第10章 ── 第3話

──ガシッッッッ!!


 誰もが俺が真っ二つにされたと見た。


「ケ、ケントォォォ!!!!!」

「ば、ばかな!?」


 マリスの俺を呼ぶ声とトリシアが信じられないと言った感じの声が背後に聞こえてきた。


「ぐぬ!?」


 オルドリン子爵が驚愕の声を上げた。頭の中でカチリと音がなる。


「妙技……白刃取り……」


 オルドリンの大剣のやいばを俺は両手で挟み込むようにして止めていた。まさに時代劇で良く見た大技、白刃取りだ。俺の高ステータスがあればできると踏んだが、ここまで上手くいくとはね。


「う、動かん……」


 オルドリンが必死に剣を引こうとするが、俺の腕力で抑え込まれた大剣はビクともしない。

 俺はオルドリンの大剣を逆に引き寄せ、彼の身体に強烈な蹴りをお見舞いする。


 オルドリンの身体が訓練場を囲む柵にすっ飛んで強烈に打ち付けられた。


「す、すげぇ……」

「に、人間技じゃない……」

「将軍閣下を一撃?」


 周りの兵士が口々に今見たばかりの光景に感嘆や恐怖の言葉を述べている。


「ぐふっ……」


 オルドリンが身体を起こす。あれで気絶しなかったのか。タフなオッサンだなぁ。


「負けた……信じられない。あのような技がこの世に存在するとは……」


 片膝をつきながらも起き上がれない将軍に俺は手を貸してやる。


「たまたまですよ」


 俺は謙遜しながら将軍を引き起こす。


「いや……あのような技は偶然できるようなものではない……数えきれないほど血反吐ちへどきつつ、諦めず鍛錬をした者だけが可能なのではないか……? 私程度ではまだまだ到達することすらかなわぬ神技……王国一などとおごり……高みははる彼方かなたか……」


 俺に引き起こされた将軍は、ブツブツと独り言のような自戒じかいを口にしている。


 それはそうと、そろそろ腕をつかんだ手を離してほしいな……


「どうだ? 至高の力は」


 トリシアが自慢げに俺の横まで来て将軍に追い打ちを掛ける。まて、お前、今さっきバカな! とか言ってなかったか?


 トリシアに話しかけられてオルドリンが我に返る。


「ようやく理解しましたぞ、トリ・エンティル様。なぜ貴方様がこの方に従っているのか。確かに至高……私などでは到底たどり着けぬ神域」

「だろう? ケントに比べたら私すら足元にも及ばない。とうに捨てたはずの熱き心が蘇ったのも頷けるだろう。血がたぎって仕方ないな」


 二人は当人を蚊帳の外に置いて、俺をヨイショしまくっている。うーむ。確かにぶっつけ本番で成功できたのは俺もビックリだけどさぁ……


「要塞の兵士諸君! 見たか! これが至高の妙技というものだ! 日々、鍛錬を怠らず、精進に精進を重ね、練達を極めれば、人とはここまで強くなれるのだ!」


 将軍は握ったままの俺の腕を離さずに高く掲げる。前にトリシアにもやられたけど、この世界はコレがデフォなの?


『うぉおぉぉぉおぉぉぉぉ!!!』


 試合前の歓声が消し飛ぶほどの巨大な声が訓練場一帯を包み込む。あまりの歓声に地面も揺れているような凄まじいものだ。やっと手を離した将軍は俺に向き直る。


「クサナギ辺境伯閣下、お手並みしかと拝見させて頂きました。私は王国一の戦士ウォリアーと自他ともに認められていましたが、この称号は今を以て返上しなければなりません。この称号は閣下にこそ相応しいものです」


 いつまでも続く歓声の中、将軍はそういうと俺にひざまずいた。


『うぉおぉぉぉおぉぉぉぉおおおぉぉぉ!!!』


 巨大な歓声は、将軍のその行動によって更に大きなものになった。


──クイクイ


 後ろから袖を引かれ振り向くと、マリスが神妙な顔で俺を見上げていた。


「ヒヤヒヤしたのじゃぞ……あまり我を心配させるでない……」


 マリスはそう言うと俺にヒシッと抱きつく。泣きそうなのを堪えているのか、俺の腹から覗いている革鎧の部分に顔を押し付けている。


「心配かけた? まあ、俺も上手く行ってホッとしているところだけどね」


 俺はそういいながらマリスの頭をポンポンと優しく叩いた。


 そんな俺たちを見ていたトリシアが、俺の肩にアダマンチウムの腕を回して嬉しそうに笑った。


 ハリスはといえば、兵士たちの後ろに積み上げられていた木箱の上に座ってこっちを見ていた。心配など微塵もしていなかったような感じだ。


 いつも俺の傍らで俺の戦いを見てきたハリスは俺が負けるなんてことは思ってもいなかったってことかな? 信用されているようで気分は良いね。


 アルフォートは顎が外れてポカーン状態だったと言っておく。これもいつもの事だよね。それなりにイケメンなのに、顎がカクーンって落ちた感じの顔は少々残念だよ?




 その夜は盛大な夕食が兵士たち全員に振る舞われた。次々に挨拶にくる士官、下士官たちによればだ。

 普段の兵士たちは結構貧しい食事に耐えながらも訓練に勤しんでいるようだ。

 普通なら士気が落ちそうなものだが、将軍のカリスマと国防への使命感が士気を維持しているのだろう。


 翌日の朝、将軍を含めた一〇〇〇名ほどが北門から出て湿地を抜けてくるであろう帝国軍の迎撃に向かった。あの細い道を封鎖されたら一溜まりもないだろう。人ひとりが、やっと通れるような抜け道だし、そこを五〇〇人くらいが一列で歩いているんじゃ、奇襲できなきゃカモみたいなものだ。


 そして、俺たちは馬車に乗って南門から帝国領へ侵入する。こっちの道は結構広いのと、道の左右は比較的固い地面が広めなので問題はない。軍隊が攻めてくることができるのも、このためだといって良い。


「それでは、お気をつけて。無事の帰還をお祈りしております」


 将軍が迎撃に出てしまったので、副官のマチスン男爵が俺たちの見送りだ。もちろん、彼の周りにはズラリと兵士たちが整列している。

 兵士も俺たちを見送りたいのかもしれない。気恥ずかしいが嬉しくもある。


「全員無事に帰るつもりです。その時はよろしく」


 俺の言葉にマチスン男爵がうやうやしく頭をさげる。兵士たちが一斉に敬礼を俺たちに向けた。


 俺は彼らに軽く手を上げて馬車を発進させる。


常歩ウォーク


 俺の合図にゴーレムホースたちが足並みをそろえてゆっくりと歩き始めた。


 ここからは帝国領だ。気を引き締めていこう。


 初めての帝国領をつぶさに見ておかねば……俺はキョロキョロと周囲を見渡す。


「うーむ。マジで湿地帯だな。見事になんもない」


 時々大きなマングローブっぽい巨木が立っているが、それ以外は全部湿地帯だ。水草っぽいのが水面みなもただっているのが見える。


「ここって、底なしかなぁ……」


 俺はボソリと口にする。


「いや……水深はそれほど深くはない……と聞いたことがあるが……」


 ハリスが俺のささやきに反応する。


「一度沈むと……泥と水草に足を取られて……浮き上がってこれないそうだ……」


 何気に怖い事言うな。


「ひぃ。そりゃ気をつけないといけないな。トリシアとマリスも気をつけてくれよ」

「わかっている」

「了解じゃ!」

「ウォン!」


 トリシアとマリスの返事と一緒に、ゴーレムウルフがえる。ダルク・エンティルは首を縦に振っている。


 騎乗ゴーレムが承知しているなら問題はないね。さすがにゴーレムは重すぎるので、沈んだら登ってこれないだろうから、それを考慮して行動するはずだ。


「ここからは帝国領だからね。ゆっくりと警戒しながら行くよ。みんな、何か気づいたら合図をくれ」


 ま、言わなくても解っていると思うけど、念のためにね。


 前方を見る限り、まだ帝国軍は見えない。大マップで見た限りだと、ここから一日程度行ったところに、かなりの広さの地面が広がっていて、そこで野営していたようだ。もしかすると前線基地なのかもしれないな。小さな建物がいくつかあるようだし。


 帝国軍が動かないなら、そこで帝国軍と遭遇って事になりそうだ。足場もあるし万が一戦闘になっても大丈夫じゃないかと思う。色々と不安はあるが頑張っていこう。

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