第7章 ── 第9話

 翌日、衛兵隊が迅速に行動を開始した。そして行政役場の行政官たちが次々に捕縛された。リストにあった行政官はロドリゲス長官も含めて全てだ。


 同時に、各城門の衛兵隊員が増強され、トリエンの町から逃げ出そうとした住民──男爵の計画に関わっていた──が次々と検挙されていった。

 関わっていない者には全く関係のない出来事ではあったが、町の住人たちの顔には不安の色が浮かんだ。

 少しでも計画に関わっていた者たちは不安どころではなく、恐怖に震えることになった。


 俺はその状況を見て、戦時中の特高とかゲシュタポとかが心をよぎったが、行政の長として心の奥にしまいこんだ。

 この世界は現実世界とは違い、証拠などなくても捕縛が可能だ。しかし、魔法というほぼ万能な力がある世界では、その力によって真実を暴くことが現実世界より容易だ。冤罪逮捕であれば速やかに釈放、謝罪、保証などを行うつもりだ。

 衛兵隊には審問を行うための魔法使いスペル・キャスターがいなかったので、俺とトリシアが精神魔法による尋問を行うことになっている。もちろん、ギルドに在籍している審問官にも協力を頼んで事の解決を急ぐことにしてある。


 この世界は封建社会であり、言論の自由といったものは存在しない。領主や貴族、国王たちが行う行政への不平や不満を周囲に漏らすことは通常では不敬とされ、場合によっては死刑も適応される厳しいルールが存在している。

 俺としては真っ当な言論を封殺するつもりはないが、今回のようなクーデター、反乱行為を抑制する立場になってしまった。この逮捕劇を命令する立場ながら、少々居心地の悪さを感じている。相手は犯罪者なのでそれほど気にする事もないのだが。


 捕縛された容疑者は全部で五四人にも上り、衛兵隊駐屯地の独房にも収まりきらない状態だったので、逮捕される端から審問を開始した。


 この五四人の内、約半数が強制されたり騙されたクチであったので、軽い罰金や鞭打ち刑で釈放となった。知らなかったり強制されたにしろ、罪を犯してしまったわけだから仕方ないね。

 ただ、彼らは今後も町で暮らす必要があるので刑罰を公開では行わず、秘密裏に処理することにした。他の住民から村八分にされたら生きていけないだろうという配慮からだ。


 残り二九名。

 この内の六名は、計画とは関係していたわけではなかったのだが、賄賂や公金横領などの汚職に手を染めていた悪徳役人だった。税金に関わるセクションにいた者が殆どだった事が頭痛を感じさせるね。やはり金というのは魔物だと思った。この六名の悪徳役人は、後に公開処刑となることが決定した。住民が納めた金を横領したり、住人を脅して金をせびったり、商人から賄賂を受け取って便宜を図るなどは、真っ当に暮らす住民に隠しておける罪状ではないとの判断が裁判官たちからなされたからだ。もっともです。


 さて、残りの二三名の内訳だが、行政官が一二人、町の名士や有力者と呼ばれるような裕福層の者が五人、商人が六人だった。結構町の上層部で計画が進められていたのが判る。相当危なかったのかもしれない。

 ただ、この二三人の反逆者たち以外にも、トリエン地方の外の者や他の都市の商人なども関わっていることが今回の審問でハッキリとしたので、書状にしたためて各都市や王都などに伝令を送ることにした。


 これで、トリエンの町内にいた反逆者たちは片付いたことになる。本当に面倒だったよ。


 既に王都に送られた男爵一派はともかく、この二三人をどのように処すかは俺の判断一つに任されている。いったいどうしたもんか。


「どうするべきかな?」


 トリシアに聞いてみた。


「こういったやからは、どこにでもいるからな。見せしめも必要かもしれないな」

「こいつらも公開処刑か……あまり俺の町で流血沙汰は好きじゃないなぁ」


 反逆罪はただ一つしかない。公開斬首が王国の法によって定められている。

 彼らは自らの利益のために王国に反逆したのだから当然の処置なのだが、現実世界の地球においても文明国なら既に廃れたような刑罰だ。俺に馴染めと言われても簡単には行かない。


「いっその事、犯罪奴隷にして鉱山とか農耕地で一生強制労働とかどうかな?」

「それも一つの手ではあるな」


 王国には一応ながら奴隷制度がある。大抵の場合は犯罪者が奴隷身分に落とされる。これら犯罪奴隷は一生農作業や鉱山などで強制労働となる。過酷な労働によって死亡することも稀なことではない。

 現実世界の黒人奴隷のような何の罪もない人々が奴隷に落とされるような蛮行がないのは良かった。

 また、王国の奴隷制度は世襲という考え方もなく、奴隷同士の間に生まれた子供は、奴隷としては扱われないのも救いだ。そうは言っても、孤児として孤児院等の施設に預けられるのだが。


「それじゃ、犯罪奴隷の方向で行こう。それと、彼らの私財は没収。家族や一族はトリエン地方から追放。こんなところで……」

「随分と優しい判決だな」


 そうなんだよ。現実世界では重罰と言えるこれ程過酷な刑罰でも、この世界では軽い方なんだよ。判例記録を色々見せてもらったが、本当に酷いんだ。一族とか家族すらも同罪に扱われるんだよ。クリストファの養子を無効にしてなかったらと思うと背筋が寒くなるよ。


「ま、俺の領主就任祝ってことで。もし逆恨みしてくるようなら、それ相応の罰は受けてもらうけどね」


 トリシアも頷く。


「さてと、取り敢えず終わったし館に戻ろうか」


 ささくれ立った心を癒やすためにも休息したい。


「この陰鬱な気持ちを吹き飛ばすためにも、なんか料理でも作ろうかね?」

「お? また何か美味い料理でも思いついたのか?」

「うーん、そうだな……ガッツリとラーメンと餃子食いたい気分だよ」

「ラーメンと餃子とは?」

「いや、あっちの世界の食べ物さ」


 ラーメンと餃子か……餃子は一度自炊のかたわら作ったことがあるから問題ないが、ラーメンは難しいかなぁ。まてよ……あれなら作れるか。一応ラーメンだよな?


 俺はふと昔、修学旅行で行った横浜の中華街の出来事を思い出す。


「ふふふ。期待しておいてくれ」


 そう言いながら、俺はニヤリと笑う。トリシアのニヤリ癖がウチのチームの流行りみたいになってきたな。



 館の厨房は戦場と化した。幾度となく失敗したせいで大分時間が掛かってしまった。何度かマリスが調理場に催促に来たので謝りつつも追い返した。


「よし……できた……麺も難しかったが、スープがけっこう大変だったな」


 料理長のヒューリーさんや、副料理長のナルデルさんも手伝ってくれたが、館の料理人たちは俺が作る中華料理を初めて目の当たりにして、メモを取るやら包丁で手を切るやら、てんやわんやと言った様相だった。


「旦那様、こんな料理は初めてみました!」


 ナルデルさんが凄い嬉しそうだ。そうだろね。この世界に中華料理、それも日本ナイズされたラーメンは存在しなかったろうから。


「よし、人数分作ったからみんなで食べよう。俺らの分は食堂に運んでくれる?」


 みんな。そう、館の使用人たちの分も作った。結構大変だったけどさ。使用人たちの分は使用人用の食堂へ運ばれていき、俺たちチームとアルフォート、クリストファの分は主食堂へと運ばれる。


 食堂に集まったトリシア、ハリス、マリスたちの前に、俺特製のラーメン・餃子セットが置かれている。クリストファもアルフォートも見たこと無い料理を凝視している。


「これが……ラーメンと餃子か……?」

「なんじゃ……? このミミズみたいなの……美味いのかや……?」


 トリシア、マリス……喋り方がハリスみたいになってるぞ? 確かに麺はそう見えなくもないが。


「まあ、食ってみろ。君たちは箸は使えないだろうからフォークでいいだろ」


 俺は箸を取り上げる。まずはラーメンから行くぜ?


──ズルズル


 むむ! 結構イケるな! 醤油ショルユベースなのでアッサリ目だが、スープがよく麺に絡む。


「成功だ!」


 俺はニンマリ顔になってしまった。


 今回俺が作ったのは普通のラーメンじゃない。麺を作るのが大変だからね。そこで俺が学生だった頃に中華街で見たラーメンを再現してみたんだ。


 そう、刀削麺とうしょうめんだ。


 これなら、麺を伸ばしたり細く切ったりという難しい行程がないと思ったからだ。

 もっとも麺を削る作業はかなり難しかったので舐めてたと言える。しかし一心不乱に練習したら上手く削れるようになった。器用度が高かったのと料理スキルのおかげだろう。さっき見たら、料理スキルのレベルが五レベルまで上がってたよ。


 恐る恐るといった感じで、皆もラーメンに手を付ける。次々にニンマリ顔で親指を立ててくるので、みんなの口にも合ったようだね。


 さて、餃子は……。


 一つ摘んで、酢と醤油ショルユのタレに付ける。もちろん、ごま油に唐辛子で作ったラー油も入っている。

 口に放り込んで咀嚼そしゃくする。


 うーん。美味いことは美味いんだが……ニラが無かったのでイマイチ俺の想像通りの餃子の味じゃない気がする。


 しかし、他の三人はガツガツと餃子を頬張っている。


「これも美味い……」

「やはり、ケントの嫁になるしかないのじゃ!」

「何という美味さだ。このカリッとふわっとした食感は止まらないぞ」


 いっぱいあるから落ち着け。


 みんなでラーメン・餃子セットを心いくまで楽しんだあとに、館の使用人にも感想を聞きに行ったら、みんな絶賛状態だったので安心した。この世界でも美味いものは美味いのだ。味に国境はないとは言ったもんだね。

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