第10章 ── 第7話

 帝国軍を撤退させた俺たちは、まだ息のある帝国兵の重傷者を一箇所に集めた。

 傷の状態は様々だが、放っておけば確実に死んでしまうほどだ。軽傷や重傷の動ける兵士は一緒に逃げたのか、一人も存在していない。


 見捨てられたんだなぁ……兵士は所詮使い捨てか。


 俺は少々同情した。しかし助けても良いものかどうか。

 助けた後に開放するのか、それとも要塞へ送るか……

 開放した場合、彼らは兵士として、また俺たちに敵対する可能性が高い。

 要塞へ送った場合、戦時捕虜として収監されるだろう。


 前者は面倒だが対処可能だ。しかし、その場合は再び戦って死ぬ可能性の方が高いだろう。俺達にとっては、脅威度は皆無だ。助け損になりかねない。

 後者は以前捕まえた捕虜たちと同様の扱いになるに違いない。身分が高いものがいれば、帝国との交渉次第で身代金の支払いがなされるかもしれない。それは王国にとってもプラスだ。というか、俺の領土の収入になるはずだ。


「ケント、どうするつもりだ?」


 俺が重傷者を前にして思案を巡らせていると、トリシアが問いかけてくる。


 よし。俺の腹は決まった。


「助けるとしよう。彼らは俺の捕虜だ。俺たちが王国に戻るまで要塞に預かっておいてもらうとしよう」


 俺はそう言って目を閉じて魔法を唱える。


「生命の神ジヴァよ。水の神ヴァルナよ。我の願いに御力みちからを貸し給え。『治癒の霧ヒーリング・ミスト』」


 淡い緑色の霧がどこからともなく現れて周囲を満たす。

 傷を負っていた者の体に、淡い緑の光が集まっていく。少々傷を負っていたマリスにも同様の効果が現れる。


「なんじゃ? 治癒魔法かや? 心地よいのう」


 唸ったりグッタリしていた帝国兵たちもみるみる回復していくのがわかる。


「おぉ……」

「あぁ……」


 言葉にならない声が聞こえる。

 目を開けて周囲を確認すると、半死半生だった帝国兵たちは、体を起こしはじめる者、傷の具合を確かめる者と様々だが、傷がほとんど癒えていた。


「よし。これでもう大丈夫」

「ジヴァとかヴァルナって神は聞いたことないが……あっちの神か?」


 俺の耳元でトリシアがささく。


「まあ……そんな感じ」


 俺の厨二病なセリフを聞かれてたのに気づき、俺は少々顔が赤くなってしまう。


 ふと見ると、ハリスが歩いてきて俺やトリシア、マリスの反対側、帝国兵たちを挟んで向こう側に回った。逃亡させないためだろうか。剣を抜いて油断なく構えている。


「お、俺たちを助けてくれたのか……?」


 下士官クラスだろうか。少々年配だが、威厳のある強面こわもての屈強な兵士が俺を見上げて声を掛けてくる。


「まあ、せっかく生きているんだ。放って置いて死なせるのも忍びないしな」


 俺の言葉に、他の帝国兵たちも周りの仲間と顔を見合わせている。


「戦陣のならいとしては甘いのかもしれないな。でも、戦いが済めば殺し合うこともないだろ。トドメを刺して回るような面倒なことするより、魔法一発で治して自分の足で歩いてもらう方が俺としては楽でいいなぁ」


 俺はそんな言葉を掛けてニコリと笑っておく。


「……王国の貴族は変な人がいるんだな……」

「ヴォルカルス侯爵とは違うな」

「俺も貴族なんて横柄なイヤなヤツばかりだと思ってたよ」


 座り込んでいる帝国兵たちが口々に言う。


 どこの貴族もそんなものじゃないかな?


「俺は最近、貴族に祭り上げられた成り上がり貴族だよ。どっちかっていうと冒険者なんだけどさ」


 キョトンとした目が俺に集中する。


「冒険者貴族……なるほど……強いわけだ。しかし、少人数だというのに平然と軍隊に挑める者がいるとは信じられなかったが」


 下士官っぽい強面さんが言う。


「でも、ちょっと規格外ですよ。ヘインズ兵長。巨大な火の悪魔を使ってましたよ」

「そういや……俺も意識が飛ぶ前にみた……」


 若い兵隊たちが、強面こわもて下士官……ヘインズ兵長とやらに言っている。


「火の悪魔? なんだそれは?」


 強面こわもてで聞き返している。


「ふふふ。それはじゃな……」


 マリスがフルヘルメットを脱いで得意げな顔をする。


「あれは神聖魔法の上級精霊召喚じゃぞ。ケントは神の御業みわざと言われる呪文の使い手じゃからの!」


 エッヘンとマリスが胸を張る。なぜ、君が得意げなのか小一時間問い詰めたい。


「上級精霊……? そんなものを呼び出せるのか?」


 ヘインズ兵長の驚愕の顔はまたたく間に兵士たちへと伝染する。


「そういえば、俺たちの傷も癒やしてくれたよな。神官戦士プリースト・ウォリアー様に違いないぞ」

「神にその御業みわざの使用を許されているとは……高名な神官プリースト様だろう」


 兵士たちが口々に俺を称えるような事を言い出す。


「いや、俺は……」

「ケントは魔法剣士マジック・ソードマスターだ。神官戦士プリースト・ウォリアーなどと間違えるな」


 トリシアが口を挟む。


「エルフの弓兵アーチャーまで……」


 そこも驚くところなの?


「いや、トリシアは弓兵アーチャーじゃない。魔法野伏マジック・レンジャーだな。彼女は俺より断然有名人だぞ? トリ・エンティルって知ってるか?」


 兵士たちの顔がまたもや硬直する。すべての目線がトリシアに集まってしまった。


「なんだ? 私、トリ・エンティルが珍しいのか?」


 トリシアは有名なことを頓着しないからなー。


「伝説の冒険者がいる一団に戦いを挑むなど……我が指揮官はなんと無謀な……」


 ガックリとヘインズ兵長が崩れ落ちる。まあ、知らなかったんだから仕方ないじゃないか。

 そういえば、その指揮官はどうしたかな?


 俺はあたりをキョロキョロと見回す。


 ヴォルカルス侯爵は泥に頭を突っ込んで倒れたままだ。


 あれ? 死んでる?


 俺はヴォルカルスを引き起こす。白目を向いている顔には精気がない。俺が殴ったヘルメットの天頂は少々凹んでいるが、死ぬほどじゃないはずだが……


 よく見ると、鎧の胸元に大きな穴が開いているのを見付けた。中には一握りくらいの石がめり込んでいた。


 これ、「石礫ストーン・バレット」の石じゃないかよ。流れ弾が当たったのか。


「こりゃ運が悪かったな。ご愁傷様だ……」


 俺の行動を見ていた兵士たちがザワザワとしはじめる。


「どうも帝国軍の魔法使いスペル・キャスターが放った魔法に当たったみたいだな」


 そういってヴォルカルス侯爵の死体を帝国兵たちに見せた。


「ふ……む……。戦死は武人のほまれ。名誉の戦死をなされておいでであったか」


 武人ってーか……そんなタマには見えなかったがなぁ。まあ、そういうことにしておくか。


 祈りのポーズをしていた兵長が、俺に向き直った。


「それで、我々をどのように処遇なさるおつもりか?」

「そうだな。このまま開放したら、また戦場で敵同士になるだろうね。今度は助けられないだろう。俺もそれは不本意だ。君たちにはカートンケイル要塞まで行ってもらう。いいな?」


 俺はヘインズ兵長以外の帝国兵にも聞こえるように言った。


「了解だ。どのみち我々は敗残の身。戻っても命があるかどうか……」


 え? 普通戦列復帰するんじゃないの? なら逃げた他の帝国軍は? よくわからんなぁ。


「ちょっと待ってて。カートンケイル要塞に持っていく書状を用意するから」

「書状?」

「うん。要塞には君たちだけで行ってもらうよ。まあ逃げようにも、周りは湿地だし無理だろうしね」


 ニヤリと黒い感じでトリシア直伝の笑いを見せておく。


「書状に君たちの処遇についてオルドリン子爵への指示をしたためて置くよ」


 俺が将軍に指示を出して良いものか判らないけど、爵位は俺の方が上だし大丈夫だろう。


「りょ、了解した。我々も準備ができ次第カートンケイルへ出発するとしよう」


 ヘインズ兵長が頷き、他の帝国兵に準備の指示を飛ばし始めた。


 じゃ、俺は書状を用意するか。彼らは、前に連れていった捕虜とは意味が違うことをシッカリ書いて置かねばならない。王国の捕虜でなく、俺のトリエン地方の捕虜だと。オルドリン子爵に捕虜を自由にする権利はない旨をしっかりとね。

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