第7章 ── 第3話
居間を出てリヒャルトさんを呼び、館を案内してもらう。取り敢えずは、俺が使う生活ゾーンだ。寝室、風呂、執務室、書庫か書斎が見たいね。あと、調理場も忘れずに見ておこう。それと他の使用人たちにも会っておきたい。
「まずは執務室に案内してくれるかな?」
「畏まりました、旦那様」
ビシッとキメているリヒャルトさんが深々とお辞儀をする。堅苦しい感じだが、その仕草には敬意を感じる。
長い廊下を歩いて執務室に辿り着く。中は前領主の男爵が趣味としていたのか、剣や鎧などがディスプレイされている。書棚みたいなものに各地の酒などがズラリと並んでいたりもする。
仕事する空間じゃないような気もするがなぁ……
「椅子と机、ここにあるソファセットはいいとして……酒は幾つか残して片付けて欲しいな。それと、書棚を幾つか増やしておいてもらいたい」
俺は自分に理想的な仕事部屋を想像しながら、リヒャルトさんに指示をする。
「早速手配します」
「武器とか鎧は……武器庫とかあるなら、そこに片付けて……俺の武具を置くマウント・ラックは置いといてもらおうかな」
俺は武装を解いていない自分の身体をポンと叩く。
「それと仕事に必要な書類などは書棚に置いてほしい」
見れば、そういった資料は殆ど見当たらないのだ。男爵は一体どうやって仕事をしていたのかと疑いたくなるような惨状だ。もしかしたら金庫でもあって、それに入れているのかもしれないが。
「金庫とかあるのかな?」
「はい。そこの書棚に隠し部屋があります」
リヒャルトさんは即座にそんな秘密を答えてくれる。
「うは、それはビックリ」
俺は書棚に近づくと、秘密の部屋を開けるスイッチなどがないかを調べる。小説やアニメなんかだと、本を倒すと開いたりするんだが……
じっくり見てみると、酒瓶の大量に置いてある段の奥に小さな出っ張りを発見したので、その出っ張りを押し込んで見ると、ガコッと音がして書棚が扉のように前へ傾いた。ビンゴだね。
「お見事でございます」
「あるのが判ってて探したら簡単だよ。褒めるようなことじゃない」
隠し部屋の中を覗くと……こりゃ驚いた。タップリと溜め込んでいたようだね。
「男爵の就任期間はどの程度?」
「かれこれ二〇年ほどでしょうか」
「二〇年でこれほどか……随分と悪どいマネをしてきたんだな。これは誰のものになるんだろうね」
何気なく言う俺に、リヒャルトさんが何故か驚く。
「この館のものは全て旦那様のものでございますが……」
「この秘匿された財宝も?」
「さようでございます」
男爵の財産をそっくり継承というのも感じ悪いし、こういったものは民衆の浄財として何らかの処置をするべきか。
「俺はそうは思わない。これは町の民衆から搾取した結果、溜め込まれたものだろね。俺はそのような財産は民衆に還元して然るべきだと思うよ。ただばら撒くだけでは意味がないから、町の福祉に回すべきかな。後で目録を作って利用方法を考えよう」
「旦那様は随分と欲のない方なのですな……」
リヒャルトさんは呆れた顔になった。
「そういうのは本人に聞かせる事でもないと思うけど」
ちょっと苦笑交じりに言うと、リヒャルトさんが慌てる。
「も、申し訳ございません! 旦那様を侮辱するつもりではありませんでした……」
「いや、別に侮辱されたとも思わないけど。そういう率直な意見を俺は大事だと思うし、感じたことは正直に言ってくれた方が助かるよ」
「旦那様がそう仰るのであれば……このリヒャルト、粉骨砕身お仕えいたしたく存じます」
リヒャルトさん、生真面目ですな。
「リヒャルトさんには面倒な雑事を色々と押し付けることになる気がするし、これからよろしくお願いしますよ」
俺はそう言いつつ、男爵が隠していた情報とか何かないか、秘密の部屋の内部をザッと調べる。
殆どが金銭や美術品などだが、幾つか地図や帝国とのやり取りの書付けなどが見つかる。後で精査するためにインベントリ・バッグに仕舞っておく。
どうも事件の割に、館の捜査などが行われていないようだ。治外法権なのか?
「男爵の反逆で王国の査察官などは来ていないのか?」
「いえ、まだでございます。事件が発覚してから、まだ一週間程しか経っておりませんから」
そうか、ここは現実世界と違って、移動手段は馬車だもんな。俺が詳細を報告した段階で三日しか経ってないし、早々にトリエンに戻ってきたもんな。
「ということは……領地を割譲された段階で男爵事件の解明は、俺の責任で解決しなきゃならないわけか」
王様め、俺に面倒事は全部丸投げかよ……まあ、これだけの領地貰ったんだから仕方ないか。俺は国王の執務室でニコやかに笑っていた国王リカルドの顔を思い出す。面倒事は宰相に丸投げとか言ってたっけな。
「帝国でやることも含めて、こちらで対処するかね」
一応、今回の事件において帝国への対処などは、国王の信任を得たので俺が全面的に行うことになっていた。
それに他にも準備しなければならないことがある。
「そうそう、そのうち俺たちは帝国に出張することになるんだ。それに伴って色々必要なものが出てくると思うんだ。それで、王国の使者に相応しい服や馬車などを用意しなければならないよね」
俺がそう言うと、リヒャルトさんが頷く。
「左様でございますな。辺境伯としての体面にも関わってまいります。それらの一切は
「費用とかは必要なだけ用意するので、貴族位に相応しいものにして下さい」
「ご心配には及びません。当館の運営費用として前当主から引き継いでおりますので」
「へぇ。資金運用とか別会計なのか」
ちょっと感心する。現実世界でも中小企業なんかだと、社長の財布と会社の金庫が地続きだったりする事も多いのに、中世っぽいこの世界で法人と個人の財布が一つじゃないとは驚きだよね。
実際、領主なら民衆からの税金や土地から上がる利益や物資などを全部自分のものにする事も当たり前だと思うんだが……王直轄領だったからかもしれないね。代官が全てを自由にできるわけないもんな。
「ところで、旦那様」
俺は色々と考えていたら、リヒャルトさんが質問してきた。
「え? 何?」
「当家の紋章はどのように致しましょう?」
紋章……あれか、ロスリング伯爵なんかの貴族が馬車や旗なんかに描いてたヤツだな。中世ヨーロッパだけでなく、日本でも古くから
「紋章か……紋章学とか知らないしなぁ……」
「書庫の方に王国のみならず、周辺諸国における紋章を扱った書籍があったように記憶しておりますが」
「お、それは見てみたいね。次は書庫に案内してもらおうかな!」
「畏まりました。ご案内致します」
リヒャルトさんは、この屋敷内の事は殆ど把握しているようだね。本当に助かるね。今後も色々助けてもらおう。
書庫は執務室の
リヒャルトさんが紋章を扱った書籍を幾つか見つけてきてくれたので中を見る。
うぬぬ。やはり紋章はヨーロッパ風のゴチャゴチャした感じのものが多いな。第一クォーターだとかよく判らん。
俺が困っていると、リヒャルトさんが紋章のアイデアを提案してくれた。
「旦那様はワイバーン・スレイヤーだとお聞きしておりますので、盾を持つワイバーンを基調としてみてはいかがでしょう?」
「お、それ面白そうだね。でも盾の中はどうするかな……」
「旦那様は、既存の貴族たちとのシガラミもありませんし、トリエン地方の紋様をあしらえては?」
ふむ、それもいいが……そう言えば、俺の実家の家紋が『
「それじゃ、この紋様も入れてくれるかな。あとは適当にバランス良く」
そういって、俺は紙に
「これは、どのような意味なのでしょうか?」
「これは俺の家の家紋なんだよ。
「八本の剣でございますか。なるほど素晴らしい紋章ですな。畏まりました。紋章師に依頼して早速描かせましょう」
これで紋章の問題は解決した。書庫内を物色したい衝動もあるが、それは後日に回すことにしよう。かなりの広さの書庫なので、一日二日で何とかなりそうにもないからね。
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