第7章 ── 第5話

 翌日、トリシアが衛兵隊詰め所に出かけた後、執事のリヒャルトさんからトリエンの町の歴史的な講義を受けた。

 トリエンの町は数十年前まで『ブリストル』という町だったようだ。

 ある魔法使いスペル・キャスターの貴族が国王より領地を預かっていたそうだ。この領主は開明的な人物で、様々な魔法を使って町に尽力していたらしい。かなり尊敬を集めていたようだ。

 ある時、何らかの事件──リヒャルトさんも詳しくは知らないらしい──が起きたせいで領主は惨殺された。その領主は死後、彼の研究施設があったブリスターの丘に埋葬されたそうだ。その後、ブリスターの丘には住民たちも埋葬されるようになり、現在のブリスター墓地になったという。

 この事件の後、裏で事件を解決した人物の名前にあやかって、当時の国王が町の名前を変えたのだそうだ。その解決した人物、そう、『トリ・エンティル』から因んだのだという。それ以降、トリエンの町周辺をトリエン地方と呼ぶようになる。


 トリシアの古今問わない伝説の冒険者っぷりに呆れるやら尊敬するやら。一言も教えてくれないからビックリを通り越す所だったよ。名前が似てるなぁとは思っていたんだけどね。


 さて、今日がアミエルの月(七月)の二五日(ジョファ/風曜日)だ。あと五日後の三〇日(イドア/水曜日)がその領主が埋葬された日であり、トリエン最大の祭「ブリストル大祭」が開かれるのだそうだ。この祭りは三日間行われるそうで、王国内でもそれなりに有名な祭だ。

 俺も領主として参加しないわけにはいかないとリヒャルトさんは言う。もっともだし、祭は嫌いじゃないので参加しなきゃね。

 そう言えば、あの三人の大貴族もそんな話をしていたなぁ……彼らが来るとなると、それなりに持て成す必要が出てくるか。面倒だけど、貴族の付き合いも大切だよね。何かあった時に大貴族の援護があれば心強いし。


 で、今回、何でこの話をされたのかというと、以前はこの祭には領主から助成金やら何やらが寄付されていたらしいのだが、アルベール男爵になってから寄付が行われなくなったのだそうだ。


 狭量だな、男爵。


 それで、今回は新領主就任でもあるので、寄付を復活させてみてはどうかとリヒャルトさんは言いたいらしい。


「俺としては全く問題ないですね。如何ほど寄付すればいいのかな?」

「そうでございますね……金貨五〇枚程度でよろしいかと存じます」


 金貨五〇枚ということは、白金貨だと二〇枚か。俺は机の上に白金貨を二五枚ほど積み上げる。


「少し多い分には困らないよね。これを寄付しよう」

「畏まりました。これを祭を運営するトリエン商工ギルドへ届けさせましょう」

「よろしくね」


 本当ならトリエン領の資金から支出するべきモノだと思うけど、今回は俺のポケット・マネーから出すことにする。俺の就任祝いだ。


 さてと……そろそろハリスたちを連れてギルドに顔を出すとするか。挨拶も重要だけど、祭関連で思いついた事もあるからね。ギルドにも協力を仰ぎたいところだ。


「ちょっとギルド会館まで出かけてくる。屋敷の方は頼んだよ」

「畏まりました、旦那様」


 リヒャルトさんにピラピラと手を振って執務室を出る。


 ハリスとマリスが居間で待っていたので、一緒に外に出る。


「ギルドは久しぶりじゃの!」


 と言ってもまだ六日ぶりだ。ファルエンケールから戻った時は一〇日ほど経ってたから、それほどじゃない。マリス的には久しぶりなのだろう、ウキウキした感じで付いて来る。ハリスはいつも通り寡黙です。


 いい天気だし馬車は必要ないね。歩いていこう。


 それほど広くない道を中央広場に向かって進む。自分の領土になったトリエンの町を歩くのは初めてなので、道行く人々や商店などをゆっくり見ながら歩く。


 こうして見てみると、町の人々はドラケンや王都デーアヘルトに比べて裕福とは言えそうにないな。ドラケンや王都の下町あたりの住民はツギハギのない服装をしていたし。トリエンの住民は最低でも一つはツギハギがあるような気がする。商人たちはそうでもないけど。


 区画の整理も杜撰ずさんな気がする。しっかりした都市計画を元に作られているわけじゃないから仕方ないのかな。町を囲む城壁は手入れも行き届いていて立派なのにな。


 中央広場は相変わらず活気があった。露店が立ち並んでいるのもいつも通りだったが、一箇所だけ背の高い台が置かれていて高札が立っていた。ロドリゲス長官が手配すると言っていた領主就任の告知だろう。高札のあたりに住人や商人たちが集まっている。


「男爵の代わりの領主が来たらしいぞ」


 文字の読める住人が皆に聞かせている。


「なになに、ケント・クサナギ辺境伯が、トリエン周辺を治める新領主となった?」

「聞いたことない貴族様だな。お前知ってるか?」

「いや、クサナギなんて家名は知らないな」

「新興貴族だろう」


 住民が思い思いの感想を言っている。そうだろうね。クサナギってのは異世界の名前だからね。


 俺らが高札を取り巻く住人の後ろから見ていると、突然後ろから声を掛けられた。



「冒険者ケント様! トリエンにお戻りでしたか!」


 振り返ると、衛兵の一人が俺に気づいて声を掛けてきたようだ。見たことあるな。ああ、馬車の警護してくれた人だ。


「あ、どうも。以前、馬車の警護してくれた衛兵さんですね」

「はっ! 覚えて頂けて感激です!」

「町の巡回ご苦労様。今後もよろしくね」

「はっ! 命に変えましても!」


 大げさな。つか、命に関わるほど危なくなったら逃げなさいよ。命あってのものだねだよ。


「おい。今、ケント様とかなんとか聞こえたな。」

「あの冒険者の兄ちゃんのことじゃねぇか? 衛兵が挨拶してたよ」

「新領主様と名前が同じだな」

「まさか、冒険者が新領主になるわけねえべ」


 スミマセン、そのまさかです。

 ちょっとバツが悪いので、早々にギルド会館へ逃げることにする。


 ギルド会館に入ると、いつもの通りの光景で安心する。が──


「おぉ! ワイバーン・スレイヤーたちが戻ったぞ!」

「冒険者ケントとハリスだ!」

「ちっちゃい鎧の子も一緒ね!」

「トリ・エンティル様はどこ?」


 あまり変わらなかった。トホホ。


 冒険者たちが騒ぐ声を聞いて気づいた受付嬢が俺達の所まで来る。


「お帰りなさいませ、冒険者ケント、それに冒険者ハリス」

「ただいまー」

「我も帰ってきたのじゃが……」


 自分にお帰りを言ってもらえなかったマリスがシュンとしてしまう。まだ知名度低いもんなぁ。といっても、君、ここいらの冒険者ランクではトップでしょうが。


「冒険者マリストリアもおかえりなさい」


 ちょっと苦笑いの猫耳受付嬢がマリスにもおかえりを言ってくれる。


「そうじゃ! 我もケントの護衛をして帰ってきたのじゃ!」


 エッヘン! と胸を張るマリス。単純で羨ましい限りです。


「さてと、今日はギルドマスターに会いに来たんだけど……取り次いでもらえるかな?」

「はい。応接室でお待ちください。早速お連れします」


 受付嬢が二階に上がる階段を足早に駆け上がっていく。スカートがめくれそうなので気をつけて。


 応接室で待っていると、早速ギルドマスターが現れる。


「冒険者ケント! 戻ってきてくれて嬉しいぞ」

「少々早めに帰ってきました」


 手を出されたので、握手をしておく。


「わざわざ帰還の挨拶に来てくれるとは私もうれしい」

「いえ、今日はそれだけじゃないんですよ」


 俺が言うと、ギルドマスターが心配そうな顔になる。


「というと、また何か事件でも……?」

「いえ、今日は別の挨拶も込みでして……」


 ギルドマスターの頭の上にハテナマークが出てる気がするよ。


「実は、今回、国王陛下より爵位を頂きまして」

「おお? それでは冒険者ケントなどと呼べませんな……」

「私は辺境伯の爵位を与えられまして、ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯となりました。就きましては、領主就任の挨拶も兼ねてお伺い致しました」


「デ・トリエン……? まさか!? 新領主閣下とは……!」

「はい、俺……ということになりました」


 ギルドマスターは顎が外れんばかりの顔だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る