第10章 ── 第6話

 ふと見ると、混乱する帝国軍の中に、取り残されてオロオロしているヴォルカルス侯爵を見付けた。


 何でまだウロウロしてんだ? 総指揮官なら後方にいるもんじゃないのか?


「おい」


 俺はヴォルカルスに声を掛ける。


「ヒィ!」


 俺に声を掛けられたヴォルカルスが驚いて馬から落馬した。


「み、みなのもの! な、何をしている!? 私を援護せぬか!」


 ヴォルカルスが周りにいる無事な帝国兵に言うが、帝国兵は動こうとしない。というか俺に向かったら死ぬだろうからなぁ。レベルが違いすぎるよ。


 マップ画面で一人の帝国兵をクリックしてみれば一三レベルだ。その帝国兵を見ると、彼の上に名前とレベル、HPバーが青色でAR拡張現実表示されている。


 あらら? これって、ドーンヴァース時代の敵の上に出るアレだな。色が青だ。脅威度なしじゃんか。


 この敵対キャラクターの上に表示される情報ステータスは、脅威度も表していて、青色が脅威度なし、水色が脅威度小、白色が脅威度拮抗、オレンジ色が脅威度やや大、赤色が脅威度大、暗赤色が脅威度重大と六種類存在していた。どうもそれと同じもののようだ。


 ヴォルカルスをクリックしてみると、レベル四で脅威度なしの青色だ。


「降伏しろ。お前らでは俺たちには勝てないよ」

「ふざけるな! そのようなことができる訳あるまい!」


 情けない落馬野郎の言うことじゃないと思うんだが……


「私は誉れ高き帝国貴族! 貴様のような御者に辱められるわれは無いわ!」


 む。御者じゃないんだがな。


「どうせ冒険者あがりの粗忽者そこつものであろう。私のような真の貴族に……」


 俺は聞いている内にムカムカしてきたので、剣のみねでヴォルカルス侯爵の頭を強かに殴りつけた。


「きゅう……」


 変な声を出して侯爵が崩れ落ちた。


「さてと。まだやるのかな?」


 周囲を見回すと、帝国兵の顔に既に戦意といったものを感じない。


「どけ! 道を開けろ!!」


 帝国軍の奥の方からそんな声が聞こえてきた。見ているとモーゼの十戒の海が割れるシーンを彷彿ほうふつするように帝国兵が割れていく。


 そこにはローブを着た帝国兵が一〇名ほど立っていた。


「こいつには物理攻撃など効かぬ! 我らに任せよ!!」


 ほう。魔法特化部隊か?


「くらえ!」


火球ファイア・ボール!』

氷の槍アイス・スピア!』

石礫ストーン・バレット!』

真空波バキューム・ウェーブ!』

電撃ライトニング!』


 それぞれの魔法兵から異なる魔法が放たれた。なるほど耐性持ち対策かな?


 俺は爆発が不味そうな『火球ファイア・ボール』を撃ち落とすことにする。他は試しに受けてみることにしよう。魔法が俺に与えるダメージ率を見てみたい。


蒼牙斬・炎斬波そうがざん・えんざんぱ!」


 火の玉は早々に蒼牙斬に切り飛ばされて俺に到達する前に爆散した。他の四つの魔法が俺に到達した。


──バス! ドカ! ビシ! バリバリバリ!


 色んな属性の効果音と魔法のエフェクトが俺を包み込んだ。なんか幾つかカチリって音がした気もする。


「どうだ!?」

「やった!」

「おお!」


 などと言う声が、もうもうと上がるエフェクトの向こうから聞こえてくる。魔法兵だけでなく周囲の帝国兵も言ってるっぽいね。


 とりあえず、全ダメージで一〇六ポイントだ。大したダメージじゃないね。四発くらっても一割も行かないか。


「さてと、今度はこっちの番だな。魔法には魔法で対抗しようか」


 俺はこの世界に来てほとんどの魔法属性を覚えたが、ドーンバース時代から習得していた魔法を使うことにする。俺のもつ最高の火属性魔法。


「我に仕えしアグニの眷属けんぞくよ。我の命に従え。その身をやいばに変え我が敵をめっせよ。『上級火炎精霊召喚サモン・グレーター・ファイア・エレメンタル』」


 突如、俺の目の前に巨大な炎の悪魔が召喚される。イフリート。あるゲームでは炎の魔神と謂われ、あるゲームでは最強の炎の精霊だ。


『我ガアルジヨ』


 召喚されたイフリートが俺の前にひざまずく。ドーンヴァース時代には考えられない行動だが、ティエルローゼではこうなのだろう。


「あ、あの魔法使いスペル・キャスターたちを殲滅せよ」


 俺はイフリートの炎のいかつい顔にビビりながらも命令を下す。


御意ぎょい……』


 イフリートが命令を受けて魔法使いスペル・キャスターに向き直る。


「ほ、炎の魔神だと!?」

「あ、あんな上位存在を使役しているなど……」

「こ、これは夢だ。夢に違いない」

「神よ……」

「あははははは」


 魔法使いスペル・キャスターたちが何やら口走っている。一人は泣きながら笑ってるよ。


『我ガアルジノ命ニヨリ、存在ヲメッスル……』


 イフリートの姿が一瞬揺らいだように見えた。次の瞬間、魔法使いスペル・キャスターたちの前にイフリートが移動する。

 その巨大な精霊を前に魔法使いスペル・キャスターたちは身がすくんで動けない。

 イフリートの腕が広げられ、魔法使いスペル・キャスターたちを包むように抱き込んだ。


「ぎゃああぁぁあぁ!!」

「ぐぉおぉぉおおぉ!!」

「……うがぁ!」


 魔法使いスペル・キャスターの断末魔が聞こえたが、直ぐにその声は消えてしまう。


 ありゃ助からないな。焼死って一番辛いらしいけど……あんまり無残なのも見たくないけど、周りへの見せしめと考えるべきか……


 周りの帝国兵は恐怖と絶望で動けない。というより盾や武器などを取り落として棒立ちだ。無理もない。


「……せよ……撤……撤退だ……!」


 遠くの方から大きな声を上げているようだ。撤退と聞こえた。やれやれ、これで終わりかな?


 その号令が聞こえたのか、帝国兵たちが脱兎だっとのごとく逃げ出し始める。規律もへったくれもない。我先に、一目散といった感じだ。


 ものの一〇分もしないうちに、武器や装備、補給物資も放棄して五体満足の帝国軍の姿は一人も見えなくなる。

 今見えるのは放棄された帝国軍の野営地と大量の死体と物資。それといくらか生き残っている帝国兵の重傷者ばかりだ。



「ケント……お前、炎の精霊まで扱えるのか……」


 トリシアが驚いた顔で魔法使いスペル・キャスターを焼き殺してその場にたたずむイフリートを見ながら俺にささやいた。


「ああ、『上級火炎精霊召喚サモン・グレーター・ファイア・エレメンタル』の魔法で呼び出したんだ。絶対服従だから問題ないよ」


 マリスがフェンリルに乗って戻ってきた。少々怪我をしているようだが、かすり傷程度でHPもあまり減っていない。


「あ、あれ何じゃ!? 精霊じゃろ!? 上級精霊じゃな! 炎の魔神に似ておるが」


 興奮したマリスがまくし立てる。


「あれはイフリート。炎の魔神とか、上級火炎精霊とか色々言われているね。俺の覚えている最も強力な上級火属性魔法で召喚したんだよ」

「はぇー。精霊使役魔法は失われた神聖魔法じゃと思ってたのじゃ。神々が使ったものじゃと聞いたのじゃがのう」


 マリスはキラキラした目で炎の魔神を眺めている。


 後ろからドドドドと走ってくる音が聞こえたので振り返ると、アルフォートだった。


「ケ、ケント! あ、あれは……あれは……」


 アルフォート、お前もか。


「あれは俺の召喚魔法。イフリートを召喚したんだ」


 面倒くさいのでぞんざいに答える。


「凄い……魔法で炎の魔神を呼び出すとは……神の御業みわざだ……」


 何やら感動している。そういえば、アルフォートも火系の魔法使いスペル・キャスターだっけ?


「俺の覚えている最高の火属性魔法だよ」

「ケントは魔法の神に愛されているようだな」

「イルシスは知ってるよ? でも愛されてはいないよ」


 イルシスはどっちかというと、シャーリーとかエマを愛してるようだしな。俺は加護を受けてないし。


「イルシスは、なんか間延びした喋り方で面白かったな。なのよーって喋るし」


 思い出して笑いながら言う。


「やはり……ケント。お前は神の使いに違いない」


 イフリートの召喚限界が近づき、イフリートが陽炎かげろうのように消えていく。


「神の使いじゃないよ。少々神と喋ったことがあるが、神も俺の正体が良くわからない感じだったよ」


 そんな俺の返答にアルフォートがほおけた感じの顔で俺を見てきた。


 何にせよ、帝国の王国侵攻作戦の遂行を阻止したことは間違いなさそうだ。

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