第7章 ── 第7話

 ブリスター孤児院はトリエンの南東の城壁付近にある。一見古びているが、ちゃんと手入れをされている大きな建物だ。ここには二〇人ほどの孤児たちが、アンネ院長によって保護されている。

 名前からして、相当昔からある孤児院なのだろう。トリエンの以前の名称ブリストル。そしてその由来となったブリスター墓地と同じ名前だ。リヒャルトさんの講義を聞いてなければ知らない由来だよね。


 孤児院の門まで来ると、子供たちの元気な笑い声が聞こえてくる。孤児院の庭で追いかけっこに夢中な子供たちが見える。


「冒険者のお兄ちゃんだ!」


 その言葉に一斉に子供たちが振り向く。俺を見て突進してくるのは言わずもがな。


「みんな元気にしていた?」

「元気元気! 院長先生が冒険者の兄ちゃんに感謝するようにと毎日言うんだよ!」


 ガキ大将のアランが皆を代表して報告してくる。


「何のことかな?」

「さあ? でも兄ちゃんが来てから、なんか色々楽しいよ!」

「あのね、あのね。お兄ちゃんが連れてきたローブのお兄ちゃんが花火見せてくれたんだよ」


 ほう。アルフォートが魔法か何かを見せたのかな?


「でも、最近、ローブのお兄ちゃんは、クリス兄ちゃんと難しい話ばっかりしてるんだよ」


 少々年少のマリアが言う。


「今日は、クリストファとアルフォートに会いに来たんだよ。中にいるかな?」

「いるよ! クリス兄ちゃんの部屋にいる!」


 アランに引っ張られて孤児院の中に入るが、他の子供たちも一緒になって団子のように付いて来る。随分懐かれたなぁ。


──コンコン


 クリストファの部屋のドアをノックする。


「どうぞ」


 俺とマリス、ハリスが中に入ると、クリストファとアルフォートが椅子に座って向き合っている。子供たちは邪魔をしないように思ったのか部屋には入ってこなかった。


「ご無沙汰だったね、二人とも」

「やあ、ケント殿、おかえり!」


 ニコやかに言うクリストファ。それとは対象的にアルフォートは会釈するだけで言葉は発しなかった。


「今日は、アルフォートを迎えに来たんだ。今までありがとう、クリストファ」

「とうとう帝国に送還するのかい?」


 少々心配そうな声で言う。


「いや、まだだ。いつまでも預けておいては孤児院に負担になるでしょ」

「それは問題ないが……」

「実はな、クリストファ。俺は国王から叙爵されてね。今はトリエン地方全域の領主ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯になったんだよ」

「は?」


 クリストファが微妙に間抜けな声を上げる。


「で、領主の館も俺のものになってしまったので、そっちでアルフォートの面倒は見るつもりだよ」

「え? 新領主? 新しい代官に任命されたのか?」

「いや、トリエン地方全体が俺の持ち物なんだよ」


 現実が理解の外に行ってしまったクリストファがほうけたような顔だ。


「と言うわけで、アルフォート。俺の館に移ってもらうよ」

「了解だ」


 アルフォートは素直に頷く。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 クリストファは慌てだす。


「アルフォート殿とは最近、色々と孤児院の運営に協力してもらっていて、連れて行かれると今後の運営が……」


 ほう。アルフォートほどの秀才に孤児院の運営を担わせていたのか。なかなかやるね。


「世話になっているせめてもの礼だ」


 ふむ、なかなか興味深い。クリストファとアルフォートは結構仲良くなったんだな。どちらも三〇歳手前で、としが近かったから当然かな。


「だけど、クリストファ。いつまでもアルフォートをそんな仕事につけておく訳にはいかないだろ」


「そ、それはそうなのだけど……」

「それと……」


 俺はここでクリストファにも重大な事柄を伝える。


「クリストファ。君もいつまでも孤児院暮らしをしていて貰っては困るんだ。君には今後、トリエン地方の行政に携わってもらおうと考えているんだ」

「は?」


 クリストファは、やはり間抜けな声を出した。


「わからないか? 俺が領主となった以上、優秀な人材を野に埋もれさせておくつもりはないんだよ」


 俺は畳み掛ける。


「たとえ反逆者だったにしろ前領主の仕事ぶりを見ていた君、そしてその高潔な性格、かつ恐れ知らずの行動力。実に俺の代行役にピッタリだ。君を行政長官としてスカウトしたい」

「しかし、今の行政長官は……」


 やれやれ、そんな事か。


「ロドリゲス長官は、君の養父アルベール男爵と反逆を企んだ一味の一人だ。今日明日中にも捕縛されることになる。君はその後釜に座ってもらう」

「しかし、私は前領主の身内だ……」

「そこは既にクリアしてある。君は養子に出されていない事になっている」


 俺はロスリング伯爵にやらせた手続きを思い出して言う。この事は国王も宰相であるフンボルト侯爵も承認済みだ。


「しかし、前領主の身内だったということは領民たちは知っているし、私が受け入れられるか……」

「あのさ。この世界ってそんなに貴族は力ないのか? 俺の世界では貴族といえば横暴、ワガママ、やりたいことは全部やってみるみたいな奴らが多かったような印象なんだが?」


 俺の中世ヨーロッパの貴族たちの印象はそんな感じだ。その中で善政を敷いた国王や貴族も数多くいたのは知っているが、全ての貴族からしたら一握りだろう。


「いや……自分の領土となると、大方そんな感じだと私も思うが……」

「なら、新領主たる俺が任命したことに異を唱えるものがいるのか?」


 言わんとしていることを、クリストファもやっと理解し始める。


「俺はそんな巷の不満など気にはしない。不満なんか吹き飛ばすほど満足な領民生活をさせればいい。何を文句言う必要があるものか。どの世界、どの国であれ、不満をグチグチ言うやつは必ずいるし、大抵はただの不平屋だ。ほっとけばいい。俺の領土が不満なら出ていけばいい」


 人任せのくせに、他人の善意を当然と思っているヤツは好かない。その点、クリストファは違った。自分の信じる方向性に確信があれば、人任せにせずに自ら行動を起こすだろう。


「もし、俺が領民にとって良くないことをしたら……クリストファ、君は命をなげうっても俺に、どんな手段を使おうとも対抗しようとするだろ? そこを俺は買ってるんだよ」

「私にできるだろうか?」


 今の所、クリストファが一番適任だと思うね。他にそのような人材をトリエンで見たことがない。


「君一人にやらせるつもりはないよ。君が有能だと思う人間を見つけたら雇って構わない。ただし、アルフォートは駄目だ。彼には別に帝国でやってもらいたいことがあるんだよ」

「私に?」


 アルフォートが不安な顔をする。


「何、今までの王国と帝国のイザコザを一気に解決しておきたいだけさ。トリエンの領主になったんだし、これ以上しなければならないことはないと思うんだよね」


 帝国とは現在停戦状態であるが、終戦したわけじゃない。これを恒久的な終戦状態に持っていき、両国の国益を守りつつ大きな経済圏をトリエンに作り上げる。

 この計画が思ったとおりに行けば、実現可能な未来像だ。そのためにも帝国の情報をアルフォートに提供してもらわねば。


「で、そのためにも、アルフォート。君の助けが必要になる。何回も言ったはずだよ。悪いようにはしないってね」


 俺はトリシアみたいにニヤリと笑ってみせる。

 アルフォートだけでなくクリストファまで小さく身体を震えさせたのが見えた。


 少々威圧スキルが乗ってしまったのかもしれん。いかんいかん。自重しなきゃね。


「大丈夫。王国にとっても、帝国にとっても良い話になるようにするつもりだよ。損をさせるつもりは微塵もないから安心してくれ」


 クリストファとアルフォートが顔を見合わせる。


「解った。私はケント殿の要請に答えようと思う」


 クリストファが同意してくれる。アルフォートは少々迷っているようだ。


「帝国を裏切ることになるか……」

「いや、裏切ることにはならないと思うよ。というか、君の帝国での地位は安泰になる予定」

「は?」


 アルフォートが素っ頓狂な声を出す。


「そうだな。そのあたりも含めて、詳しい話は俺の館でしないか? クリストファ、君の部屋も以前のままにしてあるから、館に住んでもらって構わないんだが……」

「私も館に?」

「うん。俺だけ住むには広すぎるんだよね。俺の仲間は館に住むようにしてるんだ」


 な? っとハリスやマリスに言うと、二人とも頷いた。


「二人くらい増えたところで、あの館がどうにかなるわけないよ」

「確かに……リヒャルトたちがどうにでもするだろうね」


 リヒャルト一族を知るクリストファが肯定する。あの爺さん一族は有能だもんな。それを見てきたクリストファなら判って当然だね。


「それじゃ、アンネ院長に挨拶して館に戻ろう」


 そう言って、俺はアンネ院長の執務室へと向かった。

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