第7章 ── 第8話

 館に戻った俺たちは、俺の執務室で計画について話し合った。衛兵隊詰め所から戻ったトリシアも執務室へ来ている。


「そ、そんな事ができるのか!?」


 クリストファが悲鳴のような声を上げて驚く。


「俺は可能だと思うんだが……」

「確かに帝国では良質な食料が不足している割に人口は多い」

「だと思った。そこでここだよ」


 アルフォートが肯定したので、広げてあるトリエン地方の地図の一画を指差す。そこは草原地帯だ。


「この草原地帯を帝国に貸し出す。そして帝国からは賃料と……そして俺の領土に対する税金を頂く」

「この計画のメリットは……計り知れないが、国王陛下が認可するとは思えないんだが」


 そんな取り越し苦労をクリストファが言う。


「そんな事は既に解決済みだよ。国王からは自由にして良いと言質げんちは取ってある。それに、この計画が成功裏に終わった場合、王国は南からの脅威を考えなくてすむからね。もちろん防衛費が安くなるのも一つあるね」


 カートケイル要塞の維持費と防衛費用はかなりの額で、国費に多大な影響があるのだと宰相が言っていた。


「この計画が上手く行けば、まず王国が負担していた費用が一〇分の一以下になる。帝国としては賃料やら税金やらを納めたとしても、この草原地帯から手に入る食料物資は喉から手が出るほど欲しいだろうね。ここ何十年も膨大な戦費と人的資源を投入しても手に入れたいと思っているくらいだしね」


 アルフォートが首肯しゅこうして同意する。


「それだけじゃないんだよ。トリエンは広さの割に開発が進んでいない理由が判る?」


 この問にクリストファが即答する。


「労働人口の不足だ。トリエン地方は広さの割に人口が少ない。開発したくても、開発に回す人間がいないんだ」

「そう、それだ。それを帝国にやってもらうわけ。王国、しいてはトリエンの出費はゼロといえるね。この開発費、帝国なら出すんじゃないか?」


 アルフォートに質問する。


「出す。間違いなく出すだろう。それほどまでに帝国では良質な食料を欲しているんだ。ただ……」


 そこまで言ってアルフォートは口ごもる。


「何?」

「開発し、作物まで手に入ったところで、事実上帝国の支配した地域だと言い出す可能性も否定できないな」

「俺がそれを許すと思う?」

「い、いや……思わないな」


 俺の黒いニヤリを見たアルフォートが身震いをする。


「ここ一帯の防衛は俺がなんとかするよ。まあ、まだトリエン軍は作ってないけどさ。この一帯は俺の領土だからね。エルフやドワーフたちの協力も仰げないかな?」


 トリシアを見るとニヤニヤしていた。


「ケントは協力してもらえると思ってるんだろう?」

「そう思ってる。それに、ここ。ここのゴブリンにも協力してもらうつもりだ」


 そう言って、丘陵地帯の一点を指差す。


「あのゴブリンの王か!」


 アルフォートも合点がいった顔をする。


「そう、あのゴブリン王とも同盟を結ぶつもりだ。彼らは混沌勢力だと言われているが、俺には関係ない。共存共栄できるなら、喜んで手を結ぶつもりだ」

「今まで聞いたこともない発想だ……ゴブリンと同盟など……」


 クリストファはずっと驚き続けているな。


「すでにゴブリン王とのよしみは結んであるんだよ」


 ゴブリン王のメダリオンを取り出してクリストファに見せる。


「ケント殿……いや新領主にそれはないか。ケント様と呼ばせてもらう。しかし、凄いな。ここまで見越して今まで行動してきたのか?」

「そんな訳ないけど……まあ、色々上手く回ってるから、どうせなら使える時に使っておこうって感じだね」


 確かに上手く行きすぎな気もするけど、問題は山積だと俺は思っている。まずは帝国がどう反応するかが一番の問題だね。ここが上手く行ったとして、今度は防衛に関する問題。大人数の軍隊ほどお金の掛かることはないだろう。そうすると、それを解消するために増税か? 頭が痛くなるな。


 色々と行政資料を見てみると判るが、税金は領民への人頭税、他に農作物の収穫に年貢的なものも主に課している。それと流通における関税的なもの。通行税などもある。塩などの生活に欠かせないものも課税対象だし、井戸や河川の水などを利用するにも領主に税金を払うのが決まりのようだ。

 それとバカにできないのが、粉挽き用の風車使用料だ。主食であるパンを作るために小麦粉を作るのに必要な粉挽き用の風車は全て領主の所有物であり、領民が勝手に作ることはできない。領民がこれを使うには税金を納めなければならないのだ。

 そのため、領民は粉を引く作業を一度に大量に行う。中世ヨーロッパ的な世界なので、小麦粉を長期保存する術はない。だからパンを焼くのは一気に大量に焼くんだ。だからパンが軒並み固かったんだよ。日持ちしやすいように固く焼くわけだ。美味いパンに出会わない理由がコレだ。

 柔らかい白パンは貴族や上流階級の領民、裕福な商人しか口にできない。底辺育ちの俺としては納得できん。いつか是正してやる。しかし、この税金はバカにならない金額で、おいそれと廃止するわけにもいかない。領地の財政が破綻しちゃうほどだ。本当に困ったものだ。


 こういった税は金や物納で行われ、それらを街道の整備や井戸の掘削、河川の治水などのインフラ整備、防衛費用などにてがう。

 無駄にできる税金などないのだ。


 しかし、横流しや横領、帳簿の改ざんなどで男爵は財を集めていたようだ。いざという時に困るのは領民なのにな。クリストファはそういった事情もある程度承知していたようだが、今までの彼にはそれを是正できる力はなかった。ならば、その地位を手に入れた俺が与えてしまえば良いじゃん。我ながら良策だと思うんだが。


「で、この計画を成功させて、ここら一帯で一種の経済圏を確立させてしまおうと言うわけだ。そうしたら帝国もおいそれと手に入れられないと思うよ」

「確かに」

「で、その前段として、アルフォートの協力が必要になるのさ。俺は帝国にアルフォートをただ返すつもりはないんだ。アルフォートをこの計画の窓口として帝国の皇帝にゴリ押しするつもりだ」


 アルフォートを見ながら俺は力説する。


「で、アルフォートにはトリエンとの取引の窓口、外交官になってもらいたいわけ」

「外交官か。帝国の習わしでは外交官は伯爵位にしかなれない」

「そうなの? なら皇帝陛下には君を伯爵位に陞爵しょうしゃくしてもらうとしようか」

「できると思っているのか?」


 アルフォートが眉間にしわを寄せる。皇帝の性格などを吟味して難しいと考えているのだろう。


「難しそうかぁ……そうだな。いざとなったら帝国を潰す」


 執務室にいる全員の顔色が変わる。


「他国に侵略戦争しかできず、仲良くできないような国は、俺の近くに居てもらいたくないし、潰すよ」


 どうもこの世界の人たちのレベルは五〇レベルにも満たない人々ばかりだ。俺のレベルを持ってしたらやれないこともなさそうなんだよね。


「ふふふ、さすがはケントじゃ! 我も協力させてもらおうかのう」


 ニヒヒといった感じにマリスが笑う。少女がそんなことできるわけ無いだろ。まあ、冒険者だし、この前のレベルアップで大抵の兵士より強くなった気がするけどさ。


「潰すのは最終手段だからね。極力平和的にやるつもりだよ?」


 その言葉に、マリス以外のものが安堵する。トリシアすら驚いたようだしね。ファルエンケールの女王やオーファンラント国王が危惧するような魔神になるつもりはないよ。ただ暴れて悪行を成すなんてカッコ悪い事できるわけがない。悪に走ったとしてもダークヒーロー的な美学とかカッコ良さがなけりゃ。もっとも、俺にはそんな美学やカッコ良さを演出できるほどのセンスが無いのがネックだが。


「という感じの計画なんだが、皆の協力が必要になる。協力してくれるかな?」


 少々自信なさげな俺の問に最初に答えたのはマリスだ。


「我が一番乗りじゃ! ケントの行く所、どこまでもついて行こうぞ!」


 マリスってば、最初の頃からそれ言ってるよね。そんなに仲間にしてもらえたのが嬉しかったのかなぁ。


「俺も……協力する……」


 ハリスも協力してくれるようだ。ドラゴン退治まで付いて来るつもりみたいだしね。


「仕方ないね、私も協力しよう」


 トリシアは、弟のお守りのつもりっぽい感じで言う。ぐぬぬ。トリシア姉さんの方がよっぽどいたずら小僧的なのにな。


「私も協力したいと思う」


 クリストファが協力を申し出る。君がいないと俺がいない時のトリエンが心配だからね。よろしくね。


「私は帝国の人間だが、ケント殿の考えに心から協力したいと今は思っている」


 ほほう。彼は野心家だし、帝国外交官という地位が魅力的に見えるからとも考えられるが、『心から』という部分が面白いね。何か彼に感銘でも与えたのかな?


「全員が協力してくれるなら、この計画はうまくいくと思う。みんな、よろしく頼むね!」

『おう!』


 これで、上手く行かせられねば俺は無能だと思う。頑張んなきゃ。


 しかし、その前に、ブリスター大祭が待ち構えてるんだよね。帝国に対する計画の前に、片付けておかなきゃならない。こっちも皆に協力してもらわなきゃなぁ。

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