第6章 ── 第8話
俺とトリシアがメイドに連れられてたどり着いた部屋は、ソファ・セットや執務机などが置いてある小じんまりした感じの部屋だった。メイドによれば王の執務室だそうだ。
部屋の中で国王リカルド・エルトロ・ファーレン・デ・オーファンラント陛下、および宰相のロゲール・フンボルト侯爵の二人が待っていた。
「よくぞ参られた。二人とも座ってくれたまえ」
俺とトリシアは国王の反対側に腰を掛ける。
「それで理由というのを早速聞いてもよろしいですか?」
「ケント辺境伯はせっかちであるな……では最初から話すとしようか」
国王は咳払いをすると語り始める。
「そもそも、我が国の起こりは五百数十年ほど前に
五百数十年前の魔神の話は、ファルエンケールの女王に少々聞いたな。
「我々人間たちは必死の抵抗を試みたが、魔神に
国王が一息
「ある時、この世界に救世主が現れた。その名を『タクヤ』という。彼は魔神と戦い、我々人間を守ってくれたのだ」
「その話はエルフの女王様にも聞きましたが……」
「救世主のタクヤ様は自らをプレイヤーと言った。魔神も自分をプレイヤーだと言っていたそうだ。余はプレイヤーというものが何なのかは知らない。神をも超える能力を持つものたちだということだけは知っている」
国王は俺の瞳をしっかりと見据える。
「タクヤ様に救われた人々を束ねて小さな集団を作り上げたのがヘイムダル・エルトロ様だ。ヘイムダル様はタクヤ様に協力し魔神に対抗したが、その途上で命を失ってしまった。妻のブリュンヒルデ様がその後を継いで人々を導いた」
国王はテーブルの上のゴブレットで口を湿らせる。
「ちょうどその頃、タクヤ様は魔神と相打ちになり、エルフの地で命を落としたと伝えられる」
ここまでは、女王の話とも合致するね。
「ブリュンヒルデ様は、その後この国オーファンラントを建国した。ブリュンヒルデ様が死の床に付いた時、継承者たる王太子に言い残したのだよ」
リカルド陛下は少々目を瞑り沈黙する。
「プレイヤーたる人物が現れたなら、魔神に落とすことなかれ。全てを掛けて、善へと導かれるよう尽力せよ」
国王もプレイヤーの存在を知っていたのか!
「余は、ファルエンケール女王、ケセルシルヴァ・クラリオン殿の親書を受け取った。彼女の書状には、ケント殿こそプレイヤーであると記されていた」
なるほど、女王からの情報で俺がプレイヤーだと知ったわけか。
「ファルエンケール女王によって、タクヤ様の遺志はブリュンヒルデ様も伝え聞いていたのだよ。それが、我が国の王たるものの果たすべき使命であり、ファルエンケールと我が国の盟約の根底にあるものだ。」
「それが、王国の同盟国たちが秘密にしている協定なんですか?」
ファルエンケールの頃から気になっていた秘密の核心部分のようなので聞いてみる。
「盟約自体が秘密という訳ではないのだ……その秘密協定を知るものは全て、タクヤ様に助けられた者たちの国々の指導者たる地位にある。これら指導者が秘密にしなければならない事こそが、協定の中核をなす事柄なのだ。その事柄とは……エルフたちの国には、タクヤ様の
タクヤの
「その
ドーンヴァース時代のアイテムは、確かにこの世界には強力すぎるね。俺の武器や防具はドーンヴァースでは中級程度のものだが、ティエルローゼでは入手が難しい強力なものなのかもしれない。
「確かに……ドーンヴァースのアイテムは秘匿するべきものかもしれませんね」
俺がそういうと、国王は確信したようだ。
「やはり、本当にプレイヤーなのだな……」
「そうですね。俺はこの世界の人間じゃありません。タクヤと同じ世界から来たようです」
「実を言うとな、ケント・クサナギ辺境伯。余はプレイヤーたる貴殿に国王の位を譲ろうと考えていたのだ」
「へ?」
また、突拍子もないことを言い出すな。
「この国があるのもタクヤ様のおかげだ。ならば同じプレイヤーたる存在に、国を預けてしまうのが国のためではないかとな」
「短絡過ぎですよ。もし俺が魔神と呼ばれたプレイヤーと同じように邪悪だったらどうするんですか」
国王が苦笑する。
「そんな忠告をするものが、魔神と同じであるはずもない」
「ククク……全くだな。ケントは私の聞いた魔神とは全く別ものだよ」
トリシアが笑い出す。
「そうであろう? トリ・エンティル殿。余も謁見の間で確信した」
国王とトリシアが、心から可笑しそうに笑い合う。
「そんなに俺を信じてもいいんですかねぇ……俺、自分自身では結構腹黒いと思いますけどね」
「いや、ケントは自分に正直だとは思うが……欲望には正直じゃないな。何か……信念みたいなものを持っているだろ?」
そりゃ、厨二病ですからね!
「あんまりカッコ悪いコトは好きじゃないだけだよ。カッコよかったら悪の道に走るかもしれないよ?」
「ふふふ、カッコ良い悪というのも存外記憶にはないが……」
国王が首を
「いや、俺のいた世界にはカッコ良い悪ってのもあったんですけどね」
色々なアニメや漫画のダークヒーローが頭を
「一方から見た場合は悪であったとしても、もう一方から見たら善であるという事もあるものだ。今回のトリエンの事件にしてみても、我ら王国からしたら悪であろう。だが帝国から見た場合はどうだろうか?」
国王は思案顔で問いかけてくる。帝国としては国民を飢えから救うための止むを得ない策略だったのかもしれない。あるいはただの野心だという可能性もあるが。
「そうですね、帝国の民のための侵攻だった場合は、善といえなくもないでしょうね」
「そうかも知れぬ。だが、我が国の
国益とはまさにそういう事だ。理想だけでは語れない話だ。誰も傷つかず、皆が幸せになれる方法などはない。そういった利害のせめぎ合いが、国家間で繰り広げられているのだ。
「お話はよくわかりましたが……俺に爵位と領土をくれる理由と関係あるんでしょうか?」
国王がキョトンとした顔をする。初老と言っていいほどの年齢の国王の顔が微妙に幼さを感じさせる。
「わからんかね? プレイヤーという強大な力を持つものを我が国に取り入れたとしたら、帝国はおいそれと侵攻できると思うかね?」
俺は合点がいく。国王の言葉こそが、この人事の正確な答えだ。
「なるほど……俺の力を利用できる最良の手ってことですね……しかし、そんなぶっちゃけちゃって、俺が断ったらどうするんですか」
「嘘で固めた返答が良かったかね? 余はケント殿に嘘偽りを申す方がマズイと思ったのだが?」
確かに美辞麗句でヨイショされても俺は嬉しくない。
「率直に言ってもらった方が俺としては嬉しいです」
「余の見る目は間違ってなかったな」
国王がニッコリと笑う。国王はなかなかやり手だな。というか、ただのお人好しではない。国民のことも大切に思っているようだし、良い国王だと思う。この国で貴族するのも悪くないかもしれないな。
「そんな国王が率いているこの国なら上手くやっていけそうです」
「クサナギ辺境伯のその言葉、余には最良の褒め言葉だな」
国王が破顔した。フンボルト侯爵も満足げに首肯する。
「王国に不利益をもたらすつもりはありませんが、領土を貰った以上、トリエン周辺は好きにさせてもらいますけど……いいんですね?」
一応、聞いておきたい。どの程度好きにして良いのか。
「構わない。領土とはそういうものだ。ただ、
「そんなつもりはありませんが、肝に銘じておきましょう。そうですね……どうせなら手始めに帝国と友好関係を築いてみたいと思っているんですよ」
「ほう、どうするつもりかね? 帝国とはすでに何十年も小競り合いをしておるのだ。
怪訝そうに俺を見る国王。そうでしょうねぇ……俺もそう思う。
「付きまして、今回の事件で協力してくれた帝国貴族を、帝国に送還する役目を俺に任せてもらえませんか? 帝国の皇帝への親書なんかを用意して頂けると助かるんですが」
「詳しい話を聞かせてもらえるかね?」
国王だけでなく、フンボルト侯爵も身を乗り出してくる。
「俺が思いついた計画は、こうです」
まだアウトラインだが、計画の全体像を二人に言って聞かせる。トリシアが面白そうにその光景を見ていた。
上手く行けば、長く続く小競り合いもなくなるだろう。それだけでなく、帝国との友好条約も結べると思う。トリエン一帯は巨大な経済圏として王国の一翼を担うことになるだろう。
その為には、国王の全面的な承認が必要になるが、果たしてこの計画が国王たちに認めてもらえるかどうかが問題だろうな。
俺は計画を熱く語り、国王の信任を得る努力を始めた。
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