第8章 ── 第8話
寝室へ戻った俺はベッドに倒れ込むと直ぐに眠りに落ちた。ほぼ二日間寝てないから当然だ。
「……るの……」
ん? どこかで声が聞こえる。
「……る……よー」
何だろう?
「起きるのよー!」
「わっ! びっくりした!」
耳元で大声を出されて飛び起きると、例の真っ黒い空間だった。あれ? 起きてるときは、ここに来た事忘れてたな。前はマリオンがいたけど……
辺りを見回したら一五~一六歳の少女と、二〇歳台後半のエルフの女性が立っていたのが見えた。
「つーか、あんたら誰?」
「相変わらず、ケントは失礼なのよ」
その喋り方……
「ああ、イルシスか」
「そうなの。マリオンのマネして来てみたのよ」
相変わらずのマイペース女神か。
「そっちの人は?」
「初めましてですね。ケントさん。私は元ブリストル領主、シャーリー・エイジェルステットです」
「ああ、エマちゃんの叔母さんか」
死んだはずのエマの叔母シャーリーがいる事に俺は驚きもしなかった。イルシスが一緒にいるしなぁ。何が起きても不思議はない。
「ケント、今日はシャーリーがどうしても貴方に会いたいと言うから連れて来たのよ」
「俺に? 何でまた?」
「私の義姉の娘を助けて頂きお礼を申し上げたく参上しました」
んー? 何で俺なんだ?
「救出はトリシアに依頼したんだから、トリシアの所に行くべきなんじゃ?」
「いいえ、貴方はトリシアのリーダーです。貴方にお礼を言うべきかと」
「そりゃ、どうも……まあ、礼には及ばないよ。俺の好きでトリシアに協力しただけだ」
別にトリシアに頼まれた訳でもない。トリシアの救出任務に俺たちが勝手に付いていっただけだしな。
「それでも、消える前にお礼を申し上げたかったのです」
「消える?」
「そうなのよ。シャーリーはもう
イルシスが説明するには、シャーリーは未練があった為にずっと地上に
「本当は、もっと
シャーリーはどことなく
「……どこに行くの?」
「シャーリーは優秀だったから私の使徒になってもらうのよ。だから私が神界に連れていくのよ」
おー、そりゃ凄い。人間の身で神界か。
「それは、おめでとうというべきなのかな?」
「どうかしら?」
俺はちょっと興味をそそられて、イルシスに聞いてみる。
「ちょっと聞くけど、神界に行かない魂はどこにいくの?」
「さぁ? 私らにも判らないのよ。昇天した魂は虚空に飛んでいってしまうから」
「虚空?」
「そうよ。地上界も神界も飛び越えて、空の彼方の虚空に飛んでいくのよ」
うーん、天国とか地獄はないのか。神界があるんだから魔界とかもありそうだな。
「俺らプレイヤーはその虚空の向こうから来たのかもしれないね」
虚空を介して地球とティエルローゼが繋っている可能性を考える。
「それが判るのは創造神さまだけなのよ。私たち神々は、この世界の秩序のことだけが判るのよ」
「いつか、その創造神と会って聞いてみなきゃな」
このティエルローゼと俺がいた現実世界がどのような関係にあるのかは、永遠の謎かも知れないな。
「それで、ケントさん」
「ん? 何?」
俺が少し考え込んでいるとシャーリーが話しかけてくる。
「お礼と言ってはなんですが、私が使っていた魔術工房を貴方にお譲りしたいと思っています」
「魔術工房?」
「はい。私が魔法道具を作っていた工房です」
それは凄いな。是非見てみたい。
「魔術工房は私の身体が埋葬されている
シャーリーが埋葬されたというと、ブリスター墓地のことか。
「トリシアに頼んで工房の上に
「
「はい、そうです。詳しくはトリシアに聞いていただければ判ると思うのですが、問題が一つあります」
「問題?」
厄介な問題じゃないといいんだが。
「
「門番かな?」
「はい。多分、私と私が認めた者以外は攻撃されることになります」
ゴーレムか。素材とレベルによるけど、戦って勝てなくはないと思うが……
「破壊しても構わないかな?」
「いいえ、そのゴーレムを破壊すると工房が大爆発を起こして秘密を守ります」
そりゃ厄介だ。
「それじゃどうすれば?」
「少々時間がかかりますが、ここで継承の儀式を行ってもよろしいですか?」
「構わないけど、それをすると工房が俺のものになるってこと?」
「そうですが……通常の人間だと魔力が足りるかどうか判らないんです」
魔力? MPの事だよな。
「俺のMPは三七二〇あるけど足りないかな?」
『え!?』
シャーリーは勿論だが、イルシスまで驚きの声を上げた。
「ケント。貴方、人間じゃないんじゃないの? あ、プレイヤーだっけ?」
プレイヤーも一応人間だと思うぞ、イルシス。その言い方は俺に失礼だと思う。
「びっくりしました。イルシス様の加護を受けた私よりも多いとは思いませんでした」
「一応、レベルが七二あるからね。ドーンヴァースの
「神様もビックリなのよ」
イルシスが言うには、この世界の神と呼ばれる存在にもレベルがあるらしい。それでもドーンヴァースのプレイヤーと同じで、レベル上限は一〇〇だという。イルシスはまだ若い神で、ティエルローゼで信仰する人々も多いとは言えない。レベルは八〇程度なのだという。
「ケントは亜神レベルなのよ」
「でも、アースラはレベル一〇〇だったろ?」
アースラ・ベルセリオス。元ドーンヴァースのトップ・プレイヤーの一人だ。対人
「アースラを知っているのよ? そう、彼は凄いわよ。カリスを調伏した時の戦闘はシビれたのよー」
「だよな? 俺もアースラの戦闘を動画でみた時は感動したもんだよ。ドーンヴァースを俺が始めたキッカケだ」
うんうん。と俺とイルシスが頷きあう。
「あの……それで儀式なんですけど……」
俺とイルシスがアースラ談義で盛り上がっていて、一人会話に入れないシャーリーが遠慮がちに声をかけてくる。
「あ、ゴメンゴメン。それで、俺のMPで大丈夫?」
「大丈夫です。多分消費魔力は一〇〇〇点ほどですので」
「なら、早速始めてもらっても大丈夫だね」
儀式は地面に魔法陣を描き、俺とシャーリーが抱き合った状態で呪文を唱えるだけだったが、発動時間までが相当に長かった。というかエルフの美人と抱き合うというシチュエーションにはちょっと困った。
しかし、この儀式で得たものは大きい。魔法における
いつかトリシアに教えてもらおうと思っていたが、この異空間で手に入れようとは。
問題は目が覚めた時に覚えているかだが。マリオンと会ったときは目が覚めたら忘れてたよな。
呪文が完成して魔法の発動が成されると、俺とシャーリーの身体が淡く光り出す。
それと同時にシャーリーが崩れ落ちるように座り込んだ。
「だ、大丈夫!?」
俺は慌ててシャーリーを抱き起こす。
「だ、大丈夫です……これで継承の儀式は完了しました……工房の所有者は貴方になりました」
疲労困憊という感じのシャーリーが微笑む。
「顔色が悪いけど……」
「私はもう既に死んでいますから、これ以上死ぬことはありません」
「そうなのよ。普通なら下手すると存在が消えちゃうけど、シャーリーには姪御ちゃんに与えてるのと同じ私の加護を再び与えているから平気なのよ」
そうか。それなら安心だな。
「そうそう。目が覚めたら、この事忘れてたりしないか? マリオンの事はすっかり忘れてたんだけど」
さっき心配になったことをイルシスに聞いてみる。
「多分、大丈夫なのよ」
「多分かよ……」
この世界の神は結構アバウトだよな。
「それと……貴方が今寝ているベッドですが。そのベッドの下に秘密の小さな収納があります。そこに私が入れておいた道具がありますので、それもお譲りします」
疲れた顔でシャーリーが言う。
「そんな所に道具が?」
「はい。私の作った魔法道具です。工房の扉を開けるのに必要になります」
なるほど。扉の鍵か。
「了解した。ありがたく使わせてもらうよ」
「工房の使い方などは、工房内に召使いゴーレムが居ますので、その者に聞いてください」
「至れり尽くせりだな。助かるよ」
俺はシャーリーと固く握手をする。
「そろそろ、帰らなきゃなのよ」
「そうなの?」
イルシスが帰ると言い出す。多分、もう夜が明けるのだろう。この空間は微妙に時間の流れが遅い気がするしね。
「いつまでもいると、ケントの目が覚めなくなっちゃうのよ」
「げ。それは困る」
「それじゃ、ケント。またなのよー」
また来るつもりなのか。まあ、イルシスは悪い神じゃなさそうだし、別にいいか。
「ああ、気をつけて帰れよ」
俺はそう言って消えていく二人に手を振る。
二人が消えたので周りを見回す。
マリオンの時は、出口の方向が薄っすらと光っていたんだが……お! あっちだな。
淡い光が俺の後方に見えた。俺は前回と同じようにそちらへと移動して、この空間から現実世界へと戻っていく。
魔法工房か。エマを連れて行ったら喜びそうだな。なんせ叔母さんの残していったものだ。ちょっと楽しみだ。
フィル……は連れていくのは遠慮しとこう。嬉しがるだろうけど、工房の魔法道具を分解し始めかねない気がする。
まあ、何にせよまずは目覚めないとな。
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