第10章 ── 帝国への旅路

第10章 ── 第1話

 トリエンの町に繰り出した俺たち一行は、町の人々の好奇の目に晒された。


「おい、あれ!」

「領主閣下だ!」

「立派じゃなぁ」

「銀の馬があんなに!」

「銀の狼もいるな!」


 恥ずかしいけど貴族なんだし堂々としなければ。もっとも、貴族自ら御者をしているのも変だけどさ。ゴーレムホースなら御者も要らない気がするけどね。癖で御者台に座っちゃったしな。いまさら馬車の中に入るのもの面倒だ。


 俺は民衆に手を振っておく。


「おお、領主様!」

「キャー、ケントさまーーー!」


 うーん。大人気。気分は悪くない。


 とにかく銀で揃った馬や狼、紋章旗で飾られた立派な馬車と、なんとも派手な行軍だ。


 俺の古びた少々緑がかったアダマンタイト製の防具はともかく、みんなミスリル製の銀色の鎧だしなぁ。ついでに俺たち全員、俺の紋章が染め上げられた真っ赤なマントを付けているし、やっぱ派手に見えるよね。


 中央広場に入った頃には民衆の熱狂が最高潮に達してしまった。見れば衛兵隊が大量に出張でばってきて人垣ひとがき躍起やっきになって整理していた。


 衛兵隊の諸君、ご迷惑をお掛けします。


 南の大通りへ入るといくらか民衆が減ったが、それでも常時より多い。この分だと食堂に寄れそうにない。まあ、しょうがないか。お弁当のサンドイッチの作り置きがイベントリ・バッグ内に大量にあるから問題はない。これ、みんな大好きだしね。


 南の門まで来ると、衛兵隊が整列して敬礼をしていた。俺は手を上げて衛兵たちに感謝をし、馬車を進める。


 門を出ると、何度か通ったいつもの南の街道の風景が見える。大変のどかな風景なので少々気が緩む。


 今日の予定は、コリント村付近まで進んで、村で一泊か野営となるかな。


速歩トロット


 もう人混みもないので、俺は馬車の速度をあげる。


 馬車が軽快に走り始める。リヒャルトさんは結構高級な馬車をあつらえたようで、サスペンションが馬車の振動を随分と和らげてくれる。


 完全に振動をなくすような技術は現実世界にもないからな。魔法を使ったらできるのかな?


 しばらく馬車を走らせるとお昼時になる。俺は周りを見渡して、馬車が停められる所を探す。ちょうど前方に一里塚いちりづかみたいのがある。


 街道には、この一里塚のようなものが等間隔で設置してあるのだが、実はこれは魔物よけのまじないが掛かっていると言われている代物らしい。魔法道具ではないが、魔物が嫌がるシンボルが掘られていると聞いた。


 よし、あの石の近くでお昼ご飯にしよう。


「あの石の近くで停止してくれ」


 ゴーレムホースに指示を出して、石の近くに馬車を停める。トリシアとマリスの騎乗ゴーレムもそれにいならって停止する。


「どうした?」


 トリシアが聞いてくる。


「そろそろお昼だからね。ご飯にしよう」

「おお、また前みたいに料理するのかや!?」


 期待を込めた目でマリスがはしゃぐ。


「いやー、今は急いでいるからお弁当だよ。君ら、朝ごはんも食べてないだろ」

「そ、そういえばそうなのじゃ! この鎧のせいで忘れておった……」


 相変わらずマリスは単純だなぁ。


「今日のお弁当はサンドイッチだけど良いよね?」

「あれか! 我はあれも大好きじゃ!」

「そりゃ良かった。いっぱいあるから好きなだけ食べな」


 俺は御者台から降りて、石の近くに毛布を敷いた。


 ハリスとアルフォートも馬車から降りてくる。


「お昼にしよう。今日はサンドイッチだ」

「サンド……?」


 そうか、アルフォートはサンドイッチを食べたことが無かったっけ?


「美味いぞ……」


 ハリスがアルフォートに言う。

 俺は毛布の上に小さな空箱を置いて紙に包まったサンドイッチを置いていく。


 一人二包みでいいだろう。トリシアとマリスは朝ごはんも食べてないから三包みにしておくか

 合計で一二個のサンドイッチの包みを取り出す。それとワイン瓶を二本とカップを五個。一応、俺特製マヨネーズ瓶を出すが、これはカラシマヨネーズだ。


「この瓶のマヨネーズは少々辛いからお好みで付けてみてくれ」

「新作か!?」

「辛いのかや? 我は辛いの大丈夫じゃぞ?」


 そうか、カラシマヨネーズは、みんな初めてだっけ? エマには食べさせたけど、凄い顔してたからなぁ。エマは辛いの苦手っぽいよ。


 アルフォートが恐々こわごわといった感じで包みを開ける。出てきたのは肉と野菜がパンにはさまっているだけの食べ物だ。

 妙に安心したような顔でアルフォートが口に運んだ。トリシアとマリスは既に口いっぱいに頬張ほおばっている。


「おお、これは美味い。ついでに画期的な料理だな。しかし、何か塗られているな。この瓶のヤツか?」

「ああ、それに近いな。辛くないだろ? こっちは少々辛いやつだ。カラシが混ぜてある」


 俺が言うと、トリシアとマリスが思い出したように、カラシマヨネーズに手を出す。

 トリシアがカラシマヨネーズを少々サンドイッチに塗り、口に運ぶ。


「うむ。予想通りケント特製のマヨネーズは美味いな」


 ご満悦ですな。ふと見ると、マリスが大量にカラシマヨネーズを塗りたくっている。


「それ、塗りすぎだろ」

「美味いなら問題ないのじゃ!」


 本当に大丈夫か?


 カラシマヨネーズが塗りたくられたサンドイッチにマリスが豪快にかぶり付いた。


「□×△○!!!??」


 マリスが言葉にならない声を上げたので、水袋を差し出した。マリスが俺の水袋を引ったくって口をつける。


「んぐんぐんぐ……」

「だから言わんこっちゃない。辛いから少しずつ試すんだよ」


「ぷはー。死ぬかと思った! 不意打ちじゃ! こんなに辛いなんて思わなんだわ!」

「人の話をちゃんと聞いとけ」


 やれやれといったポーズをして俺もサンドイッチを食べる。


「今日のサンドイッチは……あの肉か……?」


 ハリスが言う。もう何度か食べているしな。


「ああ、あの肉だよ」


 俺とハリスの会話に興味を持ったアルフォートが問いかけてきた。


「あの肉とは?」

「ああ、ワイバーンの肉だ」

「!!!!」


 アルフォートが驚愕しながらサンドイッチを見つめる。


「そ、そんな高級な肉を……」

「高級らしいね。このワイバーンの燻製干し肉は俺が自分で作ったやつだから原価は大したことないんだよ」

「自分で? ワイバーンの肉を買うだけでも相当な金額だろう?」

「いや、肉はここに来る前、自分一人で倒して手に入れたモノだからね」


 アルフォートが再び驚く。


「くっくっく……な……? 前にも……言っただろう……? ケントは……ビックリ箱だと……」


 ハリスがおかしげに笑う。この世界の住人にとって、ワイバーンは凶悪なモンスターらしいからねぇ。俺には雑魚なんだが……レベルが違うしなぁ。


「この人数で帝国に行こうって言い出すのが理解できた気がするよ……」

「当然だ。私たちにとっては、帝国の軍隊がいようがいまいがあまり関係がない」

「そうか……あはははは」


 不意にアルフォートが笑いだした。


「どうした?」

「ははは……いや済まない。悪気はない許してくれ」


 笑いを抑えながらアルフォートが謝ってくる。


「こんな精鋭がいる国に攻め込もうなどと考えた帝国が可笑おかしくなってね……」


 時々アルフォートが思い出したように吹き出す。


「私たちの工作部隊が一瞬で壊滅した事からも理解しておくべきだったんだ。王国に侵攻しても無駄だと」


 アルフォートは涙まで溜めて笑っている。


「しかも、その精鋭の冒険者を地方の領主に据える……リカルド国王の聡明なことよ。オーファンラントと争うなど、世を知らなすぎるというものだ」

「自分の祖国だろ。そう悪く言ったら問題になるぞ」

「いや、ありがとう。帝国内なら不敬を問われるところだった。しかし、滑稽なことさ」


 やっと笑いの収まったアルフォートだが、笑みは崩さなかった。


「ようやく色々と吹っ切れた気分だ。ケント、いやクサナギ辺境伯殿。帝国の未来は貴方に掛かっていると理解した。今更だが、是非とも帝国の未来をよろしく頼みたい」


 アルフォートが改まって俺に頭を下げてきた。


「上手く行けば、みんな幸せになれるさ。帝国が下手に出なければ問題はない」

「皇帝陛下はかなり偏屈だ。被害妄想も強い。一筋縄ではいかないから注意が必要だ」


 ふむ、皇帝の臣下たるアルフォートが言うくらいだ。相当なのかもしれない。


「で、皇帝はどんな人物だ?」

「私も直接お言葉を頂いたことはないが遠くから見たことはある」


 彼が見た皇帝は頭まですっぽりと覆うローブを着ていたそうだ。さらに仮面をかぶっているらしい。


「素顔は?」

「私の知る限りでは見たものはいないと聞く」


 ふむ、少々厄介だが……マップの検索使えば問題ないよな?


「皇帝の名前は?」

「シルキス・オルファレス・フォン・ラインフォルト陛下だ」


 一応、大マップで検索を掛けてみる。すぐに帝都らしい都市の王宮っぽい一画に一本ピンが刺さる。


「一人いるな」

「いる……?」


 アルフォートが不思議そうな顔をする。マップ機能の事は知らないはずなので当然だ。


「いや、何でもない」


 俺は誤魔化しつつピンをクリックして情報を表示させてみる。


『シルキス・オルファレス・フォン・ラインフォルト

 レベル:一五

 危険度:小

 ブレンダ帝国の囚われし女帝。現在は帝都皇城に囚われている』


「は? どういう事だ?」


 俺は少々っい頓狂とんきょうな声をあげる。


「ど、どうした?」


 アルフォートが心配そうな顔になる。トリシアたち俺のチーム・メンバーも同様だ。


「いや……これは大変だぞ」

「何がだ?」


 トリシアもいいぶかしげになる。


「帝国の皇帝、シルキス・オルファレス・フォン・ラインフォルトは、現在囚われの身らしいぞ?」

「何だと!?」


 俺が言ったことにアルフォートが強烈な反応を示す。


「アルフォート、皇帝は男なんだよな? 皇帝と呼んでいるんだし」

「そうだが?」

「俺の情報だと、シルキス皇帝は女だ。女帝だぞ」


 アルフォートが眉をひそめる。


「そんなはずはない……」


 どうも胡散臭い感じだな。もし、このマップに表示される事が事実なら、現在、至尊しそんのいかんむりを頂いている人物は偽物だ。何やら事件の匂いがするね。

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