第9章 ── 第5話

 扉が開くと、中は居心地の良さそうな待合室みたいな感じの部屋だった。

 その部屋には、メイド服と作業着が融合したようなヘンテコな格好をした女の子らしい人物が待っていた。

 その女の子は頭を下げている。


「いらっしゃいませ、ご主人さま」


 え? ご主人さま?

 少女はそう言うと頭を上げた。うん、かわいい女の子型のロボット……いやゴーレムかな?


「お待ちしておりました。どうぞ中へ」


 さっきのレイと違って、流暢りゅうちょうに話ができるようだ。

 女の子ゴーレムに促されるまま、俺たちは待合室のような部屋にはいる。


「お飲み物はいかがなさいますか?」

「え? 飲み物?」

「オレンジ・ジュース」


 俺が聞き返すも、エマがすかさず注文している。緊張がほぐれたせいで喉が乾いているのかもしれないが。


「畏まりました。シャーリーさま……のお子さんにはオレンジ・ジュースで」

「え? 私、シャーリー叔母さまの子供じゃないわよ?」

「失礼しました。大変似ておいでであらせられましたので」

「に、似てる? えへへ」


 似てると言われてエマは嬉しげだ。


「ご主人さま、それとトリシアさま、他のお二人はどうなされますか?」

「あー、水でいいよ、フロル」


 トリシアは自分の名前が呼ばれたのに驚きもせずに返答している。


「俺も……水で……」

「我はエマと同じものじゃ!」


 ハリスは遠慮がちに水を、マリスはエマと同じオレンジ・ジュースを注文した。


「畏まりました。それでご主人さまは?」


 少女型ゴーレムが俺の方を向いて聞いてくる。ふむ。俺を主人だとちゃんと認識しているようだな。さっきのレイのレーザー・スキャンのデータが共有されているのかもしれないな。どのようなネットワークを組んでいるのか気になるが、今は飲み物か。


「じゃあ、俺も水で」

「承知致しました。それでは少々お待ちください」


 こんな地下にオレンジ・ジュースの材料があるのか気になる。後で聞いてみるか。それよりも……


「トリシア、あの女の子ゴーレムの事なんだが……」

「ああ、あれがさっき言った奇妙なゴーレムだ。変なヤツだろ?」


 確かに、ゴーレムにしては華奢きゃしゃに作られているようだし、何より女の子型だ。戦闘の役にも立ちそうにない。ゴーレムって普通、戦闘用だよな? それに話す言葉が流暢りゅうちょうで、ほぼ人間と変わらない。一体どんな制御をするとあそこまで精巧にできるのだろう? 


 俺は興味を持ったので、大マップの検索でトリシアがフロルと呼んだゴーレムを調べてみることにした。


『ナビゲート・ゴーレム

 レベル:三〇

 危険度:小

 シャーリー・エイジェルステットの魔術工房で使役される不死性生体ゴーレム。

 製作者:シャーリー・エイジェルステット』


 ナビゲート? 案内人ってことか? シャーリーは召使いって言ってたけどなぁ。

 何にしても、解らなければ本人に聞いてみればいいか。シャーリーも召使いゴーレムに聞けって言ってたしな。不死性生体ってのも良くわからない。

 何はともあれ、少々不思議なゴーレムだが、口調は丁寧だし敵意は感じられない。俺を主人だと認識しているようなので、何も問題ないと思う。

 それにしても、あれほどのゴーレムをシャーリーが作ったとすると、話以上に天才だったんだな。もっと色々聞いておけば良かったかなぁ。念話で連絡とれないかな。解らないことがあったらそうしてみようか。


 少し待っていると、少女ゴーレムのフロルがお盆に飲み物を持って戻ってきた。


「お待たせ致しました。お飲み物をお持ち致しました」


 フロルはそう言うと、テーブルに飲み物を置いた。

 注文した水を手に取り飲んでみる。


 ほう……冷たいぞ。この世界に来て、こんなに冷たい水を飲むのは初めてかも知れない。冷蔵庫でもあるのか? 氷の魔法もあるし、冷蔵庫を作ることもできなくなさそうだけど。


「んまーい」

「ほんと、美味しいわ」


 エマとマリスもご満悦だ。


「ご主人さま、不躾な質問をご容赦ください。本日はどのような案件でございましょうか?」


 水を飲んでいた俺に、フロルが唐突に聞いてきた。


「えーと……シャーリーに工房を譲ってもらったんでね。みんなで見学に来たんだ」

「そうでございましたか。ご主人さまがお変わりになられた旨はレイから伺いましたので、そうでいらっしゃるのかと予測しておりました」


 予測プログラムまでされているのか。凄いな。どんなアルゴリズムなんだろ?


「少々、お休みになられましたら、ご案内差し上げます」

「ああ、よろしく頼む。俺はケントだ。君はフロルだね?」

「はい。ナビゲート・ゴーレム、フロルと申します」


 能力石ステータス・ストーンの情報通りだ。


「シャーリーからは召使いゴーレムと聞いていたけど」

「はい。シャーリー様はそうお呼びでした。私はこの工房のナビゲート、メンテナンス、リペアを主な仕事としておりますが、ご主人さまやそのお客さまが快適に過ごせるようにと、ハウスキープ能力も与えられています」


 なるほど、召使いでもあるわけだな。


「取り敢えず、今日は一通り工房の内部と何ができるかなんかを見せてもらおうかな」

「畏まりました。そのように致します」


 ペコリとフロルがお辞儀をする。普通の女の子にしか見えない。良く出来てるなぁ。


 少々休んでから、フロルの案内で工房を見て回った。


「こちらが研究室となっています。ここでは新たな魔法道具や錬金道具を開発するための資料や資材、専用工具などがございます」


 研究室には魔法書や魔法の解説書、錬金術のレピシ本などがギッシリと本棚に収まっており、工具置き場には整然と工作用の魔法道具が並んでいる。錬金術関連の器具などもあるようだ。なかなか興味深い部屋だな。入り浸っちゃいそうで怖い。


 次の部屋はベルトコンベアや工作アームなどが並んだ巨大な部屋だ。ベルトコンベアって……現実世界の工具じゃないのか? あれも魔法なのか?


「ここは設計された道具の設計図通りに資材などから作り出す生産ラインとなっています。簡単な魔法ならば、ここの装置によって魔力付与も行います」


 機械で魔法付与ができるのか! オートメーションもここに極まれりだぞ!


「大掛かりな魔力の付与はどうするんだ?」

「ゴーレムや魔法の武具など、魔力の付与が複雑なものは以前であればシャーリーさま自らが最終工程にて行っておりました」


 ふむ、そこはやはり人力に頼らざるを得ないか。


 次の部屋に移動する。

 そこには幾つかのゴーレムが整備台に並んでいた。壊れているのか動かないようだ。整備に使用されるのだろう、天井からは滑車が下がっていたり、棚には整備用の工具が並んでいた。


「ここはゴーレムの整備区画です。動かなくなったり、異常動作をするゴーレムの修理や再調整はここで行います」

「なんか、すごいのね。ゴーレムなんて作ったり、直したりできると思わなかったわ。だって失われた魔法でしょ?」

「そうだ。この工房にあるものは、ほとんどが遺失技術だ。シャーリーは私と世界を旅しながら色々な遺失魔法を集めていたんだ」


 トリシアが昔を懐かしそうにしながらエマに答える。


「次の部屋にご案内します」


 フロルが部屋を出たのでみんなで付いていく。


 次の部屋は巨大な部屋で、棚がいくつもならんでいた。棚には木箱などが並べられていて、壁側の一画に小さな銀色のゴーレムがズラリと並んでいた。


「ここは倉庫区画です。道具を作るための資材や、作られた魔法道具の保管、管理を行うところです」

「あの小さいゴーレムは?」

「あれは作業用ゴーレムです。荷物の運搬や倉庫内在庫の搬出搬入を行います」


 あれも全部動くのか。単純作業を行う労働ゴーレムといった感じか。


 次の区画は二つに分かれていた。一つは倉庫なのだが、人間サイズの銀色のゴーレムが二〇体ほど並んでいた。もう一つは、それらのゴーレムを管理する区画のようだ。


「ここは警備区画です。万が一工房内に賊が侵入した際に兵士ゴーレムが起動し、賊を撃退します」


 ゴーレムの兵士! これは盲点だった。なるほど、人間でなくゴーレムならば疲れもしないし食べ物も睡眠もいらない。死を恐れもしないし、命令には絶対服従だ。これはトリエンの防衛に使えるかも知れないな。俺は頭を悩ませていたトリエン地方の防衛問題を解決する糸口を掴んだような気がした。


「以上が、この工房の全容となります。この他にいくつか区画はございますが、移動や人間種の方たちの宿営区画やそれに付随するものです」


 フロルに連れられて俺たちは待機室に戻ってきた。色々と質問をしたいところだが、今日はこれくらいにしておこう。工房は逃げないし、いくつかクリストファと相談しておきたいこともある。


「フロル。案内ありがとう。今日はこのくらいで帰るとするよ。次に来たら色々作ってみようと思う。その時は色々手伝ってくれ」

「畏まりました。お手伝いさせて頂きます」


 フロルが丁寧口調で頭を下げる。


「お帰りは転送に致しますか? 徒歩で帰られますか?」

「は?」


 フロルがビックリすることを言う。


「転送だって?」

「はい。こことお屋敷は魔法転送で繋っております。現在省魔力モードになっておりますので、魔力の充填をしていただければ、いつでもご使用可能です」


 転送装置! それはSFの技術じゃないのか!? いや、待て待て。ここは魔法がある世界だ。テレポート系の魔法を使った魔法道具と考えた方がいいか。


「転送で帰ってみようかな。魔力の充填はどうすればいい?」

「こちらへ」


 フロルに案内された部屋には何やら大きなコンデンサのようなものが並んでいた。そこの片隅に制御装置のようなものがあり、その装置に二つの水晶球がはめこまれている。


「この水晶球に手を置いて頂き、魔力を注ぎ込んでいただければ魔力の充填ができます」


 俺は言われた通りに水晶球に手を置いて、手のひらから水晶球へ魔力を注ぎ込むようなイメージをする。


 すると、ズン! という感じで急激に水晶球に魔力が吸収されていく。MPバーを見ていると、ぐんぐんとメーターが減っていく。


 何という魔力伝導率だろう。あと一〇秒もしたら俺の魔力が枯渇する……


 俺は慌てて水晶球から手を離した。


あぶなっ! すごい勢いで魔力が減ってくよ。もうちょいで気絶するところだった……」

「ご主人さまは、イルシス神さまの加護を受けてらっしゃらないのですか?」


 フロルが心配そうに言う。


「残念ながら、俺にはイルシスの加護はないよ。マリオンには加護を貰ったみたいだけど」

「さようでございますか……イルシス様の加護を受けられていますと、不思議なスキルが宿るようで、魔力がほとんど無尽蔵に使えるようになるとシャーリーさまからお伺いしていますが……」


 イルシスの加護すげえな。俺も欲しいぞ、それ。でも、イルシスの加護ならエマが受けているじゃないか。


「ちょっとエマを連れてきてくれないか?」

「承知いたしました。少々お待ちください」


 エマを待っている間に、制御装置の表示を確認する。二〇〇〇ポイントほどMPを充填したが、充填量は一〇%程度だ。最低でも二〇〇〇〇ポイントの充填ができる訳か。この装置も凄いな。


「お連れいたしました」

「ケント、なんか用?」

「ああ、エマ、今魔力の充填をしていたんだが、俺ではちょっと無理みたいなんだ。エマにやってもらおうかと思ってね」


 エマが狼狽うろたえた表情になる。


「何言ってるの? 無理に決まっているじゃない。私、冒険者でもないし、魔法使いスペル・キャスターでもないのよ?」

「いや、それがそうでもないんだよ」


 俺はイルシスの加護について説明する。エマの怪訝な表情が、段々と明るくなってくる。


「それじゃ私なら魔力をいくらでも使えるの?」

「そうみたいだよ」

「ちょっとやってみようかしら……」


 そう言うと、エマは装置の水晶球に両手を当てて目をつむった。

 装置がヴンと音を立ててエマから魔力を吸い上げていく。俺は充填量の表示から目を離さないように注意しておく。


 ずんずんと充填量が増えていき、あっという間に一〇〇%に充填されてしまった。

 装置が静かになるとエマが目を開けてキョトンとした顔になる。


「もう終わり? 変な感じしなくなったけど」

「すごいな! もう充填量はいっぱいだよ」


 エマは信じられないといった感じだ。疲れも見えないし精神薄弱状態にもなっていない。充填前のエマと一緒だ。


「エマ、就職するつもりないか?」

「え? 何の職業?」

「トリエン領専属の魔術工房担当官だ」


 俺は、エマを自分の部下にしようと思う。彼女がいれば、魔法道具を作り放題作れる。ゴーレム兵も大量に作れるだろう。そうすれば……


「いいわよ? 働かないで生活を保証してもらってるなんて、貴族の風上にも置けないわ。でも、お給金ははずんでくれるんでしょうね?」


 ちゃっかりしてるな。それでも欲しい人材だ。トリシアたちと同等の給料で雇うことにしよう。だが、これで計画は一歩先に進められる。

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