第7章 ── 第11話

 暗闇の中を泳いでいるような感覚だった。ここはどこなんだろう?


「起きるっすよ? ほら、起きなさいって!」


 誰かの声が耳の直ぐ側で聞こえる。


「うっさいね。誰だよ」


 目を開けて声の方を見ると、中学生くらいの少女の顔が目に飛び込んできた。


「うお!? 誰だよ!?」


 その少女は真っ暗なこの空間に浮かぶように立っている。


「私は神っすよ。マリオンって言うっす」

「マリオン? 戦いの女神の?」

「お! 知ってるっすか! そうっす、戦いの神マリオンっす!」


 嬉しげに笑う女神マリオンを名乗る少女。神を自称する存在はイルシスに続いて二人目だな。


「自称とかヒドイっすけど、イルシスとも話したっすか? そういう情報は私にも教えてもらわないと困るっす!」

「いや、俺に言われてもね」


 プリプリと怒る少女マリオンに俺は言う。


「それもそうっすね。ところで、貴方は誰っすか?」


 突然、少女の姿のマリオンに問いかけられて俺は戸惑う。


「誰って言われてもねぇ……ケントだよ」

「ケント? うーん、前に私の神殿にいきなり現れた時から気になってしょうがなかったんすけど、貴方、この世界の人間じゃないっすね?」

「そうみたいだね。俺は地球の日本ってところから転生してきたらしいよ」


 ハッとした顔をマリオンはする。


「まさか……プレイヤーっすか!?」

「エルフの女王にもそう言われたね」

「でもオカシイっすよ。プレイヤーとは織られている力が違うっす」


 何を言っているかワカラン。


「前に女王にも言われたけどね。どうも普通の身体じゃないってさ。神々を司る力で成っているとか何とか……」

「そうなんす! 私らと同じなんすよねー。もしかして新しい神?」

「んなわけあるか。誰が俺をティエルローゼに転生させたのか知らんけど、そいつに聞けよ」


 いきなり神とかアホか。神なら悩んだり苦労したりなんかするかよ。


「そうっすかー。でも、どうも創造神様の力を感じるっす。もしかしたら、貴方を転生させたのは創造神様かもしれないっすね?」

「創造神って……名前がないとか言われてる?」

「そうっす! 我ら神々をつくりたもうたお方っす!」

「その創造神が何で俺を? しかも姿も見せないとか何なの? 転生させる前に出てくるのが常識だろ」


 異世界転生モノではそれがデフォだっての。


「んー、創造神様は姿を見せないわけじゃないんすよ。世界の全てが創造神様っす。秩序こそが創造神様の力なんすよ。私ら神は創造神様のそれぞれの力を象徴する存在なんすよね」


 ますますワカラン。要は物理法則とかのこと? 人の形を取ってないのか?


「そんな事言われても解らないよ。そもそも戦いの女神ってのはどんな力が具現したもんだよ?」

「うーん、簡単に説明するのは難しいっすね。色々な力が複合してるっす」


 しかし、女神なのに随分砕けた感じの話し方だなぁ。運動部少女って感じだよ。


「運動部? 戦いっすけど。やっぱりアッチの世界の人っすねー。部活動なんてのはこの世界には無いっすからね。アースラさんの世界っす」


 アースラ? 知らない名前が出てきた。


「知らないっすか? アースラさんは、邪神カリスを倒した元プレイヤーの人っすね!」


 何? タクヤと魔神がプレイヤーだとして、タクヤじゃないとすると、魔神のことか? つーか、やっぱり心を読むね、こいつら。


「読んでるんじゃないっす。貴方、念話チャンネル開きっぱなしっすから、私らにだだ漏れっす!」


 念話チャンネル??


 俺は慌ててスキル一覧を確認する。む、スキルに「念話:神界」というものがあった。これか。

 クリックしてみると、オンとオフのダイアログが現れたのでオフにしておく。


「お、閉じたみたいっす」

「それは良かった」


 俺の心の声がダダ漏れってのは、非常に困る。


「それで、ここはどこなんだ?」

「ああ、ここは貴方の夢の中……精神の中っすね。精神の防御が緩くなってたから入ってみたっす」

「勝手に人の夢に入るのはどうかと思うけど?」

「ごめんっす。でも、一度話しておこうかと思ったんす。何で私の神殿に現れたのか知りたかったっすから」

「そこは俺の関知する所じゃないよ」

「うん。解ったっす。でも、私の神殿に現れたっすから、貴方には今後のためにも私の加護を渡しておくっすよー」


 俺の身体が少し淡い赤色に光りだす。


「加護って何だ?」

「そうっすねー。貴方の世界の言葉で言うなら、パッシブ・ボーナスっすかね? 私の加護だと命中率とか防御力とか回避力とかクリティカル率とかいっぱい上がるっす」


 お? 判るのか?


「やっと俺の世界の言葉が判るヤツみたよ」

「これはアースラさんから教えてもらったっす。ゲーム用語? って言ってたっす」


 ふむ。アースラか……む? アースラ?


「そいつ、アースラ・ベルセリオスとか言わないか?」

「知ってるっすか? 確かそんな長い名前だったすね」


 そうか、一時期トップランカーとして名を馳せていたプレイヤーの名前だよ。ある時期から見かけなくなった名前だからド忘れしていたな。そうか、あの有名なプレイヤーはティエルローゼに転生してきていたのか。


「アースラはもしかして魔神のこと?」

「違うっすよ。魔神って名乗ってたプレイヤー『シンノスケ』は同じプレイヤーの『タクヤ』に倒されて、もうこの世界にはいないっすねー。『タクヤ』も同様にいないっすけど」


 そうか、するとアースラは誰にやられたんだ? 邪神カリスを倒したとか言っていたが……


「お? 貴方、そろそろ覚醒するっすね。私はそろそろ帰るっすよ!」


 そう言うと、マリオンが闇に溶けるように消えていこうとしていた。


「おい、ちょっと待て! アースラはどうなったんだ!?」

「それは、そのうち判るんじゃないっすかね? それじゃーね!」


 そう言ってマリオンが消えてしまった。真っ暗な闇の中に取り残された俺はどうしたものやら。

 周りを見回していると、一方に薄っすらと光が見えるような気がする。あっちが出口かな? そちらに行こうとすると自然と身体が移動する。


 光がどんどん強くなっていく。凄い強烈な光だ。以前見たことがあるアーク光のようだ。

 俺は思わす目を閉じた。


「う、うーん」


 はっ!?


 目を開くと、そこは俺の寝室だった。何やら変な夢を見ていた気がするが……


「ケント! 目を覚ましたのじゃ!」


 声の方を見ると、泣きそうな顔のマリスがいた。その後ろにはトリシアだ。

 マリスの頭の横に透明な小さいドラゴンのようなものが浮いていて、彼女の耳元でワキャワキャと何かを言っている。


「マリスか。あれ? 俺はどうしたんだ?」


 窓の外を見れば明るいし。


「ケント、お前は刺客の毒矢を受けて死にかけてたんだよ」


 トリシアは俺が倒れた後の事を教えてくれる。


「心配を掛けるでない、ケント! 我は肝を冷やしたのじゃぞ!」

「ああ、ゴメンゴメン。毒耐性スキルはあったはずなんだが……」

「お前が受けた毒矢には、神経毒とマギリトスを使った致死毒の混合毒が塗られていた。レベルの低い毒耐性スキルだと抵抗は難しいだろうな」


 そうか……レベルが足りなかったか。スキル一覧で毒耐性スキルを調べてみると、この前は二レベルだったものが、今は五レベルまで上がっている。うお、一気に三もあがるの?


「それで犯人は?」

「それが……ケントを狙ったのかも、大貴族を狙ったのかも判らない。今、ハリスが刺客を追っているのだが」


──ガチャリ


 寝室の扉が開きハリスが入ってくる。


「ハリス、どうだった?」


 トリシアの問いにハリスが首を横にふる。


「北門を突破した刺客は……北へ逃げ去ってしまった……徒歩で馬を追うには……無理があった……」


 ハリスは済まなそうにする。


「俺が狙われたのか、それとも大貴族の誰かが狙われたのかって所は判らないよなぁ」


 トリシアも言っていたが、どうしたもんかね。


「それなら判っておる! 狙われたのはケントじゃ! 刺客はドラケンの盗賊ギルドの暗殺部隊じゃ!」


 マリスがエッヘンと言いそうな得意げな顔で言う。

 そういえば、さっきの透明なミニ・ドラゴンは何だ?

 マリスの方を見ると、ミニ・ドラゴンは居ない。ありゃりゃ?


「マリス、そうなのか?」

「うむ、間違いないのじゃ! 我の下僕しもべに調べさせたのじゃ!」

下僕しもべ? さっきのミニ・ドラゴンか?」


 マリスが衝撃を受けたような顔になる。


「み、見えたのかや?」

「うん、なんか半透明だった。もういないけど」


 マリスは信じられないといった顔だ。


「え? 見えちゃマズイもの?」

「あれは、我の魂を分けて作り出す『幻霊使い魔アストラル・ファミリア』じゃ。我の隠し技じゃぞ!」


 ほえー、すげぇ。ユニーク・スキルか何かかな?


「それで、下僕にハリスが追った刺客たちを調べさせたのじゃが、ドラケンに戻るとか、ケントの暗殺が成功したとか言っておったそうじゃ」


 ふむ、盗賊ギルドで確定か。それにしても便利だな、『幻霊使い魔アストラル・ファミリア』。

 何にしても後でミンスター公爵と相談してみようかな。盗賊ギルドは壊滅させた方が良さそうだ。


「刺客が暗殺を成功させたと思っているなら、今のところ危険は過ぎ去ったってことかな」

「今のところは、だ。今後の警護体制を早急に手配するべきだ」


 トリシアが提案してくるが、課題は山積みだぞ? ただ護衛兵を雇うだけじゃ昨日のような状況で役に立つかどうか。


「まあ、何はともあれ、今日からブリスター大祭だね。他に問題とかあったかな?」

「今のところは無いはずだ」


 俺の身体も問題ないようだし、祭は楽しみたいねぇ。つっても三人の大貴族たちも接待しなきゃならんね。


「それじゃ、みんなは自由時間で。祭を楽しんできてよ」

「そうか? まあ私は警備がてら周る予定だが」


 トリシアは祭を回るようだね。ハリスを見ると頷いているから同じかな?


「我はケントたちの警護をするのじゃ。ケントから離れんのじゃ!」


 マリスはガシッと俺の腕に自分の腕を絡めてくる。まあ、いいか。


「それじゃそうしてもらおうかな」

「任せるのじゃ!」

「頼んだよ」


 さてと、俺もそろそろ起きるか。公爵や侯爵たちに会って今日の事も含めて話しておこう。

 俺はベットから降りて衣装棚を開いて着替えを探す。


「それでは、私たちは外で待ってるぞ」

「了解~」


 三人が出ていったので、いつの間にか着替えさせられていた寝間着を脱ぎ捨てた。いったい誰が着替えさせたのやら……

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