第10章 ── 第10話
今日のメニューは、ステーキ、ご飯、サラダ、野菜のスープです。
ふふふ。ステーキは普通に塩と胡椒で下味を付けて焼いたシンプルなものだが、この前のおろしニンニクとおろしワサビをトッピングで用意しておいたぜ。もちろん
インベントリ・バッグからテーブルと椅子を用意してその上に料理を並べる。
「みんなー。できたぞー」
俺の声に、トリシア、マリスが弾丸のように走ってくる。ハリスとアルフォートは徒歩だ。
「おー。この前のステーキじゃ!」
「泣ける」
泣くな。
「さて、今日はさっきナイアスが持ってきたワサビも準備しました」
俺がワサビを入れた小皿を手にとって見せる。
「その緑のが伝説のドンに使うワサビじゃな!」
「なんで小皿一つしかないんだ? 独り占めか?」
マリスは目をキラキラさせているが、トリシアは小皿が少ないことを心配している。
「ここで注意です。特にマリス。聞いておけ」
俺はカラシマヨネーズの時のマリスを思い出して言葉を加えることにした。
「これはカラシよりも強力です。使用量を間違うと……
マリスの顔が衝撃を受けたようになる。手に持ったフォークとナイフがポトリと転がる。
「だが、用量を間違えなければ、至福、至高、昇天するような感覚を味わえるかもしれません」
俺はまず、自分のステーキに醤油を掛けて、一切れ切り出す。そこにワサビを少しだけ載っける。トリシアたちが真剣な眼差しでそれを観察している。マリスも少々涙目ながら必死さを感じる。
「では……」
俺は一切れを口の中に放り込む。モグモグと
俺の鼻を抜けるツーンとした刺激。ああ、たまらん。
俺の至福の症状をみたトリシアの喉がゴクリとなる。
「少々ツーンとくる風味がワサビの特徴です。しかし、このツーンが、もう癖になっちゃうというか、やめられない要因です。お試しあれ」
そういって、みんなの前にワサビの小皿を置いていく。最初から置いておいたら悲劇が待っているのが目に見えていたので最初は出さなかったわけ。特にマリスなら確実に悲惨なことになるからな。
トリシアが俺がやったように一切れ切り出して少量のワサビを載せて口に運んだ。みんなが
「モグモグ……うぉ!」
トリシアにツーンが来たな。トリシアは目を閉じたが
「これは凄い。確かにツーンと来る。だがこの清涼感はなんだ! 油っこいはずのステーキに清涼感。信じられん」
ふふふ。
俺はニヤリと笑いながらも食事を続ける。トリシアの反応を見た全員が自分のステーキに取り込み始める。
俺はマリスの動きに注意を払っておく。案の定、一切れの上に大量のワサビを盛ろうとしている。
「マリス、そんなに盛ると死ぬぞ」
俺が脅すとマリスは不思議そうな顔をする。
「何故じゃ!? 美味いものなら量が多い方がいいのじゃぞ?」
ああ、なるほど。その短慮が今まで悲劇を呼んだんだろう。もしかして生姜もそれが原因で地獄の食べ物にされたのか?
「カラシの時も思ったけどさ。少な目の方が美味い場合は多いんだぜ? これを俺の故郷の料理では隠し味とか言うんだが」
俺の故郷と聞いてマリスの目がキラキラしたものに変わる。
「おお。ケントの故郷の話は正しいことばかりじゃったな。なるほど、隠し味……」
そう言うと、ワサビを少量に変えてステーキの上に乗せている。それでいいんだマリス。
少々、恐る恐るだがマリスがステーキを口に入れる。
「んーーーー!?」
マリスの鼻にツーンが襲ってくる。目尻に少し涙が出てきた。
「ぷは! カラシほどじゃないが来るのう……でもなんじゃろ? なんか妙に美味い気がするのじゃ!」
「カラシも少し付ければ美味いんだけどね。大量に付けたら、ただの罰ゲームだよなぁ」
マリスは「ふんふん」と鼻を鳴らしながら食事を続けている。少量ワサビを守っているから、もう大丈夫だろう。
アルフォートとハリスもワサビを試して、ツーンと来ている。
「これは……面白い……」
「この緑は初めてだが美味いな」
そう言いながら、アルフォートがワサビだけを少量取って口に入れてみている。
「これ自体はツーン成分が主要成分か。味はそれほどしないな」
何やら分析を始めたよ。
「ニンニクも……試してみろ……」
ハリスはアルフォートにアドバイスをしている。仲よさげですな。結構結構。
こうして帝国に入ってから初めての夕食が終わった。みんな満足そうな顔で焚き火を囲んでいる。
俺はというと、ご飯が結構残ったので、オニギリを作ることにした。具はワサビの葉を浅漬けにしたものだ。これを刻んで具にする。これも美味しいんだよ。明日の朝ごはんにしよう。
夜番を立て、みんながテントに引き上げた。一番目は俺が見張りだ。フェンリルが周囲を巡回しているようだ。あのゴーレムウルフが巡回するなら見張りは必要なさそうな気がするな。このあたりでフェンリルに勝てそうな魔物はいないだろう。
見張りを順次交代して朝を向かえた。やはり何も襲ってこなかった。
「おはようございます~」
は?
俺がテントから出てきたら、突然誰かから挨拶された。振り返ると白いローブの巨乳眼鏡の女性がフェンリルを連れて……いやフェンリルに連れられてやって来た。
「誰?」
「ウォン」
フェンリルに聞いてみるが、フェンリルも判らないのか小さく鳴いて首を振った。
「どちらさま?」
「私はアナベル・エレン。アナベルで結構です。マリオン神の神官ですよ~」
マリオンの神官? なんでこんな朝早くに、しかもこんな所に?
「今日は良い天気なのです」
そう言いながらアナベルと名乗る神官が空を見上げている。
「うぐっ!」
突然、変なうめき声を上げ前かがみになるアナベル。
「ど、どうした!?」
俺は心配になったので声を掛ける。
「お! いいっすね!」
突如、アナベルの口調が変わる。
「ん? 大丈夫?」
「へーきへーき」
キャラが変ってないか?
「どーも、ケント。久しぶりっす」
ん? この喋り方、どっかで……
「もしかして、マリオン?」
「そうっす! 覚えていてくれたっすか。いやー、お姉さん感激っす」
前会った時の事はすっかり忘れてたけどね。
「アナベルはマリオンなの?」
たしか神は体を失ったとか本に書いてあった気がするけどな。
「いや、これは借り物っすね。信徒に協力して貰ってるっす」
マリオンがそう言いながらローブを引っ張っている。
「で、今日は何の用なの?」
「あ、ケントたちはこれから帝都に向かうっすよね。警告のために来たんす」
警告だって?
「帝都には魔族がいるっす。気をつけるっすよ? この子を置いていくんで連れて行くと良いっす」
この子? アナベルの事かな?
「魔族ってどんなやつだよ」
「そうっすね。人魔大戦の生き残りっすよ。人に潜り込むのが上手いヤツっすから誰がソイツだか判らないっすけどねー」
ふむ……俺の考えだと多分皇帝がそうだと思うがね。
「忠告感謝だな。一応目星はついているんで気をつけることにするよ」
俺とマリオンが話していると、トリシアたちも起きてきた。
「ケント、そいつは誰だ?」
「なんじゃ? 浮気か?」
トリシアとマリスが早速食いついてきた。
「失礼なことを言うっすね。私はマリオン。戦いの神っす。ケントの仲間じゃなかったら天罰落としてたところっす」
トリシアだけでなく、ハリスもアルフォートも怪訝顔だ。
「マリオンじゃと? ほう……なるほどのう。
「お? この娘っこは私が神だと疑わないっすね。面白いっす」
マリオンがおかしげにマリスを眺めている。
「さてと、これ以上、この身体を借りていると、この子が限界っすから私は戻るっすよ? それじゃケント。また会おうねー」
そう言うと、彼女は身体を前屈させながら前に倒れ込んだ。
俺は慌ててその身体を支えた。何やら手の平に幸せな感触がするけど事故です。不可抗力です。
「あら?」
そんな声が聞こえ、倒れそうになってたマリオン……いやアナベルだろう……が身体を起こした。
「すみません。少々立ちくらみが……」
本人はマリオンが降りてきていた事に気づいていないようだ。
「大丈夫ですか?」
「お? 変わったのじゃ。やるのう」
「なんだ? 一体何なんだ?」
マリスとトリシアの反応が正反対なのが気になる。マリスはマリオンが降りてきたことに直ぐに気がついたようだった。マリスは何か知っているっぽいな。
「あら。ワンちゃんのお仲間さんたちですね。おはようございます~」
微妙にポヤ~ンとした感じだなぁ。
「マリオンの信徒かや?」
「そうです。よくおわかりになりましたね?」
「ふん。当然じゃ。さっきのを見れば誰でも解るのじゃ」
指を顎に立ててアナベルは首を
本人に自覚はないんだろう。
「それで、アナベルさんと言いましたか。どうして、こんな所までいらしたんです?」
「はい。マリオン様から神託を受けまして、私は帝国に来ている冒険者の方々に会いに来たのです」
彼女が言うには、帝都のマリオン神殿にて神より神託を与えられ、
「そうですか。それなら神託の使命は終わったと思いますよ」
「そうなんですか?」
「そうじゃ。さっきマリオンが来ておったぞ」
その言葉に少々ポヤ~ン気味のアナベルも驚いた顔になる。
「そうですか。やっと使命が果たせました。感激です」
アナベルは天を見上げながらお祈りポーズになる。
「それで、マリオンが言ってたんだが、君の同行を許せとさ」
アナベルがキョトンとした顔になる。
「私に貴方たちについていけと仰ったのです?」
「そんな感じだったね」
「そうですか。ではそうしましょう。マリオン様のお言葉は絶対なのです」
アナベルはニッコリ笑いながら信徒のポーズでアピールする。
まあ、神官なら同道するのは構わないかなぁ。回復やサポートに専念できる要員は便利だしな。どうも帝都の人間みたいだし、道案内もしてもらえるかもしれないしね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます