第10章 ── 幕間 ── 帝国軍ヴォルカルス侯爵

 陣幕テントの中で、帝国軍侵攻部隊総指揮官ボリス・ヴォルカルス侯爵は欠伸をしていた。


 今回の侵攻作戦は通常の二倍以上の戦力を率いている。

 挙げ句の果てには五〇〇の即応部隊と工作部隊による要塞後方の破壊活動も付いているのだ。失敗する可能性など微塵も考えられなかった。


 それにしても、後方の工作部隊や即応部隊との連携のためとはいえ、無為に時を費やすというのは存外に退屈なものだ。戦争直前という緊張感を削がれて士気が落ちやしないか心配になるほどだ。


 ヴォリカルス侯爵が再び欠伸をしようと口を開けた時、外から声が聞こえた。


「将軍閣下に伝令!」

「しばし待て……閣下、伝令が参っております」


 外からテントを警備する歩哨が声を掛けてきた。


「ふむ。しばしまて」


 一応、鎧は着ていたとはいえ、マントもなしに伝令の前に立つわけにもいかず、ヴォルカルスは身支度を整える。

 マントを着込み、一応、姿見でヒゲが左右にピンと立っているか確認することも忘れない。


 ふむ。完璧だ。


 ヴォルカルスは満足すると陣幕テントから外に出る。


「何事か? 火急の伝令であろうな?」


「はっ! 王国方面より馬車が一台、その護衛らしきものが二体、こちらに向かってきている。閣下の裁量を仰ぎたいと副官デニッセル子爵閣下よりの伝言です」


 馬車? たった一台の馬車で何を血迷うておるのか……面倒を掛けおって。


 ヴォルカルスは副官のデニッセルがその程度の判断も下せない無能だと考えた。副官が判断を下せない以上、例え無能であっても総指揮官の自分が出向かねばならない。


 ヴォルカルスは参謀たちが詰める大陣幕へと足を運んだ。



「一体、何を迷っているというのか! 私が判断をしなければならないようなものか!?」


 大陣幕にズカズカと入っていたヴォルカルスは、怒鳴り散らした。


 中に詰めている四人の参謀と副官の顔は不安や困惑の色を浮かべていた。その表情は自分が怒鳴ったからという感じではない。


「ヴォルカルス侯爵閣下。我々には判断に余ります。ご裁量を」

「一体全体何だというのだ?」

「はっ! 今から一時間ほど前のこと。斥候の為に魔法士官に『遠見ディスタント・スコープ』の魔法を唱えさせました。魔法士官によると、一台の馬車と二つの騎兵キャバリエを確認しました」


 参謀士官の一人が報告をする。それは伝令兵から聞いている。


「それがどうしたというのか」

「はっ! その馬車は貴族旗を掲げ、引いている馬は銀色。騎兵キャバリエの馬の一頭も銀色。もう一方の騎兵キャバリエは銀色のダイア・ウルフに騎乗と報告してきました」

「は? 銀色? どういうことか?」


 銀色の馬とダイア・ウルフだと? 何を血迷っているのか。サッパリ解らん。


「魔法士官はゴーレムの馬なのではないかと……」

「何? 冗談を言っているのか?」


 ヴォルカルスは不機嫌な顔をさらに歪める。この世にゴーレムの馬で引かせた馬車など聞いたこともない。そもそも、馬型や大狼型のゴーレムなどの目撃例も報告例もないではないか。


「冗談ではありません。その馬とダイア・ウルフに乗る騎兵キャバリエも同じように銀の鎧を着ていると申しております。馬車の上にも銀のチェインメイルと銀の弓を装備した弓兵が乗っているとも」


 警護の兵隊も銀装備だと? 半人半獣ライカンスロープに被害妄想でも抱くアホなヤツが王国から来たんじゃないのか?


「全身ギンギラギンの王国の馬鹿貴族が帝国に侵入してきたのではあるまいな?」

「ただの銀ではなく、ミスリルではないかと報告が来ています」


 その魔法士官は狂ったのではないか? ミスリル製の武具に身を包んだ護衛など……そんな財力が王国にあるとも思えん。


「まさか、銀の馬もミスリルの戦闘用馬具を付けているのではないだろうな?」

「いえ、ゴーレムであろうと……」

「馬鹿も休み休み言え! ゴーレムなどを作る技術がこの世にあるわけなかろう! あのブリストルの魔女が生きておったのであればわからんがな! 大方、ただの銀の装飾で着飾っておるだけであろうが!」


 総指揮官にそう言われては参謀士官も黙るしかない。誰も意見など言えなくなってしまう。

 その雰囲気を察してか、デニッセル子爵が意見を述べた。


「ミスリルかどうかは定かではないとして……斥候として一〇騎ほどの騎兵キャバリエを差し向けてみてはいかがでしょうか?」

「ふむ。大方、虚仮威こけおどしだろうが、馬車一台と騎兵キャバリエ二騎相手であれば、そんなものであろうな。よし、差し向けよ」


 こんな馬鹿らしい報告をしてくる参謀どもに比べれば副官は無能ながらも道理はわかっているようだな。


「状況を別の魔法士官に『遠見ディスタント・スコープ』で確認させておけ。今度は正確な情報を持ってくるのだぞ」


 それだけ言うとヴォルカルスは自分の陣幕テントに引き返した。



 三〇分後、再びヴォルカルスは大陣幕に呼び出された。


「なんだ。また問題なのか?」


 重く沈んだ大陣幕の中には、今回の報告をしたであろう魔法士官が一人連れてこられている。

 この雰囲気からすると威力偵察は失敗したのだろう。呼び出された時は、無能どもに鉄槌を下してやろうと激昂したが、この雰囲気に少々ヴォルカルスは飲まれてしまった。


「それで、詳細な情報は?」

「は、はい! 貴族旗を掲げる馬車に近づいた我軍の騎兵キャバリエは馬車を停止させましたが……一瞬で……二騎の護衛騎兵キャバリエに一瞬で蹴散らされました……」


「馬鹿な。一〇騎送ったはずではないのか? 一瞬で蹴散らされる程度しか送らんかったのか!?」


 先程ちじみかけた怒気が再びむくむくと大きくなる。


「いえ、我が軍は一〇騎を送り込みました」


 副官のデニッセルが何の迷いもなく言う。


「たった二騎だぞ? 一〇騎送ったのであれば可笑しいではないか!」

「はっ! 馬車を護衛する騎兵キャバリエどもは、強力な魔法の武具で武装していたようです。光るランスを所持したダイア・ウルフ型の騎兵キャバリエの突撃で半数が蹴散らされ、もう一方の騎兵キャバリエの氷の矢による雨のような攻撃でもう半数も倒されました……」


 魔法の武具……だと?


 ヴォルカルスの頭は混乱した。


 魔法の武具で武装した敵は厄介だ。だが、それほど強力な魔法の武具など、古代遺跡でも殆ど出土することはない。そんな武具を騎兵キャバリエが?

 どれほどの財になるのか解って武装させているのだろうか? 王国にそんな財力があるとは聞いていない。

 それに、何故今そのような一団がこちらに向かってきているのか?

 我々の侵攻計画が露見したか?

 露見したとして、なぜ馬車一台なのか?

 通常なら地の利を以て要塞で防衛するはずでは?


 次々と思考が浮かんでは消え浮かんでは消え……考えが全くまとまらない。


 一つだけ言えるとしたら……そこに再び兵を送るのは各個撃破の餌食えじきになると思われることだ。


 どうせなら、一五〇〇〇の軍隊で相手して、その見事な武具を我々のものにしてしまえばいい。その方が合理的だ。そして自分のふところうるおう。



「よし。では、臨戦態勢を整えよ! 王国側の街道で全軍を以て迎え撃とうではないか。それほどの武具だ。魔導皇帝陛下に献上すれば、褒美は想いのままだぞ?」


 その言葉に副官と参謀たちも顔を見合わせる。

 デニッセル子爵が振り向いて、ヴォルカルスにこう言った。


「侯爵閣下のご命令とあれば」


 嫌に歯切れが悪い。失敗するとでも思っているのか?


「総勢一五〇〇〇だぞ? たった騎兵キャバリエ二騎と馬車の上の弓兵なぞ恐れることはない。そんな少数に一五〇〇〇名で当たって負けるわけがあるまい」


 デニッセルはやはり無能か。この作戦が終わったら、とっととお払い箱にした方が帝国の為だろう。

 それよりも、魔法の武具だ。騎兵キャバリエがどちらも魔法の武具で武装しているなら、片方は自分のものにしても問題ないな。


「ふふふ……」


 ヴォルカルスには自然に笑みが浮かぶ。


 家宝が増えるなら悪い話ではない。

 今度の侵攻作戦の概要を裏から知って、自分に指揮権が与えられるように策謀した甲斐があるというものだ。

 我が家名がまた一段と高まることだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る