第9章 ── 第9話
「それで……この銀の馬の名前は?」
トリシアが聞いてきたので、一瞬
「え? 名前? 好きに決めてくれればいいよ」
確かに俺のゴーレムホースには「スレイプニル」と名前を付けてあるが、これは俺が厨二病だからに他ならない。
作ったヤツには名前は付けてなかったが、名前を付ければそれを自分の名前と判断する程度の知能はゴーレムホースたちは備えている。
「そうか。好きに付けていいのだな。では……ダルク・エンティルと名付けよう」
ダルクはエルフ語で「馬」だな。「エンティルの馬」……そのまんまやん!
トリシアにネーミング・センスがないのは、ハリスの弓を見てから薄々思っていたが……
エルフ語で「エル」は「王」という意味だ。「ファル」に至っては「弓」だぞ? エンティルの王とか、エンティルの弓って名前だからなぁ。女王に献上したから王って付けたんじゃね? とか思うし、エンティルの弓もそのまんまだし。
「ま、まあ好きにしたらいいと思うよ」
俺は苦笑する。
「ハリスはどうするんだ?」
「白銀……そう名付けたい……」
お、いいね。俺の厨二センスにも来るものがあるよ。
「カッコいいな。だそうだぞ、お前たち」
俺がゴーレムホースたちに声を掛けると、ゴーレムホースたちが首を縦に振っている。言葉は喋らないけど、人語は理解するから了承しているんだろう。
──クイクイ
俺は袖を引かれたので振り向く。
「我の狼にも名前を付けてたも!」
マリスが嬉しそうな顔で言ってくる。
「自分の好きな名前を付けて良いんだよ?」
「我はケントに付けて欲しいのじゃ!」
え? 俺に? うーむ。そうだなぁ……
「フェンリル……なんてのはどうだ?」
「フェンリル……フェンリル……うむ! 良い名じゃ! 今日からそなたはフェンリルじゃぞ!」
マリスがゴーレムウルフにそう言い聞かせる。
「ウォォーン!」
ゴーレムウルフはゴーレムホースと違って、狼の鳴き声機能を付けた。ちょっと喋るゴーレムの実験がてらだけどね。
「な、鳴いたのじゃ! 我の狼は鳴くぞ!」
マリスがはしゃぎながらトリシアたちに報告している。
「お、いいな、マリス。良かったじゃないか」
「そうじゃろ? ケントは粋なことをするのう」
喜んでくれて何より。
「まあ、基本、この三体の能力は一緒なんだが、それぞれのゴーレムで少々違うとすれば……トリシアのゴーレムには矢筒が左右に二つずつ設置できるよ。ハリスのは右に二つだ。左は武器とかを設置する金具がついてる」
俺はそれぞれのゴーレムの違いを説明する。
「マリスのはそういう設置金具は付けてないが、大きさを見ても判るように身軽なのと、牙による攻撃が可能だ。ゴーレムホースは蹴るくらいしかできないけど、ゴーレムウルフは狼ができるような行動は何でもできるね。足音をさせずに移動したり、敵を追跡なんてこともできる」
前足で敵を捕まえたりもできるかもな。
「それぞれ、ゴーレムは知能を持っているので、みんなの命令をできる範囲でやってくれるはずだ」
そういう意味で言えば、ゴーレムは生物に比べて便利だ。疲れもしないし、恐れもしらない。本来の馬とかだと戦場で棒立ちになる事もあるしね。
「ちょっと乗り回して来てもいいよな?」
そう言うだろうと思ったよ、トリシア。
「そう言い出すんじゃないかと思って、
そういって、俺はインベントリ・バッグから
「さ、出来たぞ」
「マリス、競争だ! ダルク!
トリシアはヒラリとゴーレムホースに飛び乗り、館の外へと猛然と走り出した。
「あ! ズルイのじゃ! 待てー!」
マリスが慌てて鞍に飛び乗った。事態をゴーレムウルフは判断し、走るような命令がなくてもトリシアの馬を追って駆け出す。
それを俺は見て、我ながら良く出来てるなと思った。
「ハリスは行かないのか?」
「いや……俺はゆっくり乗りこなすことにするよ……」
相変わらずクールだ。ハリスが熱くなることってあるのかな?
「それじゃ、執務室で説明書を書いてくるね」
俺はそう言って、館に戻った。アルフォートは興味深げに
こっちも喜んでくれているようだな。良かった良かった。
執務室でゴーレムホースと
「どうぞ」
扉が開き入ってきたのはリヒャルトさんだ。
「旦那様、ご注文の品が届きました」
「ん? 何が届いたの?」
「はい。まずは紋章旗です。全部で一〇枚。大変時間が掛かりまして申し訳ありません」
リヒャルトさんはそう言いながら、畳まれた紋章旗を運んでくる。
「おお、出来たの? 見ていい?」
「当然です。ご自由になさってください」
俺は一番上の紋章旗を広げてみた。
「おお! なかなかカッコいい!」
「お気に召したようで何よりです」
リヒャルトさんは淡々としたものだ。それにしても、これは良いな。これを馬車に下げて帝国へ向かうわけだ。こりゃ、目立つな!
「でも、一〇枚とか多くない?」
「もちろん替えのものもございますが、館に飾るものもありますので最低でもこのくらいは。後々もっと必要になると思います」
へぇ。そういうもんか。まあ、必要なら仕方ないか。
「それと……馬車ですが、明日には館に届くように手配しております」
「ああ、馬車も必要だったよね。そうか、明日には届くんだ」
「はい」
となると、帝国にはそろそろ行けそうだな。ふむ、少々時間が掛かったけど、準備は万端だな。よし、善は急げだ。明日にでも出発するとしようか。
「アルフォートを呼んでくれないか?」
「畏まりました。少々お待ちください」
少しするとリヒャルトさんがアルフォートを連れてくる。
「呼んだと聞いたが」
「ああ。実は急で申し訳ないが、明日、帝国へ立つことにした」
俺の言葉にアルフォートの表情が固くなる。
「随分待たせてしまったが、そろそろ君が言っていた帝国の侵攻日に近いし、そろそろ出発しなければならない」
当然だ。アルフォートと
帝国軍は既にカートンケイル要塞近くまで来ているはずだ。猶予はほとんどないと言っていい。
「解った。明日までに準備しておこう」
「頼んだよ。それから……アルフォート、ここからが勝負だ。一緒に頑張ろうぜ!」
「ああ、ケント、期待している」
俺はアルフォートと微笑みあった。
その日の夜遅く、俺はまだ執務室で仕事をしていた。俺がいない間の運営について気になる所をクリストファに
──コンコン
扉がノックされ、ハリスが入ってくる。
「ケント……」
少々心配顔のハリスが俺の前まで歩いてくる。何かあったのか?
「どうした?」
「実は……トリシアとマリスが……」
「トリシアとマリスがどうしたの?」
「今になっても……帰ってこないんだ……」
は? もう深夜だぞ? あの食いしん坊たちが夕食も喰わずに、どこに行っているんだ?
「夕食には帰ってきたんじゃないの?」
「いや……出ていったままだ……」
そいつは一大事。
俺は大マップ画面を呼び出して、トリシアとマリスを検索する。
ピンが二本、トリエンの南の大草原に立つ。ピンはゆっくりと動いている。
「大草原を移動中のようだな」
「判るのか……?」
あ、マップ機能は、みんなに教えてなかったっけ?
「ちょっと見てくれ」
俺は大マップのウィンドウがハリスに見えるように念じる。
ハリスが眼を見開いたので、俺の大マップ画面がハリスにも見えた事がわかった。
「こ、これは……?」
「ああ、説明してなかったけど……これが周辺の地図を表示してくれる
「ゆっくり……移動しているな……」
「縮尺の程度にもよるんだろうけど、結構なスピードで走ってる気がするよ」
ハリスは大マップを見ながら、トリシアたちが向かっている先を見つけ出そうとしている。
「この村に行くつもりかな?」
俺が先回りして答えてやる。これはコリント村だ。以前、ゴブリン調査で泊まった村だな。
「何にしても……心配を掛けるのは……良くないな……」
ハリスはちょっとご立腹か。
「アルフォートから聞いた……明日……発つのだろう……」
「そうだね。やっと帝国に行けるよ」
「そんな日に……これでは……」
まあ、わかるけど……彼女らも騎乗ゴーレムが嬉しかったんだろうし……
「解った。連絡をとってみるよ」
「できるのか……?」
「たぶんね」
俺は念話スキルをオンにし、ダイアログからトリシアの名前を選択する。
トルルルルルと、相変わらず電話の呼び出し音みたいなのが聞こえる。
『な、なんだ!?』
「あ、トリシア?」
『何!? そ、その声はケントか?』
「うん。トリシアたちが帰ってこないんでハリスが心配してるんだよ。一体どうしたんだ?」
『すまん。マリスとゴーレムを走らせて夢中になってしまった』
トリシアも随分と可愛いところがあるね。
「それで……明日には帝国に出発することになったんだけど。今日はそこに泊まるのか? コリント村だよね?」
『え!? 何でわかったんだ!?』
「ふふふ……それは企業秘密です。帰ってこなかった罰として今は教えない~」
『なんだと! ずるいぞケント!』
トリシアが俺の言葉に慌てている。俺のスキルを見たがるトリシアには良い罰だな。
『ちょ、こら、マリス。ちょっと待て』
「マリスがどうした?」
『いや、すまん。マリスがケントと念話かと騒いでいてな』
「ああ、あとでマリスにも念話すると言っておいてくれ」
トリシアがホッとしたような息を吐くのが聞こえる。
『了解だ。それと、明日の早朝には館に戻る。ハリスに心配を掛けて済まんと言っておいてくれ』
「了解だ。それでは明日な」
俺はそう言ってトリシアとの念話を切る。
「明日の早朝に戻るそうだ。どうも騎乗ゴーレムに興奮して二人で遠出してしまったようだ」
「ふむ……あの二人も……程度というものを……知るべきだな……」
ごもっともです。
「トリシアが心配掛けたって謝ってたよ」
俺がそう言うと、ハリスは
それじゃ、マリスにも念話してやるか。しかし、マリスもお子様だなー。俺の声が聞きたいのかね。可愛いところがあるね。
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