第9章 ── 第10話

 翌日の朝にトリシアとマリスが騎乗ゴーレムに乗って帰ってきた。


「心配を掛けて済まん」

「朝食は何じゃ!?」


 マリスは夜飯も喰わずに走り回っていた割に元気いっぱいだな。俺の横でハリスが怖い顔をしているのにね。


「ケントに迷惑を……心配を掛けるのは……今後改めてもらおう……か」


 いや、ハリス。心配しまくってたのは君です。


「ああ、解った。そうしよう」

「ハリスが怒っているのじゃ。怖いのう。気をつけるから許してたも」


 二人はハリスに謝った。ハリスは怖い顔ながらも頷いて二人を許してやっている。


「さて、今日は馬車が届いたらアルフォートを連れて帝国に出発するからね。二人も準備しておいてくれ。あ、マリス。君の部屋に鎧を置いておいたから、新装備を試しておいてくれよ」


 マリスがハリスから俺へと振り返った。


「新装備!? 我のかや!?」

「そうだぞ。昨日渡す前にトリシアと飛び出していったしな」


 マリスが飛び上がって喜ぶ。


「どんなんじゃ!? どんなのなのじゃ!?」

「一応、ミスリルの鎧と盾と剣の三点セットだ。マリスのサイズで作ってある」

「セットだの、サイズだのは解らぬが、我専用ってことじゃな? 見てくるのじゃ!」


 マリスは猛スピードで館に飛び込んでいった。



 馬車は午前中に館に届いた。黒塗りの立派な二頭引きの馬車だ。ゴーレムホース一つで引けないこともないが、性能的に落ちてしまいそうなので、ハリスの「白銀」と俺の「スレイプニル」で引いていくことを話し合いで決めた。


 みんなが準備しているうちに、俺は馬車の下に潜り込んで、いざという時のための細工を施す。魔力の補助のために念話でエマに来てもらった。


「馬車に魔法付与をしておくよ。『魔力転移マナ・トランスファ』を頼む」

「解ったわ。いつもの頃合いで行くわよ」


 ここ数日、エマと共同作業をしていたので、彼女は『魔力転移マナ・トランスファ』のタイミングに慣れてきている。


「よし、やるか……」


 俺は研究室で覚えた中級空間魔法の一つである呪文を馬車に掛ける。この魔法はあらかじめ掛けておいて、発動コマンドを発すると目的地点に瞬間移動するものだ。移動地点は固定で使いどころは難しいが、緊急脱出用と割り切れば問題ない。これから危険な場所に向かうんだから、これくらいの処置はしておくべきだろう。


拠点転移ホーム・トランジション

『……魔力転移マナ・トランスファ


 俺は無詠唱なのでエマがタイミングを合わせるのは難しいが、今回も上手くいった。大量の魔力が消費されていく感覚と共に、魔力が注ぎ込まれてくる感覚も感じる。いやはや、イルシスの加護は便利だなぁ。


「よし、これで完了だ。エマ、ありがとうね」

「いいのよ。それじゃ、私は工房に戻るわね」

「あんまり無理するなよ。ここの所働き詰めだからな」

「良いわよ。でも、帰ってきたら美味しい和食を振る舞いなさいよ」


 エマがニコリと笑う。

 あの生姜焼きからというもの、エマは和食スキーになってしまい、ご飯時に必ず館に顔を出す。俺が作ったものでないとガッカリ顔をするとメイドに言われた。


 確かにさっきの朝食時も少々ガッカリ顔だったな。ということは昨日の夕食にも顔を出していたのか。俺は昨日の夜飯は食べなかったからな。知らなかったよ。

 ヒューリーさんに言って簡単な和風ものを出してもらうようにするか。醤油ショルユと下ろしニンニクのソースを掛けたステーキ程度で十分和風になるはずだ。

 下味に胡椒こしょうを効かせておくように言うことも忘れないようにしないとな。この世界は未だ胡椒こしょうが広まっていないからな。うちの料理人にも胡椒こしょうの使い方は教えたが、既存のメニューにどう使えばいいのか判断に困るようだしな。


 俺はインベントリ・バッグからゴーレムホース「スレイプニル」を取り出して馬車に連結する。


「白銀、スレイプニルの横に移動してくれ」


 ハリスのゴーレムホース「白銀」が首を縦に振りながらスレイプニルの横に移動してくる。


 今回作った騎乗ゴーレムは持ち主となるハリス、トリシア、マリスの命令を聞くように出来ているが、製作者である俺の命令も聞くようにしてある。当たり前だと思うけど、バックドアな感じがするので俺は気にしている。


 白銀を馬車に連結し終わり、馬車の用意は終了だ。あとはアルフォート用に毛布やクッションなど、旅用品を入れれば完璧だね。メイドたちに指示して馬車の後ろのトランク・スペースに積んでもらおう。


 俺の方の準備は終わったが……みると、トリシアは「ダルク・エンティル」……俺の心の中で通称「馬」と名付けた騎乗ゴーレムに矢筒や鞍鞄くらかばんを取り付けている。あの鞍鞄くらかばん無限鞄ホールディング・バッグ仕様にしたら便利そうだなぁ。


「トリシアの主要武器は弓だから矢筒仕様にしたけど、剣とかも使うことあるよね? 剣用の金具とかも付けるべきだったかな?」


 トリシアに一応聞いておかねばね。


「いや、今のままでいい。私が剣を使う状況にまで追い込まれたら劣勢だ。もしそうなったら撤退時期だろう」


 なるほど。遊撃兵団の時ならそうだろうな。規模は違えどパーティ戦でも後衛が前衛に出てくるような状況はマズイもんな。


「わかった。後衛はトリシアよろしくな」

「任せておけ」


 ニヤリとトリシアが笑う。やっぱり悪ガキにしか見えないよ。頼もしくはあるが。


 ハリスは白銀を引き馬に使ったので乗馬の準備はないが、弓や鎧、剣の手入れや矢筒の準備や点検を行っていた。


「久しぶりの遠出だな、ハリス。今回は少々危険だけど頼むな」

「承知した……」


 相変わらず寡黙だが、その顔には何か固い決意のようなものが浮かんでいる。


──バン!


 大きな音を立てて館の玄関扉が開いたと思うと、マリスが飛び出してきた。

 マリスは以前の全身鎧でなく、銀色に輝くミスリルの全身鎧を着込んでいる。同じように銀色に輝く盾と剣も構えていた。まだ出発前なのに完全武装状態だ。


「見てたもれ! 新装備じゃ!!」


 嬉しげに飛び跳ねながら俺たちの方に走ってくる。転ばないかヒヤヒヤしてしまうのは俺だけだろうか。


 マリスは俺たちの前までくると、シュバッと両腕を広げて見せてくる。


 サイズは問題なさそうだな。ミスリルだから以前のものより軽量だから動きやすいだろう。


「軽いのじゃ! ピカピカなのじゃぞ!」

「ほう。あれがケントが作った武具か。興味深い」


 自慢げなマリスを見て、トリシアが興味深そうにする。


「一応、コマンド・ワードが幾つかあるけど、説明書は読んだか?」

「まだなのじゃ。これじゃな?」


 マリスが紙を取り出して見せてくる。


「そう、それだ。盾には『可変盾バリアブル・シールド』、鎧には『魔法の鎧マジック・アーマー』の魔力を付与してある。コマンド・ワードでその魔法が発動するからね」


 使用者の前面のみを防御する『魔法の盾マジック・シールド』と違い、『可変盾バリアブル・シールド』は使用者の思うように防御方向を変えられる中級物理魔法だ。守護騎士ガーディアン・ナイトには便利な魔法だろう。

 『魔法の鎧マジック・アーマー』は、『魔法の盾マジック・シールド』と同様のものだが、全身をカバーできるのが特徴だ。身体全体を覆うので、初級物理魔法の『魔法の盾マジック・シールド』とは違って中級物理魔法に分類される。


「コマンド・ワードは『盾よ』と『鎧よ』だ。覚えておけよ」

「了解じゃ!」


 それと、ミスリル・ショート・ソード。俺たちから見るとショート・ソードにしか見えないが、マリスにはロング・ソードほどに長い。だがリーチ不足は免れないだろう。そこで、魔力付与でリーチ不足を解消してみようと思って作ったのが、あのショート・ソードだ。


「で、剣だが……『伸びよやいば』と唱えると、魔法のランスになるんだ」

「『伸びよやいば』! うおおおお!」


 俺の説明を聞いてマリスがコマンド・ワードを唱える。途端に、白いオーラが刃先を包み、剣先からもオーラが飛び出す。白いオーラは二メートルほどのランスの形を取った。


「これは凄いのじゃ! 重さもないのに長いのじゃ!」

「騎乗状態からの突進攻撃もできるように長いのさ。突進チャージスキルを手に入れられたら相当使えるんじゃないか? あ、突進チャージスキルって騎兵職のスキルだっけ?」

「シールド・チャージは覚えておるんじゃが……」


 マリスがガックリする。まあ、良くわからないが、この世界なら守護騎士ガーディアン・ナイトでも覚えそうだが。


 見ると、ゴーレムウルフの「フェンリル」が、マリスを慰めるように前足の片方をマリスの肩に置いて「ウォン」と小さく吠えた。

 その声にマリスが振り返ってフェンリルと抱き合った。なんか面白い。


 アルフォート用の旅の準備もメイドたちに運ばせてトランク・スペースに収納し、紋章旗なども馬車に飾った。こうして帝国への遠征支度は全て終わった。


 あと、一時間程度で一二時だが、そろそろ出発しようかな?


「さてと、そろそろ出発しようか。途中で昼食にあの食堂に寄りたいなぁ」


 トリエンの町の南の大通り沿いにある和食が食べられる食堂を思う。帝国との折衝が終わったら大陸西方にも行きたいな。和の素材を存分に仕入れたいもんな。


「そうしよう。リヒャルト、アルフォートを呼んできてくれ」

「畏まりました」


 トリシアがリヒャルトさんに指示を出している。


「今度の冒険は何が待っておるのじゃろうな!」

「今回は……危険だ……」


 マリスの発言にハリスがたしなめるような言葉を掛けている。


「そうだな。もしかすると、帝国軍と戦闘になるかもしれないな。帝国軍はもうカートンケイル要塞付近まで来ていると思うし、場合によっては戦闘になりかねないな」


 俺は最悪の事態を考えて口にする。


「一万二万程度ならなんの問題にもならんのじゃ。たかが一般兵であろう」


 どうして、そこまで余裕の言葉が出てくるのか判らん。大量の兵隊というのは少々厄介なんだが。


「油断は……禁物だ……」


 その通り。とは思うが……ハリスのその言葉も負けるとは思ってないって感じだな。


「二人とも、普通に勝てると思ってない?」

「当然じゃ。雑兵など取るに足らん」

「そうだな……以前の俺なら……尻尾を巻くところだが……」


 やっぱり勝てる気なんだ……うーむ。大規模戦闘の経験がない俺としては不安ばかりなんだが……


「トリシアはどう思う?」

「そうだな。ケントと私だけでも軍隊程度なら相手できるだろう。マリスとハリスがいれば問題ないと私も判断する」


 え? マジで? 数千の遊撃兵団を指揮していたトリシアが言うんだから、間違いはないのかもしれないが……


「国の軍隊ってそんなもんなの?」

「そうだな。魔法の武具を全員が装備しているならともかく……通常の武装では魔法の武具を装備したものには基本的に勝てんよ」


 魔法の武具ってそんなにアドバンテージあるのかよ。


「それと、通常の軍隊ならレベル一〇から一二程度の者しかおらん。指揮官レベルでも二〇か三〇だろう。私が四一。マリスは一七。ハリスは二一と……七か? そしてケントが……。負ける要素はないな」


 レベル差ってそんな重要だっけ? そういや、一〇レベル違うと二〇倍くらい違うという話が攻略記事の対人特集で書かれてた気がするが……。


 単純計算でも一〇レベル程度の軍隊だと、トリシアなら八千人は一人で相手できるってことになるな。俺だと……六千万以上か? 想像つかんな。どうしてそうなるのかは判らんが……

 これに魔法の武器や鎧の効果が加わるってことか。計算上では確かに負ける要素はないか。しかし、不慮の事態というのも考えられる。


 あ、それでハリスの「油断は禁物」って言葉に繋がるのか。では油断しなければ楽勝ってことかよ。冒険者すげー。すげーよ。


「そうか。それじゃ、気を引き締めて行こうか!」

『おう!』


 俺たちが鬨の声を上げていると、アルフォートがリヒャルトさんとやって来た。


「威勢がいいな」


 アルフォートが笑いながら声を掛けてくる。腕には銀の手甲ガントレット、手には彼個人の所持品を入れた背嚢バックパックを持っている。


「準備は良いようだね」

「ああ、昨日の内に用意しておいた」

「よし、みんな出発するよ!」

『了解!』


 アルフォートが箱馬車に乗り込む。俺は御者台だ。ハリスは箱馬車の上に飛び乗った。トリシアは「ダルク・エンティル」にヒラリとまたがる。マリスは「フェンリル」に伏せをさせて、その背中によじ登った。


「よし、出発だ! 常歩ウォーク!」


 俺の掛け声で、スレイプニルと白銀がゆっくりと歩を進め始める。馬車の両隣にトリシアとマリスのダルク・エンティルとフェンリルが付き従う。


 俺たち一行は、こうして館を後にした。

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