第10章 ── 第11話

 出発前に昨夜作ったオニギリを配って食べておく。割と好評で何よりだった。


 さて、アナベルが俺らに加わり、野営地を後にして帝都へと向かうことにする。

 しばらく進むと、帝国兵の死体が死屍累々ししるいるいといった感じで、ちょくちょく散見されるようになった。


 ううむ。ダルク……君、ちょっとやり過ぎじゃ……


 こんな地獄絵図の光景に新入りのアナベルは全く動じず、野の草などを引き抜いて振り回して遊びながら鼻歌交じりで馬車の横を歩いている。


 こんな光景が帝国では日常茶飯事なのかしら? というか、せっかく馬車があるのに乗ればいいのに。


「アナベルさん。馬車に乗るといいよ?」

「それでは修行になりません~」


 修行っすか……戦いの女神の神官だから?


 そういえば、アナベルはこんな地獄絵図の街道を一人で歩いてきたんだよな……女の子なのに。度胸が座ってるんだろうか。それとももの凄い強いの?


 疑問に思ったので大マップの検索画面でアナベルのデータを見てみることに。


 あれ? 光点が青いんだけど……


 なぜかアナベルが俺のパーティメンバー扱いになっている。仲間のHPバーに並んでないから気づかなかったが、いつの間にかパーティ入りしていた。


 ぐぬぬ。このあたりのシステムが良くわからない。パーティ結成ダイアログとか出ないんだもん。


 パーティからの外し方も判らないし、仕方ないのでアナベルのHPバーも表示させておく。


 マップ画面で見ると、アナベルはレベル二〇の神官戦士プリースト・ウォリアーのようだ。

 トリシアとかは別として、この世界だと結構な強さじゃね? 帝国兵たちは平均レベル一〇くらいだったし、ヴォルカルスなんかレベル四だったもんな。そういや、アルフォートもレベル一八と高めだね。


 冒険者や兵士などの戦闘系の職業は得てして一般人よりもレベルが高い傾向にあるようだけど、アナベルみたいな神官はどうやってレベルを上げているのだろう。


 そういや、俺以外のメンバーのレベルが上がっていたよ。トリシアがレベル四二、ハリスはレベル二三とレベル一一、マリスはレベル一九だ。

 いつ上がったのかは判然としない。あまり注意深く見てないのが問題か。


 さて、アナベルだが、背中に巨大なウォーハンマーを背負っていて、腰にはスリング、ベルトには革袋や鞄を下げている。ローブの裾などから腕や足首には鉄製の手甲ガントレットすね当てグリーブを装備しているのが見え隠れしている。


 神官戦士プリースト・ウォリアーらしい武装かな。多分、ローブの下にも何か防具を付けてるだろうね。


 しかし、アナベルを無条件で信用していいのかなぁ。マリオンのお墨付きだとしても帝国人だし、素性が知れないのは一緒だよ。巨乳なのはポイント高いけどさ。


「アナベルさん。修行もいいけど、話を聞きたいので御者台でいいので乗ってくれないかな?」


 俺は再度アナベルを馬車に乗るようにうながす。


「仕方ありませんね~。ちょっとだけですよ」


 アナベルはそういうと、跳躍して御者台にスポンと収まる。


 神業か! 体捌たいさばきがどっちかってーと拳闘士フィスト・ストライカー向きじゃねーの!?


 アナベルの身体の動きには無駄がない。相当な修行を積んでいる気がしてならない。


「神託を受けたと聞いたけど、一体どんな神託を?」

「そうですねー。神殿の自室で寝ていたら、マリオン様に君に決めたっす!と言われまして」

「は?」

「それで……帝国と王国の国境付近に冒険者の一団がいるから同行するっす! 人魔の戦いが待っているっすよ。っておっしゃいまして」


 アナベルはマリオンの口調を真似ながら身振り手振りで話す。


 随分と愉快なお姉さんですな。


「そうなんだ……」


 俺は苦笑いを浮かべつつ相槌あいづちを打つ。


「それなので、神官長様に許してもらって旅に出たのですよ~」


 ただの夢だと思わなかったのだろうか。今回は実際にマリオンが手引きしたらしいから良いけど、そうでなかったら女の一人旅なんて危険すぎるだろ。


「よく夢のマリオンを本物だと思ったね」


 一応確認しておく。


「私は神託の神官オラクル・プリーストなので、大抵本物ですよ~」


 お? 来たよ、神託の神官オラクル・プリーストだ。マップ画面で確認した時は、神官戦士プリースト・ウォリアーだったが。


 どうやら神託の神官オラクル・プリーストは職業ではないようだ。何か特別なスキルか称号でもついてるのかもしれない。能力石ステータス・ストーンで詳しいデータを見てみたいが……


能力石ステータス・ストーンは持ってる? 一応、同道するなら能力は確認しておきたいんだけど……」

「はい、ありますよー」


 アナベルは革袋から手のひら大の石を取り出した。すると彼女の前にARウィンドウが開いた。俺はそのウィンドウを覗き込む。


 どれどれ……


『アナベル・ダイアナ・エレン

 職業:神官戦士プリースト・ウォリアーレベル二〇』


 ここまでは俺の確認した情報と一緒だ。


『称号:神託の巫女オラクル・プリースト(マリオン神)、狂戦士、多重人格、戦闘狂バトル・ジャンキー


 え……? 狂戦士……?


 何やら『神託の巫女』の後ろに不穏な称号がいくつも並んでいる。俺は自分の顔が引きつるのを感じる。


 さらにステータスを確認する。筋力度と敏捷度がレベル二〇の水準を大きく越えている気がする。総能力値はマルチ・クラスのハリスと同程度、レベルが一つしか違わないマリスと比べたら遥かに高い。


 何だこりゃ? チートか?


 俺が一瞬そう考えたほどだ。だが少し考えてみて、あることを思い出す。夢の中でマリオンと会った時のことだ。


『貴方には今後のためにも私の加護を渡しておくっすよー』


 マリオンがそんな事を言っていたな。アナベルは『マリオンの加護』を受けているんじゃなかろうか? だとすると俺の能力値も上がってたり?


 今まで全く確認していなかった自分の能力値を確認する。


 ああ、すげえ。俺のも凄い上がってた。


 知力度と精神度は前と同じままだが、筋力度、直感度、器用度、敏捷度、耐久度が爆上がりしている。


 これが加護かー。なるほどこりゃ凄いや。イルシスの加護はMP無尽蔵とか言ってたっけ? きっと知力も爆上がりしているんだろうな。確かにチートっぽいね。


 それと、加護はユニーク・スキル扱いみたいだ。通常一つしか表示されないはずのユニーク欄に二つ表示されている。


『ユニーク:

 ・オールラウンダー

 ・マリオンの加護』


 なるほど、神の加護はユニーク・スキルか。ドーンヴァースのシステム破壊してるなぁ。ユニーク二つとか規格外だろ。


 俺は自分のステータス画面を見て苦笑いしか出てこない。


「どうですか?」


 アナベルが首を傾げつつ俺の顔を覗き込んでいた。


「あ、ああ。ありがとう。なかなか面白い称号持ってるね」


 俺は引きつりながらも答えた。


「面白いですか? 私としてはいつこんな称号が付いたのか不本意なのですけど」


 プンプンといった感じのアナベルが能力石ステータス・ストーンを仕舞い込む。


「確かにね。俺も妙な称号がいつの間にか付いていたよ」


 俺はアナベルに同意する。


「え? どんなのです?」

「トリ・エンティルのボスとか……猛獣使いとか……」


 俺も不本意な称号を頂いた経験から、行動には気をつけないといけないと思っていたからなぁ。


「トリ・エンティルのボス? 伝説の冒険者トリ・エンティルと同じ名前の人のボスなのですねー」

「ん? 私がどうした?」


 馬車の横をダルクに騎乗して歩いていたトリシアが近づいてきて言う。


「この方はトリ・エンティルのボスって称号持ってるらしいんですよー。トリ・エンティルみたいな名前だなって」

「トリ・エンティルは私だが? それにケントは私のボスだ。何も間違っていないが?」


 トリシアは不思議そうな顔でアナベルを見ている。


「とう!」


 そんな掛け声が聞こえ、フェンリルの背からマリスが御者台に飛びついてきた。


「マリス! 危ないよ!」


 俺は慌てて御者台のへりに捕まるマリスのベルトを掴む。


「平気なのじゃ。ケントは心配性じゃのう」


 ケラケラとマリスが笑う。


「トリシアは伝説のあの冒険者じゃ。ケントはの、トリシアのボスでマリスの嫁じゃぞ!」


 何の牽制かしらんが、俺は嫁じゃないぞ。


「え? え? 本物? え? 嫁?」


 アナベルが混乱しながら右、左と首を動かしている。


「ああ、こっちのは気にしなくていい。あっちのエルフがトリ・エンティルだよ」


 俺はマリスを押さえ込み、トリシアを紹介する。


「こっちのとか失礼なのじゃ! 守護騎士ガーディアン・ナイトマリスこそがケントの盾なのじゃぞ!」


 マリスがジタバタと暴れる。


「だから、危ないって!」


 俺はそう言ってマリスの頭にチョップする。


「あだっ!」


 マリスがようやく大人しくなる。


「伝説の野伏レンジャー……」

「伝説かどうかは知らん。それと魔法野伏マジック・レンジャーだ」


 ふと、押し殺した笑いが後ろから聞こえる。


「くくく……お前ら……俺の腹筋殺すの止めろ……」


 ハリスが可笑しそうに腹を抱えていた。


「別に笑わそうとしてないんだけどな……」


 ハリスは皆まで言うなと手を上げる。


「アナベルと言ったか……ケントはビックリ箱だ……それだけ認識しておけばいい……」


 それ、全然紹介になってねぇよ。


「それじゃ、みんな自己紹介しておこうか。俺はケント。一応、オーファンラント王国トリエン地方の領主で辺境伯の爵位を賜っている。冒険者チーム『ガーディアン・オブ・オーダー』のリーダーをしているよ」

「私はさっきも言ったが、トリ・エンティルだ。みんなはトリシアと呼ぶ。ケントは私のボスだ」

「俺は……ハリスだ……野伏レンジャー……」

「我はマリストリア! 守護騎士ガーディアン・ナイトじゃぞ!」


 みんなが口々に自己紹介をする。


「俺を含めた四人がチーム『ガーディアン・オブ・オーダー』のメンバーだ」

「はー……」


 アナベルは驚いているやら関心しているやらといった感じで俺たちを見回している。


「……馬車の中の人はお仲間さんではないのです?」


 アナベルは、ふと馬車の方を見て気づいたように聞いてくる。


「ああ、アルフォートね。彼は帝国のナルバレス子爵家の次男だな。帝都に護送中の身だが……俺の協力者だな」

「ナルバレス子爵? 帝都の? 西地区の行政官ですよね?」


 ほう。アルフォートの当主は帝都西地区の行政官らしい。帝都において行政官がどの程度の地位なのかは知らないが、国の首都の行政官だから結構高い身分なのかね?


「たぶん、その行政官の身内だと思うよ」


 俺はアナベルの言葉に同意する。


「そうですか。ナルバレス家の……」


 そう言うとアナベルは口を閉ざした。なんだろう? 気になるね。


 俺たちの馬車は冬に近づいてきた淡い日差しの中、ゆっくりと南へと下っていた。

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