第11章 ── 第9話
宿屋の主人に金を握らせて厨房をしばらく貸してもらった。宿の料理人が嫌な顔をしたが、主人に握らせた金額が結構なものだったので主人に懐柔されて黙った。
俺は
そば粉を練って生地にしていくあたりになると、興味深そうに覗き込んでくるようになった。彼も見たことのない料理が気になるのだろう。
打ち粉をして前に作った即席麺棒で丁寧に伸ばしていく。いい感じになったので、畳んで切る。料理スキルのお陰でほぼ均一な美味しそうな蕎麦が出来上がった。
バットに蕎麦をならべておいて、次の作業に移る。天ぷらの準備だ。今回は魚介が大量に手に入ったので魚介中心の天ぷらにしよう。
宿の料理人はすでに興味津々で、時々質問をしてくるほどだ。素っ気なくするのも何なので、質問に適当に答えておく。それほど難しい料理じゃないから見てればわかるけどね。
小麦粉と卵と水を適量、ボウルに入れて混ぜる。天ぷらのタネになる食材を下ごしらえ。
さてと、ご飯炊かなきゃね。
「これは何でしょうか? 小麦……ではないですね」
「これは米だね。大陸西方で手に入る穀物だよ」
帝国では流石に売ってないね。
米を研いで火にかけたら、天つゆを作る。天丼用の濃いのも作るよ。
一人で作ると、とにかく作業が多くて大変。
宿の料理人が手伝ってくれるというので、指示を飛ばして天ぷらのタネをカットさせたりした。
蕎麦つゆを作る。
一番出汁で蕎麦つゆを作ろう。ざるそばの基本だね。現実世界でも今どきの蕎麦屋はそういうのないみたいだけど。ノリが乗ってるか乗ってないかってだけだよね。
蕎麦つゆが出来上がったので、それをベースに天つゆを量産する。これを半分に分けて、片方を少し煮詰めて濃いものにする。
そうそう、大根おろしも作っておかねば。
俺が大根をおろしていると、宿の料理人が話しかけてきた。
「師匠。それは俺が」
「あ、そう? ありがとう」
いつの間にか料理人は俺のことを師匠と呼び出した。そして手伝う姿が大変真面目な態度になっていた。まさに真剣といった感じだね。
食堂の机をいくつか並べて、その上に料理を置いていく。
ふと見ると、食堂の横にある階段の隅から幾つか顔が覗いていた。マリスとトリシア、それと何故かミネルバだ。なんか、昔はやった団子の姉妹みたいになってて面白かった。
「おい。出来たぞ。みんなを呼んできてくれ」
俺がそう声をかけると、三つの頭は引っ込んだ。
すぐに幾つもの足音が聞こえて、全員が降りてくる。
「待ちに待ったのじゃ!」
「も、もう耐えきれん」
マリスとトリシアはいつもどおりだな。
「見たことのない料理がいっぱいだ」
アルフォートは興味津々で料理を眺めている。
「あらあら。きれいな料理なのです。食べるのが惜しいですね」
アナベルは手を叩いて嬉しげだ。
「ケントの……自信作らしい……からな……楽しみだ……」
ハリスも食べる気満々だね。
ミネルバは? ミネルバはアッチを見、コッチを見と忙しそうだ。
「さあ、食べようか」
「どれがドンなのじゃ!?」
マリスが
「まあ、待て。まずは食べ方を教えよう。まずは蕎麦だ」
俺は小さな器を取り上げる。
「この器に入った汁に、少量のワサビと刻んだネギを入れる」
マリスたちの目が食い入るように俺の
「そしたら、このゾバルから作った蕎麦を……」
俺は箸を使ってザルの上の蕎麦をつまみ上げる。それを蕎麦つゆに付けて
「うむ……美味ぇ……」
みんなの喉がゴクリと鳴る。
「で、今度は天ぷらだ。この天つゆに大根おろしをいれてと……」
今度は天ぷらから海老天を取り上げて天つゆに付けて、齧り付く。
「たまらん……」
その途端、我慢できなくなったマリスとトリシアが、フォークを取り上げ蕎麦やら天ぷらやらに突き立て始めた。
「我はこれじゃ!」
「私はこっちだ!」
我先にと俺の真似をして食べ始める。
「うが!? こ、これは!! これがテンプリ!?」
いや、天ぷらです。かぶりついたマリスが幸せそうに頬を赤らめた。
「これがソバとかいってたやつだな!」
蕎麦を
マリスとトリシアの反応が、他のみんなにも行動を起こさせた。俺に
「ゾバルがこんなに美味しい食べ物になるなんて……」
蕎麦を口にしたミネルバがビックリした顔で言う。
「そうだろう? 俺の世界じゃ今は高級料理だ。もちろん大衆用に安いのもあるけどね。何百年も食べ続けられている人気料理だよ」
「辺境伯さまは、お料理まで一流でいらっしゃるのですね」
俺の横で宿の料理人が得意そうな顔でウンウンと
「はぁ……帝国で……いや、帝国貴族でもこんな美味い料理は食べてない。私が保証する」
アルフォートが何やら保証しているが、そんなにか?
「さて、マリス、トリシア。今度はこれだ」
俺に名前を呼ばれて口いっぱいに頬張っている二人が俺を見る。君たちはハムスターか何かか。
「これが、天丼だ。その天ぷらをご飯の上に載せて、濃いめの天つゆを回しかけたものだ」
自分の前に置かれている天丼にマリスとトリシアが熱い眼差しを向けた。
「これが伝説のドンかや……」
「うむ。心して挑まねばな……」
二人が丼を手に取り、恐る恐るフォークを突き立てる。天ぷらをかじり、ご飯を口に運んだ二人の目がカッと見開かれる。
その後は「がっつく」という言葉が良く当てはまる状態でバクバクと始める。
二人はあっと言う間に平らげると宙を見上げる。
「あぁ、まさに伝説じゃ……」
「我が生涯に
む!? トリシア……拳皇か何か!? そこまでか!? そのまま死ぬなよ!?
食事が終わった全員が満足そうな顔でお茶を飲んでいる。
「で、天丼はどうだったんだ?」
俺の問いにマリスが顔を上げる。
「まさに言葉通りじゃった。伝説は伊達じゃないのじゃ」
うん。君、どっかのMS乗りみたいになってるよ。
「ドンは偉大だな。すでに完成されたものを融合させる神技を見せてもらったぞ」
君はいつも戦闘用語みたいだよ。
「満足したようだな。だが、これは丼ものの
二人の目が俺に集まる。
「今回のは天丼。天ぷらが乗った丼だな。他にもカツ丼、親子丼、海鮮丼、いくら丼、ウニ丼……まあ、色んな丼ものがあるんだ」
「ケント。お前の故郷は天国だな。間違いない」
トリシアが何か納得したような顔で言う。
「神界みたいなものかや? それは納得じゃな。色んな意味で」
どんな意味なのか。まあ、日本は食道楽な国だからな。食いしん坊チームには天国やもしれんな。
「ほんと、ケントさんの料理はおいしいのです。マリオンさまに感謝しなければ」
アナベルはお祈りポーズで天を
「さっきの料理にも小麦が使われていたな。ケントの計画は必ず成功させるぞ」
アルフォートは小麦に敏感だよね。帝国では高級食材みたいだからなぁ。
「私はビックリしました。私の村で作ってるゾバルが、あんなに美味しくなるなんて知りませんでした」
「そうだろ? 君の村にはこれからもゾバルをいっぱい作ってもらわなくちゃね。その為なら俺は金を惜しまないよ」
ミネルバが小さく頷いた。
ミネルバの部屋を確保するために宿の主人に声をかけたが、ミネルバを見るとあまりいい顔をしなかった。
確かに見た目はみすぼらしいし、部屋を汚されると心配しているのだろう。
俺は宿賃よりも大分多くの金を主人に握らせた。といっても銀貨一枚程度だが。宿の主人はとたんに態度が変わり、ミネルバの部屋を確保してくれる。現金なものだなぁ。
「トリシア、マリス。ミネルバを身綺麗にしてやってくれないか。とりあえず風呂だな。宿の親父がいい顔しないからさ」
俺はトリシアたちに耳打ちしておく。
「うむ。任せておけなのじゃ」
「いいだろう。予想を越えたほどに仕上げてやろう」
マリスは即答で頷き、トリシアに至っては何を企んでいるのかと問いただしたい気分にさせるようなセリフをニヤリと笑いながら言う。
俺はミネルバを二人に預けて、夜の帳が降りた街へと繰り出した。近くに服屋があったからだ。
ミネルバを男の子と見間違った償いをまだしていない。俺はそれなりに見栄えのする服をプレゼントしてやったらいいかなと考えたわけ。年頃の女の子は可愛い服とか好きだよね?
さすが貿易都市というだけあって、普通の店も比較的遅くまで開店しているようで、俺の計画は上手くいく。三着ほど年頃の女の子が好みそうな服と下着などを手に入れた。服に合いそうな防寒用の
ついでに靴屋にも寄って高級すぎないブーツを二足手に入れておく。
俺の見立て通りなら服も靴もサイズはピッタリだと思う。ミネルバがどんな顔をするか楽しみだね。
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