第11章 ── 帝国の都市

第11章 ── 第1話

 数日後、俺たち一行は帝国の玄関口と言われる都市に到着した。

 この都市の名前はプルミエ。そこそこ大きな城塞都市で、帝国軍の基地が置かれているらしい。

 これらの情報はアナベルとアルフォートから聞いた。


 城門へ来た時、衛兵……いや帝国兵だな。武装の様式が俺たちが戦った帝国兵と一緒だったし。

 で、その城門を守る帝国兵が俺たちに武器を向けて誰何すいかしてきたが、オーファンラントからの使者であること、アルフォートの護送中であることを述べて国王の信任状を見せたらすんなりと通してくれた。


 何やら恐怖が彼らの目に浮かんでいた気もするけど気のせいだろう。


「プルミエは基地があるので兵隊さんがいっぱいなのですよ」


 アナベルがニコニコしながら辺りを見回している。


「ほら、あそこにも」


 彼女が指差す方向に、一般市民らしき女性を取り囲んでいる兵隊の一団が見えた。あれは何をしているんだ?


「そこを何とか……」

「知らん。いい加減にしろ」

「でも、代金を払っていただかないと……」

「くどいぞ! 貴様、我ら帝国軍に逆らうのか!」


 俺の聞き耳スキルが妙なやり取りを拾ってくる。どうもキナ臭いな。


 注意深くそのやり取りを観察しつつ馬車を進める。


「黙れ!」


 帝国兵の一人が女性をグーで殴ったのが見えた。許せんな。


 俺が馬車を帝国兵どもに急がせようとした時だった。


──タン!


 そんな軽い音を立ててアナベルが前方のちゅうに飛び上がった。


 俺はビックリしてアナベルを見た。アナベルはそのまま帝国兵どもの方に飛んでいき……


──バキィ!


 帝国兵の一人の頭にアナベルの猛烈な飛び蹴りがお見舞いされた。


「ぐほぉ……」


 蹴りを決められた帝国兵が数メートルふっ飛ばされる。あれ生きてるかな……


「うお!?」

「な、なんだ!?」


 突然空中から振ってきた白ローブのアナベルに無事だった帝国兵どもが慌てたような声を上げる。


「ふふふ。女性に乱暴はいけませんねー」


 着地した姿勢から身を正したアナベルがニコニコしながら帝国兵どもに注意する。


「何者だ貴様!? 俺たちは帝国の兵士だぞ!」


 帝国兵のリーダー格らしいのがアナベルにまくし立てながらも身構える。それにならって他の兵士も武器に手を掛けた。


「兵隊さんとか関係ないのですよ。女性に手を上げるのはいけませんね」


 ニコニコしていたアナベルだが、帝国兵が武器に手を掛けたのを見た瞬間、ガラリと顔色が変わった。


「やる気ですね。良いでしょう。受けて立ちます!」


 アナベルはギラリと目を光らせると背中のウォーハンマーに手を掛けた。


「お、おい……こ、こいつ……狂戦士ダイアナじゃ……?」

「ふん。今更気づいても遅いです。ダイアナ・エレン参る!」


 猛烈な速さで背中からウォーハンマーが引き抜かれ、目の前にいたリーダー格の頭上に落ちた。


──グシャ


 うは……あれは死んだか?


「ひいっ!」


 突然の事に帝国兵たちが悲鳴を上げる。


「女は男が守るもんだろーが!」

「ぐひゃ……」


 ウォーハンマーの横一閃よこいっせんで、また一人の帝国兵が吹っ飛んで動かなくなる。

「テメェら、それでも軍人か!?」


 返す一閃にまた一人犠牲になる。

 一人残った帝国兵がガタガタと震えながら口も利けないでいる。

 その兵士の股間にアナベルの容赦の無い爪先蹴りがめり込んだ。


「うぐぅ……」


 白目を向いて泡を吹いて帝国兵が前のめりに倒れた。


 アナベルは背中にウォーハンマーを戻すと周囲を見渡した。


「あらあら。どうなさったのかしら?」


 倒れている帝国兵たちを見たアナベルは頬に手を当てて少々ビックリした顔をしている。自分でやっておいて何だよね。


「あ、ありがとうございます!」


 助けられた女性はアナベルにお礼を言っているが、周囲を見回した途端に顔が硬直する。


「いえいえ、どういたしましてー」


 ニコニコのアナベルを見た女性は必死に頭を下げて逃げ去っていった。兵士たちから代金何やらを取らずに逃げていったよ?


「あらあら……どうしたのかしら?」


 アナベルはそういいながらも、倒した兵士たちを引きずって集めた。


「仕方ないですねー。ジェルス・ウーシュ・ソーマ・コリス・ヒルディス・モート・ライファーメン。『集団回復マス・ヒーリング』」


 アナベルが魔法を唱えると、彼女の周囲にドーム状のオーラが広がる。


「ううう……」

「い、いてぇ……」


 みるみる傷がえた帝国兵たちが声を上げ始める。


「さあ、これでもう大丈夫なのですよ」


 アナベルの声に帝国兵たちが素早く立ち上がった。


「ど、どうもスミマセンでしたー!」

「でしたーーー!」


 リーダー格が物凄いスピードで頭を下げてアナベルに謝罪しはじめると、他の兵士も同じように頭を下げる。


「解ってくれればいいのですよ。女性には優しくなのです」

「はっ! 肝に銘じます!」


 兵士たちがペコペコしながら通りに消えた。


 うーむ。称号通り狂戦士? ちょっと怖かったっす。


「いやぁ、あれは面白いな」

「なのじゃなのじゃ。興味深いのう」


 トリシアとマリスが一部始終を見てそんな感想を言っている。


 君たち、面白いとかじゃなく怖いでしょうが。


 アナベルがテクテクと馬車まで戻ってきた。


「なかなか、やるな」

「素早いのう。あっと言う間じゃな!」

「何がでしょうか? 私はちょっと兵隊さんたちに注意しただけですよー」


 トリシアとマリスに声を掛けられつつも、アナベルはニコニコしながら御者台に乗る。


 自覚ないね。二重人格だね。口調変わってたし……マリオンとは別の何かが乗り移ってたんじゃないか?

 二重ってより多重人格かも。つーか、ダイアナ・エレンって誰よ?


 俺は頭の中がグルグルと混乱していたが、顔に出さないように注意した。


「さ、さて。先へ行こうか……」


 俺は馬車を再び進める。この先に安くて良い宿屋があるとアナベルから聞いたからだ。


 その日、アナベルの紹介してくれた宿屋に落ち着いたが、宿の主人たちはかなり気さくで、料理も悪くなかった。帝国料理は初めてだけど、煮込み料理がパンと相性が良くて美味しかったね。

 俺とアルフォートが貴族と知ったせいか、俺らの部屋は一人部屋だった。ハリスは他の客と大部屋のようだ。トリシアたち女性陣も女性用の大部屋みたいだな。


 さすがに風呂は安い宿だけあって無かったので、タオルを水で濡らして身体をくに留めた。浴場は貴族地区にあるようだが、他国人じゃ入れてもらえないだろうしね。



 次の日の朝早く、出発前に帝国軍の基地とやらを遠目からでも見ておこうと出かけた。マップで見ると、一五分くらい歩いたあたりの城郭じょうかく周辺らしい。


 ただの通行人の振りをして基地の周囲を歩いてみると、かなりの数の兵士たちがいるようだ。常時こんなにいるんだろうか?


 しばらく観察していて気づいたのだが、二種類の兵士がいるようだ。普通に威勢のいいのが少数と、疲弊してやる気のないようなのが多数だ。疲弊組が威勢のいいのに怒鳴られたり励まされたりしているのが気になる。


 俺が街のベンチに座って眺めていると、トボトボと歩いていた帝国兵が俺の前を通り過ぎていく。

 チラリと俺の方を見たその兵士が一瞬のうちに顔を硬直させて駆け足で基地の中に入っていった。


 なんだ? その反応は。


 しばらくすると、数十人の帝国兵が俺の方に駆け足で近づいてきた。


「全体止まれ!」


 隊長らしき人物が俺の前にやってくる。


「オーファンラントの貴族様ですな?」

「そうだが、何か?」

「我が帝国の基地を覗き込んでいてそれはないでしょう。我が帝国ではスパイは重罪ですぞ」


 どうも因縁を吹っかけているようだが……そうか、さっきの帝国兵は侵攻軍にいたやつか。


「スパイ? スパイするほど帝国軍に脅威を感じないんだけど?」


 俺は因縁に挑発で返す。隊長がピキリと青筋を立てた。


「どうもお立場を判っていらっしゃらないようですな。良いでしょう。どうですか? 基地の中を視察してみますか?」


 挑戦的な目で隊長が俺を見る。


「案内してもらえるのかな? いいね。是非視察させて頂こう」


 俺は立ち上がって隊長にニヤリ笑いかけた。


「よろしい。では、こちらへ」


 隊長が俺を手招きするので付いてく。俺の周りは完全武装の帝国兵が取り囲んでいる。


 ちょっと面倒になりそうだけど、敵国だしいいよね? 帝国軍に俺をどうこうできないだろうことは先の戦闘でも解ったし。


 帝国兵の一団に連れられて、基地の敷地へと入っていく。


 周りを観察していて気づいたが、城郭じょうかくはこの都市の領主が住んでいる所っぽいね。貴族旗がたなびいているよ。


 周囲の『基地』と呼ばれている所には兵舎や武器庫などがあり、それに付随して鍛冶屋や治療処ちりょうどころなどもあるようだ。基地と言われるだけあって設備がしっかりと完備されている印象だね。


 無気力組の兵士たちが俺を見て顔面蒼白になっているのが時々見えた。あれは侵攻軍組だろうな。


 さて、隊長に連れてこられたところは、兵士が訓練する所のようだね。もしかして、お約束の展開かな?


「さてと、王国貴族様。ここが帝国軍の練兵場です。どうですかな?」


 ニヤニヤと隊長が俺に問いかける。


「別に。普通の訓練場だよね。珍しくもないよ」

「ほほう。なかなか肝が座ってらっしゃる。よほど腕に自信がおありのようで……」

「ひひひ……」

「ははは……」


 隊長がそう言うと、俺の周囲を取り囲んでいた兵士どもが卑下た感じの笑い声を上げる。

 練兵場とやらの周囲には侵攻軍の生き残りたちが集まってきている。ただ、彼らの顔は憎しみの感情ではなく、恐怖や畏怖といった感情が浮かんでいるように見えるけど。


「それで? まどろっこしい事は辞めにしない? 俺をボコりたくて連れてきたんだろ?」

「ボコ……? 王国の言葉ですかな。仰る意味が解りませんが、何となく我々の意図は察していただいたようですな」


 隊長は自信たっぷりだ。


「では、始めさせてもらいましょうか。全体! 攻撃を開始せよ!」


 そう言いながら隊長が剣を抜く。周囲の兵士もそれぞれ武器を抜いた。

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