第9章 ── 魔術工房のゴーレム

第9章 ── 第1話

──ドコン!


「ぐほっ!」


 突然、腹の上に何か重いものが落ちてきた衝撃で俺は目が覚めた。

 慌てて目を開けると、俺の腹の上にエマが馬乗りになっている。


「ケント! 起きるの遅い! 朝食つくるんじゃないの!?」


 どうやらエマが飛び乗ってきたようだ。ラノベとかにある幼馴染の朝の襲撃みたいだ。いくら二二歳と言えど、外見が一〇歳くらいの幼女じゃなぁ。


「エマちゃんよ。そういうのは恋人とかにやるべき所業しょぎょうです」

「え!? 一般庶民はこうやって起こすって……」

「は? 一体誰に聞いたんだ?」


 少々涙目になりつつあるエマに俺は聞いてみる。


「まだお父さんが健在だった頃だけど……フィルが古い本で読んだって……」


 フィル、君はエマに何を吹き込んだ?


「いや、それ……多分、間違い。幼馴染とかが優しく起こしてくれるって状況だね」


 なんか、現実世界のジュブナイル小説とかラノベっぽい展開だけど、プレイヤーが絡んでないだろうな? この世界だとあり得るから怖いんだが。


「それと、毎回俺が料理するわけじゃないんだよ。この館にも料理人たちがいるからね。気が向いた時に俺が作ってるんだ」

「えー……そうなんだ」


 エマが頗る残念そうに言う。まあ、料理は嫌いじゃないよ。この世界に来て、スキルが手に入ってからは特にね。だが、今日はそんな気分じゃない。


「そうそう。エマちゃんは魔術工房に興味あるかい?」


 どうやら、あの空間の記憶が消えずにいてくれたようだ。せっかくエマがいることだし、俺は魔術工房の事をエマに話す。


「魔術工房? この館にそんなものあるの?」

「いや、ここじゃないけど……シャーリーの秘密の魔術工房があるらしいんだ」

「ほんと!?」


 シャーリーのと聞いてエマは途端に目を輝かせる。


「朝ごはん食べたら、行ってみようと思ってるんだよ。一緒に行くかい?」

「行く! 絶対行くわ!」


 良い返事だ。よし、今日の予定は魔術工房見学で決定だ。



 着替えてからエマと一緒に食堂に降りていくと、トリシア、ハリス、マリスの三人、それとクリストファとアルフォートが既に席について待っていた。


「遅れてゴメン」

「話は聞いている。まさかエイジェルステット子爵の一族を連れて帰ったとは驚いたよ」


 クリストファが微笑みながら言う。


「私もエイジェルステットの名は知っている。帝国においても右に並ぶものはいない有名な魔法道具製作者だ」


 トリシアの元チームメンバーはみんな有名なんだなぁ。


「エマ、クリストファとアルフォートには挨拶は済んでるの?」

「もう済ませたわよ。貴方が遅いから私が起こしに行ったんじゃない」


 なるほど。マジでゴメン。


 俺が席につくと、メイドたちが朝食を運んできた。


 今日の朝食は軽く炙った白パンに、俺が昨日ヒューリーさんに渡しておいた特製バター。その横にはお好みでって事だろうか。赤いジャムのようなものが皿に盛ってある。匂いを嗅いでみるとベリー系のジャムのようだ。それと目玉焼き。野菜とベーコンのスープ。


 やっぱ朝食といえば焼き鮭とご飯と味噌汁が食べたいなぁ。実の所、俺は米派なんだよね。でも、無いものを言っても仕方ないので黙って食べるとしよう。


 朝食の最中にトリシアには確認しておかねばならないな。


「トリシア、少々聞いておきたい事があるんだ」

「なんだ?」

「シャーリーの工房について」


 俺がそう言うと、トリシアが目を見開く。


「どこで聞いた?」

「シャーリーが夢枕に立ったんだよ」

「シャーリーめ。私の所じゃなくケントの所に出やがったのか。友だち甲斐のない……」


 トリシアも会いたかったのかな? 親友って言ってたしな。


「それで、工房を俺に譲ってくれたんで見に行こうかと思ってるんだが」

「やめた方が良いな。あそこの入り口には強力なゴーレムがいる」


 ああ、それね。このあたりから、マリスやハリス、クリストファ、アルフォートも興味深けに耳を傾け始めていた。


「それも含めて譲られたんだよ」

「含めて?」


 アルフォートは信用できるとは思うが、さすがに他国の人間にまで聞かせるのは問題あるので細部はぼかして話すか。


「まあ、そこの問題は解決済みとだけ言っておくよ」


 俺が少々歯切れの悪い言い方をしたので、トリシアが察したようで深くは聞いてこなかった。


「あとで詳しく聞かせろ」

「了解」


 食事後、執務室に行こうとすると、クリストファとアルフォートを除く人間が俺に付いて来る。ハリスも興味あるのか。まあ、俺の行くところには大抵付いてくるけど……特に危険がありそうだとね。


 執務室の椅子に腰掛けると、他のメンバーはソファ・セットに座った。


「さて、詳しく聞こうか」


 トリシアが有無を言わせない口調で言う。まあ、秘密にすることでもないか……


「昨日、夢の中……だと俺は思うけど、そこにイルシス神とシャーリーが現れてね」

「は!? 神まで!?」

「うん……」


 俺はあの空間の出来事を手短に説明する。


「と、まあ、そんな感じで魔術工房は俺のものになったようだよ」

「シャーリーが神の使徒ねぇ。出世したな、あいつも」


 トリシアが遠い目をしている。


「じゃあ、叔母さまは神界に行ったのね。さすが叔母さまだわ。神に見込まれるなんて」


 エマが自慢の叔母の行く末を聞いて嬉しそうだ。


「他人事じゃないよ、エマちゃん」


 その言葉にエマがキョトンとした顔をする。


「最初にシャーリーが受けていた女神イルシスの加護は君に受け継がれたんだ。君もシャーリーと同じように魔術特性が跳ね上がっているんだよ」

「え!? じゃ、じゃあ私も魔法が使えるのかしら? 私、なんの教育も受けてないのよ?」

「そこは大丈夫だと思うよ。魔術の女神の加護受けてるんだし……そのうち調べてみようか」

「ええ、お願いね!」


 叔母と同じような魔法使いスペル・キャスターになれるかもしれないとエマは嬉しげだった。


「さて、トリシア。そこで魔術工房の入り口について聞いておきたい。シャーリーが言うには彼女の霊廟にその入口があると言っていたけど」

「その通りだ。マストールの一族の手を借りて作り上げた霊廟だ。工房への入り口は巧妙に隠してある」


 ほう、マストール一族には石工系の職人もいるのか。手広くやってるなぁ。


「そこへ案内してくれる?」

「いいだろう……だが、あまり乗り気はしないな……」


 トリシアは気が進まないようだ。


「何でまた?」

「実はな。私の古代魔法知識は、あの工房から失敬してきたんだ。それを敵対行為と思ったのかゴーレムに攻撃された。ほうほうの体で逃げ出したという訳だ」


 トリシアが逃げ出すほどのゴーレムなのか?


「ゴーレムの材質は?」

「オリハルコンだ……」


 なるほど。この世界に来てから、とんとお目にかからない材料だな。


「オリハルコンってそんなに珍しい材料なのか? 冒険者カードにも使われてるじゃん」

「は? 何バカなこと言っている。オリハルコンは神の金属だ。地上にあるはずのないものなんだ。冒険者カードはオリハルコンっぽく見えるように似せて作られているだけだ」


 マジか。それは初耳だぞ。それじゃオリハルコンは神界でしか手に入らないのかな? 上級の装備を揃えるのが難しくなるかもしれないな。


「神界の金属で作られたゴーレムかや? 見てみたいのじゃ!」

「マリス。普通じゃ傷一つ付かない代物だ。本当に危ないんだぞ」


 トリシアが興味津々のマリスをいさめる。


──ゴトリ


 俺は机の上にインベントリ・バッグから手持ちのオリハルコン・インゴットの一つを取り出して置く。


「これが、オリハルコンのインゴットだ」


 オリハルコン・インゴットは内部から七色に煌めくような不思議な光を放っている。


「おお!? 本物かや!?」


 マリスが立ち上がり、俺の机まで走ってくる。


「これは、俺の手持ちのオリハルコンの一部だが、これと同じ色のゴーレムで間違いない?」

「……そ、それが……オリ……ハル……コン……」


 ハリスが神界の金属を目の当たりにして、いつも以上に語尾がヤバイ。

 トリシアもガン見だ。


「……あれで一部だと……? プレイヤーってのはマジ凄いな……」


 トリシアが俺の秘密をしれっと囁くのが聞こえた。おいおい。それ秘密だろ。自重しろ。


「そうだ。その色だ。まがい物じゃなければ間違いなく、そのように内部から輝くような虹色だった」


 なるほど。さすがの俺でもオリハルコン・ゴーレムをどうこうできる武器は持ってない。戦う事になったら厄介どころの話じゃないな。まあ、継承の儀式は済ませてあるから危険はないだろうけどね。


「まあ、危険はないと思うけど、みんな、一緒に来る? もし継承が失敗してたりすると厄介なことになるから、少々覚悟してもらうけど」

「行くのじゃ!」

「無論……俺も行く……」


 マリスとハリスは即答だ。


「私も行くわ! 叔母さまの工房は見ておきたいもの」


 エマも行く気満々だな。


「仕方ないな……私も行かねばなるまい……」


 トリシアが他のメンバーの反応を見て渋々といった感じだが了承する。


「よし、それじゃ決定。みんな、準備を整えてロビーに集まってくれ」

『了解!』


 チームの全員がいつものように返答する。エマだけが、皆をキョロキョロ見ていた。

 まあ、こういうやり取りはエマちゃんには経験ないだろうからね。こういう掛け声や合図ってのは、覚悟を固めさせるキッカケにもなるものだし、冒険者チームには必要だと俺は思う。

 さて、工房では何が待っているやら……。

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