第11章 ── 第5話
俺たちは都市プルミエで二日ほど泊まり、プルミエ観光をしてから出発した。
本当はもう少し見て回ろうと思ったんだが、俺たちが馬車で回っていると、それを見た帝国兵が恐慌状態に陥ったりして騒ぎが起きたんだ。
幸い、デニッセル子爵が兵士たちへ説明をして騒動が起きる回数は減ったが、それでも面倒事なので出発した。
プルミエの次は貿易都市アドリアーナだ。プルミエの南門を抜けて真っ直ぐに南へ下った海岸沿いにアドリアーナは位置する。
貿易都市アドリアーナは戦闘に備えた都市ではないため、城壁はほとんど備えていないようだが都市中央にある領主の館は堅牢な
大マップ画面による地理分析ではその程度の情報しか今のところは解らないが、貿易都市というのだから色々と珍しい帝国製品が見られるだろう。楽しみだ。
ゆっくりと
デニッセルの迅速な対応に俺の目は間違いじゃないことが解る。彼は優秀な軍人官僚のようだ。人望もあるに違いない。
アルフォートもデニッセル自体は悪く言わなかったしな。反対にヴォルカルスは結構ズタボロにこき下ろしていたよ。
さて、アドリアーナはプルミエから現在の速度で三日ほどで到着する。途中一回、野営することになる。食料などはトリエンで十分に仕入れてインベントリ・バッグに入っているので何の問題もない。
道中、俺は移動をゴーレムホースとハリスに任せて、馬車の中で作業に熱中していた。あるものを作ろうと木材を削ったり、金属を叩いて成形したりしていた。
「ケント、一体何を作っているんだ?」
しばらく俺の作業を見つめていたアルフォートが、会話もなしに熱中している俺との奇妙奇天烈空間の雰囲気に耐えきれなくなって話しかけてきた。
「ん? これ? ふふふ。これはね……秘密だ」
俺はニヤリと黒い笑みを浮かべる。
「またそれか。いいじゃないか。教えてくれないか?」
「仕方ないな。みんなには内緒だぞ。これはな製麺機だ」
「せいめんき? どんなものなんだ?」
そうか、やっぱり知らないか。この世界でとんと麺類を見かけていないからな。
「これはな。小麦粉などを練った生地を細く加工する機械だよ」
「細く? ナイフで細く切ればいいじゃないか」
「ノンノン。それじゃ、それぞれを均一に作れないじゃないか。全てを均一にする必要があるんだ」
アルフォートは不思議そうな顔をする。
「細いパンを作るにしても、均一にしなければならない理由がわからないな」
あー。細いってその程度だと思ってましたか。
「あぁ、そんな太くちゃ駄目だね。一本このくらいの細さが欲しいんだよ」
俺は親指と人差し指で隙間を作って見せる。
「そんなに細くして一体何をするつもりなんだ?」
「ラーメン……いや、うどんでもパスタでも良いけど、麺類が食べたいのさ。どっかに蕎麦でもあればなぁ」
「そばとは?」
「そうだなぁ……小麦とか稲とかと同じ穀物だったはずだ。それの実を粉にして食べるんだけど」
「帝国では小麦は育ちが悪い。そういえば、帝都の南の方で水ハケも悪い荒れ地でも育つとかいう穀物が食べられていたな。他の地方では育たないらしくて食べられていないが」
お? それはちょっと見てみたいな。蕎麦って比較的寒冷な地方で取れるって聞いたし、もしかしたら……
俺は会社に行っていた頃、昼飯に通っていた蕎麦屋の親父を思い出す。蕎麦のウンチクが面白い親父だった。
親父は何って言ってたっけなぁ……蕎麦の花は白とか赤とかいくつも色があるが、匂いが臭いんだとか言ってたっけ。
「その穀物の花の匂いはどうだ?」
「そこまで詳しくは……待てよ? 匂いか……南でしか作られていない理由が鶏小屋のような匂いだからだと聞いたか」
ビンゴ。それ蕎麦だ。帝国め。ワサビに蕎麦などという農作物があるのに食料不足だと? 贅沢だな。蕎麦は
「是非その穀物は仕入れなければならない物リストに入れておこう」
「ケントが興味を持つとは珍しいな」
「今作ってる機械は、それにも使えるんでね。まあ、通常は使わないか」
俺は作業を続けながら、蕎麦に思いを馳せる。つい口が半開きになって
「それほどか……私も興味が出てきたな。アドリアーナなら売っているかもしれない」
ほう。さすが貿易都市か。着いたら早速探してみなければ。
しばらく作業して一応試作品は完成した。夜飯でちょっと実験してみようか。生パスタくらいなら作れるかも。小麦がデュラム麦じゃないから、美味くできるかはわからんけど。
しばらく街道を進んだ。すでに陽が傾き始め、時計は三時半ほどになってきたので野営できそうなところを探す。
ここらは荒れ地ばかりで、あまり植物は生えていないが、時々大きな木が立っていたので、その中の一本の下に馬車を止めた。
王国ではほとんど広葉樹ばかりだったが、この木は針葉樹だな。帝国は結構寒冷なんだと理解できる。
品種改良とかの技術が発展していない世界で食料の確保がどれほどの困難かは想像するしかないが帝国が万年食糧難な理由はこれかもね。
「もう夕食かや!?」
マリスがフェンリルに乗って走ってくる。
「ああ、そうだよ。ちょっと今日は新作料理を試してみるつもりなんだ」
「新作だと!? ポップコーンとかいうアレに匹敵するんだろうな?」
トリシアは手軽に食べられるポップコーンを
「そうだな。料理はあれくらい手軽だと思うけど、作るのは結構かかるよ」
「ふむ。自信ありか。楽しみにしているぞ」
俺は料理スペースのテーブルを取り出して、その上にパスタの材料を取り出す。小麦粉、卵、塩、オリーブオイル。これを混ぜるだけだ。
木の大きなボウルに材料を入れて
しばらくコネコネしていたが、なかなかまとまらないな。少しだけ水を入れてコネコネを続けると大分それっぽくなってきた。よし、生地は完成だ。
俺は作った製麺機を取り出す。さあ、お前の出番だ!
俺は製麺機の裏にあるローラーに生地を挟む。そしてハンドルを回してみる。ハンドルによって回るローラーがどんどん生地を飲み込んでいく。すると、製麺機の出口から細いパスタが長々と出てきた。よし成功だ!
適度な長さになったら包丁で切り取る。
しばらくこの作業を繰り返し、大量の生パスタが出来上がった。
できたパスタに打ち粉を振っておく。茹でたときにくっついちゃ駄目だからね。
パスタを寝かせておいて、どんな味付けにするか思案する。
ミートソース……トマトが無い。
たらこパスタ……タラコが(以下略)。
カルボナーラ……作れなくないけどめんどい。
ペペロンチーノ……これ簡単だな。
というわけでペペロンチーノを作ることにする。
現実世界でイタリアに出張した際、仲良くなった取引先のイタリア人に本場のペペロンチーノの作り方を教えてもらったから俺のペペロンチーノは美味いぞ。
俺はニンニクと唐辛子を取り出して刻んでおく。ニンニクは細かくしすぎないことだ。あまり細かくしては駄目。少々荒いぐらいがいい。
唐辛子は種を取っておく。これが辛いからね。マリスもいるし唐辛子は控えめにしておこう。
俺が下準備をしていると、アナベルが後ろから覗き込んでいた。
「面白い道具ですねー」
俺がアナベルを見たのに気づいた彼女が声を掛けてきた。
「ああ、これを使うと、こういう感じに加工できるわけ」
俺は製麺機で作ったパスタを見せる。
「細いです。どんな料理なんでしょうね?」
「パスタというんだ。まあこの形状だとスパゲティに近いな」
「剣の名前みたいですね」
それはスパタだろ! 随分マイナーな武器知ってるな! 武器マニアか!? さすがマリオンの神官か。
「ま、すぐできるから少しまってくれ」
「はいなのです」
アナベルは笑いながら頷いてみんなの方に歩いていった。
木編みの
沸騰したところに塩を掴んで入れてから、生パスタを投入する。
さてと、乾麺じゃないから茹ですぎないように気をつけよう。
パスタの煮汁を少し木のボウルに取っておくことは忘れない。
さて、調理に入る。
フライパンに多めのオリーブオイルを注ぎ、カットしたニンニクと唐辛子を投入。ニンニクの香りと唐辛子の辛味をオイルにつけるわけだ。
ニンニクが少し茶色になったところでパスタを投入。適量の塩を振って
皿に盛り付けてみんなの所に持っていく。
「できたぞー。ペペロンチーノだ。本場の味だぞ」
「待っておったのじゃ! ペペロンチーノとは珍妙な名前の料理じゃな!」
みんなが皿を覗き込む。
「なんか簡素ですね」
「見た目が少し寂しいな」
「これがあの機械で作った料理か」
「……唐辛子が……入っている……マリス気をつけろ……」
いや、そこまで辛くないぞ。
「では私から~」
アナベルが最初に手をだした。
「あら? これは美味しいですね!」
アナベルが頬を高揚させて笑う。
様子を伺っていたマリスとトリシアが我先に手を出し始めた。
「うむ! ピリ辛じゃが! モチモチして美味いのじゃ!」
「新食感だ。モグモグ。止まらん」
マリスとトリシアが絶賛。
アルフォートが唸りながら食べている。
「やはり小麦は偉大だ。帝国の為に小麦を手に入れねば」
「この小麦は……アルテナ村産だな……香りで解る……」
俺も食べてみて判ったが、乾麺のパスタと違って小麦の香りが強く出るね。アルテナ村の小麦かは解らないけど。
食事が終わってみんなとお茶を楽しむ。
「あの細っこい食べ物は良いものじゃ。次も作ってたも!」
「次はラーメンに挑戦したいなぁ」
「ほう、ラーメンとな?」
「ラーメンと餃子に半ライス。ラーメン定食食べたいな」
俺の
「聞いたかマリス。ケントがああ言ったら……」
「うむ! 次の料理も期待じゃな!」
なんかハードルを上げられている気がしてならないが、ラーメンには絶対挑戦するよ。以前の刀削麺は俺的にはラーメンじゃないしな。ラーメンは日本人のソウルフードだ。醤油、塩、味噌の三種類は絶対再現してみせるぜ!
俺はラーメンに思いを馳せつつ決意を新たにした。
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