第11章 ── 第11話

「オーファンラント王国から来たんだが、一応帝国の冒険者ギルドに挨拶しておこうと思って出向いたのですが」


 受付嬢はオーファンラントと聞いても驚きもしない。かえってニッコリ笑ってくれる。協力体制は強固と見ていいかな?


「王国から遥々はるばるよくお出で下さいました。帝国内でクエストの受注をご希望ですか?」

「いや、俺たちは挨拶だけ。それと知り合いの子が定期的なクエストの発注をするので連れてきています」


 俺はミネルバを受付嬢の前に連れてくる。受付嬢はミネルバを品定めするように見つめる。


「ご依頼は初めてでございますか?」

「は、はい!」


 ミネルバは緊張気味だ。


「お客様は王国の方でしょうか?」

「いや、この子は帝国民だよ」


 受付嬢は王国民の知り合いが帝国民だというのが不思議なのか首をかしげる。

 俺は自分の冒険者カードを受付の前に提示して、ミネルバの依頼について説明する。


「この子の村の農作物を俺が定期的に買い付ける契約を結んでね。その農作物の輸送を冒険者に護衛してもらうために来たわけ」


 受付嬢は俺の冒険者カードを見て目をまん丸にしている。


「プ、プラチナランク……ケント様ですね!?」

「そう。ケント・クサナギ辺境伯だ。よろしく」

「へ? 辺境伯? え? 冒険者の方じゃ……」

「ああ、冒険者でもあり、王国の貴族でもある」


 受付嬢がどう対応していいのか解らないといった感じでしどろもどろになる。


 丸テーブルで談笑していた一人の冒険者が、受付嬢のただならない様子を見てとり、近づいてきた。


「メリッサちゃん、どうした? こいつらに虐められているのかい?」


 どうも俺が受付嬢に絡んでいるとでも思ったのだろう。冒険者は俺の顔を睨みつつもメリッサに向かって話しかける。腕には自信がありそうだね。レベルは……一七か。


「え? ポーフィックさん!? ち、違いますよ!?」

「遠慮すんなよ、メリッサちゃん。迷惑掛けられてるなら俺が何とかしてやるよ」


 ポーフィックと呼ばれた冒険者は、俺に向き直ると指をポキポキならしはじめる。


「よお、兄ちゃん。ここがどこだか知ってんのか?」

「冒険者ギルドだろ?」

「それを知ってて悪戯いたずらしにきたのかよ」


 ポーフィックは俺よりも二〇センチも身長が高い。胸板は二倍近く厚いな。


「何を勘違いしているのか知らないが、俺らは挨拶とクエスト依頼に来ただけだよ」

「そ、そうなんですよ! ポーフィックさん!」


 受付嬢が慌てたようにポーフィックをなだめようとするが、ポーフィック自身はすでにストッパーが外れているのか聞いていないようだ。


「その格好を見るにお前も冒険者だろうが。依頼なら自分でやったらどうだ?」

「あいにく、俺らは仕事の途中でね。帝都にいかねばならないから、依頼をこなしていられないんだよ」


 受付嬢がカウンターから出てきて、ポーフィックを止めようと必死に彼の腰に手を回して引っ張っている。体格差がありすぎでピクリとも動いてないけどね。


 俺はミネルバを後ろに押しやる。見ればトリシアたちはニヤニヤしている。マリスに至っては欠伸あくびしている始末だ。君たち穏便に済ます気ないだろ? どうりでポーフィックとかいうヤツの怒りがどんどん高まってるわけだ。どうみてもバカにしてるもんな。


「いい度胸だな。俺はポーフィック。ここいらじゃ一番の拳闘士フィスト・ストライカーだ。やるなら相手になってやる」


 このポーフィックってのも大概だな。人の話を聞いちゃいないし。ちょっとイラっとした。うん、イラっとしたよ。


「へぇ。君程度で一番なのか。帝国の冒険者も大した事ないな」


 俺はポーフィックを挑発した。だが、この挑発はギルド内にいた全員の冒険者たちの耳に入ってしまったようだ。そこら中から席を蹴って立ち上がるようなガタガタという音が聞こえた。


 周囲を見渡すと、殆どの冒険者が俺たちの方を見ていた。うわー。ちょっとマズったかなー。別に敵対するつもりじゃないんだが……


「てめぇ……」


 ポーフィックの右の拳が一瞬のうちに俺の顔の横に飛んできた。といってもはたから見たらだ。

 俺はその拳を右手のてのひらで優しく包み込むように止める。


──バシーン


 ポーフィックの渾身の右フックをふんわりと止めたのだが、俺のてのひらに激突した右拳がかなり大きな音を立てる。なかなかの威力だな。


「な!? 俺の拳を止めるだと!?」


 ポーフィックが慌てて俺から距離を取る。ポーフィックにしがみついていたメリッサ嬢がふっ飛ばされてしまった。だが、慌てて駆け寄ってきた他の冒険者に受け止められたようなので怪我はないだろう。コイツは加減もしらないのか。というか、お前さん、この受付嬢を好きなんじゃないの? 駄目だコイツ。


「やれやれ……剣を抜くほどの相手じゃないな。では、お望み通りに素手でお相手しようか。俺はケント。魔法剣士マジック・ソードマスターだ」


 俺は半身に構え、左手をふわりと自分の前に出す。その左手をくるりと回して手の甲をポーフィックに向ける。そして、四本の指をクイクイと曲げたり戻したりする。おいでおいでという感じだ。中国拳法の映画とかに良くあるアレだ。一度やってみたかったんだよね。


「楽しくなってきたな!」


 トリシアが剣を抜いた。おいおい。抜くなよ……死人が出るぞ!?


「心配するな。傷一つ付けないよ」


 俺が心配そうな視線に気づいてトリシアが言う。


「我もー!」


 マリスはタワーシールドを手にする。剣は抜かないようなので安心。

 ハリスはミネルバを入り口の扉近くに退避させ、彼女の前で静観しはじめる。うん。ミネルバを守ってやってくれ。頼むぞ。


「ふふふ……本当に楽しそうですねぇ」


 俯きながらも眼鏡をクイっと指で上げるアナベルが、不気味な笑い声を出している。


 すでに俺ら一行と、帝国の冒険者たちは一触即発状態だ。まだ戦闘には入っていないが、何か切っ掛けがあったら……


「あ、あの……」


 ミネルバがハリスの背中から顔を出して、少々間の抜けた声を掛けてきた。その声がゴングとなってしまった。


 帝国の冒険者たちが一斉いっせいに飛びかかってきた。


 ポーフィックが渾身の右が上背を有効に使い、上から襲ってくる。


「ウルフ・ファング・ライトニング!」


 ぬ!? こいつスキル使いやがった! 殺す気か!?


 俺は回避スキルを使いその右ストレートの下をくぐる。


 ガラ空きの腹に一発……


 俺の背中にチリチリと電流が走る。マズイ。


 左の拳が低空から飛んできていた。山突きか! 俺は慌てて手をクロスさせて、下からの拳を受け止める。


 だが、すくい上げるように飛んできた左拳の威力は凄まじく、俺の身体が一瞬、宙に浮く。


「決まった!」


 ポーフィックが嬉しげな声を上げる。決まってないんだけどね。


 俺はその反動を利用してバック宙するような形になった。あ、すき発見!


 くるりと回りながらポーフィックのあごに、サッカーのオーバー・ヘッド・キックの要領で蹴りをお見舞いしてやる。


「飛燕蹴り……」


 着地と同時に俺はボソリと今思いついた技名をささやく。頭の中でカチリと音がなる。 ふと見ると、ポーフィックがふわりと宙を舞っている。

 スローモーションのように飛んでいき、丸テーブルの上に盛大な音を立てて落下した。


──ドン! ガシャーン!


 テーブルがポーフィックの体重に耐えきれず崩壊した。上にあったグラスも床に落ちて砕け散った。


 周囲ではトリシアが剣の柄で冒険者たちの腹を次々に突き悶絶させている。マリスは手加減はしているようだがチャージ・スキルで何人も冒険者をふっ飛ばしている。


「うははは! 私に戦いを挑むとはな! テメェら、なんて愉快なんだ!」


 あ、アナベルさん、人変わってる。あのバージョンはダイアナだっけ?


 アナベルはウォーハンマーで冒険者をすくい上げるように打ち上げ飛ばしている。あの振り方なら死なないかな。手加減は出来ているみたいで良かった。


 おっと、ポーフィックは大丈夫かな?


 俺はまだ起き上がってこないポーフィックの様子を見に行く。

 ポーフィックは壊れたテーブルの上で大の字になって白目を向いていた。


 あらら、一撃で気絶しちゃったか。


 気づくと、周囲も戦闘は終わったようだ。二〇人以上いた冒険者たち殆どが床に転がりうめいている。


「ま、こんなもんか」

「不甲斐ないやつらじゃのう。帝国兵どもでも我に少しは傷を負わせたというのにの」

「おい。テメェら、もう終わりか? 口ほどにもねぇな!」


 トリシア、マリス、アナベルは床に転がっている冒険者たちに向かって罵声……ってほどでもないけど、追い打ちを掛けてるね。


 俺は壁の隅でアタフタしているメリッサ嬢に近づいていく。


「あわわわ……」


 受付嬢はもうどうしていいのか解らないといった風情だな。


「メリッサさん?」

「あ! 辺境伯さま! 我が組合所属の冒険者たちが大変申し訳ありません!」


 メリッサ嬢はペコペコと頭を下げ始めてしまう。というか、ほぼ土下座です。


「あ、いや。こっちこそゴメン。俺もだけど、ウチのメンバーは血の気多くてね……でも、もう大丈夫ですから。落ち着いて!」


 俺は必死にメリッサを落ち着かせようと試みる。


「他国とはいえ、貴族さまに! いえ! プラチナ・ランクの冒険者さまに!」


 なんか、支離滅裂になってきてるよ。


精神平静マインド・カーム


 俺はメリッサ嬢に魔法を掛けてやる。


「あー……」

「落ち着いた?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 俺はメリッサに手を貸して立ち上がらせる。


「さて、ちょっと大騒ぎしちゃったけど、もう大丈夫かな」


 周囲を見回して安全を確認する。もう戦後処理が始まっているよ。


 後方支援職たちが床に転がる冒険者たちに薬草やら魔法やらを使っている。トリシアたちも俺の方に戻ってきた。


「ふう。なんか汗が出てますわ」


 アナベルはハンカチで少々出ている汗を拭っている。


「冒険者は一発ガツンと力を見せてやれば大人しくなるもんだ」

「大人しくというか……ただ、ぶっ飛ばしただけなんじゃがの」


 俺はメリッサ嬢に向き直る。


「とまあ、これが俺のチーム『ガーディアン・オブ・オーダー』の仲間たちだ。一応紹介しておくね。この鎧の子が守護騎士ガーディアン・ナイトのマリストリア」

「よろしくの!」


 タワーシールドを背中に背負い直していたマリスが両手を上げてピョンピョンと飛び跳ねる。

「で、ハリス・クリンガム。野伏レンジャー……でいいんだよな?」

「ああ……そうだ……」


 ハリスは俺の紹介に、短く応える。


「こっちのエルフがトリシア・アリ・エンティル。魔法野伏マジック・レンジャーだ」


 トリシアを差して紹介する。トリシアは腕を組んで頷く。


「トリ……!?」


 メリッサの目が見る見る大きく見開かれていく。また、そのパターンですか?


「で、さっきも言ったけど、俺が魔法剣士マジック・ソードマスターのケントだ」


 受付嬢、俺の言葉なんか聞いていません。トリシアを凝視しまくりです。

 ぐぬぬ。トリシアは有名人だからなぁ……仕方ないんだけど、ちょっとくやしい。


 俺もいつか、トリシアぐらい有名になれるかなぁ……もっと、努力しないと駄目かね。

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