので、とても喜んでくれた。


「ケント!」


 食事の席に戻ってくると、マリスが飛びついてきた。


「どうした?」

「なんか時々、別の味のものが混じっておるのじゃ!」

「ああ、チーズを挟んで揚げたトンカツか?」

「チーズが!?」


 せわしく自分の席にもどったマリスが、お替り用のトンカツ皿に並んでいるトンカツを凝視している。


「ぐぬぬ。どれがチーズなのかわからんのじゃ……」

「ケントは芸が細かいからな。ビックリ要素を仕込んでくるのもお手の物だ」


 トリシアもチーズトンカツ狙いか。


「あらー。私のは当たりなのですよ」


 トンカツをパクリとかじったアナベルが勝利宣言のように言う。


「むう。取られたか」

「我もチーズゥ……」


 トリシアとマリスが羨ましそうにアナベルを見ている。


 可哀想なのでチーズトンカツを大マップで検索してトリシアとマリスに取り分けてやる。ゲーム時代よりもマップ画面は高性能なので、こういう使い方もできる。


「ほら、これがチーズだ」

「さすがケント。私の惚れた男だけはある」

「ケント! 大好きなのじゃーー!」


 うん。ありがとう。というか愛の告白のムードではありませんぞ、二人とも。というか、トリシアは俺の技に惚れてるだけだと思うけどな。マリスは俺の料理の腕にだろ。


「ケント……甘やかし……プッ……過ぎ……だ」


 ハリスに注意されてしまった。甘やかしてるかなぁ? 俺に自覚はないが。でも注意の間でプとか笑いを堪えるのは辞めたほうが良いと思う。



「こんなにも楽しい昼食は久々でした。お招きに感謝を」


 食事後にジルベルトさんに深々と頭を下げられてしまい、少々戸惑った。彼は魔法学校の校長になってからというもの、生徒たちと触れ合う機会が減ったせいで、賑やかな食事というものから遠ざかってしまったそうだ。


「まだ、教師だった頃を思い出しました。こういう食事の風景は固くなった頭を柔らかく保つのに良いものですな」


 しみじみと言うジルベルトに俺は頷く。


「以前聞いたことがありますよ。子供と接していると発想とか感性とかの柔軟性を保てるとかなんとか」

「そうでしょうな。子供は大人が考えつかないようなことを思いつくものですからな」


 ジルベルトは満足そうに馬車へと戻っていった。


 マリスはともかく、トリシアも殆ど悪ガキの類だもんね。子供と変わらん。三〇〇歳越えてるはずだよな? トリシアらしくって俺は気に入ってるけどさ。


 さて、昼飯早々で何だが次は夜飯に向けての準備を開始するとしますか。


 俺はインベントリ・バッグから粘土と轆轤ろくろを取り出す。


「今度は何だ?」


 トリシアが俺の取り出したものを見て話しかけてくる。


「丼ものに欠かせないものを作る予定だ」

「テンドンには必要なかったのか?」


 いいところを突いてくるね。


「そうだな。天丼にも使うが、必須要素じゃないね。でも、夜に出すカツ丼には必須だ」

「あのトンカツをドンにするんだな!?」

「そうだ。そのための準備だ」

「大いに期待するぞ」

「まかせろ」


 俺はトリシアにウィンクして作業に戻る。

 丼ものに欠かせないもの。そうだ。ドンブリを作るわけ。蓋のあるやつね。カツ丼に蓋をすることで蒸らし効果が期待できるしね。


 俺は轆轤ろくろを回して粘土をドンブリの形に作ろうとするが、なかなか上手くいかない。しかし、そのうち頭の中でカチリという音がしてからは上手く事が運んだ。一〇セットほどの蓋付きのドンブリが完成したので素焼きを実施する。


 普通なら乾燥の過程が必要だが、そこは魔法でなんとかした。

 鍛冶用の携帯型簡易炉を工房で作っておいたので、これを使って素焼きを行う。この簡易炉はミスリルのみならず、アダマンタイトまで扱えるほどの高温炉なので、こういう使い方もできる。

 頃合いを見て炉の温度を下げる。これも熱量操作系の魔法で迅速に行程を短縮した。

 釉薬ゆうやくを塗り、仕上げの焼きを行う。


 完成した蓋付きドンブリは白色無地のシンプルなものだが、模様を入れるほどの余裕はなかったので割愛した。



 よし、次はカツ丼だ! そろそろ夜のとばりが下りる頃合いだからね。

 カツ丼はトンカツさえあれば、それほど難しい料理じゃない。ちゃっちゃと作ってしまいましょう。先にご飯を炊いておくことは忘れずに。アツアツご飯に乗っけて蓋をするのがベストですからな。


 以前、蕎麦を作った時の蕎麦つゆをインベントリ・バッグに取っておいたのでこれをベースにしますよ。少々水で薄めてタマネギを煮る感じで火にかける。煮えた頃合いにトンカツを入れる。インベントリ・バッグに仕舞っておいたのでアツアツです。すぐに溶き卵を回し入れる。半熟の状態でアツアツご飯に移し、蓋をする。

 はい。完成です。


「そろそろご飯だぞ」

「まってたのじゃー!」

「今度はどんな食べ物でしょう」

「新たなるドンとの戦いが今始まる」

「私はローゼン閣下を呼んでくる」


 みんなもカツ丼に期待度マックスのようだな。


「カツ丼はタイミングが重要だ。半熟トロトロ、サクサクってな具合だな。ちょうどもう頃合いだな。お前らは先に食え」


 俺の号令でマリス、トリシア、アナベル、ハリスの四人が蓋を取る。


 ふわりと湯気が立ったカツ丼は狙い通りに半熟トロトロの状態だ。


「これは……中濃ソースではないな」

「卵じゃな」

「いいから食べてみろよ」


 マリスがフォークでトンカツを一切れ取り出し口に入れた。


 カッ! っとマリスが目を見開く。ご飯とトンカツが卵とだし汁によって融合し、一つの完成した料理になっているからね。天丼より融合度は高いぞ。


「うまーーーーーー! うまーーーーー!」


 マリスの取り乱し様にトリシアもビックリ顔だ。


「そんなにか? それほどなのか? どの程度の戦闘力だというのか……」


 トリシアは疑い深げだが、口に入れた瞬間、顔を上気させる。その瞬間のトリシアの顔は女の色気にドキリとさせられるほどだが……その後は猛烈な無言かっ込み状態だ。残念美人。


「また、お呼ばれ致しますよ」

「やあ、いらっしゃい。今度はカツ丼です」


 ちょうどアルフォートとジルベルトのカツ丼が完成したので彼らの前にカツ丼を置く。


「三〇秒ほど数を数えてから蓋を開けると食べる頃合いですよ」

「ほほう。それは楽しみですな。一、二、三……」


 俺は自分のカツ丼を作る。



 夜のカツ丼パーティはお替りが続出し、俺自身は作るのが忙しくて殆ど食べることは出来なかった。残念だけど仕方ない。また作ればいいさ。


 こうして、野営の夜が深まっていった。

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