第11章 ── 第3話

 デニッセルは生粋の軍人貴族のようで、どうしてヴォルカルスのようなヤツの下についていたのか疑問に思ったが、彼としばらく話をして何となく解ってきた。


 今回の作戦は軍部からの提案で実行されたのではないと最初にデニッセルが言っていたが、帝国の元老院とイルシス大神殿の神官長のゴリ押しだったようだ。

 そのゴリ押しを皇帝が承認した。そして元老院から総指揮官のヴォルカルス侯爵が送り込まれたというのが作戦の始まりだったらしい。


 通常、なんらかの大規模作戦が立案される場合、作戦の構想は大抵政治界隈で想起され、それが軍部に回されてきて細かな作戦を計画する。そして軍部が元老院に作戦を提出するのが手順らしい。

 随分と分業が進んでいる。近現代社会のようだ。というのが俺の感想だ。帝国はかなり近現代的に政治、軍事、経済などが結構しっかりと分化している。

 多分、食料不足という危機的な状況と背中合わせなブレンダ帝国では、そのような社会体制を作らないとやっていけなかったのではと俺は推測する。


 それと今回のような戦争は軍事方面が行うが、実行の決定は政治がするもので、そこに宗教勢力が加わった今回の作戦は珍しいことだとデニッセルは言う。

 なぜなら、神が実在する世界で、しかも信仰されている神々は全部秩序勢力だ。各国、各都市、各町、村々に至るまで、巨大な神殿、小さな教会が存在する。秩序の神々はそれぞれが勢力を伸ばそうと争っていない。

 両国に神殿がある以上、片方の国に肩入れすることは、神々自身に向けられる信仰のバランスを崩しかねないだろう。そんな事態は神々にしたら迷惑この上ないに違いない。

 直接話した限り神々は信仰を強制していなかった。もし信仰を強制されたならば、人間ははたして本当の信仰心を持てるのだろうかと俺は思う。


 何にしても帝都に出向いて直接調べる必要はあるだろうな。帝都のイルシス神殿は今、結構大変なことになってると思うしね。何故って? イルシスが「加護あげない」って言ってたじゃん。きっと、魔法が使えなくなってるんじゃないかと思うよ。神の加護のない神官に何の価値があると思う? 価値無いでしょ?


「帝国軍部は災難だったね。多分、その元老院は魔族に牛耳られてるんじゃないかな?」

「だとしたら、由々しき事態です」


 そうだな。人魔大戦という神話が残るこの世界で、混沌勢力は蛇蝎だかつのごとく嫌われている。トリシアが、元混沌勢のゴブリンに不信感いっぱいだったからねぇ。


「軍部としても黙って見ていられません。何か手を打たないと……」

「王国から来た俺のような敵の情報を鵜呑うのみにしていいのか?」


 俺はデニッセルが信じやすすぎるのではないか心配になった。

 デニッセルは俺の顔をシッカリと見つめてきた。


「敵……ならば、我々にそんな心配してくれませんよ」


 少々苦笑いといった感じでデニッセルは言う。


「それに貴方のような力のある者なら……帝国を完全に破壊してしまった方が早いでしょう」


 俺はそんなに力があるか判らないけど、先の戦闘を考えるとそうかもしれないな。世界最高と言われているトリシアですら、レベルが違いすぎて俺とは戦いにならないだろうしな。


「そんな面倒な事はするつもりもないし……できれば平和に暮らせる方が俺はいいなぁ」

「クサナギ辺境伯閣下は、どのような世界をお望みなのですか?」


 俺の囁きが心からのものだとデニッセルには伝わったようだ。


「そうだね。仲間たちと世界を平和に探求して回れるといいね。うん。世界を回って冒険したいね」


 デニッセルが笑い出す。


「ははは。辺境伯閣下は変わったお人だ。平和に探求ですか……そんな世界があるといいですね」


 そう思うよ。現実世界だったとしても世界を平和に見て回るのは難しい。先進国といえど、つねに犯罪に巻き込まれるのを警戒していなければならないようなところだ。現実世界の日本はそんな中でもものすごく平和だったけどな。


 ティエルローゼには魔物もいるし、巨大生物だっているだろう。平和に探求なんて夢物語なのかもしれない。俺が見たワイルド・ボアだって元の世界ではありえない生物だったよ。


「ま、俺は貴族といっても冒険者だからね。やっぱ冒険大好きなんだよ」


 そんな話で場は和んだが、問題は何も解決していない。


「で、デニッセル子爵。貴方はどうするつもり?」

「そうですね……」


 デニッセルが腕を組んで思案顔になる。


「今、このプルミエに集結している軍勢は、帝国の三分の一程度ですが、統制下に置かれている兵力としては帝国で一番大きいものです」


 デニッセルが棚から大きな紙と箱を取り出してきてテーブルの上に置いた。そして、紙を広げる。紙は帝国全体と一部王国のトリエン地方が描かれた地図だ。


 彼は帝国を示す部分に、何かこまのようなものを順次置いていく。


「現在、帝国の兵力分散は、私の把握する限りこのようになっています」


 これは軍事機密だと思うんだが、これを開示するということはデニッセルは俺に協力するつもりかもしれない。


「このように、私の統制下に置かれた軍がこのプルミエに集結していますので、もし帝都が魔族によって掌握されているならば……」


 デニッセルは魔族と思われる黒い駒を帝都に置く。


「我が軍としては……」


 プルミエにある多数の駒を帝都に繋がる街道を封鎖するように配置し直している。


「このように動くべきでしょう。物資や情報をこちらで抑えることによって、帝都を孤立させます」


 ふむ。包囲作戦だな。


「孤立した帝都の現有戦力は、二千程度。陥落させることは容易です」

「それってクーデターってやつだよね?」

「クーデ…た?」


 ああ、英語通じないんだっけ。


謀反むほん、反乱……ってことだよね」

「一時的にはそう非難されるかもしれません……しかし、帝国が魔族に加担していたなどという情報が外部諸国に漏れたら……我が帝国は滅亡します」


 デニッセルはこう言っているのだ。もし混沌勢の手に落ちた国があった場合、ティエルローゼに存在する国々は連合して、帝国に当たることになる。これは王国だけの問題ではなくなるからだ。そうなれば、人間だけでなく、獣人族も、エルフ、ドワーフなどの妖精族も全てが帝国の敵に回るということだ。帝国は全世界の人類種と呼ばれる知的生命体連合に対峙することになる。

 そうなれば滅亡以外に考えられない状況に陥る。


「このような状況は帝国軍人……いや、帝国の人間として放っておくわけにはいかないのです。例え皇帝陛下に弓を引くことになっても、やらなければならない」


 デニッセルは拳をぐっと握りしめ自分自身に言い聞かせている。


「そこで、辺境伯閣下にはお願いがあります。我が帝国の未来のため、お力をお貸し願えないでしょうか?」


 デニッセルは断られることを覚悟した顔で俺に言う。


「いや、俺は……」


 デニッセルの顔が曇る。


「俺は帝国と和平を結びにきているんだよ。協力する、しないの話じゃないんだ。俺は帝国の問題を片付け、王国の国益のために動くつもりだ。帝国軍がそれに協力しようって言うなら別に構わない」


 デニッセルはハッとした顔になる。


「俺はね。帝国が無くなって欲しいとは思っていない。俺の領地トリエン地方にとって帝国は必要な国なんだ」


 俺は、アルフォートとクリストファに聞かせたトリエン地方による経済圏構想をデニッセルにも聞かせてやる。


「……というのが俺の計画でね。そのためには帝国との和平は必須事項なんだよ。もし帝国が魔族に侵食されているなら、それを取り除くことは俺の計画の内ってことだ」


 黙って聞いていたデニッセルの目には燃えるような色が浮かんでいる。


「そのような構想が実現できたら……」


「そうだね。帝国はもっと飛躍するだろうね。俺が連れてきているアルフォート・フォン・ナルバレスはこの計画に協力してくれると言っていたよ」


 デニッセルが俺の言葉を聞いて遠くを見ていた目を俺に向けた。


「ナルバレス隊長がいるのですか!?」

「お? 知り合い?」

「知り合いも何も……彼を送り出したのは私です」


 ああ、そうなんだ。そりゃ知らないわけないか。


「アルフォートは潜んでいたところを俺が捕まえたんだ」

「彼は優秀な指揮官でしたが……そうですか。辺境伯閣下に……」

「彼だけじゃないよ。殆どの帝国兵は今、カートンケイルに収監してもらっている。死んだのは二名かな? あとは全員無事だ」


 デニッセルが突然頭を下げる。


「我が兵の命を救ってくださり感謝します」

「いや、別に……虐殺するのは俺の趣味じゃないし……」


 俺は少し照れて頭をかく。


「それと野営地で生き残った帝国兵も二〇人くらいかな……カートンケイルに送ってあるよ」

「あの戦いは我々の間違いでした……撤退戦のときにも大分死傷者がでました……」


 ううむ。ダルク・エンティルが追撃したことだな。そこまでする必要はなかったけど、街道の死体の具合を見ると一〇〇人以上が犠牲になっただろうな。


「それは申し訳ない」

「いえ、戦闘において、撤退する敵を追撃するのは定石ですので」


 こういった部分は軍人だね。


「それで、俺らは帝都に行く予定なんだ。もし、帝都で何か騒動が起こったらどういう感じになるかな?」

「通常ですと、帝都に何らかの問題が発生した場合、狼煙のろしによって各地の帝国軍が帝都に集結するようになっています」


 デニッセルが帝都周辺の街や都市に置かれたこまを指し示す。


「各街道を貴方が抑えた場合は?」

「これら援軍は私の権限で抑えることは可能です」


 そうなれば、帝都に援軍はこなくなるわけか。仕事がやりやすくなりそうだね。


「残りは帝都内の二〇〇〇人か」


 帝都の状況とかが解らないので、最悪の事態を考えておくべきだろう。この帝都内の二〇〇〇名と戦闘という可能性が最悪の事態かな? もしかすると帝都の市民も襲ってくる可能性もあるね。


「帝都の市民はどのくらいの数かな?」

「およそ一〇万ですが、問題が発生した場合には家屋から出ないようにと訓練されています」


 ふむ。それなら市民は問題ないかな?


「帝都に冒険者ギルドは?」

「あります。帝国の冒険者ギルドは、戦争には加担しないでしょう」

「市民に危険が及ばない限りでしょ?」

「そうですね……その辺りは王国の冒険者ギルドと同じだと思いますが」


 冒険者という戦力は馬鹿にできないからね。トリシアは伝説の冒険者だけど、あのクラスが帝国にいないとも限らないしな。


「デニッセル子爵。トリ・エンティルは知ってるかな?」

「知らないはずはありません。王国の……いや、大陸東方最高の冒険者です。今は引退していると聞いていますが?」

「ああ、復帰したんだよ。今は俺のチームにいるよ」


 デニッセルの顎が落ちる。


「辺境伯閣下はトリ・エンティルの仲間……では先の戦闘で……」

「うん、俺の横にいたゴーレムホースに乗ってたよ」

「あ、あれがトリ・エンティル……一〇騎程度で抑えられるはずが……」


 デニッセルがブルリと身体を揺らした。


「それで、帝国のギルドに彼女ほどの人物がいるかな?」

「いません! いるはずがありません……ドラゴンを相手にしようとするような強者つわものがいようはずもありません」


 そうか、じゃあ問題ないね。


「なら帝都は俺らのチームでどうにかできそうだね。問題は魔族かな」


 俺は大マップで魔族を検索してみたが検索できなかったんだよね。多分、皇帝が魔族だろうけどさ。


「では街道の封鎖を頼めるかな?」

「了解致しました」

「どのくらいで封鎖可能かな?」


 デニッセルが再び思案顔になるが、それもほんの一瞬だった。


「早急に事にあたれば、およそ二週間で可能です」


 結構早いね。帝国兵はレベルはともかく結構優秀なのかな。統率は取れているということだね。


「じゃあ、よろしく頼むね。俺たちはゆっくりと帝都に向かうよ。そうすれば、多分、帝都に着くのは二、三週間くらい後じゃないかな」


 俺はテーブルの上の地図を見て計算して答える。


「了解しました。それまでに街道の封鎖を完了させていただきます」


 俺はうなずくと手を差し出した。その手を見たデニッセルがシッカリと握り返してきた。

 これで帝国の軍部を味方に付けられたと思う。

 俺の計画がまた一歩先に進められたということだね。

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