第8章 ── 第7話

 館に着くとリヒャルトさんが玄関で出迎えてくれる。


「お帰りなさいませ、旦那様」

「ただいま、リヒャルトさん。今日から、女の子が増えるので頼みます」


 リヒャルトさんは、その言葉に俺の後ろにいたエマを見る。


かしこまりました。早速部屋を用意させます」

「頼むね。ところで何か変わったことは?」

「特にございませんが……料理長以下四名が旦那様に料理を教えて頂きたいとウズウズしておりましたか……」


 その言葉に俺は笑ってしまう。勉強熱心だな。


「料理? ケントは料理なんかするの? 領主様でしょ?」


 俺の隣まで来たエマが不思議そうな顔をする。


「知らないとは可哀想じゃのう……エマ、ケントの料理は凄いのじゃぞ? ほっぺが落ちるのじゃ!」

「そうだな。そろそろケントの手料理が食べたくなってくるな。ケント作ってくれ」


 食いしん坊二人組のマリスとトリシアが騒ぐ。その様子にエマも俺を見上げてくる。


「仕方ないな。まだ、朝だし朝食を何か作るか……」


 俺の言葉に歓声が上がる。


「あんまり凝ったものは勘弁してくれよ。俺らここ二日寝てないんだからな」

「そうじゃな。早くしないとまぶたがくっついてしまうのう」


 手軽に作れてお腹にたまるものがよさそうだな。よし、あれにしよう。


「それじゃ、食堂で待っててくれ。すぐに作ってくるから」


 俺はそう言って皆と別れて調理場へと向かった。



「旦那様、今日はどんな料理を?」


 料理長のヒューリーさんが興味津々で聞いてくる。


「今日はフレンチトーストを作ります」

「フレンチ……」


 副料理長他料理人三名がメモ帳を取り出した。


「材料は……」


 白パン、牛乳、卵、砂糖、俺特製バター。並べた材料を見た料理長が首をかしげる。これから何ができるのか想像がつかないらしい。


 陶器製のバットに卵を割り入れ、砂糖を入れてかき混ぜる。その後牛乳を投入。

 白パンを適度な薄さに切り分けて、さっきのバットの液体に浸す。

 少ししたらパンは裏返して両面に液体が浸かるようにする。


 フライパンを火にかけて熱が通ったら、俺特製のバターを入れる。

 途端にバターのいい匂いが周囲に漂う。副料理長ナルデルさんの喉がゴクリと鳴った。


「さて、ここに、さっきのパンを入れていくよ」


 パンをフライパンに並べていくと、甘い暴力的な香りが調理室を満たし始める。


「焼けてきたらひっくり返す」


 両面が焼けたところで皿に盛り付け……


「はい、できあがりー」


 出来上がったフレンチトーストをみんなが凝視している。


「ここに粉砂糖とか掛けるとより美味しくなると思うけど、この世界にあるのかなぁ……蜂蜜はちみつを少しかけてもいいかも」


 俺が囁く声を必死にメモに取るのが少し面白い。


「見て判るように、お菓子的な感じでしょ。オヤツとか朝食にいいかな?」

「後で我らでも作って試食してみたいのですが……」


 ナルデルさんが遠慮がちに言う。


「今焼けたのをどうぞ」


 俺の言葉に料理人たちが喉を鳴らす。

 匂いに釣られたメイドたちが何人か現れたので、彼女らの分も焼かなきゃならんかな?


「それじゃ、どんどん焼いていくから、焼き上がったのを食堂のみんなのところへ持っていってくれ」


 俺はフライパンを綺麗な布で拭い、焼く作業に戻る。後ろで女性料理人が甘味に嬉しげな声をあげるのが聞こえる。


 俺は焼きマシーンだ。どんどんフレンチトーストを焼いていく。次々皿に焼けた分を盛り付ける。盛り付けられるたびに、メイドが皿を運んでいった。


 気づいたら、一時間も焼き続けていた。途中原液を何度も作り直したから相当量焼いたな。

 後ろをみると、満足そうな使用人たちがいた。使用人たちも食べたようだね。


「ふー。満足したかな?」


 俺は、料理人とメイドたちに聞く。


「旦那様の料理は素晴らしいです。こんな簡単な材料で、これほどの料理を作るとは」


 フレンチトーストにそこまでの賛辞は要らないんじゃないか?

 調理場にリヒャルトさんが入ってくる。


「お前たち……旦那様を差し置いて食べてしまったのですか!」

『あっ!?』


 全員が何かに思い当たったようで、同時に声を上げた。


「申し訳ありません、旦那様。旦那様の分まで食べてしまったようで……」


 そういや、俺は何もたべてないね。焼きマシーンで終わっちゃった。

 みんながシュンとしている様がちょっと滑稽に見えた。


「ぷっ! あははは、構わないよ。気に入ってくれたようで何よりだ」


 俺は笑いがこらえられず、吹き出してしまった。料理人たちは顔を見合わせていたが、俺が笑い転げているので釣られて笑いだした。


 しばらく笑い転げて、やっと笑いが治まったので食堂に行ってみるとする。


「後片付けを頼むね」

「畏まりました。申し訳ありませんでした」


 料理長のヒューリーさんが頭を下げる。俺はヒラヒラと手を振って調理場から出た。



 食堂に行くと、食いすぎて上を見上げて『あ゛ー』と変な声を出している女子が三人いた。ハリスも結構食べたようだが、そこまでにはいたっていないようで安心する。

 しかし、甘味ってのは女の子には地雷かもしれない。


「お、みんな食事は楽しめたようだね」


 俺が声を掛けると、みんながこちらを見る。


「凄いのじゃ。我のお腹はこんなになってしまったのじゃ」

「ケント、これは反則だよ。甘くてとろけるなんて」


 食いしん坊二人組の感想はいつも通りだな。さて、エマはどうかな?


「ケントはトリ・エンティルが認める凄腕の冒険者で、神の神託をも受けられる選ばれし者で……おまけに伝説の料理人なの?」


 若い女の子にはあるまじき体勢のエマから、そんな質問が飛んでくる。


「いや、普通の人間なんだけどね」


 とても信じられませんといった表情をエマは作る。


「言ったろう……ケントはビックリ箱だと……」

「そうね。こんな料理は食べたこと無いもの」


 ハリスの言葉にエマが妙な納得をしている。やはりこの世界は料理があまり発達していないんだなぁ。

 日本という国は、和食、洋食、中華、その他たくさんの国の料理が流れ込んできて、それを更に改良して地域に溶け込ませる文化圏だし、料理の発達は世界一だったと思うよ。美食ガイドの星のついたお店は確か世界一多かったしな。


「気に入ってもらえたようで何よりだ。さて、俺はそろそろ寝ておこうかな」

「我も! ケントー。連れてってたもー」


 マリスが手を上げてフラフラと振っている。


「横着しちゃ駄目! ちゃんと自分で行きなさい!」


 俺がしかるとマリスが渋々といった感じで、椅子から降りる。


「ケントって……お母さんみたいね……」


 エマが小さく囁いたが、俺の耳がすかさず拾ってくる。カチリと言う音が頭で鳴った気がする。

 ジロリと俺がエマを見ると、目が合う寸前にエマが目線をそらした。


「さてと、ケントの料理も堪能したし、私も寝るとしよう」


 トリシアも椅子から立ち上がった。


「エマは自分の部屋は決まった?」

「ええ。執事のリヒャルトが案内してくれたわ」

「そうか。一人で行けるかな?」

「失礼ね。こう見えても二二歳なのよ。子供扱いしないで」


 そうだった。ハーフ・エルフだから子供みたいに見えるけど、実年齢は二二歳ですか。ファルエンケールでもブラウニーとかレプラコーンは幼女にしか見えなかったもんなぁ……


「それは失礼しました」


 俺は仰々しく貴族っぽい仕草で謝罪をする。


「許すわ。お詫びは……また美味しい食事を作ってくれれば……」

「イエス、レディ」

「え? 魔法?」


 エマがいぶかしげな顔をする。


「あれはケントの生まれた所の言葉なのじゃ。我にも意味はよく判らんけどの」


 納得顔のマリス。まあ、英語は通じないから仕方ない。


「それじゃ、寝るね。おやすみ」


 俺はそう言って食堂を出て、寝室に向かった。

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