第10章 ── 第8話
俺はオルドリン子爵への書状をしたためると、ヘインズ兵長率いる帝国兵をカートンケイル要塞へと送り出した。
一仕事終えたところで、周囲を見渡す。
帝国兵の死体もそうだが、彼らが放棄していったものが大量にこの陣地にはある。物色タイムといきますか。
まずは物資だ。
一画に木箱が大量に積まれているゾーンを最初に
大量の食料を一つずつ確認するのは面倒なので幾つか確認するに留める。
固いパンや干し肉、乾燥フルーツなどの保存が効く食料が殆どだった。品質もあまり良いとはいえなさそうだ。帝国兵はよくまあこんな食事で満足してられるなぁ……
俺は食料入りの木箱をインベントリ・バッグに次々に放り込んでいく。
食料の回収をしているとハリスがやってくる。
「ケント……」
「ん? どうした?」
ハリスは少々暗い顔をしている。まあ、いつも寡黙で微妙に暗い気もするけど、そういった雰囲気じゃない。
「ちょっと……こっちに来て……くれ」
ハリスに連れて行かれた所に来て、俺は眉をひそめた。
そこには大きな
こりゃ……どういうことだ……
「ニンフだな……」
「……そうだ……生きているものは……いなかった……」
帝国軍は一体何をしていたのだ? この檻は何だ?
この一体を見回してみると、食料ほどではないにしろ木箱が積み上がっている。俺は木箱の中を確認する。
木箱の中にはポーションらしき瓶が大量に並んでいた。
「ポーション?」
ラベルらしいものは貼っておらず、色も深い緑色で何のポーションなのか判別がつかない。
「我が目は全てを見通すもの。その正体を我に示せ。『
『眠りの囁き薬
妖精を眠らせる錬金ポーション。用法・用量を守って正しくお使いください。用量過多の場合、死亡する恐れがあります。
製作者:グルジモフ・ボルトン』
眠り薬? 妖精用の?
「一体全体、帝国軍は何をしようとしてたんた?」
俺の頭にはハテナマークが幾つも浮かんでしまう。そんな俺に近くの陣幕を調べていたハリスが黙って紙を差し出してきた。
「ん?」
俺はその紙を読む。なになに?
『作戦指示書
魔法薬を湿地に流し込み眠ったニンフを捕らえて檻に入れること。捕らえたニンフをヴォルカルス邸へと運ぶように。
ボリス・ヴォルカルス侯爵』
ヴォルカルスはニンフを捕らえて何をするつもりだったんだ?
俺の顔を見ていたハリスが言う。
「ニンフも……そうだと言えるか解らないが……妖精は闇市で……高く取引されていると……聞いたことがあ……る」
闇市で取引? 人身売買?
「それって……どういう?」
「解らんか……?」
いや、解らんというか……
「それ人身売買でしょ? 法律で禁止されてるんだよね?」
「人頭税に関係しているらしいから人の売り買いなど違反行為だな」
いつの間にかトリシアが来て話に加わってきた。
「人頭税関連? 人権が一番だろう?」
「人権? 何だそれは? 人の権利? 領地に住むものに領主に
こりゃまたシビアなこと言ってるよ。しかし……ここは現代の日本ってわけじゃない。確かに基本的人権などという概念があるわけないか……自由権、平等権、社会権だっけ?
この中世に似た世界で権利というものがどの程度保証されているのかは怪しいものだ。領主
そう思うと、現代社会ってものがいかに平和か思い知らされるね。
「つまり、あの指揮官はニンフを捕まえて奴隷として売ろうとか考えていたのかな?」
「
つまり、領主といえども、妖精は
「どういうこと?」
「つまり、縄張りが違う。神に作られた時からの自然の法則だ。妖精族は自然を基準として考える。自然を守ること。これは全ての妖精族の生存理由だ」
「エルフは森とか? ドワーフは……山?」
「そうだな。エルフは木や草、植物を守ることを使命として神に作られたと言われている」
トリシアが腕組みしながらウンウンと頷いている。それにしては、トリシアは冒険者として森から出てるけど……平気なのか?
トリシアを、ついジト目で見てしまう。
「なんだ、その目は。私か? 私もちゃんと義務は果たしているぞ?」
ホントか~? いたずら小僧にしか見えないのに? やりたいように自由気ままに生きているようにしか見えないけどなぁ。
「コホン。とにかくだ。妖精族とはそういうものだ。逆に人族こそ自然の秩序の中で考えると使命すら神に与えられていない生物だろが」
確かに。人間は自然を破壊し、環境を変えて進歩してきた。しかし……
「俺は、そういう考え方は好きじゃないなぁ。人間だって自然の一部だと思うよ。人間が環境を破壊したとしても、それは自然の摂理だろ。世の中は弱肉強食の世界だ。その中で生きていくのが生物の根本的な存在理由だと思うよ」
「それは、少々危険な発想ではないか?」
珍しくトリシアが俺に意見してくる。
「危険というか……生物が日々生きていくということは、それは戦いによって手に入れた結果だと思う。エルフだってモノを食べるだろう? それは動植物の命を奪って自分の命を永らえているに他ならないじゃないか」
トリシアは黙り込んでしまった。
生命活動の根源は他者の命を奪うことに他ならないからだろう。特に俺たちのような動物は間違いなくそうだ。
「まあ、そんな哲学的な話をしても不毛なんだけどね。生物って言っても植物はそうじゃないよな? 彼らは二酸化炭素を取り入れ、光合成をして、エネルギーに変え、酸素を作り出している」
小さい頃、理科で教わったことだ。
「ニサンカ? コウゴウ? サンソ?」
トリシアの頭にハテナマークが盛大に浮かび始めた。うん。君たちは知らない科学知識だね。ごめん。
「ああ、いや、こっちのことだ。悪かった」
俺は気を取り直して、考える。
ヴォルカルスのやろうとしていたこと。それはニンフを生きたまま捕まえて、闇市に流そうとしていたということ。そのために、この魔法薬を湿地に流したに違いない。
『
それと、ニンフと話した時に解ったけど、彼女らは水を離れたら生きていけないようだ。眠ってしまったニンフを陸に上げたせいで、ここに積み上げられたニンフは死んでしまったのだろうね。
習性や生物の生態を無視したために……いや、ただの無知の為せる業か。
それにしてもヴォルカルスのゲスい所を知って胸糞悪くなるな。
俺がさっきトリシアに言った弱肉強食の摂理からするなら間違ったことじゃない。だが、人の上に立つものならば自制は必要だろう。人間は一人では生きていけない。だからこそ、集団を作り、社会を形勢し、国家をも組織する。そうでなければ、ドラゴンやワイバーンのいるような世界で、人間が生き残る術はない。
俺も人の上に立つ身分になって考える。人の上に立つんだ。周囲がみんな幸せになるように尽力するべきだ。
俺を幸せにしてくれるモノ。それは人間に限ったことじゃない。エルフだろうがニンフだろうがゴブリンだろうが……俺が生きていく上で幸せにしてくれるものは守ってやりたい。
で、
俺は眠りの魔法薬をインベントリ・バッグに片っ端から放り込んでいく。あとでフィルに処理してもらうつもりだ。彼も半分は妖精族だ。こんな薬を放置しておく訳がない。きっちりと処分してくれると思う。
「さて……周囲に撒かれたポーションの効果を消すにはどうしたらいいかな?」
「さっきのは毒か?」
トリシアが聞いてきた。
「いや、魔法薬だな。妖精族だけを眠らせる薬のようだ」
「ふむ……『
『
今、俺の知る魔法ではどうにもならない。トリシアも同様なのか思案顔のままだ。
しかし、待てよ……?
この世界の魔法は
だとしたら……
俺が今まで読んできた魔法の書と呪文群を必死に思い出す。そして、それらの
「……なるほど。上手くいきそうだ」
俺は魔法薬が撒かれたらしい場所を探して歩き回った。その場所は直ぐに判明する。空の瓶が散乱している場所があったからだ。
「ここだな……」
トリシアとハリスも俺についてきていた。
「何をするつもりだ?」
「まあ、見てなよ」
俺はトリシアにウィンクして水辺に向き直る。そして、呪文を唱え始める。上手く行けば効果があるはずだ。レベルは五くらいでいいだろうか。
「ブラミス・ダモクロモス・ボレシュ・ヘルマーレ・マジリア・ブレザクス・スフェン・アテン! 『
俺の前の空間に透明なドーム状の魔法空間が展開される。
うわ。MP四三五ポイントも使った。これは常用できる魔法じゃないな。俺は別だけど。
「『
トリシアが驚いたような顔で叫んだ。俺は構わず周囲にどんどん撃ち込んでいく。
とりあえず、五発ほど周囲に打ち込んでトリシアたちの所に戻った。
「ふー。ちょっと呪文をいじってみたよ。これなら大量の水にも有効かなって」
「ヘルマーレ……ダモクロモス……そんな節を使ったら……どれほどの魔力を使うと思っているんだ……」
「ケント、よく平然としていられるな。疲れとかはないのか?」
「ん? MPは一発で四三五も使っちゃったよ」
俺がシレッと答えると、トリシアはガックリと肩を落とす。
「四三五……普通は連発できないし、私が使ったら二発で気絶する自信がある」
残りMPが三〇〇くらいだけど、別に疲労感とかはないなぁ。ドーンヴァースでもMPが枯渇したところで気絶することはなかったしな。
しばらくジッとしていれば、自然回復するしね。HPの自然回復がドーンヴァースの一二分の一だったから、MPも一二分の一かな? だとすると、一時間程度で全回復するね。
「ケントは……規格外だから……な」
ハリスがしたり顔で言う。
え? MP回復とか俺と他のメンバーで違うのか? そこら辺は検証してないからなぁ……
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