第8章 ── 第2話

 東の空が白み出した頃、前方に黒々とした廃墟群が見えてきた。あれが廃砦跡だろう。


「あれだ。あの砦はドラゴンに襲撃されて廃墟になったんだ」


 トリシアが解説してくれる。

 あの砦、元は「ホイスター砦」というらしいが、まだ西方の小王国と同盟が結ばれる前に、王国が西の睨みとして作ったものらしい。そしてブリストル領主暗殺事件の数日後にドラゴンに急襲されて砦は破壊された。

 砦を破壊したドラゴンを討伐するために、トリシアのチームを要としたドラゴン討伐隊が組織され、ドラケン南西の巨大な山「アルシュア山」へと派遣された。

 討伐には至らなかったものの、それ相応の深手を負わせることに成功した討伐隊は半数以上が死亡したが、アルシュア山を下山した。

 トリシアが片腕になったのはこの時だそうだ。彼女には苦い思い出だろうし深く聞くことはやめておく。


 廃墟を見上げた俺は、ついピュウと口笛を吹いてしまう。

 廃砦の上部は巨大な何かに吹き飛ばされ、周囲の石材は焼け焦げている。凄まじい破壊痕だ。何十年も前に行われたドラゴンの襲撃が、どのような惨状であったのかを今現在においてもうかがい知ることができる。


「こりゃ、凄いな。結構でかいドラゴンだったんだな」

「ああ、かなりの大きさだった。人にどうこうできる存在じゃなかったな」


 この破壊をもたらしたドラゴンと直接戦ったことのあるトリシアが感想を漏らす。


「ふむ、あの山のドラゴンかや?」


 マリスが抜き放った剣の先で遠くに見えるアルシュア山を指し示す。


「そうだ」


 トリシアが短く返答する。


「……アルシュアのグランドーラじゃな……成竜というにはまだ幼い気がするがのう……」


 ささやくようなマリスの声を俺の耳が拾う。


「グランドーラ?」

「何でもないのじゃ! ここの何処どこに姪とやらはおるのじゃろうな?」


 マリスが慌てたように話の方向を変えた。気にはなるが今は救出任務が先なので詮索せんさくはしない事にする。


「取り敢えず散開して、崩れていない部分を色々調べてみるか」


 俺たちは別れて廃墟となった砦内を探索する。

 外周は焼け焦げているが、崩れきっていない建物の中は比較的しっかりしている。砦なんだから頑丈なのも当たり前かな。もっとも、長い年月がっているのでこけとか土埃、蜘蛛の巣などは酷いが。


 休憩を挟みつつも半日も探索した頃、ハリスが崩れた木製家具の下に跳ね上げ扉が隠れていたのを偶然ながらも見つけ出した。でかしたハリス。

 崩れた家具の上に積み重なる石材や瓦礫をどかし、家具も取り払い終わった頃には夕暮れが近づいてきていた。


 アンデッドが蔓延はびこるような場所で野宿とか勘弁して欲しいなぁ。今までは昼間だったからゾンビとかスケルトンとか出てこなかったけど、夜はわんさか出てくるかもしれないよね。敵じゃないけど、俺、ゾンビは苦手だ。気持ち悪いもん。


「野外で大量のアンデッドに襲われるより、地下に降りた方が安全かもしれないね」

「確かに地下の一室に籠もった方が戦闘は有利に進められるだろうな」


 トリシアが暮れ始めた空を見上げながら同意する。


「よし、地下に降りるか。状況からすると、救出対象は地下にいる可能性が高いよね」

「そうじゃな! ダンジョン探索なのじゃ!」


 マリスがワクワクした感じで言う。遊びじゃないんだが、その気持は俺もわかるから何も言うまい。冒険者の救われざる一面といえるね。


「隊列は、前衛にマリス、俺。後衛にハリス、トリシアの順で行こう」


 ダンジョン探索におけるマーチング・オーダーは重要だ。

 守護騎士ガーディアン・ナイト戦士ファイター拳闘士フィスト・ストライカーが前衛なのは狭い通路で壁役として敵の進攻を阻止するためだ。もちろんヘイトを稼ぐ意味もある。

 中衛には防御力が低いものが付くべきだ。魔法使いスペル・キャスター神官プリースト盗賊シーフなどがそうだ。彼ら支援職は戦闘以外の役割も担うことが多くなるため、一番安全な場所で守る必要がある。

 後衛は後ろからの攻撃にも耐えられる防御力を持ち、かつ遠距離、近距離と攻撃がスイッチできるものが相応しい。ハリスやトリシアのような野伏レンジャーは最適とも言える。神官戦士プリースト・ウォリアーなども後衛に向いているかもしれないが、俺のチームにはいないので考慮する必要はない。


 俺のチームは、中衛に位置する職業はいないので、当然ながら前衛と後衛に分かれることになる。


──ガッ! ギギギギ!


「さすがに何十年も使ってないと蝶番ちょうつがいが錆びまくりだね」


 跳ね上げ扉を開けると、下へと続く階段が現れる。ランタンに火をけて照らしてみると、階段あたりには白骨がゴロゴロと転がっている。朽ち果てた鎧を着ているところを見ると、砦を守っていた兵士たちの亡骸なきがらだろう。


「南無……」


 念仏を唱えながら一歩踏み出すと……


──カタカタカタ


 そこら中の白骨が音を立て始めた。


 ああ、やっぱスケさんになってるかー。ゾンビよりはマシですがね。


「スケルトンじゃな。我の盾で十分じゃ」


 マリスは立ち上がりかけたスケルトンに近づくと、シールドの一撃をもって粉砕する。スケルトンは斬撃にある程度の耐性を持っているので、殴打による攻撃が効率的だ。俺も峰打ちで攻撃を開始しよう。


「……魔刃剣・旋風波……」


 剣撃を飛ばすイメージで考えた技名を他のメンバーに聞こえない程度の声で言いながら目の前で立ち上がったスケルトンに攻撃する。カチリと音がした。新スキル・ゲットー。


「魔刃剣・旋風波!」


 二度目の「魔刃剣・旋風波」を使うと、刀身から「つむじ風の一撃ワールウィンド・ブロウ」の魔法に似た小さな竜巻が発生し、離れた場所にいるスケルトンに襲いかかる。直線上にいたスケルトン数匹がまとめて砕け散っていく。


「おお? 新技なのじゃ!」

「見たぞ! 魔刃剣・旋風波! スケルトンのようなアンデッドには有効だな! 弓でもできないものかな?」


 マリスが歓声を上げる。トリシアに至っては弓で再現できないか考察しはじめる始末だ。


 そんなことより、スケルトンを何とかしなさいよ……


「矢に螺旋状の回転なんか掛けられたら貫通力とか上がりそうだよね」

「ほう……回転か」


 いつまでも考察が終わらないといけないので、ちょっとしたアドバイスをしてみる。銃のライフリングなんかも銃弾の安定性や直進性を増すための技術だし。


「して、その技ができたら名前はどうする?」

「螺旋弾とか?」


 戦いながらも答えちゃう俺も厨二病すぎるか。


「いいな。頂こう」


 頂いちゃうのかよ! トリシアもトリシアで大概だよね。


 次から次へスケルトンが襲ってきたが、全部で数十体程度のスケルトンを潰したところで、やっと動くスケルトンはいなくなった。階段はバラバラになった白骨の山だ。歩きづらい。


 慎重に一番下まで降りると、ランタンの光が届く範囲には独房らしきものが並んでいる。


「地下牢か……」


 何十年も使われていない地下牢は薄気味悪い。瓦礫で出口が塞がって閉じ込められた兵士たちがスケルトンになってしまったのか、それとも囚人たちの成れの果てなのか判らないが、アンデッドがこれだけって事はないだろう。


 こんな所に要救助者がいるのかといぶかしく思うが、ゆっくりと慎重に歩を進める。砦の地下牢が他の区画に繋っている事を祈るばかりだ。


 何にしても今は進むしか無い。地下牢を支配する暗闇の中でユラユラと揺れるランタンの明かりが、より不気味な味付けをしているような気がするね。こういったお化け屋敷的な雰囲気は好きになれない。いくらレベルが高くても、暗闇とか幽霊とか怨霊とかは怖いんだよ。本能的なものかもしれないが。


 独房が途切れると直ぐに扉になっていた。鍵穴はないので鍵は掛かっていないだろう。一応、扉に耳を当てて向こう側の音を聞いておく。何も聞こえない。


「よし。開けるよ」


 俺の言葉に、全員が警戒する。

 俺は扉の取っ手をつかんで、力いっぱい引いた。

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