第11章 ── 第4話

 俺は帝国軍の基地を後にした。

 俺の姿を見て相変わらず怯える兵士が多いが、デニッセル子爵が手を打つことだろう。


 宿へ戻りがてら帝国の朝市などを見て回り、食材や道具類を仕入れたりして二時間ほど潰した。


 宿の入口が見える位置まで戻ってきたら、入り口付近で完全武装のマリスを抱き上げているアナベルが見えた。マリスは手足をバタバタして騒いでいる。


「おーい。どうかしたのか?」


 俺が近づきつつ呼びかけると、二人が俺の方をみた。


「ケントじゃー! ケントが戻ってきたのじゃ!」

「あらあら。戻ってきたのですよ」

「ん? 何かあったの?」


 マリスがまなじりを決して言う。


「何かじゃないのじゃ! ちょっと散歩っていっておきながら四時間もどこに行っていたのじゃ! ここは帝国なのじゃぞ! 心配するのじゃ!」

「トリ・エンティルさんは平気だから放っておけと言っていたのですがー。マリスちゃんが探すのじゃ! って武具を持ち出したのでー」


 ふむ。マリスが宿を飛び出しそうになったので抑えていたんだな。


「それはアナベルさん、ありがとう。マリスは時々無鉄砲なので」

「むてっ? 何やら我が馬鹿にされているようじゃが……むて……なんとかとは何じゃ!?」


 む。この世界に鉄砲はないよな。すると無鉄砲はなんと言えば良いのかな……


「んー。考えなし?」

「ガーン」


 あ、それ口で言う人初めてみた!


「まあ、確かに我にも無思慮なところはあるかもしれんのじゃが……」

「そうだぞ? 出会った時も無闇に多数のゴブリンと戦っていたしねぇ。自分の力を過信しすぎるのは良くないかな。俺の故郷には『さい余りありてしき足らず』ってことわざがあってな」

「ケントの国の言葉かや!? 聞かせてたも!」


 地面に下ろされたマリスが目を輝かせる。マリスは俺のいた世界の知識を聞きたがるなぁ。


「んー。才能に恵まれたものが知識や経験が足りなくて失敗するのを戒める言葉だったかな。マリスは戦闘力という面では他者より優れていると思うけど、経験と知識が足りていないんだ。自分の力を過信しすぎて状況判断ができてないんだな」

「そうかや?」

「そうだよ。確かに防御力は優れているね。攻撃力も俺が作った武器で強化された。でも、魔法に対する防御は? 魔物固有の特殊能力、例えばブレスとかだけど、それへの対処は? ここは帝国だ。魔法が盛んらしいし、魔法が飛んできた時どうする?」


 マリスは少々考える。


「耐える……のじゃ」

「耐えられるといいなぁ。魔法耐性関連のスキルはあるかい?」


 俺も耐性関連には苦労してきた。


「まあ、俺もそういったあたりは偉そうな事言えないんだが……一度ドラゴンに焼かれて死んだからなぁ……」

「なに!? どこのドラゴンじゃ!? 名は!?」

「あー、えーっと……下級ドラゴンだったから名前は無かったなぁ」


 マリスがポカーンとした顔になる。


「ケントが下級ごときに? 名も無いような? 信じられんのじゃ。ありえんぞ?」

「え? そう?」

「そのドラゴンはどんなドラゴンじゃった?」


 マリスがドラゴンについて詳しく聞いてくる。ドラゴン好きなのかね? そういえば、廃砦を破壊したドラゴンの名前も知ってたっけ?


「そうだな。俺が戦ったのはレッド・ドラゴン。全長は四〇メートルといったところか。レベルは四八。その時、火耐性は持ってなかったからサラマンダーの革で作られたマントを装備してたよ」

「四〇メートルでレベル四八? それで下級竜じゃと? 変種じゃろうか? 赤きドラゴン……炎を吐く赤き竜じゃとマラークあたりじゃが……奴め、子供でも作りよったか?」


 マリスは思案顔でブツブツと言っている。


「とにかく、マリスは行動を起こす前に少し考えるんだ。さっき、帝国軍の基地を見てきたが、マリスにはちょっと厳しい兵士が何人かいたぞ? 単独行動は厳禁だよ」


 デニッセルは三〇レベルだったしな。あの隊長だって二八レベルだったよ。他にも三〇レベル近いのが何人かいた。

 二〇レベル前半のマリスでは、これらの人物に囲まれたら厳しい戦いになるはずだ。そこに魔法使いスペル・キャスターでも混じったら勝算はない。


「そ、そうじゃ! 我はケントが基地に連れて行かれたと聞いたのじゃ!」


 誰に聞いたんだよ。大方『幻霊使い魔アストラル・ファミリア』でも展開していたのかもしれないな。


「ああ、帝国軍とは話が付いた。みんなには後で話すよ」


 マリスの大騒ぎでプルミエの市民が何人も立ち止まってこっちを見ているからね。


「戻ったか……」


 ハリスが宿から出てきた。


「ああ。ハリスにも心配掛けた?」

「いや……心配するだけ……無駄だ……ろ?」


 それはそれで寂しいが、確かに心配はいらないな。この都市に俺の脅威になる存在はいない。大マップ画面で脅威レベルを検索しても『脅威なし』しかいないようだしな。


「収穫は……?」


 ハリスの問いに俺はニヤリとしてこたえる。ハリスはそれを見て頷くと宿に戻っていった。


「さて、こんな所で騒いでても仕方ない。宿の食堂で昼ごはんでも食べようか?」

「そうですねー。もうお昼過ぎてしまいました」


 アナベルはのほほんとした感じで太陽を見上げている。


「そういえば、お腹すいたのじゃ。我はケントの料理が食べたいのじゃがのう」


 マリスはお腹を押さえて腹具合を確かめている。


「そうだな。食後にちょっと厨房借りて面白いものを作ってやるよ」


 マリスの目が輝く。


「ほほう。ケントが面白いというなら、よほど面白いものに違いないのじゃ。楽しみじゃのう」

「ケントさんの料理は美味しいですものねー」


 ここ数日俺の料理を味わったアナベルは微笑みながらマリスの言葉に同意している。

 まあ、そんな大したものじゃないんだが。



 食後、俺は店の主人と料理人に掛け合って厨房を借りた。料理人も俺が王国から来たと知って興味深げに俺の料理するものを見ていた。


 今回使うのはオリーブ・オイル、塩、そして朝市で手に入れた乾燥したトウモロコシです。もうお判りですね。はい。ポップコーンを作ります。これにバターと醤油ショルユを使ったバター醤油バージョンも作ろうかな。


 作っている途中、弾けるトウモロコシの音に料理人が俺を魔法使いスペル・キャスターかと聞いてきたが、ポップコーンに魔法は必要ない。

 作り方を料理人に教えたら大喜びしていた。


 しかし、トウモロコシ一本で物凄い量ができるね。これには俺もビックリしたよ。

 木のうつわを食堂で借りて、みんなが集まっている俺の個室に持っていく。


「おーい。できたぞー」

「来たか。みんな! 心して挑むとするぞ」


 いや、トリシア、挑むほどのものじゃないぞ?


「じゃーん。ポップコーンだよ」

「ポップコーン? この綿花のようなものがそうじゃな?」

「こっちは、少し茶色いです」

「あ、そっちはバター醤油味、こっちは塩味だよ」


 みんなの前にポップコーンが山になった木のうつわを置く。

 みんなは興味深々といった感じだが、誰も手をだして来ないので俺が一番に食べる。


「ふむ、塩の方はアッサリめだな。バター醤油の方は……」


 醤油とバターの風味がバッチリです。


「味付け成功」


 俺は久々に食べたポップコーンに満足顔になる。その顔をみたみんなが一斉に手を出し始める。


「これは……綿花のようだが美味い」


 またそれを言うかトリシア。言われれば確かに以前見た写真の綿花と似ている気がするけどさ。


「これは何から出来ておるのじゃ? 綿花かや?」


 そこから離れろ。俺はインベントリ・バッグから買ってきた乾燥トウモロコシを取り出す。


「これだよ」

房種ふさたねだな」


 アルフォートが言う。この世界ではトウモロコシを房種というのか。


「俺の故郷ではトウモロコシとかコーンとか言われてたよ」

「帝国では麦は多く取れないからな。庶民はこの房種ふさたねを代わりにしている。貴族でも財力のない者たちはこれが主食だ。これをいて房粉ふさこというものを使ってパンを焼いたりする。帝国軍の主食はこの房粉ふさこのパンだ」


 へへー。なるほどねぇ。コーンブレッドだね。でも現実世界だとコーン一〇〇%じゃないよね? 帝国軍の物資にあったパンは試食してなかったけど、今度食べてみよう。


「で、味はどうだ?」

「食感が面白いな。房種ふさたねがこんな食べ物になるとは思わなかった。小腹がすいたときに良さそうだ」


 アルフォートは貴族だが軍人なので庶民が食べるようなものも嫌がらないので助かるね。


「これは美味いな。一体どうやったらこんな形状になるのかわからんが、綿花でもできるかもしれん」


 それはオススメしないぞ。そもそも綿花は食い物じゃないだろ。


「こっちのバターと醤油ショルユのが我は好みじゃ。もりもりいけるのじゃ」


 手いっぱいにポップコーンを掴んだマリスが言う。子供は脂っこいの好きだよね。


「は、歯に挟まります……」


 アナベルが手で口を抑えていたので、楊枝ようじを出してやる。ポップコーンのトウモロコシの皮は硬いから挟まることあるよね。


 ハリスは黙々と食べている。感想くらい言えや。


 ポップコーンを食べ終えて、ここからが本題だ。


「さて、話を始めるとしよう。朝から俺は帝国軍の基地に行ってきた」


 みんなの視線が俺に集まる。


「そこで、基地の責任者のデニッセル子爵に面会してきた」

「デニッセル殿は無事だったようだな」


 アルフォートが少しほっとした顔をしている。


「デニッセル子爵が隊長によろしくと言っていたよ」

「私を覚えておいでだったのか」

「自分が送り出した部隊の隊長だから忘れるはずはないと言っていたな」

「そうか……」


 アルフォートが素っ気なく言い目を伏せるが、そこには何らかの感情が籠もっている気がした。


「それで、帝国軍だが、今、帝国が置かれている状況をやっと知ったという感じだ。政治の中枢に魔族が入り込んでいる事を教えたら、俺らに協力してくれると言ってきた」

「すると、帝国軍は私たちに付いたんだな?」

「そうだと思う。それでも帝国の総戦力の三分の一程度だ。油断はできないけどね」


 俺が言うとアルフォートが顔を上げる。


「いや、デニッセル子爵が協力するのなら、帝国軍はほぼ掌握できたと言っていい。彼は平時における帝国参謀部の長だ。彼の言葉には帝国の兵なら従うはずだ」


 ほほう。デニッセルって結構な大物だったんだな。よくもまあヴォルカルスなんかに従ってたね。政治的な圧力だったのかも。


「それで……デニッセル子爵が言うには、帝都の街道を全て制圧して情報と物流を押さえてくれると言っている」


 俺は大マップ画面を開いてみんなにも見えるようにする。


「ここが帝都だ。ここに繋がる街道は全部で七ヶ所」

「これは? 新しい魔法道具か?」


 トリシアが物珍しそうな顔で覗き込んでいる。ああ、これってハリスにしか見せてなかったっけ?


「これは能力石ステータス・ストーンの機能だよ。何故か俺のだけ使えるみたいだけどな」

「ほえー。我のでも使えれば道に迷わなくていいのじゃがのう」


 マリスも羨ましそうだ。


「で、この七ヶ所の封鎖が完了するのに二週間程度掛かるらしい」

「二週間か。それまでに帝都に着けば良いのか?」

「そうだな……」


 ハリスが地図を見て言う。


「急げば一週間……通常は二週間……だな」

「うん、二、三週間で帝都に行くと伝えてあるよ」

「帝都までにここと、ここ。二つほど都市を通りますよ」


 アナベルがマップ上の都市を二つ指し示す。


「交易都市アドリアーナと衛星都市リムルですー」


 帝国の都市はみんな女性の名前なのかな? ブレンダも女性の名前でしょ? その質問をアナベルに投げてみる。


「そうですねー。帝国の街や都市はみんな女性の名前です。建国以来の伝統なのですよ」


 やっぱり。どういう伝統かはワカランけど。


「ふふ。皇帝が最愛の女性の名前を付けたのが最初なのです。それから貴族たちが真似をしたんです。素敵なのです」


 なんというロマンチック街道まっしぐらな皇帝か。


「皇帝は随分ロマンチストなんだなぁ」

「ロマン……何です?」

「ケント用語じゃな。きっと素敵用語なのじゃ」


 ぐぬぬ。これも英語でしたか。漢字で浪漫って書くからてっきり……


「情緒的とか情熱的って意味だな」

「おおー! 我もロマンチストなのじゃぞ?」


 マリスが走ってきて後ろから俺に抱きつく。隣のトリシアも俺の腕に手を回してニンマリする。


「あらあら、モテモテですね」


 ハリスが後ろを向いて肩を震わせている。お前笑ってるだろ!?


「モテモテというか仲良しなんですよ?」

「照れるな照れるな」


 トリシア、お前は黙っていろ。


 最後はグダグダになったが、二週間程度で帝都に行くことがチームの予定として決まった。

 帝都までの道程はそれほど遠くないが、急ぐことはなくなったので、色々見て回れそうで嬉しいな。

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