第11章 ── 第12話
メリッサ嬢の目は何か神聖なものを見るようなキラキラとしたものになった。というか、その後、感極まって泣き出したんだけどね。
「受付やってて良かった……グスッ」
俺が嘘ついてたらどうするんだろね、ホントに。もっとも、片腕が義手のエルフってのもトリシア以外いないだろうからなぁ。
気絶しているポーフィック以外の冒険者は、俺らと受付嬢のやりとりを見て、初めて自分たちがどんな人物を相手にしていたのか知った。
メリッサと同じ様に感激に泣き出すものも少なからずいた。というか、男がグスグス言っているのが見苦しかったな。何人かはトリシアに握手やらサインやら求めに来たよ。顔を
トリシアは有名なことに頓着しないが、ファンへの対応はかなり優しい。サインも握手も嫌がらずに受けてやっているしね。
「さて、そろそろ本題に入りたいんだけどね」
「え、あ! はい! こちらのお嬢さんのご依頼でしたね!」
そう。君たち、トリシアの正体知ってから忘れてたでしょ。ちゃんと仕事しなさいよ。
「では、こちらで依頼の詳細などをお聞きします」
メリッサの案内で通された部屋は、さっきの個室……ではなく、ギルドマスターの執務室にある応接セットでだった。というか、ギルドマスターが出張ってきて直接依頼内容を確認することになった。
「これはこれは、よくぞお出で下さいました。大陸東方随一の冒険者トリ・エンティルさまにいらっしゃっていただけるとは光栄です。私は冒険者組合アドリアーナ西支部のギルドマスター、シトリング・ホーケンと申します」
トリシアは無言で頷いているが、少々不機嫌な顔をしている。
「それで、こちらのお嬢さまのご依頼とお聞きしましたが」
「そうです。彼女はここから南の方にある村、ハドソン村の住人です。そこで採れるゾバルという穀物を年に二回ほど村からオーファンラント王国のカートンケイル要塞まで輸送します。その輸送時の護衛に冒険者のチームを派遣して頂きたい」
俺が任務を説明するたびにミネルバがコクコクと頷いている。
「なるほど。ということでよろしいんですね?」
ギルドマスターのシトリングがトリシアに確認を取る。
「ケントがそう言っているだろ」
「畏まりました。それで年二回の時期ですが……」
ギルドマスターはトリシアの顔ばかり見ている。依頼人はミネルバだぞ?
「ミネルバ、いつ頃になる?」
「はい。一回目はだいたい夏の始めです。アンビエルの月の二〇日くらいから収穫が始まります。秋はちょうど今頃でしょうか。」
「その頃に冒険者を五人程度派遣してもらい、ハドソン村からカートンケイル要塞までの行きと帰りに護衛して頂くわけです」
アンビエル月(五月)の二〇日なら現実世界では七月下旬に入ったところだな。
「行程は片道およそ八日くらいかな? 予備日を考えて一〇日前後でしょう」
「ということですが……」
「おい」
ギルドマスターの言葉をトリシアが遮る。
「は? 何でございましょう?」
「シトリングと言ったか。私は今、非常に不愉快だ」
トリシアの言葉にギルドマスターが慌てる。
「何か不手際でもありましたでしょうか?」
「不手際? 大いにある。お前は今さっきからケントの説明を聞いているのか?」
「も、もちろんお聞きしていますが……」
「では、なぜ毎回私に確認をとる」
ギルドマスターは不思議そうな顔をする。
「解っていないようだな。私の所属するチーム『ガーディアン・オブ・オーダー』のリーダーはケントだ。お前は私のリーダーであるケントを軽んじているようだ。これを不愉快と言わず何というか」
「なんじゃと!? ケントを軽んじるなぞ許さんぞ!」
トリシアはかなり怒っているようだ。マリスはトリシアの言葉を聞いて初めて気づいて怒り出した。
「ケントは私が認めた……いや、私など足元にも及ばない冒険者だ。私はケントの部下になれたことを大いに喜んでいる。そのケントを軽んじるなど許す訳にはいかない」
「い、いえ……決してそのような事は……」
「軽んじていないとでも? 貴様の胸に手を当ててよく考えろ。本当にそうか?」
ギルドマスターの顔は見る見る青くなっていく。トリシアは怒っているはずなのに口調が丁寧で逆に怖い。ハリスが身動ぎもしないのを見ると、彼も気づいていたようだな。
「ギルド憲章六項だ」
「憲章六項……所属するものは……誠実に、公正に、事に当たるべし……」
シトリングが憲章六項を暗唱する。王国のギルド憲章も帝国のギルド憲章も同じなのかな? 協力関係だっていうし、そこの辺は合わせているのかも。
「お前の態度は公正か? 誠実か? お前はケントの話に相槌しか打っていない。依頼人となるはずのミネルバには声すら掛けていない。そのようなものがギルドマスターで、所属する冒険者たちが果たして憲章を守るだろうか。お前は冒険者たちの模範として適任だろうか。私はそうは思わない」
まあ、もっともな意見ではある。しかし、トリシアは有名人だし、チームリーダーと思われていたのかもしれないよ? でも、ミネルバへの態度は確かに誠実じゃないな。
「も、申し訳ありません!」
シトリングが床に身を投げ出して頭を下げた。
「今頃、事の重大さに気づいても遅いんだがな。そもそも私はギルドマスターが依頼の確認をすると聞いた時から嫌な予感がしていた。これはギルドマスターの職務ではない」
なるほど。だから最初から不機嫌だったのか。納得です。
「だが、今は依頼と契約をしてしまおう。我々も暇じゃないからな。だが、この事は帝国の冒険者ギルドのギルドマスター議会に報告を上げてもらうぞ」
「はい……仰せのとおりに……」
ギルドマスターは床にへたり込みながらトリシアに返事をした。気の毒だけど……オリハルコンの権限だっけね。帝国でも王国の肩書が有効なのかな?
その後はスムーズに進んだ。
冒険者組合の上級事務員が呼ばれ、依頼内容と期間、依頼の条件、依頼の報酬など必要なことを事細かに聞かれ、書類が出来上がっていく。最後に依頼手数料として報酬の四分の一程度のお金を支払えば完了だ。
上級事務員が魔法道具で依頼書を別の羊皮紙に複写してミネルバに渡してくれる。
「あ、ありがとうございます」
「今回の依頼は定期クエストですので、その依頼書は失くさないようにお願いします」
「わかりました!」
上級事務員に言われ、ミネルバは依頼書を服の内ポケットに仕舞い込んだ。
腑抜けになって椅子に座ったままのギルドマスターを置いて、俺たちと上級事務員が執務室を後にする。
「さて、手続きは終わったし、一度宿に帰ろうか?」
俺たちが冒険者組合から外に出ようとすると、後ろからドタドタという足音が聞こえてくる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
振り返るとポーフィックと呼ばれた例の
「ん? まだ何かあるのか?」
「い、いや……俺は……お前に……」
なんかモジモジしている。男のそんな姿には萌えは感じないな。
「なんだよ。ハッキリしろよ」
「済まなかった。さっきは俺の早とちりだった。許してくれ」
ポーフィックが深々と頭を下げた。トリシアたちにボコられた周囲の冒険者たちも俺たちの方に向き頭を下げている。
ふむ。ポーフィックがこの支部の顔なのは本当のようだな。それに、この潔さは好感が持てる。冒険者とはこうあるべきだな。
「頭を上げろよ。別に気にしちゃいないよ。俺らも君たちをボコっちゃったからね。おあいこだ」
「ありがたい。恩に着る」
顔を上げたポーフィックが嬉しげに笑う。なかなか気持ちのいい男だな。
「あ! そうだ。ミネルバの帰りの護衛の手配してなかった!」
俺は一番重要な要件を忘れていた。ギルドマスターの件のせいで忘れてた……
「どうしよう……?」
俺はミネルバたちに振り向いた。
「抜けてるな、ケント」
「そうじゃな。確か帰りに冒険者雇えって言ったのはケントじゃったぞ?」
トリシアとマリスの言葉に何も返せない。うーむ。俺も間抜けだなぁ。
アナベルがハリスの顔を見ている。ハリスは肩をすくめている。
「どうした? 何か困りごとか?」
ポーフィックが話しかけてくる。
「いやね。クエストの依頼を出したんだが、それとは別件の依頼を忘れてて。この子が村へ帰る時の護衛が必要だったんだよ」
「それなら、俺のチームがやってもいい」
ポーフィックが解決の糸口を提示してくる。彼なりのお詫びなのだろう。
「俺のチームは今、依頼を受けていないしな。まあ、報酬次第だが」
報酬次第か。冒険者かくあるべし……だな。
「そうだな。護衛はアドリアーナから南の方にあるハドソン村まで、この子の護衛だ。徒歩で三日くらいだっけ? 報酬は銀貨一枚かな」
「銀貨一枚!? 三日で!?」
ポーフィックが驚いている。片道一〇日、合計二〇日の護衛の仕事で銀貨二枚程度だし破格だろう。だが今回は依頼書など大切なものを持っているミネルバの護衛だから、このくらいは出さないとマズイだろうしね。
「安くないと思うが?」
「その報酬なら喜んで受けるぜ! リザードマンと小競り合いするより
この辺りにはリザードマンがいるのか。ドーンヴァースのリザードマンとどう違うのか見てみたいところだな。
「おい。みんなどうだ?」
ポーフィックは丸テーブルの一つに座っているグループに話し掛けている。あれがポーフィックのチームメンバーだな。装備でなんとなく職業が解る。
彼のチームメンバーは異論はないようだ。
「それじゃ頼めるかな? ギルドは通さなくていいんだっけ?」
「大丈夫だ。後で報酬から規定分を払えばいい」
なるほど。そういうシステムね。ファルエンケールからトリエンまで護衛したカスティエルさんの案件も、こんな感じだったんだろうね。
「了解だ。出発は今日だけど準備は?」
「問題ない。今日は新しい依頼を探しに来ていた。すでに準備は整っている」
「それじゃ付いてきてくれ。俺たちはまだ宿を引き払ってないからね。それが済んだら護衛してやってくれ」
「承知した。おい。野郎ども! 仕事に掛かるぜ!」
「「おう!」」
丸テーブルから彼のチームメンバーが立ち上がった。なかなか威勢がいいな。この分なら問題なさそうだ。
俺たちは宿に戻ると直ぐにチェックアウトした。馬車とゴーレムホースたちをインベントリ・バッグから取り出して準備をしているところをポーフィックたちのチーム『鷹の爪』が見て
ゴーレムホースは珍しいからね。というか、多分俺たちしか持ってないだろ。
そして、トリシアが、あのトリ・エンティルだと知ったポーフィックが再びカクーンと口を開けたのには流石に吹き出した。あの後、誰もポーフィックにトリシアの正体を教えなかったのかね。ちょっとした
だが、トリシアを従えた俺に負けたということに、ポーフィック自身は納得がいったようだった。そういう納得のしかたってのもあるだろうしな。
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