第10章 ── 第5話

 いやぁ、いきなり何だよ。

 突然帝国軍の騎兵キャバリエが来たけど、何を言い出すかと思ったら。


「止まれ! 貴様ら何者だ!」


 だもんね。俺はもちろん名乗ったけど……


「敵国が何用か!?」


 だってさ。いやいや、お前らこそ王国に侵攻しにきてるじゃんかね。


 こっちは王国の正式な使者だと言ったのに帝国兵は戦闘体勢をとったままだった。


「めんどいのう。我のドンへの道を塞ぐとは愚かなことじゃ! 『伸びよ刃』!」


 マリスはそう言うと帝国軍の隊列に突っ込んでいっちゃった。「フェンリル・チャージ!」とか叫んでたけど、アレきっとスキルじゃないね。


 一瞬で半分が吹っ飛んで湿地の沼に落ちちゃった。


「な、なにを!?」


 などと言ってたけど、トリシアがファル・エンティルに氷矢を出してアローレイン降らして終わっちゃったよ。


 あっという間の出来事で、俺も止めようがなかったけど、一〇人死んだことに間違いはない。帝国軍本体とカチ合ったときに、どんな言い訳をしようか……

 俺は先のことを考えて少々気が重くなる。本当なら平和的に撤退してもらいたいところだったのだが。人死には少ない方が良いんだがなぁ。


 とりあえず、死体はどうにも出来ないので放置した。



 しばらく進むと、帝国軍が陣地らしいところに大量に布陣しているのが見えてきた。


 巨大な盾を持った盾兵シールド・ファイターがズラリと整列しており、その盾の隙間から槍兵スピア・フェンサーが槍を突き出している。その後ろには通常の兵士たちが大量にいる。弓兵アーチャーは後方だろうな。さっきのような騎兵キャバリエが少ない気がするな。


 何はともあれ、帝国軍はやる気満々のようだ。仕方ない。やるしかないか。


 ある程度、帝国軍が確認できる位置まで馬車を進めてから停止する。


「我々はオーファンラント王国からの使者である。俺はトリエン地方領主ケント・クサナギ辺境伯。我々に戦闘の意思はないが、意味のない流血を希望するなら受けて立つ。指揮官はどこか!?」


 俺は大声で帝国軍に呼びかけた。


 帝国軍は、この少数で受けて立つと言われて、少なからず動揺している者がいる。そりゃそうだ。騎乗動物がゴーレムだし、馬車引いてるのもゴーレムだもんな。


 すると、真ん中付近が少し開いて、馬に騎乗した鎧とマント姿の人物が前に出てきた。


「我は帝国軍総指揮官ボリス・ヴォルカルス侯爵である。王国の使者が何用か? 辺境伯を名乗るものが御者台に座っている段階で偽りと判断するが?」


 あー、やっぱ貴族自身が御者台はマズいのか? 今後考えなきゃならんかな?


「俺は正真正銘、辺境伯だけど……俺が御者台にいるのは馬車には帝国の捕虜が乗っているからだ。王国に侵入していた工作部隊の指揮官を送還するために出向いている」


 俺がそう言うと、総指揮官を名乗ったヴォルカルス侯爵とやらが、舌打ちしているのが解った。侵攻計画が露見していたのを今知ったのだろう。


 前に抜け道で放置した帝国兵は報告しなかったのだろうか? 魔法を解除しなかったから埋まっちゃったかなぁ?


「ならば、捕虜を置いて立ち去れ! もちろん、武装解除はしてもらうぞ!」


 は? 何言ってるんだ? コイツは。


「それは御免被る。我々の使命はブレンダ帝国の帝都に捕虜を届け、かつブレンダ帝国皇帝に我が国王の親書を届けることにある。立ち去ることはできない」


 ヴォルカルス侯爵が少々怒りを顔に浮かべる。


「至尊の存在である皇帝陛下に敬称も付けぬ田舎貴族が!」


 敵国に敬意を払う理由が思いつかないんだが……ああ、外交折衝だと当たり前か。失敬失敬。でも、引き下がる理由にはならないね。


「通さぬつもりなら押し通るがよろしいか」

「是非も無し!」


 ヴォルカルスが嬉しそうな顔をして受けて立ち、きびすを返して隊列の奥へ戻っていった。


 まあ、最初からやるつもりだったんだろうが……仕方ないな。


「みんな! 戦闘準備だ!」

「おうさ!」

「了解じゃ」

「承知……」


 帝国軍の後ろから「放て!」の声が聞こえた瞬間、数千本の矢が放たれた。ああ、あれはちょっと厄介だね。


射撃防御空間フィールド・オブ・プロテクション・フロム・ミサイル


 俺を中心として、半径二〇メートルを青く薄いドーム状の防御壁が展開する。

 飛んできた矢が次々に防御壁に到達するが、威力を消失して地面にバラバラと落ちていく。


 ふむ……便利な魔法だな。弓を使う人員の多いウチのパーティだと矢の補充がはかどりそうな気がする。


「ハリス。馬車の護衛を頼むね」

「了解した……」


 俺は御者台から降りると、ハリスを見上げながら頼んだ。俺の指示に弓を構えたハリスがうなずいてくれた。


 馬車の前までくると、マリスとトリシアが俺の横に付く。二人ともゴーレムから降りている。騎乗ゴーレムが彼女らの後ろに配置されている。


 ゴーレムも戦闘に参加させるのかな? まあ、修理設備はあるし問題ないか。


「さて、行こうか」


 俺は剣を抜いて帝国軍の戦列せんれつに近づいていく。


「げ、迎撃用~意!」


 何の気負いもなく近づいてくる俺たちに、帝国軍の現場指揮官たちが少々緊張気味のようだね。


 もう敵の槍先が目前に迫ってきたので、俺は歩みを止めた。


「それじゃ行くよー。扇華一閃せんかいっせん!!」


 俺はスキルを使って愛剣で横に一振りした。


──ズバアアアアアン!



 壮絶なスキルの剣圧が広がり、敵の槍先と盾を一瞬で切り飛ばした。俺の前にいた二〇人くらいの盾が真っ二つにされ、それの倍くらいあった槍先は地面に落ちていた。


 あら? 加減しないと凄い威力だね。俺さまもビックリ。


 敵の前衛たちが顔面蒼白になった。


「やるのう。では我もいくのじゃ!」


 マリスが嬉しげに盾を構えて走り出す。


「伸びよやいば!」


 輝くランスが出現する。マリスは光のランスを盾の横から突き出して敵陣へと突進している。


「シールド・チャージ!」


 その声とともに、シールドにも淡い障壁が出現した。そのまま帝国軍へと激突する。


──ゴガアアアン!


 すごい音だな。


 マリスが突撃した所の盾兵と槍兵が吹っ飛んでいく。


 あー、過密に並べられたボウリングのピンが空に舞っている感じだな。一〇人はすっ飛んでる。


速射ラピッド・ショット!」


 トリシアは速射のスキルで矢をマシンガンの様に打ち出す。すべての矢が盾や槍衾やりぶすまの隙間へと吸い込まれていくのが凄い。


 矢が盾をすり抜けた瞬間に複数の悲鳴が上がっている。


「た、隊列を乱すな! 迎撃を開始しろ!」


 その声がした瞬間、ダルク・エンティルとフェンリルが飛び出した。


 ミスリル製のゴーレムホースの突進は通常の盾や槍などでは止めようもない。マリスのチャージ攻撃よろしく帝国兵が弾き飛ばされていく。そのままダルク・エンティルは敵陣の奥まで走り去った。大丈夫か?


 フェンリルはというと、マリスが突き崩した戦列に走り込み、無事そうな帝国兵の頭に噛み付いて引きずり倒している。槍が幾本もフェンリルに突き出されるが、ミスリルの硬い外装に弾き返された。手持ちの鉄製武器じゃ貫けないだろうなぁ……


──おっと。


 みんなの戦いを観察していたら、不意に槍が突き出された。危ないね。


「では、俺も……」


 俺は剣を構えつつも魔法を唱える。


魔法の鎧マジック・アーマー


 これで後ろからの防御も完璧。突撃する。


 俺が崩した敵の戦列の中に猛スピードで駆け込む。次々に突き出される槍先を回避しながら次々に切り飛ばす。盾なども突き出されるが切り飛ばす。


 次々に突き出されるのが面倒くさい。俺は突き出された盾を足場に空中に飛び上がった。


 眼下に驚愕する帝国兵たちがいる。


翼落斬・圓よくらくざん・つぶら!!」


 くるりと俺の体が一回転して、振った剣から円形に剣撃波が放たれる。

 俺の下、一五メートルほどの範囲にいた帝国兵が次々に倒れていく。


 お、翼落斬のスキル・レベルを上げて放つとこんな事もできるのね。面白い。


 スキルはスキル・レベルをあげることで派生技を出すことができるようだ。以前使った魔刃剣・旋風波も魔刃剣の高レベル使用の派生技で、スキル一覧には魔刃剣しか乗ってなかったんだよね。他にも色々と派生技ができそうなので、今、この実戦で試しておこうか。


 俺は切り飛ばした帝国兵の上を放物線を描きながら飛び越え、まだ無事な敵陣の真ん中に落ちていく。帝国兵どもが慌てて飛び退き、俺の着地地点を開けてくれる。


 ご親切にどうもね。


 もっとも、帝国兵にしたら親切に開けたわけじゃないだろう。俺を突き刺し、切りつけ、そして殺すためだ。


 しかし、帝国兵の攻撃は単調で速度もないので、俺の回避と受け流しで全く当たらない。


扇華一閃・旋風せんかいっせん・せんぷう!!」


 俺の体がつむじ風のようにグルグルと回り出す。そのまま、周り三六〇度の帝国兵を切り飛ばしまくる。そのまま移動して敵陣を切り裂く。


 回転が止まると同時に俺は周囲を見回した。俺を恐れてか、周りの帝国兵が新たに切りかかってこなくなった。


 マリスやトリシア、騎乗ゴーレムたちもてんてんばらばらに戦っているようで、あちこちから悲鳴が聞こえている。


 なんだ、こりゃ。楽勝だな。全く相手になんないぞ?

 ドーンヴァースで雑魚敵いっぱいの鎧蟻アーマー・アントの巣にアイテムを取りに行った時の感覚に似てるかな。わらわらといる鎧蟻アーマー・アントを片っ端から潰していくあの感覚だ。

 ノーダメージで突き進めるので思い出した感じ。


 レベル差って、これほどなのか。トリシアたちがキョトンとしていたのがやっと理解できたよ。

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