第11章 ── 第13話

 ポーフィックたちに護衛されたミネルバをアドリアーナの南門まで見送った後、俺たちも帝都への旅に出発した。


 帝都方面はアドリアーナの西門を抜けた先にある。行程は二日程度だ。帝都との間に帝都の衛星都市リムルが存在するのでデニッセル率いる帝国軍が街道に展開できるまで、リムルに滞在することになるかもしれない。


 リムルへ続く街道は、帝都が近づいているだけあって整備が行き届いている。交通量もそこそこあるようだ。


 俺らがゆっくりと進んでいるので、いくつかの馬車が追い抜いていった。追い抜いていったのは殆ど商人の馬車のようで、商品を運んでいる性質上、道を急いでいるのではないかと推測する。


 一日目は何事もなく過ぎ、二日目に入った。この日は生憎の雨模様で防水された防寒用の外套をかぶって御者台に登った。他のメンバーも同様だ。


 お昼ごろ、休憩や宿泊できそうな馬車溜まりを発見し、そこへ馬車を停める。すでに何台か馬車が停車している。三台は商人の馬車で、隅の方に固まっている。一台だけ豪華な馬車が停まっていて、これを商人たちの馬車は避けるようにしているようだ。

 俺はそんなことはお構いなしに、開いているスペースへ馬車を乗り入れる。ゴーレムホースの引く馬車は相当に目立つので、商人たちが遠目で俺らの馬車を眺めているのが確認できる。


「よし、今日はここで野営しようか。道が泥濘ぬかるんでいるから馬車が心配だしね」

「そうか……」


 トリシアとマリスも馬車の近くにダルクとフェンリルを停止させる。


「ここに泊まるのかや?」

「そうする予定。泥濘ぬかるみが多すぎて馬車が車輪を取られかねないからね」

「道の整備は行き届いているが、雨なら仕方ないな」


 排水設備なんて考えはこの世界にはないだろうしな。現実なら側溝を掘って水はけをよくするものだが。


 俺は馬車の上に以前買ったほろを広げ、片側に棒を立てて天蓋風にする。さらに帝国軍が放置していった天幕を組み立てておく。泊まる場合にこういった装備が役に立つね。


 俺たちが野営の準備をしていると、例の豪華な馬車の扉が開き、身なりの良い初老といった感じの紳士が降りてきた。どうみても貴族だな。帝国の貴族はアルフォートやデニッセル、すでに死んだがヴォルカルスくらいしか知らない。でも、この貴族風の人物は彼らとは少々おもむきが違う感じがする。


 紳士は執事風の人に傘を差し出されると、それを差してこちらに歩いてくる。


「少々失礼してよろしいかな?」


 紳士は俺らに丁寧に話しかけてきた。


「なにか?」

「この銀の馬と狼は大変珍しいものですな。少々拝見させて頂きたい」


 騎乗ゴーレムはこの世界では珍しいから見に来たのか。断るのも面倒だし許可するかな。


「いいですよ」

「では失礼して……」


 紳士はゴーレムホースの一体、ダルク・エンティルを選びぐるりと周囲を周りながらゴーレムホースを鑑賞している。


「ふむ、これは乗る人物に合わせた設定ですかな?」


 近くにいたトリシアが紳士に話しかけられている。


「そうだな。これは弓を使う私の為に矢筒を大量に装備できるように作ってもらっている」


 若干自慢げにトリシアは説明する。


 紳士は泥の地面に片膝をつき、ゴーレムホースの腹の部分を覗き込みはじめた。貴族っぽいのに泥汚れとか気にしないのかな?


「精巧にできていますな」

「そうだろう? うちのケントは中々の腕なんだ」


 ゴーレムホースを褒められ、トリシアは得意げだ。


 紳士はひとしきりダルク・エンティルを眺めたあと、フェンリルに対象を変える。


「これは珍しい。ダイア・ウルフのゴーレムとは」


 紳士がダルクに向けたよりも熱心な目でフェンリルを眺め回す。

 フェンリルは居心地が悪そうに身じろぎをしつつ、マリスに目を向ける。


「クゥ~ン……」


 フェンリルはマリスに何かを訴えるように小さく鳴いた。


「おお、音声機能まで搭載しているのか。これは凄い」


 彼の関心はゴーレムの機能に向いているようだ。


「この表皮は毛のように見えますが、一体どうやって……」


 マリスは紳士に質問を投げかけられて戸惑っている。


「我に聞かれても困るのじゃ……」


 マリスが懇願するような目を俺に向けてくる。仕方ないな。


「どうしましたか?」

「いや、これほどのゴーレムを拝見したのは初めてでしてな。このダイア・ウルフ型のゴーレムは物凄い出来ですな。この毛並みはどのように再現したのか知りたいものです」

「ああ、これですか、ゴーレム表面にミスリル製の銀糸を植えて作ってありますよ。中々苦労したけどリアルでしょう?」


 別に隠すほどの情報ではないので素直に教えてやる。工房のオートメーション機能を使ったのである程度の作業は自動で出来たけどね。


「リアル……古代魔法語で……『真実』でしたかな。しかし、これは素晴らしい技術ですな。私もいつかこんなものを作ってみたいものです」

「へぇ。お爺さんは魔法道具技師か何かですか?」


 俺は興味を持ったので聞いてみる。


「いや、そこまでは行っていません。ただ、魔法道具の研究ばかりを続けてきましたのでな。これほどの魔法道具は是非とも拝見したかったのです」

「お名前をお伺いしても?」

「これは失礼。ジルベルト・フォン・ローゼン侯爵と申す」

「これはどうも。俺はケント。ケント・クサナギ辺境伯と申します」


 俺の名前を聞いて紳士の顔が驚いたような顔になる。


「先ほどの方が申しておりましたが、もしや、このゴーレムたちを作られた方では?」

「そうです」


 紳士が手を差し出してきた。


「是非、握手をして頂きたい。これほどの魔法道具の製作者殿にお会いできる機会はそうそうありませんでな。一度だけ王国の高名な魔法道具製作者とお会いして以来となります」


 王国の魔法道具製作者で有名っていったらシャーリーのことだろ? 六〇年以上前に死んでるけど、この紳士は会ったことがあるのか? どうみても五〇代後半くらいだぞ?


 出された手を一応掴んでおくが、不思議な爺さんだな。

 俺の顔から疑問の色でも読み取ったのか紳士は笑い始める。


「会ったのはもう七〇年も前になりますな。こう見えて私は一〇〇年以上生きておりますのでね」


 そりゃ長寿だな。魔法か何かで延命しているのかもしれない。是非その技術は聞いてみたいが、国家機密かもな。


「シャーリーと会ったことがおありですか。シャーリーが作ったゴーレムはもっと凄いのがありましてね。見た目はほぼ人間のゴーレムでしたよ」

「おお、そのようなゴーレムが! 是非一度拝見してみたいものです」

「そのうち機会があればお見せできるかもしれませんよ」

「その時は是非!」


 ジルベルトは両の手で俺の右手を包むように固く握手してきたので、俺も左手を添えておいた。


 ジルベルトがゴーレムホースを一頻ひとしきり眺めて自分の馬車に戻っていった。

 俺はその後、野営の準備をみんなに手伝わせて終わらせた。


 アルフォートが馬車から降りてきてジルベルトの馬車を見た。


「あれは帝国貴族の馬車のようだが」

「ああ、あれはジルベルト・フォン・ローゼンって侯爵らしいよ」

「え!?」


 アルフォートが猛烈に驚く。


「ローゼン閣下だって!?」

「お、知ってる人?」

「知ってるも何も、帝都の魔法学校の校長閣下だ!」


 はえー。そんな人物だったんか。自分の地位をひけらかしてこない貴族は珍しいな。デニッセルも偉ぶったところがないし、帝国貴族ってそういう出来た人物が多いのかな?


「ちょっと挨拶してくる」


 アルフォートがそそくさとジルベルトの馬車へ向かっていく。


 アルフォートは魔法学校の卒業生だし、校長に挨拶しないなんて非礼は出来ないと思ったのだろうね。今まで貴族の体面を気にしていたみたいだけど、これは別問題ってことかな。


 遠目でその様子を見ていると、降りてきたジルベルトにひざまずいて挨拶をしているアルフォートが見える。

 そんなアルフォートの肩にジルベルトは手を置いて話しかけているようだ。師弟関係って良いね。異世界に来てしまった俺は、自分の恩師にもう会えないので少々うらやましく感じるよ。


 アルフォートが戻ってきたのでみんなに提案してみる。


「どうかな。今日のご飯はジルベルトさんをお招きしようと思うんだが」

「それはいいな!」


 最近は行動が控えめなアルフォートが嬉しげな声を上げる。


「私は構わないぞ」

「我もじゃ」

「賛成でーす」

「右に……同じ……」


 みんなの同意が得られたので、そうすることにしよう。


「で、今日は何が食べたい?」

「テンプリ!」

「テンドンと再戦したい」

「美味しいですもんね」

「左に……同じ……」

「あれならローゼン閣下もご満足なされるはずだ」


 満場一致かよ。でもそれじゃつまらないな。


「よし、天ぷらは作るけど……天丼じゃないものを作りたいな」

「なんじゃと!?」

「それは了承できんな!」


 とたんにトリシアとマリスからブーイングが起こる。


「いや、丼は夜作るよ。その前に作りたいものがあるんだよ」


 俺は料理の構想を練る。揚げ物が成功したので次はアレに挑戦したい。カラシもあるしね。

 実は、ここのところ少しずつだが試行錯誤して、ある調味料を作り出した。

 それは中濃ソースだ。物凄い色々と材料を試してみて、やっと満足がいくものが出来た。


 それを踏まえて、俺は『トンカツ』を提唱したい。久々のトンカツを俺が食べたいのだ。

 数を作っておいて夜にカツ丼にするわけだ。


 俺はトンカツを想像して顔が緩み始めた。

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