第9章 ── 第4話

「それで工房へ行く道はどこにあるんだ?」

「ああ、石棺の下だな。石蓋を開ける必要はないがな」


 マリスと俺のやり取りを見ていたトリシアがニヤリと嫌味っぽい事を言う。

 ここにも、さっきみたいなギミックがあるのか。


「ここの仕掛けは、さっきほど複雑じゃない」


 トリシアが俺の顔色を読んで言う。

 トリシアは石棺の左右のレリーフにある突起を回す。


──ガガガガ


 少々耳障りな大きめの音がすると石棺が台座と共に横へとズレて行く。石棺があった床には地下への階段が現れた。階段の下は真っ暗で少々不気味なものを感じるが、行かないわけにはいかないのでランタンに明かりをともして降りていく。


 しばらく……といっても二〇分くらいだが、クネクネと曲がる階段を慎重に降りていくと広い場所に出た。サッカーグラウンドくらい広い。今は地下一五〇メートルくらいのところまで降りてきている。誰が掘ったのか、ご苦労さまだなぁ。


 あまりにも広いので奥までは見渡せずにいたら、トリシアが『暗視ナイト・ビジョン』をみんなに掛けてくれた。毎度お世話になります。見上げれば天井も高い。二〇メートルくらいあるかな?


 でも、これだけ広い場所を確保したとなると……例のオリハルコン・ゴーレムがいるかも知れないね。警戒はしておくに越したことはないね。それと『ゴーレムの命令の指輪リング・オブ・ゴーレム・コマンド』を指にはめておくことにする。念には念を入れておこう。


 大マップ画面を出して確認しておく。この部屋の奥に扉がある。その扉の前に白い光点が存在している。間違いなくゴーレムだろう。虫眼鏡アイコンをクリックして検索ダイアログを表示させて『オリハルコン・ゴーレム』を検索してみる。奥の白い光点にピンが立った。確定。


 ピンを何気なくクリックしたらデータ・ダイアログが表示された。便利機能発見。


『オリハルコン・ゴーレム

 レベル:六〇

 危険度:大

 シャーリー・エイジェルステットが使役した伝説級ゴーレム。

 製作者:女神イルシスの使徒、精霊ハルメナート』


 こりゃ勝てない。レベルでは俺の方が勝ってるけど、素材が問題だ。俺の武器や防具はアダマンタイト製だが魔法効果もないノーマル武器だしな。うちのメンバーの武器も魔法の武器といってもミスリル製だし、例え傷がついても、そこまでだろう。


 シャーリーはよくもまあこんなゴーレムを手に入れられたな。データによればイルシスの使徒の精霊が作ったみたいだから、イルシス関連のアイテムか。イルシスに何か貢献した褒美とかだろうか? 加護まで与えられてるのを考えると、選ばれし人物だったのかもしれない。


「奥にいるね。例のゴーレム」

「そりゃいるだろう。神話級のゴーレムだぞ? 壊れたり、どっかに行ったりする訳がない」


 ごもっとも。


「取り敢えず慎重に近づくけど、攻撃してくるような気配がしたら何も考えず逃げろ」

「了解じゃ!」

「承知……」

「解ってる」


 俺の後ろで俺のマントを握りしめているエマに向き直る。


「特にエマ。君は俺たちより後ろにいること。俺たちの誰でも危ないと思ったら「逃げろ」と合図するから、必ず従ってくれ」

「わかったわ……」


 エマも相当緊張しているらしい。さっきから無意識だろうけど俺のマントを握りしめてたからな。


 俺がマントを握りしめているエマの手を見ていたのに気づいたのか、エマは慌てて手を離した。


「よし、ゆっくり、慎重に前進だ」


 俺たちはジリジリとゴーレムに近づいていく。

 ゆっくりと歩いていくと、ゴーレムが見えた。僅かなランタンの光に反射して鈍くも虹色の光が見えてきた。


 敵対行動と取られるのが怖くて、俺はつかに手を掛けることもできない。それは他のメンバーも同じようだ。


 オリハルコン・ゴーレムは若干前かがみの姿勢のままピクリとも動かない。もうこちらを補足しているのは確実な距離だ。ゴーレムの足元に何かかあるが……あれ、死体じゃないか?


 さらに近づくと、間違いない。あれは死体だ。それもそれ程古くないな。それほど酷くはないが微かに腐敗臭がしている。ごく最近、ここまで侵入したものがいたのだろうか?


 あと一〇メートルほどになった時、ゴーレムが身体を起こした。


「侵入者ヨ。去レ。ソレ以上近ヅイタラ、攻撃ヲ開始スル」


 警告を発した。マズイな。しかし、こういう物の言い方は俺の反骨心を刺激する。


「ご挨拶だな。工房の持ち主が来たというのに」


 俺が言うと、ゴーレムの目が俺に向く。冷やりとしたものが背中を走る。


「ソノ言ノ証明ヲ求ム。コレヨリ、スキャン行動ニ入ル。抵抗セヌヨウ要請スル」


 ゴーレムの額の辺りから、レーザー光線のようなものが発せられ、俺の身体の隅々をなぞる。


 レーザースキャニング? 随分現代技術みたいな感じだな。


 そのレーザーを攻撃と思ったマリスが慌てて盾で俺を守ろうとする。


「マリス、動くな! 心配ない。これは探知魔法の一種だ」


 俺の命令にマリスの動きが止まる。


 レーザーが俺の頭の天辺てっぺんから足の爪先まで走査していく。


「神力術式ヲ感知。マスターデアルコトヲ認識」


 どうやらあの継承の儀式をした時に包まれた光がその術式というヤツなんだろう。おかげでマスターと認められたようだ。


「認識してくれて感謝だな。オリハルコン・ゴーレム。今、ここにいる人間たちを俺と同じように工房に入れるようにできるか?」

「マスターノ命令ヲ受諾。ココニイル人類種ヲ工房入出許可一覧ニ登録スル。スキャン行動ヲトモナウ為、抵抗セヌヨウニ要請スル」

「みんな、少し動かないでいてくれ」


 ゴーレムの額から四本のレーザーが発せられ、俺以外の四人を走査しはじめる。


「スキャン完了。入出許可一覧ニ登録ガ完了シタ。人類種四人ヲ排除対象カラ除外」

「よし、これで攻撃されることはなくなったな」


 俺がそういうと、四人とも息を止めていたようで、一斉に息を吐き出している。


「ちょっと緊張したのじゃ」

「私も……」

「肝が……冷えた……」

「私は一回攻撃されたことあるからな。かなりドキドキしたぞ」


 俺はゴーレムの後ろにある大きな金属製の扉を見る。さて、メダリオンの出番か。

 俺が鍵であるメダリオンを取り出すと、トリシアが不思議そうな顔をする。


「お前、それどこで手に入れたんだ? シャーリーの遺体にあったのは一度使った時にゴーレムに壊されたんだが……」

「ああ、これ? 館の秘密の場所に隠されていたんだよ」


 なるほど、これは予備の鍵か。鍵には鎖が付いているので首に掛けておく。


「ゴーレム、そこにある死体は何なんだ?」


 ずっと気になっていたことをゴーレムに聞いてみる。


「マスター。私ノ登録名ハ『レイ』デス。以後ソノヨウニ呼バレマスヨウ」

「レイか。了解だ、レイ。それで、そこの死体は……」

「創世二八七一年、アミエル七日セリア。侵入者アリ。警告ヲ無視シタタメ排除」


 アミエル七日セリア?


 俺は、能力石ステータス・ストーンのAR画面に表示されている時計の表示に日付も表示させるように設定を直す。この表示状態で時計をクリックすると、カレンダーが表示されるんだよね。寝る前にいじくり回した時に発見したんだ。まだ隠された機能があるのかもしれないので、今も時々いじくり回している。さっきも新機能発見したしね。


 さて……アミエルの月の七日か。ちょうどウスラが処刑される何日か前か?


 俺はここでふと思い出す。そう言えば……ウスラの処刑後に冒険に出たくなってチーム・メンバーとギルドに行った時だ。いくつかのクエストを選んで「ゴブリンの捜査」に行くことになったっけ。思い出したのはその時の別の依頼のことだ。確か「墓荒らし」のクエストがあったね。トリシアがオススメしていたヤツだ。


「トリシア、この死体、侵入者だってさ」

「やっぱりか……」


 なるほど、あの時のクエストは、この侵入者が犯人のものだったんだな。しかしまあ、よくここまで入ってこれたな、コイツ。

 トリシアが墓荒らしのクエストをしたがった理由は、ここに入られる可能性を考えていたんだろうな。今になって考えてみると納得するね。ちゃんと説明してくれたら優先しても良かったんだが……

 って、墓荒らしを優先したら今ここに立ってられなかったか。

 運命のいたずらを感じずにはいられない。俺たちは正解の道を選べたのだろうか。もし、墓荒らしのクエストを優先していたら、この墓荒らしは死ななかったかもしれない。だが、そうだった場合は、俺はここの工房を手に入れることはできなかったかもしれない。

 どっちが良かったとも言えないけど、俺はベストを選択できたと思うことにする。


 さてと……


 俺は気を取り直して死体を調べてみる。どうやら魔法使いスペル・キャスターのようだが……


 死体は頭を一撃で潰されていた。それ以外に外傷はなかった。背中に背嚢バック・パックを背負っていたので、中を漁る。古い日記と新しい日記が出てきた。この日記は後で調べてみよう。

 早速、二冊の日記をインベントリ・バッグに仕舞う。


「南無南無……」


 俺はお経らしいものを唱えて立ち上がる。


「さて、レイ。警備はよろしく」

「了解、マスター」


 それだけ言うとゴーレムは動かなくなった。あれが警備体勢なのかな?


「さてと、それじゃ工房の中を拝見しにいきましょうかね。みんな準備はいいか?」

「ワクワクなのじゃ!」

「ドキドキしてきた」


 エマ、マリスのコンビは興奮しているようだ。ハリスはいつもの通り寡黙です。


「私は一度来てるからな。中にはもっと奇妙なゴーレムがいるよ」


 奇妙なゴーレム? 召使いゴーレムがいるって話をシャーリーがしていたが、それのことかな?


 何はともあれ中に入ってみなければ判らない。俺は扉の前まで行ってみる。扉の真ん中に何かをはめ込むようなくぼみがあるが、メダリオンと同じ形なので鍵穴ってことだろう。


 メダリオンを窪みに当ててみると、扉全体が光りだした。


「おお?」


──ゴゴゴゴゴ


 地響きのような音を立てて扉が自動的に開き始めた。この世界に来て自動ドアは初めてだな。これも魔法だろうね。

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