第9章 ── 第7話

 クリストファに蛇口を売るように指示をした次の日から俺は帝国へ遠征する準備を始めた。もっとも、馬車や紋章旗、貴族服などの準備はリヒャルトさんに丸投げだが。


 俺が準備をしているのはある魔法道具を作成するためだ。その為にエマと一緒に工房に籠もりっきりになった。

 心配したトリシアやマリスがちょくちょく見に来たが、俺はニヤリと笑いながらの一言で追い返していた。


「出来てからのお楽しみだ」



 そして……工房に籠もってから五日が過ぎた。

 俺とエマは、目の下にくまを作りながらも清々しい顔で執務室に戻ってきていた。

 執務室のテラスから見上げる空の青色が目にみるね。


「やったわね、ケント。私たちやったのよね?」


 エマが感慨深げにしながらも俺に言う。


「そうさ。あの三人の喜ぶ顔が目に浮かぶようだな」

「喜ぶより先に驚くと思うわ」

「これもエマの協力あってのものだよ。ありがとうな。俺一人じゃ魔力不足でここまで早く作ることは出来なかったよ」


 エマに心から感謝を述べる。


「ケントたちがいなかったら、私はあの地下で死んでいたわ。このくらいはお礼しないとね」

「そうか?」

「そうよ?」

『うふふふふ』


 二人の笑いがシンクロした時、後ろから嫌そうな声が聞こえた。


「なんじゃ、その含み笑いは」


 俺は慌てて振り向いた。


「仲良さそうじゃのう。我らを五日も放っておいて」

「そう言うな。ケントには何か計画があったんだろうよ」

「ケントの事だ……またビックリさせるつもり……さ」


 ちょっとご機嫌斜めのマリス、深読みするトリシア、俺を相変わらずパーティグッズか何かと勘違いしてるハリスが俺たちを見ていた。


「お、みんな。元気そうでなにより」

「そういうケントは目の下黒いぞ。アライグマのようだ」

「笑っておったぞ。何か企んでいるのじゃ」

「そう。企んでました」


 俺はニコやかに答える。トリシアはともかく、マリスが警戒したような表情になる。


「いったい何を企んでおるのじゃ。さぁ、吐け! なのじゃ!」


 そう言いながら、マリスは手をワキワキさせながら俺に迫る。


「ふふふ、もう昼時だ。それは昼飯が終わってからにしようじゃないか」

「ふふふ、そうね。楽しみね」


 エマも笑う。


「ムッキー! その笑いが気に入らないのじゃ! とう!」


 マリスが掛け声とともに、俺の首に飛びついてくる。一〇歳くらいの幼女らしからぬ素早さであっという間に俺の首の後ろに周り、ぐいぐいとスリーパーホールドを決めてくるが、マリスの短い手ではじゃれているようにしかならない。


「待て待て、ギブギブ」


 俺はマリスの細い腕をタップして降参を伝えるが、マリスはさらに俺によじ登ってくる。とうとう肩車状態になった。

 まあ、五日ぶりで甘えたいのかもしれないな。放っておこう。


「さてと、今日の昼飯は俺が作ろうかな」


 途端に、全員の顔色が変わる。


「なん……だと……」

「また新作をお見舞いするつもりか!」

「ケントの手料理!? 今度はどんなのが出てくるの!? 工房で作ってくれたサンドイッチってのが凄く美味しかったわ」

「ケント! 何をしているのじゃ! さっさと調理場へ向かうのじゃ!」


 四人が軽くパニック状態だ。


「ふふふ。今日はちょいと変わった趣向でいくよ。俺の生まれた所の料理だ。和食だな」

「和食……何やら妖艶な響きじゃ」

「以前、あそこの食堂でも同じようなことを言っていたな」

「あそこの……料理と同じ系統……か?」

「え? 何? 和食?」


 実は、工房に籠もる前、クリストファとの会議の時、彼が持参した資料群の中で俺は重大な事項を見つけていたのだ。一般物流という厚い紙束の中の食料品流通一覧というやつだ。

 俺はクリストファとの会議の後、それを扱っているという商会に出向いて、それを少量だが手に入れた。少量といっても、個人消費で考えれば少ない量ではないが。

 だが、この地方ではほぼ手に入れることは不可能だと思っていた一品だ。


「それでは、昼食は一時間後だ。それまで自由にしていてくれ」


 俺はマリスを肩から下ろして、昼食の予定時間を告げる。


「了解じゃ!」

「承知……」

「楽しみだな」

「和食って何!?」


 俺はみんなを執務室に置いて調理場へと向かった。



「本日はどのような趣向でしょうか?」


 料理長のヒューリーさんが神妙な面持ちで聞いてくる。


「今日はね。俺の生まれ故郷の料理です。まず、これをきたいと思います」


 俺はそういうと、大きな麻袋を取り出す。麻袋を開けて、手で中のものをすくって料理人たちに見せる。


「これは……麦ですか?」


 副料理長のナルデルさんが眼鏡をクイッと上げて聞いてくる。


「いや、これは麦じゃない。米だ」

「米……? 聞いたこと無い穀物ですね」

「これは俺の生まれ故郷では主食でね。こっちだとパンみたいなものかな?」


 興味深げに料理人たちが顔を近づけてくる。


「これを美味しくくと、俺がこれから作るオカズにピッタリ合うんだ。まずは米の炊き方を教えようか」


 俺は工房で作業のかたわら作った計量カップを取り出す。大体一合、約一八〇ミリリットルほどの大きさで作った。この計量カップも数を作っておこうかな。現実世界のレシピ本とか出す時に、売れるかも。


「この米をくのに使うのがこの釜だ」


 やはり作業のかたわらに作った大釜を取り出す。これは一度に一〇合ほどけます。ちゃんと水加減用の目盛りを付けるところが俺の器用なところだね。


 この二つの道具は、工房の生産ラインに記憶させてあるので、大量生産する気になれば大量に作り出せる。

 あの生産ラインは、実はゴーレムだった。あの生産ライン・ゴーレムには、巨大な記憶用データベースにアクセスする通信機能が備えられていて、データベースから作成する物品の設計図を読み出して材料を加工するんだ。

 工房のデータベース装置は、あの工房の地下にあって見ることは出来なかったが、地球のコンピュータみたいに使えるようだった。これもプレイヤーの遺産か何かかも知れないので、いつか見てみたいなぁ。


「では、今日は一〇合、この器に一〇杯分きます。みんなお替りするだろうから、君たちの分はなさそうだ。先に謝っておくよ。ごめんね」


 俺が頭を下げると、ヒューリーさんたちが慌てる。


「頭をお上げください、旦那様! 旦那様のレシピをシッカリと勉強させて頂き、私たちは自分で作って試食しますので……」

「そう? そうしてくれると助かるな」


 俺が頭を上げて笑うと料理人一同がホッとした顔になった。


「さて、それでは料理にかかりましょう。まずはお米をぎます」


 俺は麻袋から一〇合分を釜に取り、水場に持っていくとお米をぎ始める。

 米を優しくいで、水を入れると白くなる。米をこぼさないように水を捨て、再びぐ。


「この作業を「ぐ」といいます」


 何度か繰り返すと、水が少しにごった感じの白さになる。


「ここ大事です。無色透明になるまでがない事。米の旨味うまみがなくなっちゃいます。このくらいにごった状態にとどめておくのが肝要かんようです」


 料理人たちは必死にメモをしている。


「さて、そうしたら、この目盛りに、さっき一〇杯入れたので、一〇の値の部分まで水を入れます」


 厚みと重さのある木で作ったふたを釜に乗せて火にかける。


「本当なら、いだ後の米を三〇分程度放置してからく方が美味しいと思いますが、今日はちょっと急いでいるので省きました。それと、ここからが勝負です。火加減が大変難しいので、上手くくには練習が必要かもしれません」



 俺は小学生の頃にボーイ・スカウトで覚えた飯盒炊爨はんごうすいさんの要領で火加減を調節して米をく。


「よし、こんなものか。良いですか? 炊きあがるまで絶対にふたは取らないでくださいね」


 はじめチョロチョロ中パッパって奴だ。最初は中火でいていくのがコツかなぁ。


「では炊きあがるまでにオカズを用意します。今日はコレを使います」


 インベントリ・バッグから、豚肉のブロック、醤油ショルユ、砂糖、生姜、玉ねぎなどを取り出す。材料から判るように、今日のお昼は「生姜焼き定食」です。


「豚肉を薄く切り分けますよ」


 適度な大きさに肉を切り分け、その後、ツケダレを作って切り分けた肉を漬けておく。玉ねぎも忘れずに。


 漬け込んでいる間に、釜の様子をみるといい具合に沸騰しはじめたので、火を強くする。

 様子を見ていると、吹きこぼれてきた。吹きこぼれを見て女性たちがキャアキャア言っていたが、ここはじっと我慢だ。

 しばらくすると、グツグツ言っていた音が小さくなり始めたので、弱火にする。


「随分と良い香りがしますね」

「米がける時の匂いって幸せになるよね」


 ナルデルさんが言うので、相槌をうつ。俺の故郷の香りとは言い過ぎかな?


 待っている時間がもったいないので、味噌ミゾ汁も用意しておこう。豆腐とかワカメが欲しいところだが贅沢は言えない。この前、朝市で見付けた大根の味噌汁にしよう。この世界では「大根」とは言わず、「白根菜」って言うんだって。どうみても大根です。試しにおろして見たら、少々辛味がある大根だったよ。

 その市場で昆布も見付けたんだよな。乾燥昆布だけど、和食には欠かせませんな。

 本当は鰹節かつおぶしも欲しかったが、こっちはまだ見つかってない。ただ、あの食堂の味を思い出すと、多分この世界にも鰹節かつおぶしはある。大陸西方に行くのが待ち遠しいねぇ。

 昆布の出汁だしを取って、少しより分けておく。生姜焼きに使いたい。


 さてと、大根を投入して……と。


 流れるように料理を作っていき、時々料理人たちにアドバイスをする。


「お、そろそろ炊きあがったな。よし、火から下ろそう」


 釜を火から下ろしてテーブルに載せる。


「少々、蒸らし時間が必要だよ。五分か一〇分くらいかな? この間にオカズを用意するぞ」


 俺はフライパンに油を塗って熱し、その上に漬け込んだ豚肉を置いていく。


 う~ん。この香り。懐かしい。

 焼いている間に皿を準備させておく、キャベツの千切りを箸休めに盛っておいてもらう。


 肉を裏返した後に、ツケダレを少々回しかける。醤油ショルユの焦げる匂いが何とも言えない。


 焼き上がった分から皿に盛っていく。


「はい。これが生姜焼きです。これがご飯に合うんだよねぇ」


 続いてらしが終わったご飯をご開帳。少々お焦げがあるが、ふっくらと炊きあがったようだ。お焦げはお焦げで美味しいんだよ?

 ご飯も皿に盛り付ける。本当ならお茶碗が欲しいところだ。後で工房で作ってみるか。

 大根の味噌ミゾ汁もできた。


「出来上がり! さあ、運んでくれるかな」


 出来上がった料理をメイドや料理人たちで運んでもらう。みんなどんな反応するか楽しみだね。


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