第7章 ── 第12話

 館の貴賓室に賓客三名に集まってもらった。


「皆さん、ご心配おかけしました」

「おお、大丈夫だったのかね?」


 マルエスト侯爵が俺の顔を見て安心した様子で言う。


「ありがとうございます。即効性の毒が矢に塗られていましたので少々気を失いましたが、解毒したので後遺症もありません。ご安心を」

「さすがはワイバーン・スレイヤーと言うべきか」


 ドヴァルス侯爵は妙な褒め方をする。確かに身体は丈夫ですけど、ワイバーンとは関係ないです。


「それで犯人は判ったのかね?」


 自分が狙われた可能性もある三貴族にとって、そこは最も関心のあるところだろう。ミンスター公爵の言葉に、他の二人も顔色が引き締まる。


「ええ、狙いは俺でした。実行犯はドラケンの盗賊ギルドの暗殺部隊のようです。多分、暗殺を依頼されたのでしょう。依頼主は皆目見当は付きませんが、それなりの財を持つものだとは思います」


 ドラケンの盗賊ギルドと聞いたミンスター公爵がショックを受けたような顔になる。


「誠に申し訳ない……まさか、私が放置してきた問題がこのような事件を招いてしまうとは……」


 ミンスター公爵の地位としては他の者には見せられないはずだが、頭を深々と下げて謝罪をしてくる。


「頭をお上げ下さい。公爵閣下が謝罪をする必要性を俺は感じません。この事件の責任は暗殺を依頼した者に帰すると考えます」

「依頼主の洗い出しはできそうかね?」

「今のところ難しいですね。ちょうど前領主の事件の関係で大規模な粛清を行いました。この関係者筋という可能性は高いと思っていますが……」


 追放した家族、親族がどこかの有力者に泣きついた可能性もあるからなぁ。


「ふむ。個人的な警護部隊を早急に用意すべきであろうな」

「左様。辺境伯は自身が腕が立つから必要性を感じないかもしれないが、重要なことだぞ?」


 侯爵二人が力説する。俺もケチるつもりはないけどさ。なかなか人材がいないよね。ギルドで冒険者でも雇うべきかな?


「就任直後というところが引っかかるな。辺境伯に嫉妬した貴族という線も考えておくべきだと私は思う」


 ミンスター公爵が俺が考えていなかった方向の可能性を提示してくる。

 そういった可能性もあるのか。確かに現実世界の歴史においても中世時代の政争などでは多用された手段だ。考えておくべきかもしれないな。


「王国においても、そんな血なまぐさい貴族の争いがあるのでしょうか?」

「それほど多くはないが、無いとは言えないのだよ。特に辺境伯のように突如現れた有能、かつ強力な勢力に対する手段としてはな」

「家の恥となるのであまり表に出るような話ではないが、お家騒動などでは頻繁な部類ではあるな」


 ミンスター公爵が頷きながら言う。マルエスト侯爵に至っては何か思い当たる事でもあったのか、渋い顔で吐き出すような重い声を上げる。


 やはり貴族ってやからは随分と面倒臭いものだなぁ。


「で、今回の件ですが、今のところ暗殺部隊は成功したと思っているようです。盗賊ギルドには成功したと報告することでしょうね」


 三人が俺の顔を見てくる。


「どこから、そこまで正確な情報を?」

「まあ、私の仲間が優秀なので……」


 実行犯を盗賊ギルドと断定した事といい、成功したと思わせている事といい、よほど優秀な情報網を持っているのかとミンスターは暗に言っているのだが、マリスの能力まで明かすほど親密とは言えないのでにごしておく。


「ということで、祭の間くらいは騙しておけるでしょう。今は安全だと思っていただいて結構です」


「おお、それは重畳。せっかくの祭だ。楽しみたいものだ」


 マルエスト侯爵が嬉しそうだ。歴史好きらしいので、ブリストル時代の建物とかを見て回りたいのかもしれない。俺にはどの建物が古いのかはサッパリ判らないが。


「そうか。折角来たのだ、我々も祭を見せてもらうとしよう、ドヴァルス侯爵」

「そうしますかな、公爵閣下」


 ミンスター公爵とドヴァルス侯爵も乗り気のようだ。


「私もそれほど詳しくはありませんが、トリエンの町を一緒に見て回りたいと思います」


 難しい話はこれくらいにして祭に出るとしよう。護衛としてマリスも連れて行くから問題ないだろう。俺も貴族服の下にチェインメイルを着ていくかな。確か昔使ってたミスリル製のがあったはずだしね。



 館にあったオープントップの馬車にスレイプニルを繋いで、五人で乗り込んで町へと繰り出す。

 昨夜の事件を知らない住人たちが祭で盛り上がっているので、大通りは人で溢れている。それでも貴族の馬車が来ると、道を開けてくれるので有り難い。


「例年通りなら中央広場付近が盛況だと聞いています」


 中央広場に近づくにつれ、マルエスト侯爵は身を乗り出して周りを見回している。中央広場付近が一番古い街並みだと侯爵は言う。トリエンと地方と町の名前が変わったのは六八年ほど前だというからそれほど古い街並みとも思えないが、マルエスト侯爵には何かが珍しいのだろう。


 馬車が中央広場に入るとマルエスト侯爵の興奮は最高潮といった感じになる。


「見給え! あの噴水を! あれがブリストル子爵が作った魔法の噴水だ。今に至るまで壊れることなく動いておる。素晴らしいな!」


 あの噴水、魔法道具だったのか。知らなかった。


「色々と出店が出ています。馬車を止めて少々散策してみますか」

「うむ。それもよかろう。トリエン周辺の名物で舌鼓を打つのも悪くない」


 馬車を停めて大貴族三人を下ろしてやる。マリスも抱えて下ろしてやるが、抱えられるの嫌なんだっけ? マリスを窺うも、嫌そうじゃなかったので一安心。


「ケント!」


 突然呼ばれたので振り返ると、噴水の横に木の台を組み立てている人々に混じってクリストファがいた。


「お、行政長官。何しているんだ?」


 俺が振り返ったので、クリストファが近づいてきた。

 彼は昨日は役場に泊まり込みで祭の準備をしていたので、詳しいことは知らないのだ。


「いいところに来たな、領主閣下」

「ん? どういうこと?」

「今から、住民に私が行政長官に就任した旨を告知するつもりだったんだ。新領主についても同時に告知する予定だったが、本人が来たのならば君にもお願いしよう」


 俺に人の前で演説させるつもりか。うむむ……これも領主の務めかな?


 後ろを見ると、三貴族は笑いながら行って来いといった仕草をする。


「マリス、三人の警護を頼むよ」

「了解じゃ!」


 組み立て終わった木の台の上にクリストファが立つ。演壇だったのか。


『諸君! 私はこの度、トリエン地方の新領主閣下から任命された行政長官クリストファだ!』


 クリストファが、メガホンのような形の木製の器具を使って喋り始めた。通常より大きい声に聞こえるけど、あれも魔法道具かな?


「あれ、前領主の息子じゃねぇか?」


 やはりクリストファを知っている住人もいるようだ。


「なんで前領主の息子がまだいるんだ?」

「知らねえのか? 今の領主様が見込んで行政長官にしたらしいぜ?」

「男爵と違って公正な方だそうだ」


 ふむ、それほど悪い噂じゃなさそうだ。クリストファの人柄ですかな。


『今年のブリスター大祭には、新領主閣下も助成して下さった! 例年以上に盛大な祭を開催できたと思う!』


 いくらか白金貨を提供しただけだけどね。


『諸君らは、まだ新領主閣下を全く知らないと思うが、トリエンの領民たち、そしてトリエン地方の未来を見据える素晴らしいお方だということをここに知らせておきたい!』


 いやはや、照れますね。


『その領主閣下が今、諸君らにお言葉を掛けてくださる! 新領主閣下、ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯です!』


 え? 随分と唐突だな。まあいいか。


 俺が演壇に上がると、あたりの喧騒が静まってしまった。シーンという音が聞こえそうなほどに静かだ。俺はクリストファからメガホン状の器具を手渡される。


『えー……行政長官からご紹介預かりました、トリエン地方の領主になったケント・クサナギ辺境伯です』


 俺は生徒会長に就任した新米会長みたいな間抜けな名乗りをしてしまう。こういうの苦手なんだけど……


 さすがに、人々も呆れてヒソヒソしている。


「あれが新領主閣下? どっかで見た事ある気がするんだけど」

「俺もだ。どこで見たんだっけ?」


『あー……皆さんは俺の顔を見たことがあるかもしれません。元は冒険者でしたから』


 民衆がザワリと揺れる。


「そういえば、さっき降りてきた馬車の馬が、あの銀色のヤツだったぞ?」

「冒険者ケント様か!?」

「クサナギ辺境伯なんて言うから判らなかったよ」

「いつもの鎧じゃないし」


 やっと気づかれたっぽい。


『えー……王様からトリエン地方を割譲されまして、頑張って領民の皆さんを幸せにしたいと思います』


 なんか、小学生の作文みたいだ。恥ずかしい。


「ケント兄ちゃん、がんばれー!」


 孤児院の子たちが人垣から出てきて声を掛けてきた。うん、兄ちゃん頑張る。


『このトリエンの町でこれまで色々あったと思います。行政官などの横暴や不正。それらは既に片付けました。皆さんに公正、公平な行政を提供する第一歩となるでしょう』


 行政官たちの処分についても報告がてら話す。


『また、この地方には様々な問題がまだまだ存在します。労働者の欠乏、高い税金。こういった諸問題もどんどん是正していく予定です。皆さんにも是非、俺に協力していただきたい。このトリエン地方でより良い生活を実現するために』


「いいぞ! 領主閣下!」


 ヤンヤヤンヤの喝采が人々から上がる。


『皆さんの生活を、幸せを守るためにも頑張ろうと思います……』


 ちょっと気分が良くなってきたね。


『俺がトリエンの領主になった以上、諸君らの生活は約束されたも同然である! お前ら! 安心して俺に付いてこい!』


 人々が一瞬で黙り込む。調子に乗ってやっちまった。この静寂に耐えきれそうにない。


「なんか……『嫁に来い』みたいな?」

「面白い領主様だな」


 人々のヒソヒソに俺の顔が赤くなってくる。


「リオ! 冒険者のお兄ちゃんのお嫁さんになってあげるよ!」


 誰かの嫁に来い的な感想に、孤児院の子リオちゃんが満面の笑みを浮かべながら大きな声で宣言する。

 そんな愛の告白する場所じゃないよ?


『あ、リオちゃん。今日も元気だね。お嫁さんにはまだ早いよ?』


 リオちゃんの嫁宣言に、俺はつい返事をしてしまう。


 その途端、民衆が大爆笑をはじめた。


「こんな面白い領主様は初めて見た!」

「この町も面白くなるかもしれないな」


 爆笑の中、人々が楽しげに言い合っている。


『それでは、皆さん! ブリスター大祭! 楽しんでいって下さい!』


『おおおおおおお!』


 人々が盛大に歓声を上げた。

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