第7章 ── 第6話
「ケント……様が、次の代官閣下ですか……」
「いえ、代官じゃないんですよ。トリエン地方全域を国王陛下から割譲して頂いたもので……永代領主ってことですかね」
ギルドマスターは驚きを通り越してしまって目が白黒している。そりゃ驚くよな。俺も驚いたしねぇ。
「で、今後も領主として、もちろん冒険者としてもよろしくお願いしたいと思いまして」
ギルドマスターはコクコクと首を縦に振ることしかできないようだ。
「それと、トリシア、ハリス、マリストリアは、俺が個人的に雇い入れることになりましたので、その報告も」
まあ、このギルド所属のトップ・ランカー全員を引き抜いたようなもんだからね。挨拶は必要でしょ? まあ、俺もだが。
「といっても、ハリスもマリスもトリシアも冒険者を辞めるわけじゃありません。俺もですよ?」
「というと……まだ冒険者を続けられると?」
恐る恐るといった感じだ。
「もちろんですよ。俺も一介の冒険者としての活動は辞めません。クエストの依頼もこなしますよ」
「それは助かりますが……領主閣下なのですよ?」
「そこは自由にして構わないと国王陛下にも言われていますので。そういった場合に備えて、有能な領主代行を探しておこうかと思います」
「なるほど……冒険者貴族は前例がないわけではありませんが、領主閣下自らが冒険者の町というのも聞いたことはありませんので、驚きました」
へえ。冒険者貴族ってのもいるんだな。そういった前例は次男とか三男とかなんだろうね。当主や領主では前例はないのか。
「まあ、そんな感じなので今後も末永くよろしくお願いしたいわけです」
「そうであるならば、ギルドとしてもよろしくお願いしたいと思います。ただ……」
ギルドマスターが言い渋る。そうだろうね。
「解ってますよ。冒険者ギルドは政治に関与しない……ってことでしょう?」
「は、はい。そうです」
「大丈夫です。政治向きの仕事をギルドにさせようとは思っておりません。それは俺個人でなんとかしますので」
「感謝します」
ギルドマスターが納得したので、さっきから考えていたことを提案しよう。
「ところで、ブリストル大祭が五日後から始まるそうですが」
「左様ですね」
「祭の警備などはご存知ですか?」
「例年通りなら衛兵隊が行っています。商工ギルドから個人的な警備をという依頼がくることもありますが」
なるほどね。しかし、衛兵隊だけでトリエンの町全体の治安維持を全面的にできると思えない。
「そこで相談なのですが、ある程度の冒険者を対象に祭の警護任務クエストを発注したいと考えています」
「依頼してくださるので?」
「ええ、今回は俺の領主就任もありますので、いつも以上に近隣住人や他の貴族たちが流入する可能性があります」
「他の貴族様たち?」
少々ギルドマスター緊張気味になってきた。
「ええ。多分ですが……ドラケンの領主閣下なども見えるかも知れません。昼食会でそのような話が出てましたので」
「ドラケンの!? ミンスター公爵閣下でございますか!?」
「そうです。それとピッツガルトのマルエスト侯爵もいらっしゃるでしょう。北のアルバラン領主、ドヴァルス侯爵は領地に帰るまでの予定を調整できるかどうかと言っておりましたので難しいかもしれませんが」
ずらずらと大貴族の名前を上げたため、ギルドマスターが既に倒れそうになっている。
「気をしっかり持つのじゃ! ケントはビックリ箱じゃとハリスが言っておった! そちもコレくらいで驚いたら負けじゃぞ!」
変な鼓舞の仕方をやめてくれ、マリス。まあ、ギルドマスターも気はしっかり持って下さいよ。
「ということで、治安も含めてかなりの人員を投入せねばなりませんが、衛兵隊では無理です。つきましては、冒険者たちを大々的に投入して頂きたいのです」
「了解しました。大々的なクエストの発注ということで冒険者たちを優先投入しましょう」
「費用ですが、一人に付き銅貨五枚。何らかの事件や問題を解決した場合、一件につき銅貨一枚を追加で払います」
以前受けたワイルド・ボア討伐の時の報酬を参考にしてみた。もっとも、あの依頼は一チームで銅貨五枚だったが。五倍も出せばそれなりに人が集まると思うし妥当じゃないかな?
「トリエンのギルドに所属する冒険者は現在二〇〇人程度ですが、その報酬ですと、半数程度が申し込んで来る可能性がありますが……」
膨大な費用になることにギルドマスターが心配な顔を見せる。
一〇〇人と見繕っても白金貨五枚じゃんか。ボーナスを多く見積もっても白金貨で一〇枚程度だろう。心配には及びませんな。ギルドから出たワイバーンの報奨だけでも余裕で賄えるでしょうが。
「大丈夫ですよ。俺の懐具合なら問題ないです。そうですねギルドが上乗せする金額も考えて、白金貨二〇枚ほど置いていきますが?」
「では契約書をお作りします」
「よろしくお願いします」
ギルドマスターが慌てて応接室を出ていった。
「ちょっと散財しすぎかな?」
「俺も……こんなクエストは聞いたことはないが……トリエンの町全体の警備となると……仕方ないのかもしれない……な」
金銭感覚を言われるかと思ったが、規模が大きすぎてハリスもピンと来なかったのかもしれない。
「我も警備クエスト参加したいのじゃ!」
「いやいや、マリス。それは却下だ。マリスにも仕事をしてもらわなきゃならないんだから」
「仕事かや? クエストじゃないのかや?」
少々不満そうだ。
「違うよ。マリスとハリスには大貴族たちの護衛任務に付いてもらう予定だよ」
「大貴族の? 我はあのエルドというヒゲモジャ貴族は苦手なのじゃ……」
「エルド……アルバランの領主が何か問題なの?」
「昼食会で抱きかかえられたのじゃ。無礼なのじゃ」
マリスは俺とトリシアが離れた後の昼食会で、エルド・ドヴァルス侯爵に抱えられて肩に乗せられたらしい。ドヴァルス侯爵にロリコンの気があるわけじゃないと思うが、マリスは小さくて可愛い感じだからなぁ……頬ずりされたとかじゃなければ問題じゃない気もするが。
「大丈夫だと思うけど……一応、完全武装で警備してもらうから、そう簡単に持ち上げられないと思うよ?」
キラリと目を光らすマリス。
「今度失礼したら盾でふっとばすのじゃ!」
「それは勘弁してくれ……」
「駄目かや?」
「駄目だろ」
ハリスに同意を求めて目をやると、腹を抱えて笑っていた。
「お前ら……また俺の腹筋殺す気か……」
ハリス、最近沸点下がってないか?
ギルドマスターといつぞやの男性職員が書類を持って現れた。
「おまたせして申し訳ありません、領主閣下」
「いえ、大丈夫です」
「今回の依頼書を作成してまいりましたので、ご確認を」
渡された書類の内容を確認する。とりあえず問題はなさそうだ。
「これでお願いします」
俺が頷きながら書類を返すと、ギルドマスターが安心した顔になる。
「それでは手付け金として金貨一〇枚お預かり致します。それとこちらが依頼書の控えとなります」
金貨一〇枚だと……白金貨で四枚だね。白金貨をテーブルの上に置く。依頼書の控えはインベントリ・バッグに仕舞い込む。
「確かに賜りました。おまかせ下さい」
ギルドマスターと男性職員が頭を下げる。
「よろしくお願いします」
そう言って、俺たちは応接室から出る。
これで一応祭の警備は万全だろう。俺も来訪するであろう貴族たちの接待という名目で警備の一翼を担うつもりだ。
冒険者たちに見送られてギルド会館を出る。
さて、今度は行政執行官の長として任命しようと思う人物に会いに行こうかね。彼なら多分大丈夫だろう。問題があるとしたら、あの男爵の身内だと町の住人に思われている事だと思う。
猪突猛進的な部分はあるにせよ、人柄やその行動原理に問題はない。優秀な補佐官をつければ上手いこと行政長官ができるんじゃないかなぁ?
そうそう、ついでに彼に預けてあったアルフォートを連れて帰らなきゃね。
俺たちは、彼がいるであろう孤児院へ行くために、南の大通りへと進路をとった。
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