第10章 ── 第2話

 昼食を終えさらに南へと進む。

 皇帝が囚われと聞いたアルフォートは押し黙ったまま馬車に乗っている。忠誠の対象としてきたものが偽物かもしれないという情報は、アルフォートにしてみれば驚天動地の事だろう。


 だが、俺のマップ機能による情報には嘘は無いと思われるので、囚われているのは真実だ。

 アルフォートの為にも、急いだほうが良さそうかなぁ。というか、この状況を利用すれば、俺の計画も上手くいくかも知れない気がするしな。


 俺は馬車をどの程度の速度で走らせれば今日中にカートンケイル要塞にたどり着けるか計算する。現在の速度では休まず走らせても明日の朝くらいになるだろう。


 時速四〇キロ程度で走れば夕方にはたどり着けるんだが、新品の馬車が痛むのが心配だ。道具修理スキルで直せる程度ならいいか。


「スレイプニル、白銀! 時速四〇キロで進め!」


 俺の指示でゴーレムホースが猛烈な速度を出し始める。見れば、トリシアのゴーレムホースもマリスのゴーレムウルフも余裕で付いて来る。良い出来だ。

 箱馬車の上のハリスが馬車上部の荷物を括り付ける金具に必死に捕まるのが音で解った。しかし、ハリスは不平も小言も漏らさなかった。俺の意図を汲んだのだろうと思う。すまんなハリス。

 速度を上げたせいでサスペンションの効きが悪くなる。振動がかなり御者台を揺らすので俺の尻に打ち付けられて痛い。箱馬車内も結構なシェイク状態だと思う。まあ、クッションもあるし俺よりはひどくないだろ。


 およそ四時間。通常であれば疾走といっていいほどの速度で走ったお陰で、暗くなる前にカートンケイル要塞が見えてきた。ざっと一六〇キロほど走った計算だ。

 普通の馬車なら急いでも一日六〇キロくらいしか移動できないだろう。

 舗装もない、土むき出しの街道で驚異的だと思う。ゴーレムホースの優秀性を実証したと言える。


「スレイプニル、白銀。速歩トロット



 俺は馬車の速度を緩めた。ここまで来れれば良い。今日は要塞に泊めてもらう予定だ。ブルート・オルドリン子爵と侵攻中だと思われる帝国軍の話もしておかねばならないからな。


 以前来たことのある巨大な要塞の門の前で馬車を停めると、俺は門内に大声で呼びかけた。



「トリエン地方領主、ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯である。開門せよ!」


 俺の呼びかけに門は大きな音を立てて開く。出迎えたのは副官のテオドール・マチスン男爵だ。


「ようこそいらっしゃいました……ん……? 以前いらっしゃった冒険者の方では?」

「そうです。今は、国王陛下より辺境伯の爵位を賜っています。トリエン地方全土が俺の領土ですよ」


 マチスン男爵が少々考え込む。


「確かに……クサナギ辺境伯閣下が領地を割譲されたとの知らせは受けています。そうですか、貴方がケント・クサナギ辺境伯閣下であらせられましたか。クサナギ辺境伯閣下、カートンケイル要塞へようこそいらっしゃいました。心より歓迎いたします」


 マチスン男爵が貴族風のお辞儀をしたので、俺は無言でうなずいた。

 俺は馬車を門の中に乗り入れる。左右に展開するトリシアとマリスも馬車に続いた。


 要塞の内部は以前と変わりないようだ。まだ帝国軍は来ていない。



 俺たちは以前と同じ応接室に通される。今回はアルフォートも同行しているため、警備の名目もあり兵士が二人ほど部屋の中に待機している。帝国軍の指揮官だったわけだから当然の処置なので、俺は何も言わない。


 すぐにオルドリン子爵が応接室に入ってきた。


「これはこれは、冒険者ケント殿。トリ・エンティル様。いや、ケント殿は今や辺境伯閣下ですな。よくぞ参って下さった。今日は表敬訪問ですかな?」


 副官のマチスン男爵ほど気取った挨拶じゃない方が俺は好きだ。俺も礼儀はイマイチだからな。


「いや、今日は要塞を抜けて帝国領へ行くために来たんですよ。一応、彼の強制送還が名目ですが」


 そういって、俺はアルフォートを見る。


「ほほう……領主閣下自ら? なかなかに豪胆ですな。前回来た時の話では帝国軍が来ると言ってたはず……」

「ああ、あと何日かで来るでしょうね。その前に俺たちが帝国に行きます」


 オルドリン子爵が鋭い目線を向けてくる。


「帝国軍が辺境伯閣下一行を襲う可能性が高いが……」

「その時は仕方ないですね。一戦交えます」


 オルドリン子爵が獰猛な笑みを浮かべる。


「面白い。実に面白いな。さすがは元冒険者。その心意気、私は嫌いじゃない」

「オルドリン子爵閣下も戦いたい様子ですね。さすがは『紅き猛将』と呼ばれるだけありますね」

「前線こそが私の生きる場所。血がうずきますな」


 俺と同行するとか言い出しかねないなぁ。


「将軍には要塞を守って頂きますよ? それに俺の計画が上手くいくと、この辺り一帯から戦乱はなくなりますね」

「ほう、その計画とは?」

「そこはまだ秘密です。国王陛下から好きなようにして良いと仰せつかっておりますので、結果は御覧ごろうじろ……といった所です」


 オルドリン子爵が途端につまらなそうにする。確かもう二年ほど帝国軍が攻めてきていないんだっけ?


「ガッカリするのは早いです。とりあえず、要塞正面へ向かってきている帝国軍は我々で何とかしましょう。しかし、以前お教えした抜け道の方を将軍にお頼みしたい」


 オルドリン子爵の目に鋭さが増す。


「抜け道に問題が?」

「そちらから、別働隊が五〇〇ほど向かってきているようです」


 俺はここに来るまでの間に調べておいた帝国軍のデータを教える。


「帝国軍め、要塞を挟撃きょうげきするつもりか」

「そのようですね。さすがのカートンケイル要塞も挟撃きょうげきされると厄介でしょう?」

「そうだな。そこは対処するべきだな。正面は問題ないのですな?」

「正面の帝国軍は約一五〇〇〇の兵力ですが、トリシア曰く問題ないと……」


 俺がそう言うと、オルドリン子爵は目をキラキラ輝かせながらトリシアに目を向ける。


「さすがは、トリ・エンティル様だ。その勇姿を拝見したいものですな」

「いや、私などよりケントの勇姿を見た方が良いぞ? 私などケントの戦いを見たら食事を忘れるくらいだぞ」

「そうじゃな。ビッと振った剣が敵を真っ二つにするさまなぞ、なかなか優雅でのう」


 マリスまでトリシアに同調する。


「トリ・エンティル様にそこまで言わせるとは……辺境伯閣下には一度お手合わせをお願いしたいものですな」


 話が妙な方向に進んでないか?


「いや、俺なんか大した事ないですよ。それよりも、今日は要塞に泊めて頂きたいんですけど……」


 俺は話の方向をらす。


「それは構いません。副官マチスン、手配を頼むぞ」


 オルドリン子爵がマチスン男爵に部屋の手配をするように命じる。よし、話はらせたな。


「それでは、食事の前に一戦いかがかな?」


 らせられなかったーーーー!


 心の中でorzの姿勢になる。


「物を食べた後では動きが鈍るからな。ケント、準備しろ」


 トリシアが勝手に話を進める。


「赤ヒゲ将軍に一発見せてやるのじゃぞ? 負けたら承知せんのじゃぞ?」


 マリスがセコンドのように言う。


 ぐぬぬ。断るタイミングを逃したというか、そんな雰囲気じゃない。


「仕方ないな。怪我はさせないつもりですが、どうなっても知りませんよ?」

「がはは。辺境伯閣下はなかなか自信があるようですな」


 豪快に笑うと子爵は俺を案内して要塞内の訓練場に向かう。

 このパターンは、ホント厄介だなぁ。トリシアと一戦交えた時はいきなり突き食らったっけな。


 訓練場に着くとオルドリン子爵と俺のカードを見に来た兵士でいっぱいだ。見世物じゃないんだがなぁ……


「カートンケイルを守る兵士どもよ! ここにいるのは元冒険者! 現トリエン地方領主閣下だ! あのトリ・エンティルを従えている剛の者である! 今より私との模擬戦を行ってくれる! とくと見ておけ!」

『おおおおおおおおお!』


 物凄い歓声だ。兵士どもよ、退屈してんのか?


「さてと、領主閣下。準備はよろしいか?」


 オルドリン子爵が何やら巨大な赤い装飾の両手剣を鞘から抜き放つ。

 俺も愛剣を抜くが、子爵の剣は三倍くらい大きさが違う。モロに打ち合ったら折られかねないな。


「お手柔らかに」


 俺の言葉が模擬戦開始の合図になった。

 あの巨大な両手剣が物凄い速さで上段から襲いかかってきた。手加減なしか。


──ドガシャン!


 咄嗟とっさに剣撃を避けたので、子爵の剣が地面に深々と刺さった。

 スキありと思って俺は剣を子爵に走らせようとする。


 俺の背中にチリチリとしたものが走る。マズイ。


 俺は剣を引き、後方バク転した。


──ズオォン!


 深々と刺さっていた大剣が地面を押しのけて下から立ち上がってきた。


 危ねぇ!


 あのまま剣を振ってたら、これに襲われただろう。


「よくぞ避けたものだ」


 自慢の剣技だったはずだろうにオルドリン子爵の獰猛どうもうな笑みは崩れていない。避けられるのは予測していたようだな。

 俺はあの大剣の攻撃をなんとかくぐらねばならないわけだ。


 俺は思案する。


 どうやったら子爵を納得させて試合を終えられるだろうか……生半可なまはんかな技では良しとしないだろうな。


 俺はふとある技を思い出した。現実世界の映像で何度も見たが「嘘やな」と思っていた技だ。


 通常あんなことできるわけないもん。だが、あの技を決めたら、武人なら負けを認めるんじゃないかな? 一か八かだがやってみるか。


 俺は剣をさやに収める。


「ほう……負けを認めた……訳ではないようだな?」


 オルドリン子爵は俺の目を正面から見据えて言う。


「その目……何かを狙っているな。面白い。やってみせよ!」


 その瞬間、大剣の横薙よこなぎが俺を襲う。バック・ステップで難なく交わした。これじゃない。


 袈裟懸け、突き、足ばらいなど、様々な技で俺を攻撃してくるが、俺は全て回避する。


「ふむ……そうか。領主閣下はあの技を待っているのか」


 オルドリンの顔が赤くなる。


「あの技、剛剣顎門あぎとは、そう易々と破れはせんぞ!」


 怒ったか?


「よかろう……」


 オルドリンはそう言うと示現流のトンボの構えのような構えを取る。


 オルドリンの腕が先程の二倍近くふくれ上がった。よく知らないが、パンプ・アップってやつ?

 そして大剣を上段に持ってきた。


 よし、来る!


 次の瞬間、最初に見せた剣撃を優に超える速度でやいばが振ってきた。

 俺は、その瞬間に一歩踏み出した。

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