第8章 ── エイジェルステットの遺産
第8章 ── 第1話
ブリスター大祭が成功裏に終わり、大貴族たちも帰路についた夜、俺は居間で疲れを癒やしながらも今後の事を考えていた。
警護部隊の手配、トリエン軍の創設、帝国への遠征、ゴブリンとの同盟、ファルエンケールへの協力要請……それと暗殺未遂首謀者の探索。問題は山積だ。
もう
そろそろ冬が近づいてきたため、館の居間の暖炉には薪が少々
ハリスが武具を磨きながら、俺の顔を見ている。
「……どうした?」
「いや……これからどうしたものかとね。早いところ色々と片付けていきたいんだけどさ」
「ふむ……」
絨毯の上に寝転がり書庫から持ってきたのだろう本を広げて読んでいたマリスも顔を上げた。
「なんじゃ、ケント。煮え切らんのう。そこはバシーッと解決するのがケントなのじゃぞ?」
なんですか、その『解決! バシット』的な過度な期待は?
俺が生まれる前の日本で昔放映されてた特撮ヒーローを思い出してしまい苦笑が漏れる。
──ガチャ
そんな時、トリシアが居間に入ってくる。
「ケント、少し相談があるのだが……」
いつものトリシアらしからぬ歯切れの悪さだ。
「ん? どうしたの?」
トリシアは腕を組んだまま話を始めない。
「黙ってたって解らないよ?」
「そうなのじゃ。バシーッとビシーッと言ってしまうのじゃぞ?」
だから、その擬音は何だマリス。
「実はな、私の幼馴染……親友が助けを求めてきた。私は彼女を助けてやりたい。だから何日か休みをもらいたい」
トリシアの親友と聞いて、ハリスも磨いていた武具から目を上げて師を見上げる。
「何かあったの?」
「私の親友の血筋のものが、ある廃墟の地下で死にかけているらしい……」
むむ。それは一大事だな。
「よし、俺も行こう」
俺は内容も聞かずにソファから立ち上がる。
「そう言うと思った。しかし、ケント。お前は既にトリエン領主だ。軽率な行動……」
「水臭い事を言うなよ。俺が領主やら貴族様やらと担ぎ上げられて、冒険者の本分を
心外だといった顔で言う。
「救出任務かや? ケントが行くなら我もいくのじゃ!」
マリスは本を閉じて立ち上がると、ピョコピョコと俺の横まで歩いてくる。
ハリスはすでに手入れしていた武具を装備し始めている。行動が早い。
「すまないな……場所はトリエンの町の西の方に位置する砦の廃墟のどこかだ。アンデッドが
「アンデッドか。ウチには神官系の職業いないなぁ。まあ、真祖なんかの上級アンデッドが出なければ何とかなるかな」
真祖と聞いてトリシアが身震いする。
「そ、そんな亜神クラスのアンデッドは、大陸西方の伝説にしか出てこないと思うぞ」
ふむ、この世界には真祖の話があるようだ。『真祖』とは世界で最初の
HPドレイン、SPドレイン、経験値ドレインなどの特殊能力を持つ嫌味なモンスターだが、レベル五〇ほどなので強力と言えるほどではなかった。ドレイン能力も少々削られる程度だったしね。
ドーンヴァースのボス・イベントで出てきたモンスターなのだが、真祖なのに何体も出てきて
「で、その親友の人は今どこにいるの? 直接、色々と聞いておこうよ」
「それなんだが……もう、この世にはいない」
「え?」
死ぬ間際にトリシアに手紙でも出したのかな?
「私の親友の名前はシャーリー・エイジェルステット・デ・ブリストル。元ブリストルの領主だ」
ん? ブリストルの領主? 何十年も前に暗殺された?
俺の頭の上に大きな「?」マークが出ているのを感じたのか、トリシアが補足説明をする。
「シャーリーはエルフでな。元々私のチームにいた天才
エルフなのに王国の貴族になったのか。珍しい人物だったんだな。
トリシアによれば、シャーリーはある時、両親を魔獣の襲撃で失ったという。家族を無くした幼いシャーリーを遠い親戚が引き取ってくれ、自分の娘と一緒に惜しみない愛で育ててくれた。
親戚の娘さんは大人になって人間の貧乏貴族に嫁ぎ、シャーリーは冒険者になった。
その嫁ぎ先の貧乏貴族は政変に巻き込まれ、いつお取り潰しになるか判らないような状態に陥った。そんな頃にトリシアのチームに爵位をという話が舞い込んできたのだ。
シャーリーは自分が貴族になって姉妹同然に育った義理の姉を救いたかったのだろうとトリシアは言う。
「そのシャーリーさんは、何十年も前に暗殺されたんじゃなかったっけ?」
ブリストル時代の領主は、他の貴族によって暗殺されたとリヒャルトさんの講義でも言っていた。有能な
「そうだ。シャーリーは
幽霊かよ。それもアンデッドの一つじゃないのか?
「そのシャーリーの
何十年も経っているのに成仏できてないのか。というか、姪がいたとすると今でも貴族だよな。なんで
「姪御さんが攫われたのなら、また貴族のいざこざなのかな?」
「シャーリー暗殺に関わった貴族どもは私のチームで残らず捕らえて王国に引き渡したし、一味はもう残っていないはずなんだがな。それに嫁ぎ先の貴族は皆殺しにされたはずだし、私が事件に関わった時には生き残りはいなかった。全ての遺体を調べたわけではないがな。嫁ぎ先の貴族に子供がいたのかは判らない」
姪ということは、ハーフ・エルフだよな。普通の人間よりも長寿なのかもしれない。子供の時に事件に巻き込まれたけど、逃げ出して生きていたのかな。しかし、なんで今頃攫われてんだろうね。
「その姪御さんが、何でその廃砦に?」
「当然の疑問だな。私もシャーリーの
加護か。そういえば、イルシス神殿で自称女神が加護うんぬん言ってたなぁ。この世界には神が存在するようだし、神のご加護ってやつかもな。
「よし、ここで考えていても仕方がない。早々に出発しよう」
そうと決まれば冒険者である俺たちは早いもので、馬車や装備や食料など準備を迅速に終わらせる。
何日かかるか判らないので、既に寝ていたクリストファを叩き起こして、俺らが不在になる町の事を頼んでおく。リヒャルトさんたちにも状況を説明しておくことは忘れない。
既に深夜だったが、状況の緊急性を考えて早急に出発する。
普通なら、深夜に町の城門を開けてもらえるはずもないが、領主の命令なら別だ。西の街道に続く城門を衛兵たちが開けてくれた。
門の向こうは真っ暗闇だがトリシアに『
トリエンから西の街道を俺達の馬車が爆走して行く。トリシアの話だと、このスピードなら朝までには廃砦に到着するようだ。
さて、廃砦に何が待っているのか判らないが、冒険が待っている予感がするね。
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