第11章 ── 第7話
俺は人魚と魚談義で盛り上がってしまう。気づいたら一時間以上も話していた。
「お前、気に入った。こんなに話の解る人族は初めてだ。よし。沼のニンフの話に乗ってやることにするよ。お前、宝石用意しておけよ。冬になったら沼まで注文の品を持っていくからな」
おお。交渉成立だ。楽しみすぎる。
「で、君の名前は?」
「あ。言ってなかった? 私はネレイス。よろしく」
「うん。こちらこそだ」
俺はナイアスに渡したのと同じようなアクアマリンを取り出して、ネレイスに投げ渡す。
「おおー! これが!」
「ナイアスに渡したのと同じやつだ。片方だけに渡して、君に渡さないのは不公平だろ?」
「ふーん。でも、タダじゃ受け取れないな。これを持っていきな」
ネレイスが海藻か何かで編んだ袋のようなものを投げてよこす。網のように開いている隙間から触手がウネウネと出ていた。
「お。これタコだな。君らの言葉だとニクサか?」
「そう。人族は買ってくれないけどな」
「俺は頂くよ。コイツはコイツで美味いんだ。生だと甘いんだよね」
「お前はさすがだ。それじゃ冬にな。また会おうね」
そう言うとネレイスは海面に潜っていってしまう。
「お前……それをどうする……つもりな……のか……」
顔面蒼白のハリスが俺から一歩離れて言う。
「ああ、食うよ。こいつはメチャクチャ美味いんだぜ?」
ハリスは化物でも見るような目で袋からウネウネする触手を見ていた。その目には恐怖の色が浮かんでいる。
大丈夫だと思うんだけどなー。まずは料理して食べさせてみるかね。
俺はタコの入った袋をインベントリ・バッグに仕舞う。
さて、それじゃ市場経由で宿に戻るか。
市場を抜け大通りに出ると、荷車を取り囲む役人たちがいた。
「ならん! 貴様などを市に入れるなど許さんぞ!」
「そこをなんとか……」
「入場税も払えんだろうが? 出店税に物品税はどーだ? あん?」
また、税金を払えと無茶なことを商人に言っているのかね。この都市の役人は庶民から金を搾り取るのが生きがいか何かか?
見ているのは俺たちだけで、道行く庶民や商人は見て見ぬふりだ。そりゃ自ら厄介に巻き込まれることを好むヤツはいないよな……俺を除いてな。
「どうかされましたか、お役人さま」
「あ~ん?」
俺が後ろから声を掛けると、背の低いでぶっちょ役人が振り返る。
その役人は俺とハリスを上から下まで舐め回すように見てくる。
「ん? 冒険者か? 冒険者が何か用か?」
「いや、大きな声が聞こえたので。何かありましたか?」
「ふん。貴様ら冒険者などには関係ない。仕事の邪魔をするでない!」
役人たちの隙間からは、粗末な服を着た男の子が見えた。荷車の大きさに不釣合いなほどに小さく痩せた少年だったのが印象に残る。
「そ、そこを何とか。これを売らないと村が大変なんです。売上からきっとお支払いしますから……」
「ならん! そのような
ああいうのは何か許せないなぁ……下賤の食い物って言い方がカチンと来るね。
「ならんと言っておる! これ以上逆らうと牢屋にぶち込むぞ!」
そう言って役人は少年に平手打ちをかました。
俺は素早く暴力をふるった役人の真後ろに移動した。ハリスが俺の斜め後方に静かに移動する気配がある。
チビデブ役人の隣にいたヒョロっとした役人が俺に気づいて怪訝な顔を向けてきた瞬間に固まった。そしてガタガタと震えだす。
その様子に俺が目を向けた瞬間。
その気配に気づいた他の役人も、俺を見た瞬間に一歩下がって震えだす。
「ん? どうしたんだみんな」
チビデブ役人がキョロキョロと他の役人を見回しているが、真後ろにいる俺には気づかないようだ。
「う、うしろ……」
一人の役人が、かすれるような声で俺の方を指差す。
俺がギロリと
腰の引けた他の役人も一目散に逃げ出す。
「お、おい! みんなどうしたんだ!」
チビデブはまだ気づいていない。相当の間抜けだな。
「あ……あ……」
荷車の少年が、俺を見上げて顔を恐怖に引きつらせている。
少年の様子から、チビデブ役人がやっと、恐る恐るという感じで後ろに振り向いた。振り向いた先には
俺は腕を組んだ状態でチビデブ役人を見下ろしている。
「うわ!」
俺の視線が役人の視線にぶつかったところで、チビデブがデカイ声を上げて驚いた。今さらか。
「な、なんだ!? まだいたのか!?」
ビックリしたのが恥ずかしいのか偉そうに言う。
「邪魔をする……なと……」
文句を続けようとした役人の声が段々と小さく、そして消えてしまう。それと共に役人の顔色が青く、そして白くなり、表情は驚愕から恐怖へと変わっていく。
俺の目は怒りに燃えていた。こういう理不尽な権力を笠に着る人間は大嫌いなんだよ。特に自分より弱い者をターゲットに
俺は無言のまま役人の顔を睨み続ける。役人の顔には何か変な汗が滲み出てきている。そして小刻みというには少々言葉足らずかと思うほどに震え始めた。
チビデブの身体の震えが次第にガタガタとしたものになり、ある所でピタリと止まったかと思ったら白目を
「あれ? 何でコイツ気絶したんだ?」
俺は怒気が一気に抜けてしまった。
「ケント……」
振り返るとハリスがやれやれといったポーズで俺の方を見ている。
「ん? どうした?」
「気づいて……なかったのか……? 威圧スキル……使った……だろ?」
え? そう? 意識してなかったけど。
「あの……ワイバーン並みの……気配だった……ぞ」
「マジで?」
「マジだ……」
ふむ。威圧スキルって強力なんだね。そうか! これがあの有名な格闘家のエピソードにもある「
ふと見れば、少年が両膝と両手を地面について肩で息をしている。俺の威圧スキルに当てられたのだろう。威圧対象じゃなかったお陰で気絶しなかったんだろうね。
「大丈夫か、少年」
俺は少年に近づき助け起こす。
「あ、ありがとうございます。お役人さまたちに無理を言われていまして……」
少年は威圧スキルの余波食らったにしては気丈に御礼の言葉を述べる。
「ここの役人どもは腐ってるね。皇帝に会ったら
少年が顔を上げて俺の顔を見る。
「皇帝陛下にお会いできるような身分の方なんですか。そ、そんな方にお会いできるなんて光栄です」
少年は片膝をついて
「あ、そういうのはいいんで。というか、俺たちは今、冒険者だからね」
少年はハッとしたような顔をして立ち上がる。
「そ、そうですね。お忍びですよね。申し訳ありません」
少年はそういうとニッコリと笑う。
「今日は何を売りに来たんだい?」
「はい。私の村で作っている穀物です。今年は豊作だったので市場に売りにきたのですが……」
少年はそう言いながら地面に転がるチビデブを見る。
「へえ。どんな穀物かな。小麦?」
「いえ、小麦なんて高級なものは村で採れません」
少年は荷車に乗るズタ袋の一つを開いて中を見せてくれた。
俺が覗き込むと茶色の片方が尖った小さい実がいっぱい入っている。
「これ……蕎麦の実じゃん……」
「そば……? これはゾバルですね。何百年も昔、西方から来た方が食糧難で苦しんでいた私の村を訪れて置いていってくれたものだそうです」
なんだろ? この既視感。
西方か。西方の救世主の話を思い出すね。あの和食食堂の料理人が西方で救世主と呼ばれた人が食糧難を解決してくれたとか言ってたね。
「このゾバルの実を市場で売るの?」
「そのつもりなんですが……お役人さまに……」
少年の顔が一気に暗いものになる。
「よし。これ全部、俺が買った!」
「え!?」
少年の顔はビックリしたものに変わる。
「身分の高い方が食べるようなものではないのですが……」
「身分? バカいうなよ。この蕎麦……ゾバルだっけ? これは俺の大好物なんだよ」
「はー……」
少年は
「ま、こんな所じゃ何だし、俺たちの泊まってる宿屋まで行こう。商談はそこでしようぜ」
俺はそう言って、蕎麦の大量に乗った荷車に手を掛ける。
俺はガラガラと荷車を引く。少年が慌てたように着いてきた。ハリスも荷車の後ろに付く。
荷車は結構な重さだ。よく、こんな痩せた少年が引けたものだね。
「君、名前は?」
俺は少年に名前を聞く。
「ミネルバと申します」
「ふーん。ミネルバ君か……え!? 君、もしかして女の子!?」
俺は驚いて少年……いや少女に振り向いた。
「え、あ、はい。こんな身なりですが、一応女です」
「ご、ゴメン。俺はてっきり男の子かと……」
「気になさらないで下さい」
ミネルバは少々顔を赤くして
沈黙の中、荷車の車輪が鳴るガラガラという音だけが聞こえる。
しかし……女の子がこんな重い荷車をよくぞ引いてきたものだ。村は近くなんだろうか。
「……ミネルバちゃんの村は近くなの?」
俺は気まずい雰囲気を
「えっと……アドリアーナの南門から出て三日くらいです」
三日!? 三日もこんな重い荷車を引いてきたの!? 女の子一人で!?
俺は驚愕してしまう。そんな事が可能なのだろうか。モンスターとかも出るかもしれないのに。
俺は気になって大マップ画面でミネルバのデータを確認してみる。
『ミネルバ
レベル:七
脅威度:なし
ブレンダ帝国の南部、ハドソン村に住む少女』
七レベルは結構高いな。出会った頃のマリスと同じか。筋力とか耐久度が異常に高いのかもしれないな。過酷な生活やこの荷車を押すような労働がレベルを押し上げたのかもしれない。
それにしても、蕎麦の実が大量に手に入るのは嬉しい。蕎麦だけでなく、蕎麦がきとか、ロシアなんかでも食べられてたな。ソーセージに蕎麦の実を入れる地方もあったっけ? 色々試してみるかな。
何はともあれ、今日は収穫が多かった。嬉しすぎるね。
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