第6章 ── 第9話

 俺とトリシアは、フンボルト侯爵の馬車で下町の黄金の獅子亭に送り届けてもらった。ハリスとマリスは、すでに宿に戻っているはずだと言う。


 国王と侯爵との会合で、俺がトリエン一帯で行おうとしている計画への信任を手に入れることができた。細かい部分は、これから詰めていかねばならないだろうけど、大筋は賛同を得られたと言っていい。面白くなってきた。


 トリシアにはお手並み拝見と言われたが、アルフォートに協力してもらえれば、割りかし上手く行くんじゃないかと俺は楽観的に考えている。何はともあれトリエンに帰らねばならない。


 ハリスが既に宿に帰ってきていたが、マリスは用事があるとかで出ているという。


「ハリス、マリスが帰ってきたら、早急さっきゅうにトリエンに帰るよ」

「了解だ……」

「ところでマリスは何処に行ったんだ?」


 ハリスは肩をすくめる。マリスだからなぁ……ちょっと心配だな。


 大マップを開いて青い光点を探してみる。うーむ。マップを拡大すると街がゴチャゴチャしすぎてて良くわからない。

 色々拡大縮小をしていると、マップ・ウィンドウの右下に小さい虫眼鏡のアイコンに気づいた。


 あれ? こんな虫眼鏡アイコンあったっけ?


 取り敢えず、それをクリックするようにイメージしてみる。


『検索ダイアログ』


 画面に検索用の入力欄が表示された。こんな機能が!? ちょっと驚いた。能力石ステータス・ストーンあなどれねぇ。他にも隠し機能あるんじゃないだろうね? もっと色々調べなきゃならないかも。


 とりあえず、入力欄に『マリストリア』と入力してみる。すると、とある通りに頭が青いピンがストンと立った。拡大してみると広い通りにある青い光点にピンが立っている。その光点は、宿の方向にゆっくりだが移動している。

 どうやらマリスは宿に戻ってくる途中のようだ。あと一〇分もすれば宿まで来そうだ。


「マリスはそろそろ戻ってきそうだから、出発の準備をしようか」


 俺がトリシアとハリスに振り向いてみれば、すでに二人は出発の準備を始めていた。なかなか手際がいいね。俺も始めるとしよう。



 宿屋のチェックアウト手続きをして大通りに出たところで、マリスが帰ってきた。


「ケント! ケント! 見てたもれ! 我も手に入れたのじゃ!!」


 戻ってくる早々に騒がしいマリスの掲げる手には能力石ステータス・ストーンが握られていた。

 それを買いに行ってたのかい。まあ、マリス以外は持ってるからな。羨ましかったんだろうけどさ。


「これで、我も一人前なのじゃ!」


 マリスはご満悦だ。


「良かったな、マリス。失くさないように気をつけろよ?」

「当然じゃ! 無限鞄ホールディング・バッグに仕舞って大事にするのじゃ!」

「後でマリスのステータスも見せてもらおうかな」


 嬉しげなマリスの頭を撫でながら言うと、ウンウンと頷いてくる。


「構わんぞ。心置きなく見せてやるのじゃ!」


 それでは馬車を取り出してトリエンに向かうとしようか。インベントリ・バッグからゴーレムホースと共に馬車を取り出して準備をする。道を行き交う人々が目を丸くしたのは言うまでもない。



 既に夕方に近い時間だったが王都を出発してトリエンへと向かう。食料はまだまだあるし、ゴーレムホースに暗闇など関係ないので問題はないだろう。


 門外街もんがいまちへ出て、街道を南へと向かう。この辺りは治安が悪いと言われているが、まだ夕方なのでそれ程気にするほどではない。もっとも、ゴーレムホースが衆目を集めるせいで、人混みが途切れないから襲ってくるような酔狂なヤツもいないようだけどね。



 門外街もんがいまちを通り過ぎ、人家もまばらになってきた頃には日が沈んで夜のとばりが降りてきた。

 俺は馬車の中に入って、ランプに火を付けて幌内にぶら下げる。


「随分前の宿題なんだけどさ」


 俺がそういうと、三人がこちらを見る。


「宿題? なんじゃっけ?」


 どうも全員忘れているようだ。


「ほら、無限鞄ホールディング・バッグの容量の話だよ!」

「ああ、そんな話もあったな。で、解決方法がわかったのか?」

「もちろんだ!」


 俺は自信ありげに言う。インベントリ・バッグとショートカット機能を使った方法を説明する。


「そのショートカットというのは何だ?」

「ああ、ショートカットってのは俺のインベントリ・バッグの能力なんだが……」


 説明も兼ねて、少しショートカットを使った実践を見せる。


「相変わらずケントの装備はすごいな……便利とかいう次元じゃない……」


 ハリスが感動している。


無限鞄ホールディング・バッグにも欲しい能力じゃのう……」


 マリスが残念げに無限鞄ホールディング・バッグぶたを開けたり締めたりしている。


「と、まあ、この機能を使うと容量とかが俺の目には見えるんだよ」

「よし、調べてくれ」


 トリシアが自分の無限鞄ホールディング・バッグを差し出してきた。

 俺はトリシアの鞄をインベントリ・バッグに収めると、ショートカットをクリックする。インベントリ・バッグ内のアイテム一覧からトリシアから預かった無限鞄ホールディング・バッグを選択すると、情報がポップアップ表示される。


「ふむふむ。トリシアのは中級だな。六〇〇キログラム入るな」

「六〇〇……キロ? 何ポンドのことだ?」


 ぬ、この世界はポンド表記だったっけ? そう言えば、ハリスがワイルド・ボアの体重をポンドで言ってたっけな。


「六〇〇だと……一三二〇ポンドくらいかな?」

「ほほう」


 トリシアは少し嬉しげだ。


「この前、ハリスにあげたのは、下級だから三〇〇キロ。六六〇ポンドくらいだね」

「すごいな……ありがたく使わせてもらう……」

「我のは!? 我のは!?」


 マリスも手渡してきたので調べてやる。


「え? これ凄いぞ? マリスのは上級だよ! 一二〇〇キログラム、二六五〇ポンドくらい入るよ!」


 マリスの持ち物はフルプレートでも判るが、非常に高価なものばかりだ。やはり良いところのお嬢様なんじゃないか? 喋り方もアレだし。トリシアの物より良いってのは、ちょっと驚いたけどさ。


「良いものなのじゃな! 我も安心じゃ!」


 それぞれの無限鞄ホールディング・バッグを返却する。それぞれ能力は違うが、自分の鞄の能力を正確に知れたことが嬉しいのか、皆大切そうに身に付けている。


 判るよ。俺も無限鞄ホールディング・バッグを初めて手に入れた時は、そんな感じだった。インベントリ・バッグの課金するまでは、本当に重宝したもんだよ。


 実は、この無限鞄ホールディング・バッグの能力を調べる方法を見付けた時、この方法は他の使い方もできることに気がついた事を言っておこう。

 ショートカットに何らかのアイテムを入れる方法はアイテムの鑑定にも使えるということだ。

 アイテムのデータがポップアップ表示されるので、アイテム名、効果、フレーバー・テキストが表示されるのだ。製作者や平均的な販売価格などの詳細情報は表示されないが、必要な情報は大抵の場合表示されるので今後便利に使えそうだ。

 ちなみに、フレーバー・テキストはドーンヴァース時代のものが表示されているので、ティエルローゼにしかないアイテムには表示されないようだ。そういった場合には物品鑑定の魔法を使うしかないのだが、一度、物品鑑定を行ったアイテムの情報は、普通に表示されるようなので、俺が正確な情報を認知した段階でインベントリ・バッグにも反映されると見て間違いない。


 ドーンヴァースの機能が、この世界でも正常に動くことが非常に面白い。今後も色々と検証していきたいね。



 無限鞄ホールディング・バッグの性能検証をしていた時に気づいたのだが、ハリスのHPバーが少々おかしい。

 ハリス以外のHPバーの上部には名前とレベルが表示されているのだが、ハリスのHPバーのレベルの表示部分が、俺たちと少々違う表示になっていることに気がついたのだ。以前は間違いなく俺たちと同じように表示されていたのに……


『ハリス:レベル二一>』


 というように、『>』が付いている。なんだろう?

 俺は、『>』の部分をクリックしてみた。


『ハリス:レベル二一/レベル七』


 は? 何だこれ?


「ハリス、あれから能力石ステータス・ストーン使ってみた? なんかレベルが可笑しな表示になってないか?」


 俺がそう言うと、ハリスは能力石ステータス・ストーンを取り出して使っている。


「こ、これは何だ……?」


 ハリスが困惑したような顔になる。


「どうしたんだ? 見せてくれよ」


 ハリスに頼むと、俺たちにも見えるように設定してくれる。どれどれ……


『名前:ハリス・クリンガム

 職業:野伏レンジャーレベル二一/暗殺者アサシンレベル七』


 何だこれ? え? デュアル・クラスじゃないのか?


 そう、俺やトリシアのようなレア職業は通常の場合、デュアル・クラスと呼ばれる分類になる。上級クラスの一つ上の特殊クラスだ。

 しかし、ハリスの職業欄は俺が見たこと無い。いや、ドーンヴァースには存在しない表示になっている。


 これは……デュアルじゃない。──マルチ・クラスとでも言おうか? レアどころの話じゃないぞ、これ。一体、どういうシステムなんだろう? ドーンヴァースのルールじゃないから、どういったルールなのか判らない。


「す、すごいぞ、ハリス……これ、俺も知らないシステムだよ。どうなってるんだろう?」

「トリシア……聞いたことはないか……?」


 不安げなハリスがトリシアの顔を覗き込む。


「私も聞いたことがない……私やケントのような珍しい職業のものは時々いるが、職業が複数の者というのは初めて見る」

「ほほう! ハリスも特別な者ということじゃな! ケントも凄いが、ハリスも凄いのじゃ! 流石は我が見込んだチームの者たちなのじゃ!」


 マリスが嬉しげに飛び回る。危ないと思うがハリスのステータス画面に目を奪われて、俺はそれどころじゃない。


 しかし、すごいな。暗殺者アサシン。ドーンヴァース時代の職業と同じであるなら、盗賊シーフ系の上級職業の一つだ。この暗殺者アサシンがクラス・アップすると忍者ニンジャになるので人気職でもある。ハリスは二つの上級職を持つキャラクターということだ。信じられないね。


「いつから、こんな事になったの?」

「わからない……今、言われて気がついたんだ……」


 ドーンヴァースのシステム的にはあり得ないことが、このティエルローゼでは起きるのか。ますますティエルローゼという世界が謎を深めてきた。

 俺やタクヤ、魔神といったプレイヤーの転生、そしてこの複合マルチクラス……今後、どのような不可思議なことが起こっていくのだろうか。


 もう俺のドキドキは止まらなくなっちゃうよ!? こんなにワクワクできるなら異世界転生も悪くないかもしれないね。

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