第7章 ── 第10話
もう、ブリスター大祭が明日に迫っていた。
大祭に向けて、町への訪問者が次第に増えてきたため、早めにギルドに警備要請をしておいた。警備に参加する冒険者たちはそれぞれ赤いバンダナを腕に巻くようにしておく。そして衛兵隊と連携して町の警備にあたってもらうのだ。
実は、この日から俺は忙しくなる予定だ。なにせ前日から大貴族たちが来訪すると知らせが届いたからだ。
この日の俺の格好はリヒャルトさんが用意してくれた貴族服だ。舞踏会などに着ていくような綺羅びやかな感じではなく、シックな感じの落ち着いた色合いのものだ。
リヒャルトさん解ってるねぇ。俺はあまりキラキラした感じのド派手なものは好まないからね。
俺は完全武装のマリスとともに、北門の詰め所に出向いた。この日までに、町の住民たちに俺が領主になった事が知れ渡っており、町の人々がすれ違う度にお辞儀をしていくのが気恥ずかしかった。ゴーレムホースにマリスと跨っていたのが衆目を集めたのもある。早く慣れねば。
昼近くになって、王国の三大貴族たちの馬車の行列が北門に着いた。
「クサナギ辺境伯自らの出迎え感謝する」
そう言ったのはミンスター公爵だ。
「マリストリア殿、今日は鎧なのだな」
馬車から顔を覗かせるドヴァルス侯爵が嬉しそうにマリスに声を掛けた。
「我はケントの警護中じゃ! 気安く声を掛けるでない!」
「ははは、勇ましいな!」
ドヴァルス侯爵は、無礼な言葉を気に掛けることもなく鎧姿のマリスにご満悦のようだ。
マルエスト侯爵はトリエンに入ってから、町の様子をキョロキョロと見てばかりだ。
「これがトリエンか……」
微妙に嬉しげなマルエスト侯爵だが、こんな小さな田舎町が珍しいのかな。
「何分、小さな町ですから、侯爵閣下のピッツガルトと比べられると恥ずかしい限りです」
「何を言うかクサナギ辺境伯。君は知らんのか? この町こそが、魔法道具文明の発祥の地だぞ?」
「え? そうなんですか!?」
そんな話初耳です。知りませんでした。
「そもそも、この町の領主であった
マルエスト侯爵がその後もトリエンの歴史談義をしてくれたので、馬車と並走しながら聞き入ってしまった。マルエスト侯爵は歴史オタクなんだな。
この講義で知ったけど、あの「お湯の出る蛇口」は、ブリストル時代の領主である
それ以外にも様々な魔法道具を作ってたそうで、王国だけでなく、様々な国で未だに重宝に使われているらしい。それら魔法道具は警備装置、通信装置、事務道具などなど、多岐にわたる。
凄い発明家だったようだね。ブリストル時代に尊敬を集めた領主だったのも頷けるというものだ。
だが、その領主の暗殺によって、今では新たな魔法道具は作られなくなってしまった。そのため、今残っている魔法道具はかなり貴重になっている。壊れたら代用するものもないんだから当然か。しかし、蛇口などの生活用品は相当数が量産されていたようで未だに流通しているという。トマソン爺さんの「空飛ぶ子馬亭」でも使ってるくらいだしね。
三人の大貴族たちは俺の館に滞在してもらうことにする。彼らをもてなせるような施設は、館くらいしかないからね。
何にしても俺は貴族のもてなし方など知らないから、晩餐やら何やらは全てリヒャルトさんたちに頑張ってもらわねばならない。晩餐の料理なんかは俺も手伝うつもりだが。
午後になり問題が発生した。
王国の大貴族五家のうちの半数以上がトリエンに来たせいか、かなりの貴族たちがトリエンに
あの場に呼ばれていなかった少貴族たちも来ているとの報告もある。もしかしたら、もっと凄いことになっているかもしれない。
仕方ないので、本日の晩餐は舞踏会仕様でもてなすことにしよう。ビュッフェ形式で立食パーティだ。これなら館の中庭を使える。ファルエンケールの晩餐会を真似するわけ。
調理場はすでに戦場と化していた。何分手が足りないので、俺もその戦場に飛び込んでいった。俺の作る料理に品を求められても困るが、とにかく品数と量を確保だ。
俺は記憶にある限りの料理やお菓子、デザートなどを量産していく。
主催者がゲストたちを放っておいて、こんなところで料理してるってのも珍しいんじゃないかな? 何はともあれ、そっちは補佐官であるトリシアや、行政長官に任命したクリストファにまかせておこう。
調理場という戦場が一段落ついた俺は、汗まみれ油まみれになってしまった貴族服を新しいものに着替えてから、パーティ会場である中庭に出向いた。
「みなさん、遅くなりました。本日は当館にいらっしゃって頂き有難うございます」
俺は大きな声で、来場している貴族たちに挨拶をする。やっとホストが現れたというのに、会場の貴族たちは存外機嫌が良かった。トリシアが上手くさばいてくれたのだろう。
見ればトリシアは、あの晩餐会の時のようなヅカジェンヌなスタイルだ。貴族たちが連れてきた夫人や娘たちが群がってた。なんかカッコいいもんなぁ。
俺の方には、以前の王城の昼食会で挨拶してこなかった……というか居なかったというべきか。知らない顔の貴族たちが挨拶に殺到してきていた。
貴族服なのが良かったのか、前のような
「クサナギ辺境伯、領主就任を心からお喜び申し上げる」
そんな挨拶が殆どだ。珍獣を見に来た感じもあるが、子爵、男爵、准男爵といった下級貴族たちが多かったので、俺の領地で栄達できるかもしれないという期待もあるのだろう。有能なら手伝ってもらうのも
何十人もと挨拶をする中で、面白そうな人を幾人か見出した。
ロッテル子爵家の次男、カイル・ロッテル。彼はトリ・エンティルに憧れて武の道に走った実力派の剣士だ。軍を作る時に指揮官にできるかもしれない。
ソリス・ファーガソン准男爵は、貧乏貴族ながら聡明な判断力を持つ人物のようだ。クリストファの相談役にどうか?
面白かったのは、エマードソン伯爵だ。彼は貴族ながら商人としての一面を持つ。様々な交易品を扱っていて、王国のほとんどの都市に商館を構えているのだそうだ。本店は王国の東にある貿易都市モーリシャスにあるという。彼によれば、トリエンにも支店を置かせてもらいたいという。貿易商としては有能そうだし誘致するのも悪くないかもしれない。
晩餐会で強かに酔った時だった。
俺の背筋にゾクゾクしたものを感じた。とっさに振り返った時、俺の目に飛来する矢が飛び込んできた。
慌てて首を捻り、矢を避けたつもりだった。首筋に氷を押し当てられたような感覚を覚えながらも倒れ込んで回避行動を取る。
俺の周囲で悲鳴や怒号が響き渡るのが聞こえる。倒れ込んだ俺は必死に起き上がろうとするのだが、何故か身体が思うように動かない。
周りを見回すと、マリスがこちらに駆けてくるのが見える。トリシアが館の屋根の方を指さしている。そちらにハリスが物凄いスピードで走っていく。
だんだんと周りの声が小さくなっていく。それでも俺は周囲を確認する。俺以外に怪我人はいないようだ。
ハリスが壁を駆け上がるように登っていく様を見た。すげえ! 壁登りの術!? いやパルクールかな? ハリス、まるで忍者みたいだぞ。
そして、俺は目の前が真っ暗になっていった。そこで俺の意識は途切れた。
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