第9章 ── 第2話
寝室のベッドの下を
──カチリ……ガコッ!
突起を押すと軽い機械音がしてベッドの下の一部が落ち開いた。
日記っぽい本、羽ペン、イルシスのホーリー・シンボル、少々大きいメダリオンのようなモノ、宝石の嵌め込まれた指輪が三つ、そして遺書。
秘密の引き出しに入っていたもの全てだ。魔法道具製作者のシャーリーの事なので、これら物品を触る前に、魔法が掛かっている可能性も加味して、『
魔法のものは五点、羽ペンに、メダリオン、指輪三つだ。
羽ペンは「インク要らずの羽ペン」というもののようだ。それ以外の特徴はない。
指輪はそれぞれ「
メダリオンには触ると電撃が放たれる魔法が掛かっていた。
メダリオン以外の魔法の品は、かなり有用なものだしシャーリーが譲るといっていたので俺のモノにしてもいいよね。日記と遺書、羽ペンはエマに渡した方がいいか。
さて、問題はメダリオンだ。触ると電撃攻撃してくるようだし……他のアイテムに被害が及ばないとも限らないか。
俺はメダリオン以外をインベントリ・バッグに入れておく。
「ええい、ままよ!」
俺は
「あれ?」
電撃が襲ってこない。鑑定失敗したか?
もう一度『
「なるほど、そういうことか」
頭に流れ込んできた情報によれば、所有者と所有者に認められた者以外が触ると電撃による防衛反応を起こす魔法が掛けられているということらしい。これなら問題なさそうだ。
俺はメダリオンもインベントリ・バッグに入れる。
そう言えば、
試しにメダリオンのデータをショートカット機能に登録する手順で確認してみると……
『
所有者と所有者が認める者以外に致死性の電撃を放つ魔法工房の鍵。
製作者:シャーリー・エイジェルステット
所有者:ケント・クサナギ』
などと表示された。
丸わかりでした。アイテム名がまんまだし。これが工房の鍵で確定だね。
他のアイテムも一応確認しておく。
『魔法の羽ペン
インクを補充する必要なく書くことができる羽ペン。
製作者:シャーリー・エイジェルステット』
『
着用者の意思で最大一〇メートルの距離を一瞬で移動する指輪。
使用制限:一日に三回
製作者:シャーリー・エイジェルステット』
『
支配下にあるゴーレムに命令を与える指輪。
製作者:シャーリー・エイジェルステット』
『
着用者が飲食、睡眠などの生命維持行為を必要としなくなる指輪。
製作者:ソフィア・『魔の体現者』・バーネット』
最後の魔法の指輪のデータが映し出されている
ソフィア・バーネット。ドーンヴァースのサイド・シナリオ『魔法の塔』に出てくるラスボスの魔女の名前だったからだ。
え? ティエルローゼにもソフィア・バーネットいるの? いやいや、あれはNPC。いや、ラスボスモンスターだろ。
俺は頭が一瞬混乱した。しかし、よく考えてみれば、NPCがティエルローゼに転生することはあり得ないと気づく。魂ないもんな。
この指輪はドーンヴァース製のアイテムという確率の方が高い。なんせプレイヤーがドーンヴァースのキャラごと転生している世界だからね。俺の手持ちの魔法アイテムも全部ドーンヴァース製なのだ。
何にしても、ドーンヴァース製の魔法道具はティエルローゼに出回っちゃマズイ代物が多いし、これは俺のポッケにナイナイしておくことに決定。つーか、ソフィア・バーネットのドロップ・アイテムにこんなのあったかなぁ?
俺は攻略サイト情報を記憶の中で
スキル・ストーン<ランダム>
杖系武器
ポーション系五~八本
確かこんなもんだ。この中のどれかが一個ドロップされたはずだ。攻略サイトは全世界の有志たちが情報を登録、編集して作られるものだし、情報に欠如があったのは考えにくいんだが。
ちなみに俺がソフィア・バーネットを倒した時はスキル・ストーン『道具修理』がドロップした。
それと……ドーンヴァースにおいては料理や食事という概念は存在するが、生命維持のためのシステムではなく、戦闘におけるバフやデバフに関するものだった。
睡眠も取る必要はないシステムだった。プレイヤー自身が眠くなるまで何時間でもプレイできたし、睡眠不足によるゲームシステム上のデバフは存在しない(眠気による操作ミスというのをデバフと呼ぶなら、デバフは存在するかもしれないが)。
そのため、この生命維持行為を必要としなくなるというアイテムの存在意義がまるで無いのだ。
まあ、深く考えても仕方ないので、
ロビーには既にみんなが集まっていた。
「ケント、遅いー」
エマがご立腹だが、こっちにも色々と事情があるんだよ。
「ゴメン。少々準備に手間取った」
「何の準備だったかは聞くまい」
トリシアがニヤリと笑う。どんな想像をしてるんだ? やましいことは何もないぞ?
「早速向かうのじゃろ? 場所はどこじゃ?」
「ブリスター墓地だよ」
マリスの問いに俺が答える。
「墓地なのかや? そうか、ケントはオシメの準備だったんじゃな! 漏らすでない!」
「バカ、そこは黙っておいてやるもんだぞ」
マリスとトリシアが漫才を始めた。マリスがボケでトリシアがツッコミ担当か! トリシアよ……そんな想像してたのかよ。俺は頭が痛くなってきたよ。
「というか、君たち。随分と息があってきたな」
「チームの結束は固いほど良いからな」
トリシアがニヤリと笑う。トリシアは確信犯で決定。
さっきからエマが「え?」とか「そうなの?」とか戸惑ってるんだが。
「エマ、あれは漫才っていうお笑い芸人の技だ。冗談を本気にしては駄目だよ」
「失敬じゃな、ケント! 我はお笑い芸人なぞではないのじゃ!」
マリスがプリプリ怒り出すので、頭を撫でて
「そうだ、エマに渡しておくものがあるよ」
「なになに? お弁当?」
君も食いしん坊チームの関係者か、エマ。
「いや、これだよ」
俺はそう言って、シャーリーの日記と羽ペン、そして遺書をインベントリ・バッグから取り出して渡してやる。
「羽ペンは魔法道具だぞ。いくら書いてもインク要らずの便利アイテム。あとは日記と……遺書だな」
「日記と遺書って……?」
「シャーリーのだ」
シャーリーのと聞いてエマが手元に視線を落とした。
「後でゆっくり読むといいよ」
エマからは返事はなかった。シャーリーの日記と遺書を胸に抱いて目を閉じていた。
閉じていた目から大粒の涙がにじみ出て、頬を伝ってポロポロと落ちていく。
気丈にしているが、エマにとったら家族やシャーリーの死は、ここ最近の出来事だ。気持ちの整理もまだ付いていないのだろう。
俺たちとの出会いやトリエンの町といった目新しい事に目を奪われている時は忘れていられるが、こういった現実に引き戻すような事があると心に来るのだ。
俺は、エマを引き寄せて暫く抱いていてやった。
少女の涙で服を濡らす事くらいは何でもないことだしね。というか、男としてはむしろ名誉と言ってもいいかな?
ふと見ると、マリスが「いいなぁ……」といった感じで指を
君たちが泣いてたら同じことをしてやるから、今は我慢しておけ。
俺は、目線でそう二人に伝える。通じてくれていたらいいけど、あまり確証は持てないのが心配な所だが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます