第9章 ── 第8話

 料理を運んでいくメイドたちと一緒に食堂に入ると、ハリス、マリス、トリシア、アルフォートが席に座り待っていた。

 クリストファは最近忙しいので、お弁当のサンドイッチを料理人が持たせているようだ。


「来たな……」

「待ちかねたのじゃ!」

「期待が膨らむな」

「和食って!?」


 エマはまだ和食が気になっているのか。アルフォートも心なしかワクワクした顔をしているので、他のメンバーが散々俺の料理のことを吹聴していたんじゃないかと推測される。


「お待たせ。本日は豚の生姜焼き定食だよ」


「豚の……生姜焼き? 豚と生姜を焼いたのか?」

「生姜って変な味のアレじゃな。こう……匂いがキツイあれじゃな」


 トリシアの不安そうな声に、マリスが反応しているがマリスは生姜が嫌いなのかもしれない。


「嫌いなもの入ってたらゴメンよ」


 そう言いながら、みんなの前に皿が並べられる。


「これが和食? 豚のソテーに玉ねぎ入りのソースが掛かってる感じだけど。こっちの白いつぶつぶは何かしら? このスープは泥みたいね……」


 エマも二人の反応を見たせいか不安そうな事を言っている。まあ、初めて見るとそんな印象なのかね。


「このあたりでは異国料理だから見た目で判断しないでくれよ? これは、俺の好物の一つなんだよ」

「ケントの好物か……楽しみだな……」


 ハリスが唯一の肯定的意見です。さすがハリスだ。俺の心の友よ~。某猫型ロボット・アニメの登場人物が言いそうなセリフが頭に浮かんだが、口には出さないでおこう。


 配膳が終わったので、俺も席に着く。鼻から息を吸い込み、香りを楽しむ。定食としては漬物が足りないが、即席でそれを用意するのは難しいから諦めるしか無い。今後季節の野菜の漬物を作っておくべきかもしれないな


「さて、では頂きましょうかね。頂きます」


 俺は箸を持って合唱するように頂きますを言ったが、みんなはそんな風習しらないので早速フォークを肉に突き立てていた。


 フォークを突き立ててはいるが、マリスは口に入れるべきかどうか悩んでいる。生姜がそんなに嫌いか。


「これは……!」


 ハリスが生姜焼きを咀嚼しながら感嘆の籠もる声を上げた。


「ハリス! そこでご飯だ! 白いやつだぞ?」


 俺は口にまだ肉があるうちにご飯を食べろと勧める。ハリスは俺の指示通りにご飯をフォークで口に運ぶ。


「うお……!」


 冷静沈着なハリスの驚愕にも似た声が、その美味さを物語っている。というか、ハリスってこんな声出すんだね。ちょっと笑える。


 俺とハリスの反応を見て、トリシアも口に運んだ。


「なるほど、とまらん」


 トリシアはそれだけ言うと、一心不乱に食べ始めた。

 肉、メシ、メシ、肉。ちょっと味噌ミゾ汁、メシ……こうなったらトリシアは止まらないだろう。


 エマとアルフォートも食べ始めた。


「う、美味い。確かに生姜の味はするが……生姜がこれほどの仕事をこなすのか。焼き菓子に入れるばかりがのうじゃないのだな」


 何かを納得するようなアルフォート。君にもこれから色々とやってもらうからね。頑張ってくれよ。


「これが和食……」


 口いっぱい頬張りながらも、まだブツブツと和食と口ずさむエマ。呪詛っぽいのでヤメテ。

 みんなが夢中で口に運んでいる様子をマジマジと見ながらも、フォークが止まったままのマリス。


「嫌いなら無理して食べる必要ないよ? 別物を用意してもらおうか?」


 気の毒になってきたのでマリスに言う。


「た、戦う前に諦めては守護騎士ガーディアン・ナイトの名が泣くのじゃ!」


 マリスはカッと目を見開いて口の中に生姜焼きを放り込んだ。


「んぐんぐんぐ……な!? もぐもぐもぐ……騙されたのじゃ!」


 放り込んで、少し咀嚼そしゃくし、驚嘆。さらにご飯を放り込んで咀嚼そしゃく。最後には騙された。一体何を言っているのかわからんよ、マリス。


「生姜に似せた別物じゃろ! 我には判っておるのじゃ! 憎い演出じゃ! 我をこのようにたばかるとは」


 口に入れた状態で喋るので、ご飯が飛び散ってます。


「お口にモノを入れたまま喋っちゃダメ! 周りが汚れるでしょ! それにお行儀が悪い!」


 俺がマリスを叱責する。


「やっぱり……ケントってお母さんよね……」


 エマが素直な感想を述べる。俺もそんな気がしてきたよ。

 怒られたマリスは、口に入れるか喋るかで悩んで、食べる方を選択したようだ。その後は黙って食事を続けた。



 食事後、お茶で一息入れた。


「いやはや、ケントの料理の腕は信じていたが、やはりまだあなどっていたな」

「我もじゃ。よもや生姜などという地獄の食べ物が、あのような美味に……未だに信じられんのじゃ」


 トリシアとマリスが口々に感想を述べている。というか、生姜を地獄の食べ物って……どんな生姜を食べてきたんだよ。


「和食ってすごいわね。あの白いツブツブが肉と合わさったら至高ね」


 エマが生姜焼きだけでなく、米との調和がすごいのだと力説している。


「ほう。そこが判っているとなると……丼ものを出したらどうなることやらだな」


 俺がニヤリと笑いながら言うと、女性陣が猛烈なスピードで振り返った。


「ドン? ドンってなんじゃ!?」

「あれの上を更に行こうというのか!?」

「ドンって!? 何か王者の気品を感じるわね?」


 エマを加えた食いしん坊チームが矢継ぎ早に質問で返してきた。


「丼モノってのは……ご飯の上にオカズが載ってる感じだよ」

「あの調和のとれた美味さの連携を融合させるだと!?」

「今度、作ってたも! これは決定事項なのじゃ。ケントに拒否権はないのじゃぞ!?」


 生姜焼きを上に載せて「生姜焼き丼」とかは洗い物がめんどくさい俺がやるモノグサ料理なんだが、至高とか調和とか連携とか王者の気品とか……意味わかんない。


「いや、生姜焼きを載せても丼にはならないんだが……今度はちゃんとした丼モノを考えておくよ。手抜きじゃないヤツをね」

「あの生姜焼きのじゃないのかや? 手抜きなのか?」

「生姜焼きを上に載せるのは、洗い物を減らす一人暮らしの知恵だな。本物の丼モノはちゃんと完成された食事だよ」

「やはり、あれの上が存在するのだな。しかと覚えておくぞ」


 まあ、カツ丼や天丼を始めとして、丼ものは数あれど、丼になる前のカツレツや天ぷらなんかを先に食べさせたいよなぁ。カツなら今の世界でも簡単に作れそうだし。問題はソースか……中濃ソースはこの世界にはないなぁ。俺が作れるかどうかが問題か。少し研究してみるか。


「ところで……」


 ハリスが珍しく口を挟んできた。


「執務室で……言っていたのは……何だったんだ……?」


 お、それ! 覚えてたか。


 俺はエマを見る。


「ふふふ、そうね。そろそろ良いわね」


 エマと俺がニヤリと笑うと、他の三人が不安そうになった。


「それじゃ、みんな玄関先に行こうか。今日のお楽しみはこれからだ!」


 俺の宣言でみんなが急いで玄関へと向かった。アルフォートも興味をそそられたのか、それともつられてなのか付いてきた。


「なんじゃ? 何か起こるのかや?」


 マリスがワクテカで聞いてくるので、焦らしてもしょうがないか。


「では、見てもらいましょうかね」


 俺はインベントリ・バッグを開くと、あるものを三つ取り出して地面に置いた。


「こ、これは……!」

「あれがまだあったのか!?」

「おおー! なんということじゃ!」


 三人の前に置かれたものとは……ゴーレムだった。二つは馬の形だ。俺のゴーレムホースとそっくりの銀の馬。そして、もう一つは少々小ぶりながら銀の狼型のゴーレムだ。


「みんなの騎乗用にと思ってね。工房でエマと作り上げた」


 それを聞いて三人が黙り込んだ。


「え? これ君たちのだよ。気に入らなかった?」


 エマも俺の顔を見上げて不安げだ。


「こ、こ、こ………」


 なんだ? マリスがニワトリみたいだ。


 俺は心配になってマリスを見る。


「こ、これが我のじゃな!!」


 突然爆発したようにマリスが叫んで、ゴーレムウルフに飛びついた。

 うん、背格好的にはそうなるね。君、ちっちゃいから。


「そうだ。マリスは馬の大きさだと乗りづらいだろ? エマと話し合った結果、マリス用の騎乗アイテムはダイア・ウルフ……大狼がいいかなと思ってね」


 マリスは大喜びでゴーレムウルフの頭を撫でていた。


「そして、こっちのゴーレムホースは俺のをして作ったよ。機能も性能も俺のスレイプニルと同等だ。もちろんゴーレムウルフも性能は変わらないよ? 大きさの問題で運搬重量が若干少ない感じだけど」


 トリシアとハリスは黙ったままだったが、二人とも新しいゴーレムホースに手を伸ばしている。


「ケント……これを俺に……?」


 ハリスがかすれた声で聞いてきた。


「もちろんだ。あとで使い方を紙に書いて渡すよ」


 トリシアがまだ無言なので見てみると……号泣してた。

 あれ!? トリシアはサラみたいな号泣キャラじゃないだろ!?


「感謝する……長い冒険者人生でも……これほどの宝を手に入れたことはない」


 黙ってたから不安だったけど、どうやら三人とも感激してくれたようだ。


 俺はホッと胸をなでおろした。


「みんな、喜んでくれたようで何よりだ。エマと頑張った甲斐があったよ」


 エマも嬉しそうにうなずいた。


「帝国に行く前に作っておきたくてね。間に合ってよかった」


 アルフォートは、俺たちの様子を見ながら、驚嘆していた。


「すごいな。帝国にもこれほどの魔法道具はない。それと、ケントの懐の大きさには驚く。これほどの魔法道具を配下のものに簡単に下賜かしするとはな」

下賜かしなんて言う言い回しは嫌いだな。トリシアもハリスもマリスも俺の仲間であって、部下やら配下などと思ったことはないよ」


 そうさ。俺一人で、今の立ち位置を手に入れたとは思っていない。仲間のみんながいてくれたお陰だ。それに報いられて俺の方が嬉しいんだ。偉そうになんか出来ない。


「しかし、ミスリル製の騎乗ゴーレムだぞ……? トリエンの……いや。国の至宝では?」

「ああ、これは俺とエマで作った新品だよ。国の至宝でも何でもないさ」


 アルフォートの口が顎が外れたように落ちた。


「まあ、俺に協力してくれる人間には、この程度の見返りは当然だよ。大したもんじゃない」


 アルフォート、君も例外じゃないんだよ。


「もちろん、これから帝国と色々あるとは思うけど、それには……アルフォート、君の助けがいるんだ。だから力を貸してくれ。頼むよ」


 俺に協力してトリエン一帯に平和をもたらす事ができれば、君にも大きな見返りが待っていると俺は暗に言っているんだが。


「私に何ができるのかわからないが、一度協力すると言った以上、帝国貴族の名誉に掛けて約束は守る」

「そう言ってくれると助かる。それで、君にもこれを渡しておこう」


 俺はインベントリ・バッグからミスリル製の手甲ガントレットを取り出して渡す。


「こ、これは!?」

「これは、ミスリルで作った魔法の手甲ガントレットだよ。魔法の杖のように魔力を増幅する効果がある。それと『盾よ』という言葉を唱えると、『魔法の盾マジック・シールド』の効果を発揮できる」


 これはマリスの魔法の全身鎧を作るための試作品だ。試作品を少し改造して魔法使いスペル・キャスターでも使えるようにした。


「君に帝国で活躍してもらうと、俺みたいに暗殺とかの危険があるかもしれないと思ってね。君自身で身を守れるものを用意してみたんだ」


 活躍してもらう前に死んでもらっちゃ困るしね。


「良いのか……?」

「良いも何も、今後に向けての期待さ。先行投資みたいなもんだ」


 俺がそういうと、アルフォートが手を出してきた。俺はそれをつかんで固い握手を交わした。

 エマはみんなの嬉しそうな顔に満足したのか、工房に戻っていった。本の虫まっしぐらで少々心配だけどね。

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