第7章 ── 新領主、クサナギ辺境伯

第7章 ── 第1話

 王都デーアヘルトからの道程みちのりは自動運転できるゴーレムホースのおかげであっという間だった。二日目の朝にはトリエンの町の近くまで到達した。


「そろそろ、トリエンに着くよ」

「スレイプニルは早いのじゃ。行きは三日掛かったのにの」

「ゴーレムだからね。夜も明かり要らずなのが良いね」


 三〇分ほどするとトリエンの町の北門が見えてくる。そろそろ馬車の速度を落としておかないとな。


「スレイプニル、常歩ウォーク


 俺の命令でゴーレムホースが速度を落とす。


「とりあえず、トリエンの役場に行って、領主就任の挨拶しないとな」

「領主の館の……西隣にあるはず……だ」


 領主不在であっても官僚……この世界だと行政官か。その行政官たちが町の管理業務を行っているはずだ。こういった行政官がいなければ、町を運営することはできないからね。衛兵隊などは、この役場で雇われているし、裁判所なども役場の管轄だ。

 もちろん、領主がこの役場の主人ではあるが、運営の細部は行政官たちの判断で行われている。領主の仕事といえば行政官が上げてくる書類に署名して押印するくらいらしい。

 もっとも町の運営における方向性や、行政官や裁判官の任命、税金の運用は領主の権限だ。


 それと、町の防衛に関してだが……トリエンは今まで王都の直轄領であったため、南のカートンケイル要塞がトリエン周辺の防衛を担っていた。

 しかし、この周辺が俺の領土として割譲されたため、この地方を守る防衛軍を組織しなければならなくなってしまった。

 これは他国の脅威から防衛するという意味だけでなく、魔獣や魔族などからの防衛も意味している。ある程度の魔獣などは冒険者ギルドへのクエスト発注でどうにかなるが、魔族などに組織された魔獣軍の対応となると、衛兵隊や冒険者程度ではどうにもならない。そこで防衛軍が必要となるわけだ。


 宰相閣下から頂いた資料によれば、トリエンの町とその周辺に存在する村々の住人の総数は、およそ二五〇〇〇人程度らしい。この領民および領土を守るためには二〇〇〇~三〇〇〇人規模の軍隊が必要になるようだ。

 カートンケイル要塞の常駐軍が五〇〇〇名と聞いているので少ない方だとは思うが、それでも結構な数の軍人を雇わねばならない。軍隊が駐屯する駐屯地も増設しなければならないので、町や村から上がってくる税金や物資の運用が大変そうだ。


 仕事が増えるわけだし、行政官も増やさなければマズイかもしれないね。帝国へ行くのは少々先になりそうな気がするなぁ。早く行きたいんだけどね。


 町に入ったので、手綱を使ってゴーレムホースを操作する。

 町の人々が久々に銀の馬を見て黄色い声を上げる。前のように驚いたような声じゃないな。歓声に近いかも。


「あれは……ケント様だ! ケント様たちが帰ってきたぞ!」

「あの銀の馬、間違いない。ケント様たちだ」


 ケント様、ケント様と聞こえてくる。はて、街の人々は、まだ俺が領主になったことは知らないはずなのだが……


「父ちゃん! 銀の馬すごいね!」

「あれが男爵を倒した町の守護者様だぞ。ケント様はトリエンの危機を救って王様に呼ばれて王都に行ってたんだ」

「王様~? すごーい!」


 道端で俺たちの馬車を見物していた家族らしき集団が大きな声でしゃべっているのが聞こえた。

 なるほど、俺たちがいない間に、町の英雄に祭り上げられていたようだね。くすぐったいな。


 領主の館は町の北東にあるので、適当な所で左に曲がる。大通りかられると人通りは少なくなったが、通りを歩く人々が必ずと言っていいほど足を止めて馬車を見物していくのは変わらなかった。


「ケント……あそこ……だ」


 ハリスが指し示す方向に、大きな三階建ての石造りの建物が見えてきた。それなりに立派な役所だね。

 役場の前で馬車を止める。


「よし、それじゃ挨拶しに行くか。皆も来るかい?」

「いや、私たちは宿を手配してくる」


 トリシアが他人行儀なことを言う。


「何いってんのさ。領主の館に泊まればいいじゃんか」

「私らはチームメンバーだが……身内ってわけでも、家臣ってわけでもないからな」

「ん? 俺はトリシアたちを家臣にするつもりはないけど?」


 何を寂しいことを言うんだ、トリシアは。


「俺だけ仲間はずれとかイヤだなぁ……俺も宿にしようかな」

「おいおい、ケント。お前はもう平民じゃないんだぞ。それなりの体面ってのをつくろわねばならん立場になったんだ」

「貴族の作法やら体面なんてモノの知識なんか持ってないよ」


 トリシアがため息をく。


「まったく……世話の焼ける領主様だな。よかろう。私がある程度補佐してやろう。ただし、給金は頂くぞ」

「助かる! 住み込み、食事付きで一月白金貨一枚でどう?」


 それを聞いて、ハリスとトリシアが顔を見合わせている。


「ケントの……金銭感覚が大いに心配だ……な」

「そうだろう? 私も前からそう思ってた」


 何? 俺って金銭感覚おかしいの?


「え? どういうこと?」

「ケント……役付きの行政官や……上級ギルド職員の給料が……一月で銀貨五枚程度だ……ぞ?」

「普通の平民なら銀貨一枚あれば一ヶ月は暮らせるんだよ」


「そんなに安いの?」


 ハリスが呆れた顔をする。


「今まで……もの凄く金を使ってたという自覚がないんだな……大尽様レベルの散財してたんだ……ぞ」

「確かに宿屋暮らしだと、普通よりも遥かに金が掛かる。トマソンの宿はトリエンでも最高の宿屋だが、冒険者が泊まるような安い宿屋なら一晩で黄銅貨一枚だ。貧乏人が泊まるような木賃宿なら鉄貨五枚で泊まれる」


 ハリスとトリシアが平均的な物価の説明を簡単にしてくれる。そういや、黄銅貨とか鉄貨を見たこと無いや。


「ケントは……毎回……チップに銅貨出してた……な。あれは……法外な報酬だ……よ」

「そうだな、トマソンの所だとしても黄銅貨で十分な案件だな」


 ぬう。俺の金銭感覚がオカシイと言われても、この世界の一般的物価なんか知らんもん。仕方ないじゃないか。


「我もお金の事はよく判らんのじゃ。我としてはキラキラして綺麗なのが好きじゃがの」


 マリスも金銭感覚ゼロかよ。やはりお嬢様だな。確定。


 そんな話をしていると、外が騒がしいと思ったのか、役場の扉が開いて職員らしい女性が顔を出してきた。


「あの……何か御用ですか?」


 物凄い不審そうな目で俺たちをジロジロと見てくる。


「あ、ゴメンゴメン。役場に用事があって来たんだった。行政長官いるかな?」


 行政長官と聞いて、女性が余計に不審そうな目を向けてくる。仕方がないな、名乗るか。


「このたびリカルド・エルトロ・ファーレン・デ・オーファンラント国王陛下から、このトリエン地方の全てを譲渡されたケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯である。行政長官に目通り願いたい」


 俺はそう言いながら、国王から頂いたトリエン全土割譲を証明する羊皮紙の書状を見せる。

 眼鏡をクイッと上げながら書状をジロジロ見ている女性の顔色が、どんどん青くなっていった。


「も、申し訳ありません! 辺境伯閣下! どうぞ、お入り下さい!」


 全てを理解した女性は、突然悲鳴にも似た大きな声を出す。


「ご苦労様」


 俺はそう声を掛けて中に入る。入る間際にトリシアたちに声を掛ける。


「あ、トリシアたちは領主の館で待っててよ」

「了解だよ、ケント」


 トリシアが手を上げて見送ってくれたので、館の方は任せよう。


 役場の入り口から入った所は広めのホールになっていて、いくつかの受付がある。そこに町の人たちが幾人か並んでいるのが見える。何らかの手続きに来ているようだね。


 女性職員に案内されて二階への階段を上がって、大きめの扉に入る。応接室のようだ。


「行政長官を直ぐにお連れいたしますので、こちらでお待ちくださいますようお願いいたします」


 女性職員が深々と頭を下げた。


「わかった。よろしくね」


 女性職員が頭を上げずに、後退りしながら応接室から出ていく。器用だね。

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