第11章 ── 第6話
二日後、街道を南へ向かう俺達の目に貿易都市アドリアーナが見えてきた。マップの情報通りに城壁はなく都市は全くの無防備に見える。
アドリアーナの南東側は海が広がっている。この世界に来て初めて見る海だ。現実世界と大して変わらないが、その海原を見ると妙にワクワクするね。
街道沿いに検問のような衛兵の詰め所があり、都市への通行者の確認などを行っている。
衛兵が近づいてきた。ゴーレムホースに興味津々にしていたが、最近ではいつものことなので気にしない。
「ご苦労さま」
俺は衛兵に労いの言葉を掛けつつオーファンラント国王が正式に発行した外交使節団を証明する書類を衛兵に見せる。
衛兵の顔が一瞬硬直したが、すぐに笑顔になる。作り笑いなのは一目瞭然だが、歓迎されないよりはマシというものだ。
「よ、ようこそ貿易都市アドリアーナへ」
衛兵は都市内での注意事項などを説明してくれ、通行料の徴収も忘れずにしていく。貴族という身分といえど例外はなく、徴収する規則なのだと申し訳なさそうに言う。俺は騒動を起こすつもりもないので気前よく払った。
アドリアーナは貿易都市というだけあり金が全てという感じだ。そのため役人の腐敗は酷いもののようだ。それなりの宿に落ち着いてから、何度か役人が訪ねてきては聞いたこともない税金をせびりに来た。
『ゴーレム税』とか言われたときは吹き出したよ。白金貨をチラつかせたら目の色が変わってたな。まぁ、トリシアが指をボキボキ鳴らして睨みつけたら逃げていったけどね。
それとこの都市は犯罪が非常に多い。役人の
注意事項の中に犯罪にあってしまった場合というのがあったしな。
宿の従業員に聞いてみれば、基本的に一般人や旅人を犯罪者が襲うことは
宿に落ち着いた俺は早速街へ繰り出す。今度は一人じゃなくハリスも一緒だ。マリスが一緒に来たがったがトリシアとアナベルに任せておいた。
アルフォートは送還対象だという立場を意識してか宿に引きこもっている。プルミエでもそうだったな。
「よし、ハリス。行くか」
「あぁ……」
俺たちは武装は最小限で外へ出た。どっちも革鎧に短剣といった感じだ。
宿の従業員に聞いた食料市場がある方向に向かう。
久々にハリスと二人だが、ハリスの足運びが以前と違う気がする。野外と市街で変えてるのかな? 何にせよ俺の革靴のコツコツという石畳を歩く音しか聞こえず、ハリスの足音は全くしていない。器用だなぁ。
「おお! 食い物がいっぱいだな!」
食料市場は盛況だった。それぞれの店が扱う品物の量はそれほどでもないが、とにかく種類が豊富だ。
俺は薬草や香草を扱っている店に最初に行って商品を眺める。料理用に各種ハーブを購入。
次は海産物エリアだ。昆布、ワカメなどは大量に買い付ける。乾物屋では魚の干物を仕入れる。
俺は乾物屋を出る時、一点に目を奪われてしまった。
「お客さん、それは魚を乾燥させたものですぜ。木にしか見えませんがね。
俺が凝視している商品に気づいた店員が声をかけてきた。
「これは、ここいらじゃ珍しいですが保存食として作られてやしてね。水で戻すのが大変なんであまり売れませんや。買っていただけるならお安くしますぜ」
俺は店員の声なんか聞こえていなかった。
「うぉおぉぉ!
急に大声を出したので店員がビックリしている。
「あ、ごめん。店員さん、これ全部買う」
「え……いいんですかい? 結構な量がありますぜ?」
店員は不良在庫が売れそうなので嬉しそうな顔になっている。
「構わないよ。全部買う。いくら?」
「一個黄銅貨二枚でさ。一樽に五〇本。全部で樽は二〇個ほどあるけど……」
「全部で白金貨二枚だな?」
俺は暗算で即答する。
「え? そ、そうですそうです」
俺は白金貨二枚を取り出して店員の手に載せる。
「早速用意しますので、少しお待ちくだせえ」
嬉しげな店員は店の下男らしき男たちに大声で樽を運ばせてくる。
「どちらまでお届けすればよろしいんで? 運び賃はいただきやすが」
「いや、いい。持って帰るよ」
俺はそう言いながら並べられた樽をインベントリ・バッグに次々に放り込んでいく。
それを見た店員は顎が外れそうなほど驚いていた。
「今のは……貴重なの……か?」
黙っていたハリスが興味深そうに言う。
「あれはな。
「そうか……和食のな……」
ハリスが納得したような顔でフンフンと
この市場では他にネギ、タマネギ、ニンジン、トマトなど王国では見られなかった野菜もゲットする。買うときに種や産地なども仕入れておいた。
何にしてもゴボウとコンニャク芋を見つけたのは収穫だ。この都市は和食の材料が豊富だ。
海の近くだけあって鮮魚店がこの市場には多いので時間を掛けて回る。現実世界で見慣れた魚が多いが、見慣れない魚も混じっていて面白い。
もちろん、これらも大量に仕入れていく。ハリスが呆れるほどだ。
どの魚屋の魚も鮮度が良いのが嬉しい。
海が近いといいね。トリエン地方は海がないので羨ましい限りだ。アルテナ大森林の向こう側が海だけど、そこは俺の土地じゃないからねぇ。
エマードソン伯爵の商会の本拠地である都市モーリシャスは海に面した都市だけど、あそこも魚売ってるかな? いつか見に行ってみよう。
精肉店のエリアでは見慣れた肉ばかりだったが、補充の意味も込めて牛肉、豚肉、鶏肉、羊肉、兎肉なども仕入れた。
ウチは食いしん坊がいるからね。各種料理をいつでも作れるようにしておかないとね。
一通り買い物が済んだので海まで足を運んで見る。
アドリアーナの海はきれいなアクアブルーで、環境汚染など微塵も感じられない。とにかくきれいだ。
以前、ウスラたちに海は怪物が大量にいると聞いたが、その片鱗は見えもしない。
「怪物いるんかねぇ……」
「
俺の
鮮魚店には遠洋の魚も置いてあった。本当にいるのだろうか。
ぼーっと海と陸を隔てている石垣の上に座り込みながら海を眺めていたら、泳いでいる人がいるのがいるのが見えた。
すでに冬も近づいた冷たい海を平気で泳げるとは……
泳いでいる人物の顔がこちらに向いた。
俺が、じっと見ていることに気づいたのか、
結構な速さでグングンと近づいてきたその人物は、髪が長い女性なので間違いなく
「よう。何か用か?」
海女さんが海の中から声を掛けてきた。中々の美人さんだ。
「いや、寒くなってきたのに泳いでる人がいたからビックリしてね」
「はは。別に寒くないさ。例年より温かいくらいだね」
「ジロジロみてゴメンね。仕事の邪魔したね」
海女さんがカラカラと元気に笑う。
「構いはしないよ。市場に魚を売りにきた帰りだ。それに、ここらじゃ私らなんか珍しくないよ。お前さんは旅人か?」
「俺は北のオーファンラント王国から来たんだ。冒険者だよ」
海女さんがそれを聞いて少し片方の眉を上げる。
「ん? 聞いたことあるな。お前、ケントとか言う名前か?」
え?
「そ、そうだけど、何で知ってるんだ?」
「おお! これは奇遇だな! お前のことは沼のニンフたちから聞いたんだよ」
「沼のニンフ……? ナイアスのことかな……」
「おお、それそれ。ナイアスだったな」
「ナイアスと知り合いなの?」
俺は
「私らのこと聞いてないか?」
海面から飛び上がった彼女の上半身はタワワなオッパイ。そして下半身はきれいなウロコを持つ魚だった。
人魚。マーメイド。俺たちが古来からそう呼んでいる種族だった。
「うお! 人魚!?」
ドボンと海面に落ちた人魚が再び顔を出した。
「人魚? 私らは海のニンフ族。この街の商人とは昔から魚の取引があるんだ」
そうなの? 人魚はニンフの一種なのか。興味深い。こんな設定はドーンヴァースには無かったな。
それにしてもオッパイがでかかったな。俺は脳内メモリに画像保存しておくことにする。
「そ、それにしても人魚とニンフが同じ種族だったとは知らなかったな」
「ん。ちょっと姿は違うけど、同じ水を司る神に作られたからね。ニンフには足があるけど、私らはコレさ」
水からヒレが出てきてパシャパシャと海面を叩く。
なるほど。人魚なら漁も簡単か。
「そうそう。お前、魚と交換で宝石をくれるんだって?」
「あ、ああ。ナイアスにはそう話したな。彼女らはお金の概念が無かったからね」
「そうだろうね。沼のニンフは人族と取引してないしね」
「私らは人族の商人と取引してお金を手に入れているよ。そのお金で宝石を買うのさ」
ほうほう。でも魚を売っても、それ程稼げると思えないんだが。
「手に入っているの?」
「なかなか、手に入らないんだよ」
そりゃそうだろう。
「お前、青い宝石を沼のニンフにタダでやったろ。気前良すぎだよ。でも私らはそんな要求はしないよ。変な恩を押し付けられても困るからな」
ごもっとも。美しいニンフ族ならヴォルカルスが
「それで、お前。どんな魚が欲しいんだ?」
「そうだな。俺はマグロってのが一番ほしいな」
「マグロ? 何それ」
うーん。どう説明するべきかな。
「ちょっと待ってね」
俺はインベントリ・バッグから描くものを取り出して、マグロの絵を描く。少々悪戦苦闘したが。頭の中でカチリと音を立ててからはスムーズに描くことができた。美術系のスキルでも手に入ったのかしら。
「こんな感じの魚だよ。大きさは一メートルから三メートルくらいかね? 身は赤いやつ」
絵を差し出すと人魚はそれを真剣に見る。
「トゥニサか……人族の言葉だと
「トゥニサって言うのか。これは是非欲しいね。それとイカとかサケも」
俺はスラスラと絵を書いて再び見せる。
「アモンとジーカスだな。お前、アモンの味が解るのか」
アモンはイカのことかな。
「ああ、大好物だよ」
「人族にしては珍しいね。人族はアモンやニクサを見ると逃げ出すよ。魔物だって」
ニクサはタコのことか? 俺はタコの絵を書いて見せる。
「そう、それ。それがニクサね。お前、ニンフの血でも混ざってるんじゃないか?」
太陽のような笑顔で人魚が言う。
「いや、俺は日本人でね。ここらの人族とはちょっと違うんだ。海の幸が大好きな民族なのさ
「ニホンジン? 聞いたことない人種だな」
「日本人は海の幸なら殆ど何でも食べるよ。こんなのも見たことないか?」
俺は黒いイガイガな絵を書く。
「ほお。マヌークも知っているのか」
「俺はウニと言っているが、あれの身はとろける美味さだよね」
「わかるわかる。トゲが痛いけど、中の身は絶品だ」
人魚だけあって魚に詳しいね。俺もそれほど詳しいわけじゃないけど、一般常識程度にはね。
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