第11章 ── 第2話

 やれやれ……


 俺は血気盛んな帝国兵どもを、どう料理しようかと思案する。


 殺しちゃうと何かと面倒かねぇ……俺は虐殺をしたくて帝国まで来たわけじゃないし。

 ただ、俺や王国が舐められたままにしておくのも問題なので、ある程度痛い目に合わせておくべきだとは思うね。


 後方にいた一人の兵士が上段からロングソードを振り下ろしてきた。危険感知スキルが反応したので半歩横に身をずらしてかわす。

 たたらを踏んだ兵士の顎がガラ空きだったのでショートアッパーを叩き込んでおく。


──ゴキリ


 ちょっと力を入れすぎたか? あごが砕けた感触が俺の拳に伝わってきた。まあ、死にはしないな。


「野郎!?」


 その様子を見た他の兵士が目の色を変える。


 一斉に何本もの剣が殺到してきたので跳躍して回避する。

 だが、空中に飛んだお陰で、俺は回避行動はできなくなってしまった。

 槍の穂先が何本も襲ってきた。


 マズったか?


 見回すと、他の兵士よりも頭一つ大きい隊長が見えたので、その隊長の頭を足場にして横に飛ぶ。

 跳んだ先にいた兵士の顔面に膝蹴りをお見舞いして俺は着地した。頭の中でカチリという音が鳴った。


 確認してる暇はないけど、多分格闘系のスキルを手に入れたんじゃないかな。


 その後の展開は見るも無残だった。俺がじゃないよ。帝国兵がだ。

 半数以上の帝国兵が俺の足元に転がり、唸り声を上げている。

 命に別状はないと思うが、殆どの兵士が何かしら骨折や脱臼といった負傷に見舞われている。格闘技スキル半端ねぇな!


 まだ無事の帝国兵どもも、流石に攻撃を躊躇ちゅうちょしている。攻撃すれば確実にカウンターを狙われることを悟ったのだろう。


 俺は途中からカウンターしか狙わないようにし始めたからね。


「さて、どうする?」


 俺はまだ無事な隊長に挑発的に問いかける。


 隊長は顔がどす黒くなっている。激高しているのが手に取るように解るね。


「うぉおぉおぉぉぉ!」


 大きな唸り声を上げて隊長が捨て鉢な攻撃をしてきた。


 スキだらけですなぁ。


 俺の身体は自然と隊長の攻撃から身を外し、剣を振ることで開いてしまった隊長の正中線を正面に捕らえた。


 あ、これはいけますな。


──ドドドドド!


 俺は一歩前に出てから猛烈な速度の突きを、印堂いんどう人中じんちゅう天突てんとつ、だんちゅう丹田たんでんに正確に撃ち込んでいく。


五星突ごせいづき……」


 ボソリと技名っぽいものをささやく俺は頭の中で再びカチリという音を聞いた。


──ドサリ……


 隊長の身体が力なく地面に崩れ落ちた。

 周囲は静寂に包まれている。誰も動こうとしなかった。

 少々肌寒い風が静かに流れている。


「な、何をしているか!?」


 突然、後ろの方から大きな声が静寂を破る。

 その声の方に振り向くと、軍服っぽい黒い衣装を着た人物が帝国兵たちをき分けてこちらに近づいてきた。


 誰だろ? 隊長たちの上官っぽいね。


 黒服さんが騒動の中心まで来てがなり立てる。


「一体全体何をしているというのか!」


 俺はその大きな声に耳を塞いだ。


「む……貴様は……はっ!?」


 黒服さんが突然目を見開いた。


「貴様……いや……貴方様は……」


 何やらガタガタを震え始めている。


「何だよ?」

「……貴方様は王国の使者様一行の方では……?」

「そうだけど?」


 ガタガタ震えていた黒服さんは、俺の前で猛スピードでひざまずいたいた。


「これはオーファンラント王国の使者様! このようなところで一体何をなさっておいでなのでしょうか!?」


 丁寧な言いようだけど、ちょっと無礼な質問ですな。


「何をしていたじゃなくてさ。俺としてはコイツらに何をされたのか聞いてほしいね」


 黒服さんが顔を上げて真っ青な顔で周囲を見回す。


「一体何をされたのでしょうか……」

「散歩中、ベンチで休んでいたら突然何十人もの兵隊で俺を囲み、ここに連れ込まれ、挙句の果てには集団で暴行に及ばれた。とでも言えばいいかな?」


 黒服さんの顔が真っ青から真っ白だよ。


「非武装の人間にやることじゃないよね。帝国軍人の名がすたるんじゃないか?」

「仰ることごもっともです!」


 黒服さんが再び猛烈な速度で頭を下げる。


「こ、この不始末は必ずお詫びさせて頂きますので、平にご容赦頂けないでしょうか!?」


 俺はちょっと意地悪して思案顔をして見せる。


 まあ、俺もこうなることは解ってて隊長の言葉に乗ったからね。意地悪はこのくらいにしておくかな。


「いいよ。許すよ」


 俺の言葉に、黒服さんが安堵したように、どっと肩を落した。


「誠に有難うございます……」

「ところで、貴方はどちらさん?」


 一応聞いておかないとね。


「はっ! 私はアルベルト・フォン・デニッセル子爵。この基地の最高責任者です!」


 デニッセル子爵ね。了解だ。


「ところで、よく俺が王国の使者だって解ったね」

「はっ……実は、一度遠目にですが……お目にかかっています……」


 え? そうなの?

 俺のキョトンとした顔を見たデニッセル子爵が続ける。


「先の戦闘の後方にて、総指揮官ヴォルカルス侯爵閣下の副官をしておりました……」


 ああ。あの野営地の時か。後ろで見ていたなら知っていても不思議じゃないか。


「なるほどね。そいつはご苦労様。そうそう、ヴォルカルス侯爵ですけどね」

「閣下は……未だに戻ってきておりませんが……」

「うん、そこなんだけど。君らの魔法使いスペル・キャスターが放った魔法の流れ弾に当たって亡くなられたみたいだよ」


 デニッセルの顔には驚きもあるが、何か安堵したようなものも含まれている気がした。


「そうですか……戦陣のならいです。名誉の戦死ということで処理致しますので問題ありません」

「そうなんだ。そうそう。俺も名乗っておくね。俺はケント。ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯だ。この度、オーファンラント国王陛下より使者のにんたまわって出向いている。良しなに」


 俺は王国式のお辞儀をしておく。王国貴族が礼儀知らずだと思われると国益を損なうかもしれないしね。


「はっ! クサナギ辺境伯閣下! 歓迎致します!」


 デニッセル子爵は立ち上がると、帝国式の敬礼をした。

 うん。この人は貴族といっても軍人貴族だね。キッチリした感じで貴族の偉そうな部分がない。好感は持てるかな?


「それでは、クサナギ辺境伯閣下。少々おもてなしをさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」


 ん? おもてなし? まあ、この態度だとさっきみたいな手荒いヤツじゃなさそうだね。


「わかった」


 俺は小さくうなずきながら了承する。


「では、こちらへ……」


 デニッセル子爵が手を指し示し、俺を案内してくれる。


 どうも城郭じょうかくの中のようだな。彼の居城なのかもね。


 俺とデニッセルは練兵場を後にして城郭じょうかくへと向かった。

 振り返ると、後に残った兵士たちが呆然としたまま立ち尽くしていた。


 城郭じょうかくの中は王都の王城に似た感じで戦闘城らしい無骨なものだった。

 その中の一室に招かれて、俺は椅子に腰を下ろした。


 なんか会議室みたいだな。


「辺境伯閣下をお招きするような華美な部屋でなく申し訳ありません」


 俺がキョロキョロしていたので、何か失礼があったとでも思ったのかデニッセル子爵が謝罪してくる。


「いや、別にいいよ。俺も元は冒険者だからね。貴族風のキラキラしたのは苦手なんだ」


 デニッセルは小さなグラスを二つと酒瓶を持ってきた。


「何分、軍人の詰め所のような城でして、上級貴族の方々を持て成すように出来ておりませんので……」


 そう良いながら、グラスに琥珀色の酒らしいものをいでいる。


 ん? この匂いは……バーボンじゃね? この世界にバーボンがあるんか。ということは、トウモロコシが帝国では取れるということか……これは覚えておこう。


「上級貴族の方にお出しできるような酒ではありませんが……」

「これ、トウモロコシから作られる酒だよね? 俺の世界じゃバーボンと呼ばれていたが」

「ご存知ですか。これは昔、神によって製法がもたらされたと言われているのですが、原料が安く大量に作れるので上流貴族の方々にはお気に召さないようです」

「いやいや、バーボンは美味い酒だと思うけどね」


 俺はグラスを手に取り、窓の光源に琥珀色を透かしてみる。


 なかなか良い色ですな。香りも良いし。バーボンでも最高級と言ったところかも。


 俺はバーボンをグラスから口に流し込む。流石にストレートだと喉がカッと熱くなる。だが、まろやかな味わいやコクに俺は満足する。


「美味いね」


 デニッセルが少し嬉しそうな顔になる。


「この酒は私の実家がある地方で作られていまして、庶民には評判の酒なんです」


 へぇ……酒が名産なのか。田舎の自慢の一品なのかもね。


「ところで、王国への侵攻作戦だけどね」


 俺はそういうと、デニッセルの顔は再び硬直した。


「いや、別に作戦自体を責めてるわけじゃないし、俺も帝国に抗議にきたわけじゃないよ」


 デニッセルの顔が少々和らぐが、緊張を解いたわけでもない。


「俺は国王から帝国との折衝を全権委任されているし、作戦は概ね失敗してるだろうし、俺らも帝国兵をだいぶ殺傷しちゃったからね」


 デニッセルは話がどこに向かっているのか不安なのか身じろぎをする。


「でまあ、今回の作戦は中止してもらいたいんだよね」

「中止というか……既に作戦は瓦解しておりまして……攻め込むような余裕など帝国にはありません……」

「だと良いんだけど……それで、今回の作戦を立案した中枢人物がいるよね? イルシス神殿の神官長……マルチネスだっけ?」


 デニッセルはビックリしたような顔になる。


「よ、よくご存知で……」

「うん。捕らえた工作部隊を率いていた者から聞いたんだよ」

「ナルバレス殿ですか……?」

「そうだ。アルフォート・フォン・ナルバレスだな。子爵家の次男だね」


 デニッセルは侵攻作戦開始前に既に作戦が露見していたことを理解したようだ。


「なるほど……今回の作戦は我が帝国軍部による立案ではないことまでご存知なのは驚きましたが、そういう事情であれば合点が行きます」

「まあ、アルフォートを責めないでくれな。彼も帝国への愛国心に曇りはないよ」

「閣下に捕らえられたとなると……どんな部隊でも逃げようがありませんでしょうね……」


 俺は不意に話を変えてみることにした。


「ところで、ブレンダ帝国の皇帝が偽物って情報は知っているかい?」

「は?」


 デニッセルが素っ頓狂な声を出した。


「ブレンダ帝国の皇帝陛下は男なんだろ?」

「そ、そうですが……それが何か?」

「俺の情報だとね。帝国の皇帝は女性。つまり女帝陛下なんだよ」


 デニッセルの顔が困惑したものになる。


「そ、その情報の信憑性は……」

「あるよ」


 俺はそう言うと、能力石ステータス・ストーンの機能である大マップ画面を表示させる。そしてデニッセルにも見えるように設定する。


「こ、これは……」

「ああ、これは俺の魔法道具だ。遺失工芸品アーティファクトとも呼ばれてるな」


 俺は適当な事を言って、俺自身にしか使えない能力石ステータス・ストーンの機能だという真実を誤魔化しておく。


「それでだ。この道具は神々が使用したと言われるものだ。これが表示する情報に嘘が表示されることはない」


 俺はそう言って、検索機能でシルキス・オルファレス・フォン・ラインフォルトの情報を検索する。


『シルキス・オルファレス・フォン・ラインフォルト

 レベル:一五

 危険度:小

 ブレンダ帝国の囚われし女帝。現在は帝都皇城に囚われている』


 そこに表示された文字をデニッセル子爵が食い入るように見ている。


「それと、俺はマリオンの神託の神官オラクル・プリーストと交友があるが、マリオン神によれば、帝国に魔族が忍び込んでいる」


 神託の神官オラクル・プリーストに知人がいるのは嘘じゃないし、マリオン自身からの情報だ。


「そ、そんな……」

「だが、これが事実だ」


 デニッセルは絶望を顔に浮かべ、崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。

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