第7章 ── 第2話

 二分も待たずに扉がノックされ、先程の女性職員と小狡そうな男が入ってきた。この人物が行政長官だろう。


わたくしが、前領主であった代官アルベール男爵より行政長官に任命されましたミハエル・ロドリゲスと申します。以後、お見知りおきを」


 女性職員は用事が済んだので、ほっとした顔をして応接室から出ていった。

 ロドリゲスと名乗る男の目は、俺を頭の天辺から爪先まで舐めるように動いている。


 値踏みしてるんだろうな。俺の服装は貴族には遠く及ばないような鎧姿だしねぇ。


「さっきも名乗ったけど、今回トリエン地方全土を割譲されたケント・クサナギだ。国王陛下より辺境伯の称号を拝命している。よろしく」


 男爵に任命されたって事は、この男は男爵の覚えが良かったヤツだよね。多分、裏で色々やってるんじゃないのかね。


「それで、ロドリゲス長官。君は男爵とはどういった関係?」

わたくしは……男爵が王都におられた時に男爵の館に出入りさせて頂いていた商人でございましたので……」


 男爵との繋がりが深いとマズイと思っているようで、言葉を選んでいるのがうかがえる。


「それで、前領主のアルベール男爵が起こした事件との関わりは無いと見て良いのかな?」

「全く関わりはありません」


 ロドリゲス長官は即答するが、怪しいものだな。ここは魔法の出番かな?


真実の涙トゥルー・ティアーズ


 俺はささやくように無詠唱の精神属性の自白魔法を唱える。途端にロドリゲス長官の目がトロンとしたものに変わる。三レベル程度の初級魔法だが、レベル一桁の一般人には効果絶大だろう。俺の知力ステータスも高いから抵抗レジストは多分無理。


「ロドリゲス長官、君は男爵の反乱計画に関わっていたか?」

「はい……」


 やっぱりね。


「計画にはどのように関わっていた?」

わたくしは、薬剤の入手を命じられていました」


 計画にあった毒物か。


「その薬剤は今、どこにある?」

わたくしの執務室の金庫に……」


 よし、証拠はそこか。


「男爵の計画に関わっていた行政官の名前をこれに書き出せ」


 そう言いながら、紙と羽ペンを取り出して渡すと、ロドリゲスは九人の名前を書き出した。そのリストを素早くインベントリ・バッグに仕舞い込む。そろそろ魔法の効果が切れる。


 ロドリゲスのトロンと濁った目が再び光を取り戻したのは、バッグの蓋を閉めた時だった。

 危ない危ない。


「はっ!? すみません! 少々ボーッとしていたようです」

「いや、構わない。少々疲れているようだね。一応、領主になった証明書を見せておく」


 そう言って、俺は国王から貰った書状を見せる。ロドリゲス長官は、抜け目のない鋭い視線を書状に走らせる。偽物じゃないよ。


「了解致しました。この書状で領主の就任は確認できました。明日までに高札を用意して、町のものに公示致します」

「よろしく頼むね」


 ロドリゲスが納得したようなので、そろそろ館に行くかな。


「とりあえず、今回は就任の挨拶に寄っただけだから、そろそろおいとまするよ」

「はい、領主閣下。今後の町の運営などについてもご指示を仰がねばなりませんが、王都から帰還したばかりでお疲れでしょう。今日はゆっくりお休みになられて下さい」


 ロドリゲスがうやうやしく頭を下げる。

 彼の罪状は明白なので、今日明日中にも行動を起こす必要がある。それまでは安心させておくとしよう。悟られないように優しげな言葉を掛けておく。


「長官も根を詰めずに、身体をいたわるようにね。それでは」


 俺は立ち上がると応接室を出る。

 行政官たちの中にも男爵に加担していたものがいるとなると……今までの悪事が露見することを恐れて何をしでかすか判らないなぁ。頭が痛くなるね。


 俺が領主になった以上、この問題は早急にカタをつけておかねばならない。みんなに相談しておこう。


 役場を出る時、さっきの女性職員が慌てて扉を開けてくれた。


「領主様、お疲れ様でした!」

「あ、はい」


 気の抜けたような俺の返事に彼女はポカーンとしていたが、面倒なのでそのまま立ち去る。

 

役場の隣にある領主の館は、町で最も大きい建物で、城とまでは行かないにせよ、立派な造りをしている。現領主が俺になったので所有者は当然俺になる。

 初めて来たときは虜囚だったし、即行地下室に放り込まれたので、中がどんななのかは判らない。


 玄関まで歩いてくると、扉が勝手に開いた。中には初老の紳士が立っている。


「お帰りなさいませ、旦那様。先程からトリシア様、ハリス様、マリストリア様がお待ちになっております」


 誰だ、あんた……


 俺が戸惑った顔をしていると、紳士が挨拶をしてきた。


「申し遅れました。わたくし当館とうやかたで執事をしておりますリヒャルト・ユーエルと申します」

「ユーエルさん?」

「リヒャルトとお呼び下さい」


 彼に案内されて中に入り、皆が待っているという居間に案内される。男爵の執事だったとすると、今のうちに聞いておかねば。


「ところで……リヒャルトさんは、いつからここに?」


 俺の前を歩きながらリヒャルト・ユーエルが生い立ちを話し始める。


わたくしの家系は先代の国王陛下より、この屋敷に赴任される領主代行……いわゆる代官のお世話をするように命じられた一族です。どのような方が屋敷の主人になったとしても、わたくしたちの業務に変わりはありません」


 前領主である男爵が起こした事件との関わりを疑われることも織り込み済みなのだろう。俺の不信感を拭い去るよう、彼らの業務について説明される。


「ちなみに、俺は代官じゃないよ」

「心得ております。永代領主閣下だとお伺いいたしました」


 そこまで言ったところで居間に着いた。中に入ると三人が旅支度から開放されて寛いでいるのが見えた。


「おまたせ」

「ゆっくりさせてもらっているぞ」

「それではわたくしは、これで。御用のときは呼び鈴をお使い下さい」

「ご苦労さま」


 リヒャルトさんが居間から出ていく。


「それで役場はどうじゃったのじゃ?」

「ああ、そのことなんだが……」


 俺はインベントリ・バッグからミハエル・ロドリゲス自ら書いた男爵の協力者リストを取り出して皆に見せた。


「これが役場内で男爵に協力していた行政官の一覧だ。長官自ら書いたものだよ」

「どうやって……」


 ハリスが眉間に皺を寄せながら言う。


「精神魔法を使わせてもらった。俺の魔法は無詠唱でも使えるから彼には気づかれてない」

「無詠唱だと? そんなことができるのか?」


 トリシアが驚く。

 彼女も魔法を使うものだから判るんだろう。この世界では魔法術式無しで魔法効果を発することはできないはずなのだ。だが、俺の場合、ドーンヴァースの標準的なシステムと同じように呪文に詠唱を必要としない。これをティエルローゼの魔法使いスペル・キャスターが再現することは、まず無理だろう。


「あ、うん。俺は一度唱えた魔法は、それ以降無詠唱で発動できるんだよ」

「なるほど……ケントの生まれた所の特性だな?」

「そう……とも言えるね」


 まあ、ドーンヴァースとティエルローゼの差異については置いておこう。


「それよりもだ。この王国の裏切り者には早急さっきゅうに対処する必要がある」

「そうだな……どうするつもり……だ?」


 ハリスは自分に出番があるかどうか気がかりそうな感じだな。だが、ここでは出番なしだ。


「今回はトリシアに頼みたいんだ」

「私か? 何をすればいいんだ?」

「明日一番で衛兵隊の本部へ出向いてほしい。領主補佐官として書状を衛兵隊長へ届けてもらいたい。書状は後で書いて渡すよ」

「そうか、了解だ、ケント」

「なんでトリシアなんじゃ? 我じゃ駄目か?」


 マリスも何かやりたそうだな。


「マリスとハリスは俺と一緒にギルド会館に行くんだよ。領主就任の挨拶だ」

「挨拶かや?」


 ハリスは最初から納得顔だが、マリスは少し理解してなさそうだ。


「そうだ。俺は領主になっちゃったけど、冒険者を辞めるつもりはないし、挨拶くらいはしておかないといけないだろ? ハリスとマリスにも、領主としての俺のサポートをしてもらいたいと思ってるんだ。そういった事情も説明しておきたいと思ってね」

「なるほどのう。じゃと、我らにも給金がでるかや?」

「出す出す。トリシアと同じだけ出すよ。一ヶ月で銀貨五枚だ」


 役所前で、これが相場らしいと聞いたので、そう提案する。


「もちろん、皆にはこの屋敷に住み込んでもらうつもりだから、自由に使ってくれていいよ」

「そのつもりだよ」

「了解なのじゃ!」

「わかった……」


 この館は俺と執事たち使用人だけで住むには広すぎるし、別々に生活するとなると宿代やら何やらもバカにならないだろう。それに一々連絡を取るのも面倒だ。だから皆で一緒にこの館に住むのが一番効率が良いと思う。


「それじゃ、今日はやることも終わったので、自由行動で。自分の寝室とか確保しておいてくれよ」


 俺もこの館の探検をしておかなきゃね。地下室くらいしか見たこと無いもんね。

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