第9章 ── 第3話

 しばらくして、エマが両手に力を入れて俺を押しやろうとしたので、腕から力を抜いて開放する。


「私を抱き寄せるなんて、ケントも大胆ね。惚れちゃ駄目よ?」


 人前だったからだろう。エマが少々強がった事を言う。


「なんじゃ! エマ! ケントは我の嫁になって毎日ご飯を作る使命なのじゃぞ? 横入りはダメなのじゃ!」


 嫁って、君、女の子じゃん。横入りってのもなにか違う気がする。


「ケントは男だから婿でしょ?」

「え?」

「え?」


 エマの発言にマリスが眉を釣り上げたが、嫁でなく婿と言われて素っ頓狂な声で聞き返している。エマの方も聞き返されるとは思ってなかったようでビックリしている。君たちも漫才か何かですか? どっかの大型掲示板で見たような慣用句のようなシチュエーションですけど。


「まあまあ、嫁やら婿は置いておいて、そろそろ出発しようか」


 俺が怪訝な顔をしながらも目線が火花をちらしている二人に言う。


「置いておいちゃダメでしょ!」

「そうじゃそうじゃ! さあ選べ!」


 いや、君たち。俺から見たら幼女じゃん。


 などどは口が裂けても言えないので、俺は出かけた言葉を飲み込んでおく。それに俺はペッタンコは守備範囲外です。

 トリシアが勝ち誇ったようにニヤニヤしているが、君ももう少し大きくないとダメです。却下です。


「いつまでも出発できないと困るよ。さあ、いこう!」

「遅かったのはケントよ!」「遅かったのはケントなのじゃ!」


 ほぼ同時に、火花をちらしていた二人が振り返って怒り始めた。


「はい、その通りでした。ごめんなさい」


 俺は無意識に謝ってしまう。


「わははは……やっぱり……お前ら俺を殺す気だろ……」


 ハリスが盛大にウケていた。お前は沸点が下がりすぎだ。自重しろ。


「そうだな。そろそろ出発しようか」

「ああ……そうしよう……」

「了解じゃ」

「そうね」


 ハリスに大爆笑されたせいか、トリシアの号令にみなが相槌を打つ。


 ぐぬう。リーダーの威厳が崩壊状態です。



 館からブリスター墓地までは結構あるので、館から出た俺はインベントリ・バッグから馬車とゴーレムホースを取り出す。


「凄いわね、ケント。その無限鞄ホールディング・バッグは馬車まで中に入るの? それと昨日から聞きたかったんだけど、あの銀の馬……ゴーレムよね? あれは叔母さまが使ってたもの?」


 エマは矢継やつばやに質問してくる。そういや、馬車を仕舞うところも見せてなかったし、インベントリ・バッグも知らないよな。


「いや、これは昔から俺個人の持ち物だよ。俺の無限鞄ホールディング・バッグも特別製さ」


 説明が面倒なのもあって、詳しくは言わないでおく。


「ケントの秘密の七つ道具じゃぞ? あまり詮索せんさくするでない」


 マリスが先輩ぶって偉そうに言う。エマの順位付けを下位に置きたいらしい。犬か何かのコミュニティですか。


「そうね。詮索せんさくは良くないわね」


 エマはマリスの攻撃をさらりとかわしている。伊達に二二年も生きてないといった所か。貫禄かんろくの違いを見せつける。


 これ以上、鞘当紛争が激化するのも面倒なので、俺は馬車にとっとと乗り込む。

 俺が乗り込むとトリシアとハリスが続いた。マリスとエマがそれに気づいて、置いていかれまいと我先にと荷台へよじ登った。


「じゃあ、出発するよ。スレイプニル、常歩ウォーク


 俺の号令に銀色に光る馬がゆっくりと歩き始めた。


 ブリスター墓地までは、館の裏手の方にある城壁に沿って東門へ。東門から出て街道を進むと東側と北東側への分かれ道がある。そこを北東、左へ向かってしばらく進むと墓地に行き着く。 ちなみに、東への街道を進めば俺がティエルローゼに来た時、最初に受けたクエスト「ワイルド・ボア討伐」をギルドに発注したアルテナ村がある。ファルエンケールに徒歩で行くなら、この道を行くのが一番近いだろう。


 墓地は町から少々離れているため、参拝者たちは野原に真っ直ぐ走る道で昼食を取ったりするようだ。シーツを広げてお弁当的な何かを食べている人たちをちょくちょく見かける。

 馬車だと一時間程度で墓地まで行けるのでお弁当の用意はしていないが、荷台の後ろから辺りの様子を見ていたマリスとエマが物欲しそうにしているので、俺はどうしようか悩む。


 まだ朝食食べて二時間も経ってないんだがな。AR表示の時計を見れば、まだ九時半だし。


 まあ、インベントリ・バッグ内には、以前買いだめた食材がまだまだあるから、何か作るならサンドイッチでも作れば問題ないと思うけど、今作ってもなぁ。幼女たちは育ち盛りだと言っても食べ過ぎです。太ると困るので俺は自重しておく。


 館を出てから一時間半ほどたった時、前方に大きな墓地が見えてくる。柵に囲まれているが、ほぼ辺り一面がお墓だ。簡素なものから凝ったもの。霊廟と言えそうなものも含めて数え切れない。


「こりゃ、でかい墓地だなぁ」

「私らがシャーリーの霊廟を作ってから、随分と大きくなったものだ」


 トリシアも俺と同じような感想を持ったようだ。


「叔母さまのお墓はどれなの?」


 エマが荷台から顔を出してくる。


「そうだな。あの遠くに見える一番デカイのが判るか? あれが霊廟だ。噂ではブリストル霊廟と呼ばれているそうだぞ」


 ブリストル霊廟は「大きな石扉で閉じられておりその扉は常人では開けることもかなわないほどの重量」と言ったように見えるのだとトリシアが言う。


「もっとも、その扉自体が罠というか偽装だ」


 実は石扉自体は壁に一体化していて、破壊でもしなければそこから中には入れない。本当の入り口は裏手の目立たない所にあるそうだ。これも、予備知識がない状態で発見するのは困難な代物で、たとえ発見できたとしても更なるギミックで閉じてあると言う。


 そんな説明を聞いているうちにシャーリーの霊廟前に到着する。

 みんなが馬車から降りた所で、俺は馬車をインベントリ・バッグに仕舞う。


 霊廟の正面は、大きな石造りの扉がある。さっきも言ったが、これはダミーだ。しかし、その芸術的な扉の意匠いしょうは、本当に見事なものだ。さすがはマストール一族か。これだけ見ると、いかにも開きそうだ。


「おい、こっちだ」


 俺はダミー扉の芸術性に感心していると、トリシアが裏に回るところで手招きをしている。

 俺たちはトリシアに付いて霊廟の裏手に回る。


 霊廟の裏手の方は、なんてことはない平らな壁が続いており、どこかに入り口があるとは到底思えない。石材と石材の合わせ目を見ても、カミソリの歯も通らないほどピッタリと合わさっていて、隠し扉があるようには全く思えない。


「どこにあるんだ?」

「えーと……ちょっと待て」


 トリシアに聞くと、トリシアも昔過ぎて判らなくなっている風だ。


「一二と……」


 裏手の木を起点に、トリシアが歩を進めて数を数えている。


「それから……八と……」


 今度は手尺を始めた。


 トリシア、大丈夫か?


「ここあたりだな……」


──コンコン


 トリシアが壁をアダマンチウムの義手で叩いている。


──コンコン。コンコン。


 幾度か、場所を変えながら壁を小突き回しているトリシアを見ていて少々不安になり出した時だった。


──ガコッ!


 突然、壁の一部が手前にせり出した。おお、手当たり次第に叩いてたわけじゃないようだ。


「よし」


 トリシアがそう言いながら、開いたはずの扉らしきもの押して再び閉めてしまう。


 え? 閉めちゃうの?


 すると、その場所から五メートルほど離れた場所の壁がゆっくりと自動的に開き始める。


 げ、そこじゃなくって、あっちかよ!


 心の中で俺はツッコミを入れまくってしまう。随分と面倒くさいギミックだな。


「最初にせり出した所を開けると、中は小さな部屋になっててな。そこに入った途端に、扉が閉じて出られなくなるんだ。中からは開けることができないから、まあミイラにでもなる」


 トリシアが黒くニヤリと笑う。陰険なトリック・トラップだが効果的だろうな。


 二つ目の開いた扉から中に入ると、通路になっていて奥の扉に入ると、シャーリーの石棺がある霊廟内部だった。


 シャーリーの石棺もダミー扉と同じように豪華な石のレリーフが刻まれていた。石棺の蓋にはシャーリーの自画像的なものが浮き彫りに掘られており、瞳にはあの空間で見たシャーリーと同じ色の宝石が嵌め込まれている。アクアマリンかな?


「叔母さまにそっくりだわ」

「そうだろう? マストールの一族のなんて言ったかな……ランドールって名前の彫刻家の手によるものだ」


 トリシアが言うと、エマじゃなくてハリスが驚いた声をあげる。


「ランドールだと……? ランドール・ファートリンってドワーフの事か……?」

「知ってるのかや?」

「ああ知っている……俺の地方では有名な彫刻家のドワーフの名前だ……」


 放浪のドワーフ彫刻家のランドールが、一時期ハリスの生まれ故郷に住んでいたことがあるらしい。偏屈爺へんくつじじいで有名だったが、近所の子供に色々とおもちゃを作ってくれる人気のドワーフだったらしい。


「俺も……おもちゃを作ってもらったことがある……まさか……マストール殿の身内だったとは……」


 ハリスが無限鞄ホールディング・バッグから小さな人形を取り出した。

 それは、小さい弓を持った女性エルフの人形だった。


「それは……私か?」


 トリシアがハリスの人形を見てそう言う。


「そうだ……トリ・エンティル人形をせがんで……作ってもらったんだ……」

「あの爺、私に許可もなく何てモノを作るんだ……」


 アダマンチウムの拳を左手にバシッと打ち付けて、トリシアが囁く。確かに肖像権の問題をクリアしてない所で、フィギュアなんか作られたらな……と俺は苦笑してしまう。


 その人形を貸してもらいよく見ると、本当に良くできている。首、足、腕などの関節が人間のように動作するように出来ている。


 すげえ! アクション・フィギュアかよ! ランドールという彫刻家の職人芸にびっくりだ。


「一度……商人に売ってくれとせがまれたことがあるが……売らなかった。金貨二枚には心が揺れたが……」


 それ、その商人は多分金貨五〇枚くらいの価値だと踏んだんだよ。なんか俺の目にはそのくらいの価値に見える。頭の中でカチリと何かが鳴る。


 顔の造形はトリシアと見比べても驚くほど似ていた。この人形を長年見てたのに、ハリスはトリシアと出会った時に気づかなかったのか? ハリスは結構朴念仁ぼくねんじんっぽいからなぁ……顔には興味なかったのかな?


「開けて見るのかや?」


 人形を見ているうちに、マリスは石棺の蓋を開けようとしていた。

 俺は慌ててマリスを後ろから抱き上げて止める。鎧で重いはずが、俺の腕力だと余裕だ。


「そういうオイタはダメだ。死者への冒涜ぼうとくだぞ」

「そうかや? 死んだらただの肉じゃろ?」


 ズレてるなー。子供特有の残虐さかもしれないが、あまり褒められる傾向じゃない。将来、殺人鬼になりそうな発言に聞こえる。


「ダメなものはダメだ。死者を冒涜ぼうとくするとたたられるぞ」

たたりとはなんじゃ!? どんな魔法じゃ!?」


 マリスは俺の顔を見上げながら手足をバタバタさせる。


 別の所に食いついてきた。うーむ。たたりってどう説明すれば……現実世界と違って、ティエルローゼには幽霊ゴースト死霊ファントム屍食鬼グールもいるからなぁ。あ、死霊ファントムはいるか判らんな。フィルが二つ名に使ってるからいるかもしれんと思っただけだし。


「まあ、魔法……ではないが、魔法のような……一番近い感じは……神罰かな?」


 俺はマリスを下ろして、考えながら答える。


「神罰かや……それは、それで恐ろしいのじゃ……そういえば、シャーリーは神の使いになったのじゃったな」

「あ、うん。そうだね。だから失礼なことをするとマズいだろ?」

「了解じゃ。ごめんなのじゃ。許してたも」


 マリスが石棺に向かってお祈りポーズで許しをうている。


 何にしてもマリスに情操教育というか、道徳というか、倫理を教え込んだ方がよさそうだ。そのあたりはトリシアに頼んでおくかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る